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塾長の独り言(お役立ちブログ)

塾長の独り言(お役立ちブログ)

他愛もない言葉を綴ることで「テニス上達のスパイス」になれたら幸いです。
私も、人生でとてもありがたい言葉をいただいたり、文章を読んで勇気をいただいたり・・・。ニヤッとしたり、口をへの字にしたり、くだらないことがほとんどかもしれませんがご一読いただければ幸いです。通勤・通学の電車の中で、ご家族・友達・恋人同士の共有時間に「暇つぶし・・・」以上の価値はあるかも!

指導者として。人として。   2021.11.8

新型コロナウイルス感染拡大も長い年月を経て、以前のような日常にようやく戻りつつある今日この頃ではありますが、いまだ困窮な状況が続いている方々もまだまだ多いことお察し申し上げます。

「止まない雨はない」

松下幸之助さんのお言葉のように、危機が訪れ思わぬ事態に遭遇しても、人は努力し知恵を絞り、たとえそれが普段の敵対する存在であっても手に手を取り合い、この状況を乗り越えるべくために協力し打開することで、雨上がりには今まで以上の力を得られること、言わばトレーニングのように捉えられれば前向きになれることでしょう。

我がITI受講生もコロナ禍の期間中様々な様相を模し変化も多くみられました。
当初、練習環境や出場する試合が激減しモチベーションもだだ下がり。テニスに対する意識や意欲もなくなり、ほとんどトレーニングもせず時間が過ぎてしまった選手たち。今年春頃からようやくリスタートするものの、そんな選手たちがコロナを言い訳に時間を流していたころにも、私との作戦会議を重要視し「周りがトーンダウンしている今がチャンス!」と、コートに立てない分トレーニング(インドア、アウトドア、イメージ)に普段以上に真面目に取り組んでいたジュニア達こそ大きく差をつけられました。
内容や結果はとてもシンプルで、普段トレーニングなど意識的に行わなくてもコートでボールを打っていれば必然と身体運動は繰り返されている分、筋力や神経の質は維持されているものも、レッスンが休校であったり思うようにオンコートでの練習が出来ずにいて体を動かすことが減れば、体力低下とその分パフォーマンスのクオリティーは下がること必至。
身体能力は下がることは簡単だが、それを戻すことは何倍もの時間と労力が必要となることは学んだと思います。

そんな中、ITIジュニアの愛弟子の一人に「節目」がやって参りました。
彼との付き合いは出会いから約3年あまり。実際オンコートでに時間はコロナ禍で2年くらい。
それでもレッスン時間外でにコミュニケーションも充実していたのでお互いをよく知り、私も言葉(アドバイス)の選択や練習テーマもその時々に必要なトーンとメニュー、彼にとって優先されることを常に考えられる関係が作れていたと自負しています。
彼の練習環境は私との出会いから、しばらくはホームであるテニススクールに週3~4回通い、週1回ペースで私のプライベートレッスンを受講、ホームコートのグループレッスンでは足らないピンポイントの練習を行うことがベーシックな練習メニューでした。正直に言ってあまり器用なタイプの子ではなく、私の話すことの理解もままならず、手を変え品を変えてコミュニケーションを取り、必然とこの時間が長いことで相手のことをよく知ることが出来、お互いに太くて強い「絆」が育まれていったと思います。ショットが上手く打てなければ打てるまで何度でも何度でも繰り返す意思が強く、聞けば私の言葉が心に焼き付いていると。。

「1~2回、いや5~6回打てたくらいじゃ、また明日になれば打てなくなるぞ。体に染みつくまで打ち続けて今も試合も同じように打てるようになれ。」

ふむふむ。。この言葉の通りを実行していると。
出来なくて、何度も繰り返しても出来なくて。私に気付かれないように後ろを向いて涙をそっと拭いていたこともちゃんと分かっていたけど、男らしいプライドを持つ小学生だって分かっているから突っ込まないし。。
ホームの練習(レッスン)前に突然電話してきて、生徒数を知らされて「何を?」念頭に置いて練習すべきかを相談してきたり、観戦に行っていた試合に負けて帰りにドーナツ屋で2時間以上も反省会やったり、レッスン後にファーストフード食べに何回行っただろう。。オフには一緒に映画を観に行ったりもしたことはいい思い出。私との師弟関係中に出せた結果はグレードの低い大会で優勝が2回、その他何度か上位に入っていい試合が出来たことは彼も私も大いに喜びました。

そんな彼も今年私立中学2年になり、レギュラーである部活(テニス)が忙しくなりホームのレッスン数も減らさざるをえないスケジュール、私との時間もなかなか以前通りの定期開催とは行かなくなった現状の昨今。私は捉え方によれば「良い環境」になったと判断もしています。
現状の部活には彼以上の強い実力者(先輩含む)も多く、部活で学べることも多いし、間もなく先輩たちがいなくなれば彼が部内をまとめる立場になると聞き・・・

「リーダーシップは自身の選手としての成長に間違いなく助長される要素、頭を使って学習すすれば選手脳に役立つ。」

彼とのレッスン時間も予定が立てずらくなったことで母親とも相談をし、あくまでも本人の意思を尊重しコーチとの間で決めていただければ、私は出来ることをバックアップしますと。
ご両親ともにテニスはたしなむ程度であり、もともとテニスに関することには意見せず決定しないご両親だけにいつものお言葉でした。
師弟関係は永遠のものではないのが必然であり、出会いがスタートであるが別れはゴールではないことが多い。そんなことを何十回と繰り返してきたものの、私も仲良しだっただけに少し深刻になり悩み考え・・・

「スケジュールが現実的でなければ無理くりをして時間を作っても長続きはしないし、その時間にあまり成果は期待できない。今がそんな時であって、また違う時が訪れることもある。その時にまた私が必要であれば一緒に過ごすいい時間になれるといいね。」
こんなLINEを送ったところ、返事は文字ではなく電話がかかってきて・・・

「コーチ、もっと長く一緒に練習してほしいんです。でも中2になったら部活と勉強と・・・、言い訳ですよね。コーチ、時間はもともと無いって、時間は作るものだって教えてくれたから。。」涙声でいつもの彼っぽくない声色に私もこみ上げるものが。。

「コーチの役割は一度ここが節目なのかもしれないよ。事実〇〇は随分強くなってきたから。きっともっと強くなれると思ってるけど、これからの環境を自身で活かさないとね。」
嗚咽を頑張って抑え込むことに尽力。しばらく今後のことをアドバイスしたり思い出話しをしたりして・・・
「コーチ、また会えますよね?またテニス教えてくれますよね?」
「おう。〇〇がテニスを止めなければ。もしくは俺が死ななければね。でも次に会うときはも教えることは無いかもな。そうなってることを楽しみにしてるよ。」
「ありがとうございます。絶対に連絡します。」
「彼女出来たら教えろよ。」
「はい、絶対連絡します。コーチ、ありがとうございました。」

翌日にあらためて母親から丁寧なご挨拶をいただき、最後に言われた言葉が微妙ながら嬉しくて・・・
「大変失礼な言葉になってしまいそうですが・・・、息子はコーチのことを兄か親のように思えると申しておりました。もちろんいい意味でお受け取りいただければと。。」

彼との関係が今後どのようになるかは誰にも分からないが、もしこれが「別れ」となってしまうとしても、短い間ではあったが人としていい関係が作れた結果のように思える。私のような何も特別な力も持たない人間に慕ってくれたことに心より感謝しかない。これもご両親あっての〇〇の性分、彼が何か困っているときにはいの一番で駆けつけることにしよう。

奇しくも全てのジュニア達との「別れ」がこのような人情味溢れたパターンではなく、これも自身を俯瞰すれば至らぬことが多かったのだと猛省する日々。一日一日、生徒一人一人との付き合いを大切に共にいい時間を作っていこう。

ピンチはピンチ        2020.5.2

新型コロナウイルス感染により世界中が未曾有の窮地に立たされ、テニス界のみならず社会経済の大半が停止に追いやられている昨今、医療従事者の方々が身を粉にし犠牲になり矢面に立つことに比べれば、私たちが随分と窮屈な生活環境の中で日々を過ごしているなどとのたまうことを改めて恥じる今日この頃。。その尽力には最敬礼でも足らないほど感謝している。

仕事柄、ジュニア生徒たちのテニス環境を優先に考えてしまいがちではあるが、夏までは感染拡大抑制のためグレードを問わずほとんどの大会や練習会が中止になった今、今年度の高校総体中止決定には切に精魂込めた時間を積み重ねて来た、今総体出場が最後となるジュニアの落胆を察すれば忸怩たる思いである。
きっと、その心中は世の中の不幸を自分一人が背負ったほどの感傷と想像するが、私には癒す手立ては特別見つからない。ありきたりの言葉をかけることはむしろ気が利かないことだと思う。

勝つことも負けることも出来なかったラストファイト
ここまで鍛え溜めに溜め込んだフィジカルとメンタル
それを使うことなくコートを去ることはさぞ悔しかろう・・・


ただね・・・、ジュニアテニスとして一つの「節目」は通過したけど、ここまでの犠牲や努力は本気であった分これからの様々な「オンコート」できっと「自信」を根付かせてくれると思います。本当に良く頑張った子もいます。私が敬礼すら厭わないほどに。。
人生と言う「大会」を想定していれば、ジュニア期間はまだまだ序章に過ぎないことをもう少し歳を重ね、叩かれ、流され、打ちひしがれ、後悔し、そんな経験を積み、それでも立ち上がり前を向けることを実感出来るのは、ここまでテニスを通して踏ん張ってきた「意志」であること、そして勝負は止めなければ負けではないことを学習出来るはず。何度でも何度でもトライ出来ることを。

現在のテニス環境が日常ではなくなり、この窮屈な状況をそれぞれの選手(親)がどのように捉えているか気になるところ。。
ホームであるスクールが当面の臨時休校となり、公共・民間共に利用出来るテニスコートが次々と自粛閉鎖のより希少となり、試合は皆無、この現状でどのように技術レベルや体力、そして一番の課題として選手としてのハイスペックなメンタルを維持させられるのか。。

「試合」はメンタルトレーニングに適した環境、大会が無い以上選手としての緊張感は意識程度では駄々下がりになること然り。半月~一ヶ月程度の自粛であれば差ほどの変化もなかろが、ここまで(今後も)閉塞的な時間が続き、練習内容や環境が希薄なものになると選手全体のレベルが下がってしまうことも否めないのが現実だろう。きっと近い将来、環境が緩和され活動が少しずつ戻ったときに実力差がかなり大きく開くこと、そしてもう一つはランキングや上下関係にも明らかな変化が懸念されることが予想される。

私の見解として・・・
見方を変えれば「ミドルクラス」の選手には大きなチャンスのタイミングであると考えます。今この時こそ、普段よりも踏ん張って現状で出来ること(公式戦以外)に尽力し鍛え上げること。飛躍的な伸びを期待せずとも各ショットの強化や安定に努める、例えばミドルスピードのラリーを安定させ、相手を振り回すショットのプレースメントを習得・安定させる、サーブを強化し実践ではサーブポイント(エース、レシーブミス)奪取の確立を高める、ネットプレーとのコンビネーションで堅実なポイント奪取のプレーを安定させるなど。。
もちろん言葉で言うほど単純明快な回答ではないが、私たち指導者は自身の経験を活かし現状を十分に踏まえ、全体を見渡した時に選手である子供たちにより良い環境とアドバイス(戦略的)の提供、それら後ろ盾になることが必須テーマであるからこそ。

条件は日々より困難な状況になっても、週一回のレッスン時間が保たれている選手にはその変化も分かりやすい。入り口は正しくてもその先にレールは敷いてなく、場合によっては歩き方は自由だ。横道に傾いたり、何か立ち止まったりすれば声をかけて話し合い道を正す。時にはあえて寄り道もさせたほうが後々成果に繋がることも自身の経験から学んでいる。

あとどのくらいで日常が戻るのだろう。。

影響で顔を合わせなくなった生徒も何人かいるが「無事」だろうか。
我慢をすることは辛いことも多いが、その経験がメンタルを鍛え「自信」を芽生えさせることに繋がる。まだしばらくはこの「我慢」がネットの向こう側に居座っている。こいつと戦って・・・、本気で戦ったら今の時間も人生で成長出来た時間になれるんだから。

「何があっても下を向くな。顔を上げろ。顔が上がれば自然と声が出るから。」

手前味噌でありますが・・・  2020.4.14

自己満足こそ趣味の醍醐味です。

「僕がカノジョに残したもの 彼女がボクに残したもの」←クリック

再開しましたので暇つぶしにご一読いただければ幸甚でございます。

身を粉にして楽しんだ一年   2019.12.30

今年2019年も例年に習い、季節の変化を感じることもままならないうち新しい年の扉の前に立ちふと振り返る今日この頃・・・。思えばすぐ下に書いてある前回のブログから優に半年以上も時間が開いてしまったことに気が付く。。別件の「執筆」に時間と目的を費やしていたことによるものであるが決して我がITI受講生をぞんざいにしていた訳ではないことを信じていただけるよう願いたい。書き溜めたブログはノートから零れはみ出るほど資料が満載なので時機を見てお披露目させていただきたくここは気長に楽しみにその時をお待ちください。

今年一年も昨年の破竹の勢いをそのまま、公私共々充実した年と今思えるほどでありました。
変わらぬ付き合いの続く愛弟子とは更に絆が太くなり「命で繋がる」ほど相手を必要としそれにお互いが応えあえることの喜びに包まれる日々、だからこそ疲れも差ほど感じることなく過ぎる時間は年々速度を増すことを憶えます。とは言うものの、自身では良かれと思い奮起するも、他の誘惑に目を向ければこちらが悪者になってしまう瞬間も若干数ではあるが訪れ、肩を落とす度に自分の未熟さに打ちのめされてしまう。。

「それでも必ず朝はやって来る。」

背を向けられた生徒の影に目を向け過ぎれば、私の声を、ボールを今日も待っている愛弟子に曇った顔を見せることになり申し訳なく、頭を解くことに努める。そう思えばいつも後ろ髪を自ら断ち切ることが出来て前を向けることに気が付いてきた今日この頃。。
師弟関係にも・・・

「向き不向き」

があることは否めない。。「不向き」を一存で決め付けることこそないが選手の「本質」を変えることは神様でなければなかなか難しい。否定を繰り返せば角が立ち、落ちて行く砂はやがて底を尽きる。所詮私は万能でないことにもあらためて気が付き相対評価としての「褒め言葉」を羅列してお茶を濁す。だから私もこのような付き合い方は長く続けられることはなく尽力にもほどがある。
「向き」について語ることはなんとも滑稽であり、あらためて書き記すまでもない。私の指導を心底必要と思いオファーが続く。私がトリガーを引けば出来なかったことが微々たる感触からでも実感となり、多かれ少なかれ試合の結果にも繋がってきている。と同時に師弟関係以上の「人間関係」が自然と構築されているのが「向き」と言うことなのだろう。昨年との違いの一つに今年は全国大会出場(個人)のジュニア2人との付き合いが始まったこと。2人とも女子であるが並みの男子よりも筋の入り方は伊達じゃない。共にコートを走り体感や脚力を鍛え、ラケットに負荷をかけて上腕二頭筋とリストを作り上げて行く。彼女たちに出来ないことを否定する必要はなく「問題解決」として共に話し合いアドバイスを送り具体的な練習をするだけだ。それは2人で「パズル」をしているよう、一つ一つのピースを探して当てはめる。時には難題もあるが時にはとても楽しく進むことも多い。そんな時をレッスンで過ごし重ねていけば、気が付けばお互い存在の大きさが増していることが自然となり、信頼など言葉に出す必要もない関係が築けているのである。あまりにもスムーズな関係や進行を書いているが、この成果を生み出すために「親」の見解や判断もとてもとても重要なことをご理解いただきたい。彼女たちの親は決して自身から子供に下手な指導やアドバイスをしていないことである。物事の判断も先ずは選手(子供)に考えさせ回答を委ねるところから。レッスンもほとんど見ていることはなく、家に帰ってから様子を聞く程度、いわゆる「聞き手」に徹することであり、相談役になれることが望ましい。私のキャリアで何年も前からこのことについてはほぼ間違いのない判断基準となるが、親の温度が上がってしまい出来の良くない自身の子供に対して癇癪を起こしたり、練習(レッスン)環境や試合を親が仕切ってしまう子供は大成し難い事実。。レッスンを壁に張り付いて見学したり、試合も毎回子供の視界に入って応援(?)している親を見かけますが、もし子供の成長を少しでも良くしたければ今後の動向を少し検討した方が好転の可能性は少なからず大きくなるはず。。

物事はタイミングの良し悪しでよりスムーズに事が流れたり、その何倍も時間や労力そしてお金もかかってしまったりします。要はそのタイミングを見極めることに意識を集中させること。以前の私は一生懸命に熱く語り表現することが正解と思っていました。しかしながら、必要なことを必要なときに、適材適所が無駄を省き効率的であることにも気が付く年になったと自負しています。直視しているうちは目の前にあることしか見えない、俯瞰で見る目を持つこと、脇見運転大歓迎、泳いでいるうちは海の広さは分からないと誰かさんが言いましたがその通りです。

今年は昨年に比べると成果が得られた年になれました。されど「トライ」することが少なかった年であったことを省みています。これを来年のテーマとし、トライすることでエラーも覚悟するスタンスで進もうと。「乞うご期待!」と豪語したいところですが、所詮私のような小さい人間なので遅かれながら人生を狂わすようなチャレンジはしないでしょうし出来ません。それでも私の周りにいる皆が、今年より少しでもたくさんの「笑顔」が増えるトライ&エラーを実行出来ればと考えています。

今年も一年間変わらぬご愛顧をいただけました皆さんに心から感謝しています。
ありがとうございました。
また来年も共にコートで汗をかきましょう。共に考えて答を出しましょう。共に勝っても負けても挫けず前を向きましょう。そんないい時間をすごしましょう。
よい年をお迎えください。

御礼                       2019.4.30

平成の時代も今日で最後となり、この30年間の歩みは私にとってたくさんの数字を増やす年月となりました。これもご支持および長きに渡りご愛顧をいただいている皆々様方のお陰と感謝しています。明日から新元号となり新しい時代が始まるところ、過去の感謝を「少しでも」お返し出来る様尽力する所存であります。

平成と共に過ごした皆様方に感謝を込めて心より・・・

ありがとう

運             2019.3.22

「何でもそうだけど、あんまり上手くなるとよっぽど気をつけないと、
すぐこれ見よがしになってしまうものだ。
そうなったら上手くも何ともなくなるよ。」

J.Dサリンジャー著「ライ麦畑でつかまえて」より抜粋

ロジャー・フェデラーのツアー優勝通算100回のメモリアルに敬意を表する間もなく、翌々週には早々に「101回目」に王手をかけた「王者」、好調なプレーにもかかわらず新鋭にしてやられた結果、されど表彰台に立つ姿はやはり「右側」であり、手にするカップやトロフィーはより大きいものが良く似合う。シーズン始まりまだ間もないこの時期に、間を空けずに大会最終日の「王者」を見ることが出来ることの喜びは、きっと世界中のテニスファン共通のものだろう。ロジャーの存在はまだまだ大きなものとして君臨する。あの独特のスタイリッシュなプレーが観る者には魅了し、対峙する選手には驚愕となる時間はまだまだ続くことを「幸せ」とすら感じる今日この頃である。

少し季節外れの話になるが、毎年クリスマスには我が愛弟子達に「ささやかながら」のクリスマスプレゼントを贈ることにしている。季節に合った可愛らしい小袋にお菓子を詰めて子供たちに配る程度のものだが、きっちり人数分用意して。もちろんサプライズも用意して。
その中には、一つだけ「当たり」のカードが入ったお菓子袋があり、それをゲットしたジュニアには「一つだけ」願いを叶えてあげるといった演出付き。ただし「願い事」は現実的なものであることが前提となり、年齢が低い子供には理解させなければならないところがまた一苦労だったことも。。オモチャやゲームが欲しいとねだる小学校低学年のキッズや、私のお古のラケットが欲しいとリクエストする高校生も過去には。年に一回のサプライズ、出来る限りの希望は叶えてあげるスタンスであると同時に、私も歳をとったのだろうか、そのリクエストを伺うことも楽しみなのである。そんな中でモノを欲しがる子供ばかりではなく、「時間と空間」を求めるジュニアについてのエピソードを紹介したい。

その年に私が配ったクリスマスプレゼント(お菓子袋)は17~18個、この中で「黄金のチケット」を運よく掴んだのは高校1年生の女子、部活のキャプテン補佐を務め実力も女子№2。何よりも自己実現を求め、№1の先輩に勝つことが一つの目標であり、当たり前だが日々の努力は人一倍でお墨付き。彼女とは1年くらいの師弟関係だが、よく喋り、礼儀も正しく、真っ黒に日焼けした絵に描いたようなスポーツ少女、スイーツに目が無く、試合で勝った日は自分にご褒美と称してケーキを買って帰ると以前に聞いたこともあった。
その日は、3人でのレッスンを受講。レッスン後にプレゼントを渡し、「当り」の存在と意味を説明し、ここまでに配ったプレゼントが10個くらいでまだ「当り」が出ていないことを伝えると、まだ当りを引いた訳でもないのに3人とも悲鳴に近い声で大盛り上がり。同時に袋を開けてチョコレートやキャンディー、クッキーには目もくれずに「黄金のカード」を求め鼻息も荒く年頃の乙女は何処吹く風。。とは言うものの、たいした大きさの袋でも無いので一瞬で幸運を引き当てたのが彼女であったのだが、まさに飛び跳ねて喜ぶ様はまるで漫画の中のキャラクターのよう。他の2人はため息やら羨ましさやら、ほんの少し悪態もついたがこれも愛嬌、すぐに切り替えて、当選した彼女が私に「何を?」リクエストするのかが気になったようである。
普段のレッスンでは見られない彼女達の「素顔」を見た気分、コートでボールを追い険しい顔でラケットを振り切っているのも「いい顔」だが、こんな時に見せる顔もまた「いい顔」であると思った。そんな時・・・

「コーチ、何でもいいんですか?」
「何でもいいってことはないけど、現実的に考えて。」
周りの2人がやれテニスウエアがいい!とか、ケーキがいい!とか。。
当の本人は、じっと止まって考えているポーズ。そして・・・
「お酒を飲みに連れていってください!」
真顔だったので・・・
「おいおい。警察沙汰だろ。マックシェイクなら問題なし。」
近くの1人がチョコレートシェイクがいいと独り言。。
「冗談ですよ。じゃあ考えて決まったらメールします!」
いい笑顔だった。
「了解。」
その後、数日経ってから彼女から「彼女らしいリクエスト」のメールが届き、私としても彼女が良いチョイスをしたと感心したそのリクエストは・・・

「コーチと一日、無理なら半日、無理なら2~3時間プライベートレッスンが受けたいです。」

体育会系の彼女が選んだご褒美は、彼女が一番求めている「テニス上達」の一端を担うべき時間を要求したことに私も喜んで賛成出来た。少しだけ温かくなってきた3月に入り、平日に彼女が学校行事で休校の日に「半日(5~6時間)」びっしり練習をし、「この夏(高2)中までに№1の先輩に絶対勝つことと、個人戦(グレード大会)で優勝します!」と断言、「だから指導よろしくです!」と、しっかりした口調と頑なな瞳で訴えられた私も、背筋が伸びることを実感した。そして彼女が選んだ「クリスマスプレゼント」は、きっと彼女にとってサンタクロースが届けてくれたモノよりも何倍も有意義な「時間」であったのだろう、そしてこんなジュニアが自身の生徒であることもまた、わたしにとって最高のクリスマスプレゼントなのだと。
練習が終わり、迎えに来たジュニアのお母さんに何度もお礼を言われ、手提げに入った小さな箱を渡され、「コーチにクリスマスプレゼント・・・、あっ、もう3月だけど」とジュニア。
パッケージから私の好きなケーキ屋さんのものだと分かったが、「コーチの好きな桜のケーキです。」と。桜好きな私を覚えていてくれたことと、もともと人に優しくされることが苦手な性格、嬉しさと照れで顔が熱くなる。逆に頭を何度も下げてお礼を繰り返す私。次のレッスンの日時を確認して別れたが、人の人を思う気持ちはお金では買えないものであり、その価値観が共有できることに感謝しようと。

今年に入り早くも3ヶ月が過ぎようとしている。季節的なものもあるのだが、新しくレッスン受講の申込をいただく生徒(特にジュニア)がこのところ相次ぎ、新しい付き合いが始まることを幸甚と思う今日この頃。微力ながら精一杯尽力させていただこう。

67歳のジュニア      2019.2.13

暁の朱を
自身の心に重ねれば
今ここに立ち いざ参らん


日々の鍛錬は、目指す山の頂あればこそ。その山頂から差し込む光で真っ赤に染まった我が身こそ、心に燃える士気と同じものであり、同じ温度でもある。挑むために歯を食い縛り、雄叫びすら上げてきた日々が確かな自信を纏わせ、テニスコートと言う大地にしかと立つ姿は今まさに戦に出る武士そのもの。生きるか死ぬか、いざ出陣。

日本のテニス界も今年に入り、錦織選手の全豪奮闘そして大坂選手の全豪優勝と華々しい結果を齎してくれて、ジュニア諸君や一般テニス愛好家に感動を与えてくれて憚りながら一テニス関係者としても感謝の気持ちでいっぱいに。特にジュニア選手にとっては多大な「希望と活力」に繋がったと肌で感じている。彼らにとって、プロテニスプレーヤーとは憧れであり夢である。しかしながらグランドスラム大会本戦出場、ましてや2nd weekまでの勝ち上がりや決勝進出、そして優勝などの実績は、同じ日本人選手こそその偉業を達成出来ていなかったところに、ジュニア諸君自身でも明確なビジョンは投影出来ていなかったことだろう。
たくさんのフラッシュが焚かれる中で、大坂選手が高々と掲げた優勝カップを自身の姿に置き換える子供たちが日本中にどのくらい居たのだろうかと想像すると自分までワクワクしてくる。いつか君達がその場に立ち、そこから見える景色を私に話してくれたら感無量である。

世界を動かしたかったら、まず自分を動かすこと (ソクラテス)

私の愛弟子の一人に、とてもテニスに対して真摯に向き合い自己実現に向けて尽力されている67歳の生徒がいる。学生時代トライアスロンで鍛えた体は、今もなおその肉体の強さを感じさせ、2時間のレッスンほとんど休まずラリーが出来るほどである。週1回のペースを体調の悪化(風邪)で休むことが1~2度あったものの、スタートから現在14ヶ月経過し、時には「強化月間」を計画し、週2回の期間もあり、事前に天候をチェックし雨天時や風の強い日には併設されるインドアコートを先に確保する手際の良さも計画性に長け、意欲と行動が噛み合い、伴い、申し分ない。
何よりも真面目に取り組む姿勢は医師である職業柄なのかも知れないが、ほんの些細なことでも気になれば、とことん理解と納得に至るまで止めないところが素晴らしい。レッスンのスタイルがら、常に「追求と自己実現」をモットーに指導している私にはとってもマッチする受講生の一人でもあるが、そんな私が脱帽してしまうほどのパラノイア的志向の持ち主でもある。例えば...
サーブのテイクバックについて、オーバーヘッドのタイミングで打球面が開いて(上を向いて)しまい、結果ヘッドスピードにロスが出る問題について、いかに面を開かず理想的なスイングの軌道を確保するために、多いときには2時間丸々拘っても納得出来ず、そこから1時間延長した日もあったほど。ちなみに、この問題の解決策として...

①アドレス時の右手首の形
②テイクバック時のラケットの通過点
③テイクバックの最終地点
④右肘の引き具合と高さ
⑤上体の捻りとそのタイミング
⑥トスの方向
⑦膝の屈伸

もともと身長が高く、リーチも長い選手なので、必要なポイントが加味されることで自然とスイングが速くなる。意識して速く振ろうとせずとも、些細な「変化」を意識することが成果に繋がることを知り私の役割も成就出来ている。
レッスンのスタートからしばらくは、基本的な打ち方に対して現状からの変更には「何が」必要か!?フォアハンド、バックハンド、ボレー、スマッシュと、一つ一つの打ち方(フォーム)にたくさんの時間をかけてきた(ほとんどがラリーや実践練習)が、ある時期からハードワーク(振り回し、耐久系)の介入を勧めたところ、拒否されることも構えての提案に対して快諾、本人の考えの中に「肉体的な負荷」は練習に必須であることと、自らそれを求める意向がありこれまた私も意気揚々。最初は軽めに「3分間振り回し(ラリー)」を行ったが、彼にとっては思いの外にハードであったよう、3分後には滴る汗と荒い呼吸にしゃがみこむほど。それでも、これを続けることの意味と必要性を悟り、毎回実施を依頼されることも嬉しい限りである。責任を持って鍛えたくござ候。まだまだ伝えることは山ほども。いや、まだ彼にとって「入り口」に入って直ぐくらいのポジションに過ぎず。考えてみれば、生涯を通して付き合っていてもゴールに達することのは出来ないテーマなのかも。彼の気持ちや目的・目標が変わらない限り時間を共有することが出来るだろう。

指導に限界はあれど終わりはない。もし師弟に別れが来るとすれば、それはすなわち「必要性と価値観」が噛み合わなくなり過ごす時間の意味が軽薄になるとき、またはテニスを止めたとき。指導者が生徒を断ち切ることは例外であり、通常は生徒の意向で決まること。出会うときのテニスに対する温度と師弟関係のキャリアは特に比例しないのが不思議であり必然でもある。「プロになりたい!」「絶対強くなりたい!」「どんな練習でも踏ん張ります!」と申して門を叩き、厳しい指導を望み胸襟開いて向かい入れるも1年も立たずに姿形が見えなくなる生徒もいれば、気が付けばアッと言う間に5年が過ぎて、3度目の関東大会に心とラケットを躍らせる生徒は愛弟子の一人。「1回でも試合に勝ちたい!」と小さな希望を訴えてスタートした生徒が20年以上、ジュニアから大人になり現在も師弟の位置づけに揺るぎない。

師弟に限らず、人と人の付き合いが永遠のものでないことを受け入れることに時間がかかった時もある。別れることはいつでも悲しいことである。思い入れがあればこそ。。
指導に携わり35年以上を過ごし、出会いがあり、別れを繰り返してきた。それでもここまで続けて来られたのは自身の考え方や方法、行動が「正しい方」にあったと自信を持っている。至らぬことは今後の課題としてあったほうがいい。完璧など目指しても無理であって人間らしくないだろう。

さあ、次だ!

初心            2019.1.9

人と比較して劣っていると言っても、
決して恥ずることではない。
けれども、去年の自分と今年の自分とを比較して、
もしも今年が劣っているとしたら、
それこそ恥ずべきことである。

ー松下幸之助ー


2019年、日本テニス界の幕開けは待望の輝かしい結果から始まり、今年日本選手の活躍を大いに期待させてくれるものだった。「10回目の正直」と言えばいいのか、過去9回の決勝進出であれ最後の一つが勝てず本人のみならず悔し涙は日本中のテニスファンを席巻してきた。決勝での敗因は一様でなく、体調不良、調子の良し悪し、もちろん対戦相手の実力の圧倒される試合もあったが、精神的なもろさから粘りの無い淡白なプレーが目立った敗戦ではメディアからも多く指摘されてきたことは言うまでも無いだろう。しかしながら、昨年の彼の出来栄えは「復活」に値するものと言い切れる結果と内容だった。タイトル奪取には至らずとも、過去の肉体的な弱さによる途中棄権やデフォルトが一試合(一大会)もなく、プレーにおいてはサーブ力のパワーアップ(特にスピン系)や彼の代名詞でもあるレシーブ力、バックハンドの精度が抜群に上がって来たことなど。しばしのオフ(と言っても自身の休暇は何日もなかっただろう)で日本のファンを楽しませてくれた後は、フロリダに戻り調整の日々が続いたと言うがプロである以上然り、間もなく開催されるツアー初戦(ブリスベン)に向けてこの「コンディション」を崩さずにスタートダッシュを望んでいただろう。今大会は、先に行われた楽天ジャパンオープンで負けた相手メドベージェフに土を付けての優勝と、上手く雪辱を晴らせたことになったが、これも今後の自信に繋がる成果と言えるだろう。

今年こそ・・・

昨年は女子で大坂ナオミ選手が輝かしい結果を出し、ジュニアやテニス選手、そして愛好家に多大な感動とエネルギーを与えてくれた。ここまでの結果だけでも期待は膨らんでしまい彼ら選手にはプレッシャーも膨らませてしまうだろうが、タイトル獲得は選手自身が誰よりも望んでいることなのだから致しかたない。だからこそのプロフェッショナル、勝てなければ・・・、ただの人・・・、と評され叩かれるのがどのスポーツにも共通すること。
さて、「今年こそは」と期待しよう。そして彼らに大きくプレッシャーをかけよう。それでもそんなプレッシャーは屁のようなものだろう。ならばこそ勝ってほしい。表彰台に立つ笑顔が見たい。

彼らの姿を見ながら、いつか自分もあの場に立ってビッグゲームがしたいと想うジュニア諸君たちが私の前にいる。いくつもの犠牲を払ってでも勝ち取りたいと切に思う選手たち。そしてそれを支え、同じように成長を願う親(家族)たち。誰もが手に掴むことが出来る訳じゃない、それでもみんな踏ん張っている。今年一年でどこまで強く逞しく、そして大きくなって結果を出せるのだろうか。。誰にも分からないが、だからこそ楽しみである。いつか世界で活躍する「彼ら」に追いつけるように。

年の初め、今年の抱負などを毎年考えるがまともに全う出来た例がない。心がけてはいるもののなかなかどうして。。ただ、冒頭に書いた先生のお言葉は何十年も前から念頭に置いている。これも思うようには行かず、その年々により成果は違うが毎年心がけ年の瀬に省みて想うところ多々。今年は昨年の自分よりも1ページ以上の力を付けられるよう、目の前にいるジュニア達に恥じぬよう、想ったら「即実行」の年としよう。

55ページ         2018.12.30

お互い素敵な夢を叶えましょう
一緒に歩いた旅路は果てなく
もう一度輝く星のようにLet me wonder
暗い夜空にまた一つ夢が溢れた
南十字に戯れる星座に願いを

※参考文献として某アーティストの名曲から抜粋

今年もジュニア諸君にささやかながらのサンタクロースを演じる時期も過ぎ、新年を迎える準備を特に何する訳でもなく残すところ僅かとなり、少々焦り気味に本年の「〆」を書き示したく一年前からの出来事を思い出している今日この頃。。
数年来の生徒との「絡み」は時間をかけてきただけに重く太いものになったと自負するも当初から新しい出会い、そして別れ、再開を幾度と繰り返し多岐に満ちた年であったよう。時間と共に変化することは好転であったり暗転であったりすることが、長い付き合いを前提にしていれば「天気」のようなものであり、むしろ楽しいことである。私が本音を言うからこそ相手にも本音で応えてほしく、その「環境(空気)を作る」ことが今年の課題と成果だったと思う。

数年前から実感していることは私の指導者としてのタイプが現在の「スタイル」に適していることである。一生徒の個性を知り、そこに当てはまる言葉や練習方法を探し出し当てはめていく。そこそこ経験は豊富なこともあり知識を駆使しながらピースを探しピッタリしたときには生徒の満足よりも、顔には出さぬが私の達成感が上回るほどかもしれない。多人数のグループレッスンでは手が届かないところを「ギュッと」出来るからこそありがたいことでもある。とは言うものの、全ての受講生と何も問題なく毎回無期限に師弟関係が続くものでもないことは然り。スタートは同じポジション、同じ温度、同じ方向を見て歩いてきた共同体が、時の流れに少しずつズレが生じることはしばしば。。気がついて手を指し伸ばし引き寄せることが幾度と繰り返され、あるときに後ろを振り返ってみると遠く後方に首をうな垂れて覇気のない姿が目に映る。。

自分を変えることが必要なのは「私?」「生徒?」

自問を繰り返す日々が続くこともまた試練と思い受け入れる。選手ファーストを忘れてはいけない。私の仕事と達成感は、選手が求めることであり私のエゴでは意味がないと自分を叱るが、甘ったれたことを繰り返されるとそれにも限界のようなものを感じるからこそ「本音」をぶつけ合いたい。私が目論むコーチングはお互いを知り、認め合う関係を作り上げることであり、これにはやはり共に過ごす時間が必要であるが、その時間一つ一つを大切にしたい。

何よりもありがたいことは私のような自分勝手な考え方の指導に長く付き合ってくれている生徒たち。そして今年も私の門を叩いて共同体が始まったルーキーたち。年を追うごとに出会うテニス人の顔が多くなり、話すことが得意ではないが大好きな私にはこの上なくありがたみを感じる一年であったこと。私は「万能」ではないが想う気持ちは人より深いつもりである。

この人と出会うために千葉に来た(東京出身)
この人と出会うためにテニスをして来た(テニスこそ人生)
この人と出会うために生かされて来た(死なずにここまで)


出会う度にこんなことを考えてしまうのは歳をとったのだろう。。だが、まだまだである。まもなく新しい年を迎え、共に流した今年の汗と涙を笑顔に変える時を向かえる我が愛弟子たち、そして新しいテニス人との出会いとスタートにも心震わされる。糸井栄一、人生55ページ目も「感無量」とまでは行かなくともまずまずのストーリーであったことに感謝である。

数年前まで長きに渡り共ITIスタッフとして踏ん張ってきたコーチ仲間、一度は離れ離れになったが年に数度ではあるが近況報告がてら飯を食い語らうように。それぞれ、個性が違っているものの「いい味」を持つコーチ適任者ばかり。今同じ場所にはいないが、将来を何度も語り合った中でありこれもまた立場違えど「共同体」である。そんな奴らに共に働いていたときに毎年クリスマス時期にはセーターを送っていたが、懐かしさもあり昨年から恩着せがましく安物のセーターを押し付けている。それぞれのコーチに私が見立てたモノを。気に入ってくれているのかどうかは不安だが、年の瀬にお互い一年のガンバリを労いたく顔を合わせる「大義名分」にはなっているようだ。そしてそれぞれが思い描いた「夢」に少しでも前進しているように。いつまでもずっと続くといいと思う、この関係。来年もまた、きっといい年になるだろう。

ITI塾生の皆さんへ
今年も一年ありがとうございました。来年も共に頑張りましょう。皆さんの上達や勝利に微力ながら尽力する所存です。良いお年をお迎えください。
塾長 糸井栄一

勝利の意味         2018.12.6

幼すぎて消えた帰らぬ夢の面影を
すれ違う少年に重ねたりして
夢中で駆け抜けるけれども まだ明日は見えず
勝利も敗北もないまま孤独なレースは続いてく

※参考文献として某アーティストの名曲から抜粋

キッズ・ジュニアのみに限らず、一般テニス愛好家も含め我がITIイズムを求める受講生たちを全て「選手」として指導することの意味には、かつて自身の叶わなかった夢や目標を重ねているのだろうか。。選手にとって何が「勝ち」で何が「負け」を意味するのか。今日、試合に負けたことが「敗北」であっても後に大きな「勝利」を掴むことなど特別なことでもない。だが、それには日々の努力や高い意識の「継続」が必要であり、人はそれを「根性」と呼ぶようだ。


私にとっての「勝敗」とは何なんだろう。。選手として出来のいいショットやプレーの上達、名だたる大会での結果やタイトル、もちろんこれらをもたらす指導が使命であり仕事であることに異存はないが、欲張りなのか何故か本当の勝利は「その先」にあるような気がしてならない。勝つことを知り、負けることを知る。それは勝者には必ず敗者を生み出していることの責任のような。。一介のテニスコーチが知った風な言い方もおこがましい限りではあるが「勝敗」の真意を理解した「人格者」として成長させられることが最終目標(希望?願望?)でありそれが本当の「選手の姿」であって欲しいと。。エゴと言われても、自身の身丈すら大したものではなく人への厳しさを先に出すことも甚だしいが「だからこそ」なのかもしれない。特に子供たちには。。

まだ「勝利」や「敗北」を実感していない日々が長く続くが、人に言う以上私も「努力と根性」を念頭に選手と共に良き時間を過ごしていこう。

頑張れを言わずとも    2018.11.2

「ずっと心に描く 未来予想図は 想った通りに 叶えられて行く」

日々、自身の目標のために頑なになりご両親の絶大なるバックアップや、時に「何か」を犠牲にする覚悟さえ心に決め、真一文字に結んだ唇はまだ幼い彼であっても大人と変わらぬ意志の強さを感じさせ、それは時に圧倒されるほどだが逞しくてなにより。
「プロになりたい」と付き合いが始まり約一年半、当初は年齢の割りに身長はあるものの華奢な体と地に着かないフットワークが最初に目に付いた。体重が乗らず、打点への入り方も曖昧なことが多くショットに勢いが生まれない。極一般的な課題の持ち主で「手打ち」の段階であった。。

レッスンの取り組み方にはショットの向上やプレーの組み立て以外にワークアウトが必須であること、コーディネーショントレーニングなど体全体のアクションと下半身のみや各関節の強化も主立ったテーマとして必要と考えた。しかしながら、これらトレーニングは動作の理論とパターンを教えれば独自で実践することが出来る訳で、あえてレッスン時間にコート内で行うこともいかがなものかと。可能であれば「レッスン前」に15~20分自主的に行えればウォーミングアップにもなり一石二鳥で効率的。トレーニングボールやラダーを使用したワークアウトは今でも欠かさずに行われているが、言うまでもなくその成果は火を見るよりも明らかなものとなり結果に繋がって来ている。継続こそ「力」であることは間違いない。

半年くらい前に所属のスクールを変えたことも大きな岐路だった。聞く話では、当初のスクールではコーチからのアドバイスやマンツーマンでのラリーが乏しくジュニア同士のラリーや実践にほとんどの時間を使い確固たる指導が少なく、私のような外部での個別指導が無い選手は成長もあまり見られないことがほとんどだったようだ。だからと言って様々なジュニアと打ち合うことは選手として対応力や判断力を養うためにも欠かせない環境である。
現在の環境では指導者が個々に対するアドバイスも然り、言葉の使い方も丁寧で子供に対して理解させることを心がけている姿勢を感じると親から聞くので、移籍は良い判断だったのだろう。

出会った当初に勝てなかったジュニア達にも安定して勝つことが出来るようになったのは実力が安定した証拠である。この成果は先ず「ショットが安定」したことにありミスを減少させることが身に付いたこと。そして一つ一つのショットのクオリティーが上がり、結果以前よりも攻撃的なプレーに進化したこと。私はこれらの要因は「フットワーク」にありと考えている。
ショットの安定と威力は「ボールへの入り方」の良し悪しで大きく変わるので、足運びが良くなればより体勢の良い状態でラケットが振れること。さして体が大きくなくても、力が無くてもボールの取り扱い方が上手くなることは必然であり、本来ここを目指さなければ選手として成長は期待出来ないレベルのテーマでもある。彼はそれに達成出来たことが明確であったこと。

コーディネーショントレーニングのみならず、ロードワーク、筋トレ、素振りなどコートに出るまでに行うべき、そしてそれらが上達に必須項目であることを理解し実行した選手は強靭に仕上がってくる。しかしボールは打つがトレーニングはしない(好まない)とやはり上辺だけのショットでは安定域や爆発力は得られないことを口をすっぱくして伝えても行動は本人次第。
コーチとして指導の経験上、行動した選手が大きく成長しているパーセンテージはこれまた火を見るよりも明らかであるからこそ。

彼は最近の試合で徐々にではあるが「結果」も出せるようになり、現状の選手クラスで強化メンバーにも選出されて来年の全国大会予選(全日本ジュニア、全日本選抜ジュニア)に向けてさらに気を引き締めている。

一年ほど前に彼が私に・・・
「コーチは僕が小学生のうちに全国大会に行けると思う?」と・・・。

「これだけ頑張ってるんだから行けると思ってるよ!でももっと頑張れば絶対行ける!と思うよ!」と。

「うん!もっと頑張る!そして絶対に全国大会に行く!」

この返しを今は少し後悔している。紛れもなく頑張っている子供に「頑張れ」は必要ないのだから。この時の会話に現実が近付いていることを実感出来ているのは私にとっても幸せなことである。
来年5年生になる彼は残された時間でどこまで成長出来るのだろう。そして私が彼の力になれることはどこまで出来るだろう。今答えは出せないことだが尽力することが本意である。

人生、生きる意味とは・・・「楽しむ=幸せ」
身の回りに目標を持ちそこに向けて踏ん張っている人間がたくさんいること、そしてそこに携わっていることが楽しくて幸せである。

「プロ」であればこそ   2018.10.24

かなり久しぶりの執筆になってしまった。。
忙しいと言い訳をする気もないが、気にしていただきリクエストをいただいた方々に対して申し訳なさと自身の不甲斐なさに恐縮してしまう。これからはまた定期的(?)に「身勝手な言葉」を書き込み賛否両論の批判もいただこう。

今の段階ではもう「過去」になってしまうことになるが、錦織選手のみならず日本のテニス界に大きな輝かしい結果と空気を流し込んでくれた大阪なおみ選手に敬意をはらいたい。もちろん男子でも西岡選手の復帰、休養期間における退化を感じさせないトップ選手とのビッグマッチには、実力が世界レベルにあることを証明してくれた。そしてダニエル太郎選手のツアー初優勝もジュニア選手初め、一般テニス愛好家に何よりの朗報であった。ダブルスではマクラクラン勉選手の楽天ジャパン2連覇、これも日本のテニス界にさらに勢いづく追い風を吹き込んでくれたことだろう。少し気になるのは杉田選手が昨年の元気がないこと。。ディフェンスに定評があるが今後の課題はオフェンスに向けたプレーの強化だろうか。
そして2年前に全日本で優勝した綿貫陽介選手、錦織選手が太鼓判を押したものの今年の楽天ではラオニッチに「赤子」のように扱われ世界を実感したことだろう。錦織選手は今の彼の年で既にATPツアー優勝しているのだからその実力差は相当なもの。だいたい錦織選手は日本のプロに対して悪くコメントすることは全くない。賞賛の言葉を羅列する、いわば社交辞令と捉えることが無難なところと思っている。個人的に綿貫選手は好まない(好めない)タイプである。だいたい態度が気に入らない。ジュニア時代にはそこで悪評が多く改める姿勢が感じられなかったと聞く。
大会上位に名を連ねる機会が多くなれば目立ち、そこを目指す子供たちの視線も集まることを自覚して欲しい。(少しだけ)テニスが強くて結果を出したことで、人として大成したわけではなくむしろその先に進むためには「謙虚」な姿勢と振る舞いが必要ではないだろうか。彼への指導はテニスクラブを経営する家族と聞いたが親兄弟はそのことをどのように考えているのだろう。

「すべては子供たちのためになるかどうか」

私が彼らを過小評価することは、立場は違えど同じテニス界のステージに立つ以上慎むべきこと(?)なのだろうか。。とも考えるがプロであり、実力者である以上は「出来栄え」で世論から評価されてしまうのが常の世界であり、それを含めて戦う立場にあると考えたい。同じく私の立場も指導者としてのレベルやグレードをそれぞれの生徒(選手)、もしくはまだ見ぬ未来の生徒(選手)が弊社ホームページを閲覧しながら評価されていることを受け止める覚悟あってこその仕事と。ただ、目に見えない「ものさし」で計られていることが私たち指導者にとって脅威であるかどうかは指導者次第。自身を見失えば個性も無くなり、予定調和の顔色伺い作業になれば指導ではなくなってしまう。プレーヤーにショットやプレーの個性があるようにコーチにも攻め方や守り方、そして「武器」を纏わなければコートで戦えないのである。

勝手な言葉を書きまくってしまうが「個性」と捉えていただければ幸甚である。
今年の日本テニス界は世界レベルでマスコミが騒ぎ立ててくれたお陰もあってかなり「盛り上がっている」と感じている。この温度はまだしばらく続くだろう。そしてジュニアのみならず、一般レベルでもこの追い風にのってテニスを楽しんでほしい。
世間的には尋常ではないほど暑かった夏はもう遠いむかしのことのよう。そろそろ缶コーヒーのHOTが恋しくなり、掌の中で優しい温もりを感じる季節になろうとしている。冬は好ましくない季節だが、日本に生きる以上致しかたないことであり数ヶ月間は我慢の時季である。

「楽しむことが道」「晴れのち嵐」「ストロングポイント」「糸ログ」「バックハンドの魅力」「66歳のジュニア」「頑張れ!を言わず」「出会い、生きる意味」「嘘のトロフィー」
etc...
上記、溜まりに溜まって書き溜めたブログのタイトル。近いうちに書きなぐりますので、ご批判いただければと。

熱かった2日間        2018.8.8

2018年の夏は私の大好きな太平洋高気圧が例年以上の活躍を見せ、お陰様で私のテンションも例年以上に上昇しているものの受講生の皆さんにとっては「身の危険」を感じさせる今日この頃。。それでも歯を食い縛り、この夏に少しでも成果を結果に繋げようと奮起する生徒諸君には、自身身を引き締めさせられるがお互いの温度が「足並み揃い」それがいい。
幾度とこの場で「選手」について文字を連ねてきたが、私にとってコートに立ちボールを打つ以上全ての人が「選手」なのである。よってこの時季に滝のように汗を流し、冷えた水分が喉を止め処も無く流れる快感を覚えていれば、例えそれがジュニアでなくても一様に「テニスプレーヤー」と考えている。ましてや酷暑に関わらず私のプライベートレッスンを休まず定期受講している生徒であればこそ紛れも無い「戦手」である。

「夏は暑いほど熱く燃え上がる されどその時は短く過ぎていく」

今年も昨年夏より再開したジュニアキャンプ、昨年以上の参加者数と内容・盛り上がりを見せて無事終了できたことに心より感謝。もともとプライベートレッスンからの合宿だけに個々の時間やコミュニケーションを充実させることがコンセプト、そのため何十人もの大型キャンプこそ目的ではなく今年は7名の参加であったが昨年の約倍の人数、私一人でのキャパはこの辺りがMAXでありオンコートでのよりプライベートに近い指導、ディスカッションでの対話、プールや宝探しなど息抜きに遊ばせる演目でも一人一人に気を配り目を見張るには十分な数字のようだ。私の合宿では何よりも子供たち各自が「主役」であるように思わせられることが目的であるからこそ。

今回のキャンプ参加者7名のうち半数はジュニア選手登録もしていて年間の出場試合数が30以上、残る半数はまだ試合経験も浅い選手たちである。開催前に少し気にしていたことが一つ、経験値の差で温度差や上下関係などの空気が自然と出来上がってしまうのではないかと。。
とかく彼らがそれぞれ選手であるがゆえにレベルにおける優劣が暗黙の了解になってしまうのではないか。。参加者は小2~小4、学年とテニスのレベルは比例していない現状であってこれがどう上下関係を作り上げてしまうのか。。もちろん開催前に、テニスのレベルで相手の価値や評価を決めてしまうことが人として良くないことであることはそれぞれに指導、合わせて年上は年下に気を使い優先順位を譲ることが必要であることも教授していたのだが。。
いざ蓋を開けてみれば思いの外に高学年がしっかりしていて、低学年もとても協力的・有効的であって何より。普段のレッスン時間にはテーマにならないこと、見られない部分がキャンプでは必然的に表れるのがまた新鮮である。

キャンプでは「リ-ダーシップと連帯意識」を学習指導するいい機会。テニスは個人競技だけに個の成長だけに必要なことがプラクティスの大部分となり、一選手として「物事をまとめる力」や「協調性」を学ぶ環境がチーム競技よりも乏しい。テニス選手として「ある程度」の力を付けられたとしても、その先に進むタイミングで上記したスキルが挨拶や礼儀と共に必ず必要になることを少しでも学んで欲しい。
子供にとって「リーダー」と聞くと何か「カッコいい」響きのようだ。2班に分けて班長を募ると半数が挙手、しかしリーダーとしての役割や責任などを説明しあらためて聞くと先ほどよりは少しトーンダウンして2人だけが手を挙げたので勉強のつもりで頑張れと。集合時間、場所、持ち物、部屋の鍵の管理など班長が各部屋のジュニア達に連絡して全員が揃うようにまとめる役割であるが、鍵を部屋に置き忘れるは、朝練の集合時間に遅れるは、その度に全員で敷地内をランニングさせられ少しだけでも責任感の重みを実感し、次回には今日以上の成果を得るためのトレーニングに、そしてこんな名分でも走れば走っただけ脚力のトレーニングになったことを実感出来ていれば良し。きっとこれから大人になって何度も何度もリーダーになっていく「初めの一歩」となれば良し。

キャンプ開催の2日間で各グループ内で6試合するのだが、初日から波乱含みの試合結果がでたのだから自信のあった選手に火が着いたり。私も上のグループに入り参戦したが結果はともあれ試合前のミーティングで「最後まで勝つつもりで戦え!その気持ちをトレーニングすること。諦めたらその場で終了!」の言葉通りの意志を感じられる試合が多かったこと。その意志は彼らの「足」や「スイング」に表れる。走らされても戻りが早い、走らされてもスイングに力を感じる。当たり前のように思うことだが、私を相手にすると開始から数ゲームはまだしも諦める子も多いのが残念なところだった。勝つことが目的であるが、勝つために何が出来るようになるか?出来ていないことを何度も何度も意識を持って練習することが自己実現に向かうための方法であることを自覚して欲しいから。

レッスン(3時間)→昼食→プール(1.5時間)→レッスン(3時間)→風呂→夕食→ディスカッション(1時間)→宝探し→ビンゴ大会
初日だけでもこれだけのスケジュールをこなすのだが、本来ディスカッションのタイミングであくびが出始めて私の言葉が聞こえなくなるところを今回は課題を書くときも大谷翔平のジュニア時代の話を聞くときも、なぜかみんながしっかりしていて...。私も調子に乗って1時間半くらい話し続けてました。その後の「宝探し」がこれまた大盛り上がりで、内容は私が事前に子供達には内緒でホテルの敷地内に70枚のカードを隠しておいて、真っ暗(?)な中で懐中電灯と宝の地図を片手に探し回り、途中私に捕まるとゲットした宝(カード)を没収されてしまうと言うもの。まともに追っかけっこをすれば私に敵うわけないので、事前に私が近くにいるお知らせをしてあげて回避しながらの宝探しだけにワクワクドキドキにイベントとなりました。
思いの外ビビリくん達が多くて逃げてばかりでお宝ゲット出来ずの現実。。
2度ほど中断を入れてゲットしたカード枚数聞けば情けないほど少ない数字。。終了を示唆すれば「まだまだやる!」と。。お宝発表とビンゴ大会終わったのが午前0時半頃だが、早々に部屋に押し込んでもDSやスウィッチなどのゲーム大会で深夜?早朝?まで起きていることは間違いなさそう。逃げて走って疲れて寝てくれるのが理想と言えばその通り。

翌日のプールタイムに「スイカ割り」決行予定も練習時間増やしたい私の意向を伝えると全員から大ブーイング。。聞けばリアルなスイカ割りをしたことがない子供が5人もいたのでここは練習時間を予定通りにして炎天下の中、大声と大笑いのメチャクチャ盛り上がったスイカ割り実施となりました。
今年の夏合宿が彼らのレベルアップにどれだけプラスになったのか、具体的に試合の結果に表せた選手が3名、意識やプレーに表れたのが4名、この数字はハッキリと私の目と心に打撃を与えてくれたのが何より嬉しい。まだまだ夏の大会が続く夏休み、気持ちだけでは物足りないが気持ちくらいは合宿前の自分よりもパワーアップしていてほしい。
キャンプ終了して...

「コーチ、冬の合宿は2泊か3泊にしてください!」

そんな彼はキャンプ参加に足踏みしていたのが嘘のように。。
たった2日間でも真っ黒に日焼けした顔をみてお迎えにきたお母さんたちがびっくりしていました。冬もまた来るけど、きっと来年の暑い夏も皆で来よう。

些細なことでも       2018.6.26

既に芝のシーズンに入っているため少し前の話になってしまうが、土のシーズンも例年通りに「クレーキング」は期待を裏切らず追随する挑戦者たちに大差の強さを見せ付け終焉した。その強さは彼に対してポイントは取れるがゲーム奪取には脅威的なショットやプレーが必要、たとえゲームが取れてもセット奪取を許すことは「膝を着かせる」に値するだろう。決勝戦で対するD.ティエムもフィジカルを鍛え、シャツの上からでも胸囲が増している様は一目瞭然であり、その成果は王者との対戦までに築き上げてきたサービスエースに大きく表れている。2人の過去の対戦は9戦、全てクレーコートでの対戦で6勝3負でナダルが勝ち越している。この数字を見ると意外とキングも「土」で負けているのである。しかしながらローランギャロスでのキングは一回り違うようにも思える。大会により力の出し方を変えることはプロとして思わしくないが過去10回優勝の経験から、さらなる自信を身に纏うことになるのだろう。
全仏オープンで最終日に彼よりも高い位置でコートに立つ選手は誰で、そしてそれはいつなのだろう。。

「芝の王者」は変わることなくその勇姿にオーラさえ感じさせコートに戻って来た。テレビ越しとは言え、現れた瞬間に鳥肌を覚えるも当然であり自身にとっては神がかった存在で、その姿を見られるだけでもエネルギーを貰える。彼がこのような存在であり同じような感覚を有する人々は世界中にどれだけの数がいるのであろうか。。フィジカルも変わっていない。ショットの切れも鮮やかなままである。変わったのはラケットのデザインだけのようだ。以前使っていたラケットの「マイナーチェンジ」でフレーム部を若干、本当に微々たる調整を施し「軟らかく」したようだ。彼のリクエストでその変更は始まり127本の試作から唯一をチョイスしたと言う。

「make it minimal but make it significant」
些細なことだが、それは大きく意味のあること。

今回の新しい「武器」について彼が評したコメントである。この言葉に感妙を得たのは様々なことに通ずる言葉であること。指導理論においても生徒や選手は個人であって、その個々に値するものは見た目や感覚的なものでも僅かな違いで大きく変化することが多い、いや些細なことを変えたり意識することに気が付かないと「大きな成長・進化」は見込めないことも経験の中で幾度と感じてきた。
例えば・・・
●フォアハンドの「左手」を置く位置をほんの少し前に
●ボレーのラケットセットの高さを10センチ変える
●前衛のポジションを30センチ移動する
●スライスでグリップの握り加減を小指から
●ベースラインから一歩前(後ろ)で待つ
etc.
大きな変化は分かりやすく変えやすい。もちろんそのほうが適しているテーマもあるので見極めることも大事である。変えることには勇気も必要だが、「出来ない」「まだ無理」「やらないほうがいい」など、これらの思い込みも大きな弊害であるので「やってみる」に変えられると新しい道が見えてくる。経験に無駄は一つも無いのだから。。

間もなく始まるウインブルドン。「テニスの聖地」と言われる場所で今年も「王者」の素晴らしいプレーが見られることを考えただけでも心躍る。生きているうちに一度は訪れたい場所、そしてそれが「王者」現役の時であれば最高の至福であることは間違いない。王者の「新しい武器」が私の手元に届くのは7月3日、場所や意味は違うもののロジャーと同じラケットで勝負出来ることも楽しみである。

追記
先日、まだ駆け出しの愛弟子である小3のテニスプレーヤーが七夕の短冊に「試合に勝てますように」と。この夏に試合デビューのルーキーである。神頼み?と思うも心配ない。なぜならばきっと神様は願いを叶えてくれるだろう。神様は子供達には甘いのである。それよりも毎日毎日頑張って練習しているのだから、神様に頼まなくても自分の力でも勝てるはず、流した汗の量がその証拠だから。

発想         2018.5.18

「いきなりステーキ」

まだ数回ほどの来店ではあるものの肉を安くガッツリ食べたくなれば足を運ぶ場所になった「いきなりステーキ」。先日も空腹感から吐き気さえ覚える午後に迷わず走りこむ店内は、焼かれた肉の香ばしい香りと喧騒ほどの会話が充満し、オフィス街ということもありスーツ姿が肩を並べ所狭しと混み合う店内は活気と食気に満ち、口いっぱいに肉を頬張る貴兄や注文を待つ間も午前の仕事の打ち合わせの続きなのだろう、会話の語気に熱が入るが既に食事を先に食べ始めている隣席の客のフォークを眼で追う様が彼の空腹感の強さを想像させる。ほどなく出来上がったステーキが目前に置かれ、食べごろやソースについての説明を面倒くさそうに聞いている間も待ちきれず早々に紙エプロンを身に付けての臨戦体勢からの美味そうに食べるその様はご馳走でありまさに人間(動物)らしい光景でもある。

この日、ふと思ったことはこの店のネーミングについて。。良く考えてみれば店名が実にインパクトもあり斬新であること。今の時代、ありきたりの呼称では目や耳も惹かないだろうが「いきなり○○○」とはどこから引っ張ったのだろう、どの発想なのだろう。。
私の年齢になると幼少期に「ステーキ」と言う食事はそうそう手軽に食べられるものではない時代であった訳で、何か「特別な理由」付けがあって食する機会のある献立であった。日本の食文化が米を主食とした(して来た)ものであり、肉はおかずでありましてや「塊」は贅沢な食材として認識していた時代を経験しているが、現代では流通が進化しアメリカやオーストラリアからの輸入が容易になり肉のみならず様々なものが手軽にリーズナブルに手に入る世の中のシステムが構築された恩恵であろう。だからこそ、この時代だからこその「いきなり」が当たり前のようだ。特別であった肉が、ハレの日の象徴であったステーキが日常に当然のようにランチタイムの選択肢の一つに鎮座出来る時代に変化していることに今更ながら気付かされてしまった今日この頃、そしてその時代にマッチした店名の発想に感心する今日この頃。。

テニス(レッスン)界にも時代と共に「変化・進化」があるのではないだろうか!?・・・と考えて何年もの時間が過ぎている。「きっと何かあるはず!」「人がまだ気が付かないことがあるはず!」と観点を変えたり順番を並び替えたり、試行錯誤を繰り返すが「これ!」と言うものは見つからない。指導とは一辺倒なものではないはず、レベルやタイプ、環境や目標値によって方法は幾通りもある訳だが。。見方を変えれば指導とは「治療」とも考えられる。医者により治療方法は様々、東洋もあれば西洋もある。

「いきなりゲーム」

基本を教えることが最初と決めたのは何時誰なのだろう。。テニスとは試合(ゲーム)をすることが本質であれば最初にゲームをするべきではないのだろうか!?テニスの本質を身を持って知ることで基本の重要性を理解し練習出来る。初心者だからこそ全体を見る機会が得られないことが多いはず。「いきなりトップスピン」「いきなり平行陣」「いきなり試合出場」などなど大いにアリだろう。
自身、レッスンのコンセプトがら初心者との出会いは希少であり機会が得にくいが、レベルに合わせた練習テーマやカリキュラムを見直すヒントを貰えたように思えたことに感謝。「拘り」は一長一短、時に視野を狭め時代の変化に気付かない要因となることに気を付けたい。

今回、肉を食べたお陰で一つ教えをいただいたような。。アイデアやヒントは街中にたくさん転がっている、それに気付けるかどうか!?テニス上達のヒントも、きっと目に見えていたり耳に聞こえていたりすることの中にたくさんあるはず!気付けるかどうかはアナタ次第!?ただこれだけはハッキリ言えること・・・

気付ける人はいつもテニスのことを考えている人

桜・・・       2018.4.12

「きっと咲く 春になれば桜は花開く」

花の命は儚く、その様は物静かであれ堂々とし咲き誇る。夏に青々とした葉はたくさんの陽を受け栄養を蓄え、冬の厳しい寒さが硬い蕾に力を宿しその日を待つ。花開き満開を彩る時間は短いが人々に至福の喜びを与え春の訪れを想わせる。

・・・とは言うもののとても冷めた乾いた思考になるが、待ちに待った時を感じられるこの瞬間のための尽力は微塵もなく、「生きる」ことの本能が自然の摂理に基づき流れの中で起こりえた事実に過ぎないことと解釈出来る。余計な外的要因をもたらさずとも自然体でいれば成長するものである。ならば選手達は何故必要以上に努力し、酷使し肉体を鍛え上げなければならないのだろう。それは競技であり「ライバル」の存在あってこその競争心から、他の追随からより前に出ようとする意志が肉体的にも精神的にもより強靭なものを求めるが故。。
桜にはライバルがいないのであろう。競争する意識はないのだろう。争わずとも咲き誇るその姿は慎ましくそして何よりも美しく輝いている。

ジュニア諸君の春はグレード大会(ダンロップ選抜、県ジュニア、全国小学生/中学大会、毎トーetc.)が続き、我がITIの愛弟子達は予選からの出場選手がほとんどではあるものの安定して本戦に上がれる実力者もいれば予選で悔し涙を流すことが続く選手など諸々。春だけのことではないが、この時期の大会に向けた日々の実直な姿勢が試されることもあり、みんなの表情は凛とし硬いながらも自信に満ちた挑戦者の目をしていることが嬉しい。
ここまで繰り返してきた日々の練習(レッスン)は決して生易しいものではないだけに早々簡単に終了となる訳にもいかないが、本人のみならず選手を影から見守る父母のご意志もひしひしと感じられることで会場の空気がさらに緊張感を増している。感情を相手に向け表情や言葉に出すことは先ず無いが親同士の高温な感情がカオス状態となって渦巻き、選手以上の熱ささえ感じるのである。勝てば何も問題はないのだが、負けてしまえば「怒り」さえ露になるが無理も無く、その怒りは自身の子供に向けたものに留まればまだしも、時には対戦相手の子供に感情むき出し、稀ではあるが一言二言捨て台詞の親の姿はいただけない。

今日現在、残念ながらまだ「大台」に乗った結果を出せたジュニアはまだいないが大会毎に成長の成果が見られ、本人も自信を付けている選手の笑顔が素晴らしい。夏に向けてシーズン真っ最中。まだまだ「成長途中」であり、私が怒鳴り、ボールを打ち込み、発破をかけることが必要なところと、自然に任せていてもすくすく伸びて行くことと、上手くバランスを考えた「仕事」をして行こう。

「成功(成長)するための失敗をすること」

新年度を迎え、学年が一つ上がり体も心も大きくなるだろう。中学生に上がったジュニア、制服が一回り大きいのは仕方ないこと。その大きさは将来大きく成長するための「余裕」なのだから大きなことを目指そう。目先の失敗を怖がらないで。いつでも私が守るから。。

自分の時間         2018.3.16

「自分だけの自分の為の5分間」

5分間で何が出来るだろう。。意味や目的、制約を持たなければあっという間に過ぎてしまう時間。朝の5分間はたくさんなことをこなせる有意義な時間となるが、同じ時間でもその出来栄えには大きな差があるものだ。
レッスンの中で生徒に自由に使っていい「5分間」を与える。もちろん練習を前提とした時間だが、その使い道は生徒様々。5分間あれば定点からの打ち込みで120~150本、前後左右の振り回しで100球前後の球数が一度に連続で打ち込める。苦手なショットを少しでも!と前向きな選手、得意なことを更に精度を上げるため!と考える選手、それぞれがマネージメントするテーマに各選手の意識の度合いも伺える練習でもある。
「5分間」の使い道で大きな飛躍が望めることは難しいが、意志を持ちテーマに没頭出来れば十分に力を付けポテンシャルを高めるに値できる時間であることを選手達に伝えなければならない。実のところ、ここが選手の上達の速度に大きな関係を意味していること、何時間もダラダラ練習していてもなかなか身に付かないことが短時間で感覚を掴むことが出来る意識の持ち方になる。
されどなかなか自分のためとは言え、「5分間」自身のテーマで自由に指導者を相手に練習で使えることは口で言うほど簡単なことではないことも理解している。プライベートレッスンであれば時間、カリキュラムとその順序や度合いは自由だが、グループレッスンでは人数や制限時間によりそうも簡単には行かないだろう。されどプライベートレッスンであってもカリキュラムの「時間の区切り」は大切である。むしろ人は時間の制限があるからこそ引き出される能力を持っているから。

テーマに必要なメニューを「どのくらい」の時間や運動量こなすか?何十分も果てしなく続けることが有効なこともあるが「限定」こそ意識が高まり吸収力が向上することは何にでも共通していることなのだろう。
同じ(ような)意識で、同じ(ような)時間、同じ(ような)練習をしていても気付きや体感、筋肉の苛め方で身に付き方にも長いスパンで考えれば大きな違いがあることに気が付くことが必要であり私達が伝える重要なことの一つであること。

日々、春への時間が進み長かった冬が少し遠くになったことを実感でき嬉しくワクワクする時季である。梅は花開き桜は蕾が膨らみ始めている。しかしながらこの時季、のんきなことを言ってられないのがジュニア諸君、県ジュニアを初め春休みを中心にグレード大会が5~6大会続く。通常のレッスンに追加してレッスン数を増やすジュニアも多く、コートでの気迫は声の大きさと流す汗の量に表れている。少しでもいい結果を出して欲しいと思うが、勝敗以上に悔いの無い試合が出来るようにと。。まもなく桜も花開くことだが彼らにも満開の笑顔を期待したい。

自信を持たないスタンス  2018.2.16

しばらくぶりのブログにキーボードを走らせる指先が少々緊張気味を憶えるが、待たれている方々からの声に「やっと・・・」と言われてしまいそうだが、応えられるよう言葉を選ぶこともまた愉しく。
ロジャーの全豪連覇でGS大会20回優勝に感極まり、喜びのみならず今年もまだまだ健在であることに感動するも、奥がましいが自身と重ね合わせ「俺だって!」と何故か勇気さえ湧き出す今日この頃。。「テニスの楽しみ方」には幾つかのタイプがあり、ロジャーのテニスを観ることでそのプレーに感動したり、テクニックやパフォーマンスの学習になることのみならずテニス人としての在り方、生き方、人生の肥やしや指針にさえ値すると感じている。まだしばらくは私にもエネルギーを与えてくれそうだ。

アスリートにとって自身の能力を存分に発揮するために「自信を持つ」ことが課題となり重要視される。自信があるからこその躍動が結果をもたらすことは精神的にも物理的にも科学的根拠が示す合理的事実でもある。しかしながら、時と場合によってこの「自信」という目に見えない感情のようなものに頼りすぎて裏切られてしまったり振り回されたりとなかなか当てにならなかったり。。私ももちろん自身を選手としてプレーをする際に「自信」を持ち余裕と強い気持ちで望むことは必然である。不安を抱き、結果を気にしながら恐る恐るラケットを振っていて思うような結果が得られる可能性は低く、そんな自分が嫌になることも多かった。単なる精神論だけの「自信」では根拠もなく気合いのようなもので終わってしまう。
そんなことを考えながらプレーをしていたときにふと思いついたことがあえて「自信を持たない」で取り組むこと。逆転の発想である。出来ることや可能性の高いこと、いわゆる自信のあることでもより慎重になることである。少し想像してみていただきたいが、この結果で得られるものは「精度が上がる」こと。「精度」とはショットのクオリティーでありプレーのパフォーマンスであり、戦略的思考もぼやけた視界にメガネをかけた時ほどに鮮明なアイデアが目に浮かんだほど。今までに「もっと自信を持て!」と怒鳴りまくっていた私を省みることになる瞬間でもあった。とかく職業柄、(手抜きではないが)生徒のレベルに合わせて必要なことで済ませてしまうことも多い実践でも、あえて本気で取り組んでみると見えなかったものが見えてきた。出来ることや見えるものが増えてくる。皆さんもお試しあれ!

なんでこんなことに気が付かなかったのだろう!?

あらためて気付きや発想の転換力が大きな変化・進化をもたらすことに驚くほど感心し、指導者でありながら選手として一歩前に出られたように感じたことで自信が付いた・・・、いやいやここで自信に頼ると元の木阿弥ってヤツ。。何事にも謙虚であることの必要性ってどんなに成長しても達観しても忘れてはいけないことの一つ。指導者ってことで「教える」立場だけのスタンスでは自身が成長出来ないことに気が付かなければ。「教えよう」と「教わろう」は背中合わせ、今年はロジャーと一緒でいいスタートが切れたと想う今日この頃。

ここ最近、愛弟子の一般女子達のシングルスデビューが続きその経験から大会後に「扉が開けた」とのコメントが相次ぐ。誰もがいきなり楽しい時間を過ごせたばかりではなく、むしろ緊張や不安から逃げ出したくなったとのコメントも聞こえてきたが、終わってみれば思い通りにテニスが出来なかったことの悔しさが上回り、さらなる努力を受け入れてでも達成したいと意気込む心意気ばかり。これがまた嬉しい。彼女達に付いた火種は今、大きく燃え上がって次のステージを見据えていること。
我がITIはジュニアばかりではなく一般クラスのテニス人たちも燃えているのである。
その炎に大きな風を送りさらなる燃え上がりを起こすことが私の得意なところである。
さあ、燃えていただこう!!

いい顔        2018.1.12

2018年最初のブログである。。
昨年は月を追うごとにスケジュールが過密化し新たな「テニス人」との出会いやレッスン数の増加で自身の時間が希少となり、日々コートで思い存分自分らしさを発揮できた半面事務的な作業にも追われることと、嬉しいことと判りつつも不器用な自分に溜息が多くなったことと。。
職業がら、プライベートの時間をも生徒の時間に使うことが必要な立場にあり、コート内での時間をより充実する準備があってこそのレッスンと踏まえている。言い訳とも思われがちだがそのためかホームページ更新やブログの書き込みが滞り、心配からかお怒りからか幾度とお便りいただいた近郊および遠方の愛読者(?)の皆様方、新年の抱負にも掲げた「昨年の自分がライバル」と称し本年より新たな気持ちで参りますので変わらぬご愛顧のほどよろしくお願いします。

・・・とは言うものの本業は物書きではない。手にするはペンではなくラケットな訳で私の本質はコート上の出来栄えで評価をいただきたいのが本音である。何よりも選手(生徒)の自己実現、目標達成が私の使命であり望むところ。努力や精進のその先にある確固たる「結果」をもたらす年になるようテニス人の意識に応えたい。

昨年暮れクリスマス頃と新年三が日明けにジュニアキャンプを開催したが、ここで顔を合わせる子供達は約半年ぶり、全員いい顔をしている。学年(小3~4)も並んでいること、全員がアカデミー所属の選手達だからこそ自然とお互いがライバル視となるが必然でありこれがまたいい。半年の時間は彼らの進化や変化が著しく表面化され、結果の違いを目の当たりにすることでメンタルを刺激し合える。
半年前には大差をつけて負けなかった相手に負ける事実。ショットの威力、ミスの少なさ、競った試合内容が上達していることに気付かされると同時に、「相手の半年間と自分の半年間」を重ね合わせる自分。怠った努力を後悔していればここから始めればいい。レースはまだまだこの先何年も続くのだから。抜かれ、追い越し、また抜かれ、そしてまた追い越す。しかし負けたことを悔やむばかりで何も始められなければ、半年後にはさらに実力差は大きく開くことだろう。
私の勝手な希望(願望)の一つに愛弟子達は皆、僅差で走り続けて欲しい。頭一つの差が望ましい。「もう一息で追いつける!」と思う距離は意識を明確にさせ奮起しやすいが、あまり大きな差では羨望の眼差しとなり可能性を見出せないことも多い。デットヒートこそ踏ん張り、sそしてアクセルを踏み続けられるのである。


昨年、私の生徒たちが各大会で出した結果はもちろん様々。優勝を繰り返し自身の年齢以上のクラスに昇格した選手もいれば、テニスを始めて3年やっと初優勝を飾った選手、しかしいまだ勝利を味わったことのない選手も。何もせずに黙っていて上達する選手はいない。気が付いたら強くなっていたなんておとぎ話。だから皆頑張っている。頑張っているからきっと強くなれる。大丈夫。絶対大丈夫。

私の愛弟子達全員に今年最初に伝えたことば・・・

「昨年の自分がライバル 昨年の自分を越えろ」

アウフへーベン       2017.12.9

師走が何かと忙しく動く時期が当たり前のように思うが、よくよく考えれば仕事に追われる立場であればなおのこと。この歳までの経験から「仕事を追う」職種であればこそ周りや時間に追われなくとも生徒(選手)のパフォーマンスやメンタル、試合結果を注視していると時間も忘れ、気が付けば街中には綺麗なイルミネーションとジングルベルの心地よいメロディーに癒されている。冷たい空気が気を引き締めてくれるが、やはり寒い冬は苦手である。

ジュニア諸君、今年最後のグレード大会も架橋に。調子が上がった選手もいれば力が入り過ぎて空回りに終わってしまった選手は、自身の不甲斐なさと親からの説教に意気消沈、今年の集大成がまとめられなかった悔しさを来年のエネルギーに変換できることを願う。。
本人の「力以上」を親が期待してしまうことはとても危険であり、成長に大きな抑止力となる場合を幾度と見てきた。親が奮起させようと叱ることにおける子供への影響は一長一短であり、至らぬ結果や出来ないことを繰り返し指摘しても打開策にはならない。選手はあるレベルに達すると年齢に関わらず「自覚」し現状の調子や試合結果について自身なりの考えや回答を出すように、これは「自信」を持てるようになった証拠であり成長の証でもある。もちろん経験者(有識者)からすればまだまだ未熟な回答や判断も多々見受けられるレベルであるが、これを完全否定してしまうことは賢明ではなく成長を止める影響力もある。

「認める」こと。そして「促す」こと。

自我を確立した子供は大人への道を歩み始める。いろいろな意味でこれまた年齢に関わらず選手として強く成長するためには「大人」になることが必要である。
「なぜ負けたのか?」「なぜ調子が悪かったのか?」。。結果がいつもいいとは限らない。勝てる(と思われる)相手に負けることも経験の一つであり、その経験があってこそ気付きもある。その気付きが大きな収穫となれるよう我ら指導者は彼らを促そう。自分達が成長出来た頃、良き先輩やコーチからいただいた言葉を思い出しながら。。

今年は昨年以上の活動が出来た年になったが、自己満足で終わる気はない。それは選手達が私の指導で「何か」を掴まなければ私の力不足に終わるだけだから。。来年は今年以上でありたい。選手も私も。過去(今年)の自分を変える年になれるよう。

永遠の課題~フォアハンド~ 2017.11.10

ここ数日で一気に季節が進み、夕方以降には肌の露出が寒さを感じる今日この頃。
昔から流行には過敏な性分、この季節は風邪を運ぶ時期でもありすかさず喉をやられて咳が止まらず、普段コートに響き渡る我が「美声」も鼻にこもったらしからぬ別人と化している。
安静が一番の選択であろうこの体調でも、愛弟子が待つコートに向かわない訳にはいかず踏ん張る。少しトーンを落としてレッスンしようと思うものの、いざラケットを持てば低く濁った声を絞り出し、球出しと声の連打はいつもと変わらず周囲のコートに迷惑をかけているような。。。一日の終わりには声は擦れて帰宅後に家族とも会話が出来ないほどに。幸いなことに発熱せずにいられること、なんとかこのまま沈静化し治癒を目指したい。そのためによく食べ、よく飲み、葛根湯、熱い風呂に入り即寝るべし。

テニスキャリアと指導歴は長きに渡り、自らテニスを愛するからこその人生と踏まえるも自身にももちろん「苦手」も幾つかあることは然り。中でも幼少期から今だに課題(難題)として取り組んでいるのは「フォアハンド」である。それを知っているジュニア諸君は私のフォア側を狙ってくるがまだまだ甘い。。一般的には聞き手側、自由が利くはずのショットパフォーマンスであるから得意とされる選手も多いショットであるが、同じくお嘆きの貴兄には同意されることと思われるが自由が利くだけに形(フォーム)が定まりにくい。もちろん誰もが教本通りに同じフォームを見に付けることはありえないが基本的な要素、例えばよりスイングスピードを向上させるポイントを考慮した場合、足の運びや軸の置き方、上半身の向きや下半身との連動、ラケットの軌道、スイングの大小など選手それぞれの筋力や運動能力によって大差が生じることは必然。グリップ(握り)の厚さの差は打点の違いやヘッドスピードの走らせ方も違ってくる。テイクバックは大きいほうがパワーアップに繋がると思えば、小さいほうが下半身の力を伝えやすかったり。。

必要だと思って続けていたことが不必要であったり、意識していることで逆にシンプルでなくなってしまうことだったり。。

そんなフォアハンドについて改良に改良を重ね、今だに熟考している中で「体の開き」について私なりの見解をお話したい。
よくこの体の「開き」についてはプロの試合で解説の方々からも発言される言葉の一つで、特にミスをすると「体が開いてしまって・・」「体が開くのが早かった・・」など。確かに開きが早いことで時間軸を考えれば打点もずれてしまい面の向きや力の伝わるタイミングも変わり十分なエネルギーがボールに与えられず失速や上手く回転がかからずコントロールが損なわれてしまう。相手からのボールのスピードや質、弾道を考えて上手くタイミングよくスイングフォームの開始を行えなければならない。ただ、後ろに引いた(テイクバック)ラケットを強く大きく前方に振り出す以上体を開くことは必至であり、体の回転(開き)があるからこそのパワーアップとしてフォームを身に付けたいのである。

そもそもフォームありきの結果なのか?結果を求めたら成るべきフォームになったのか?

個々の肉体は千差万別であり、誰もが同じフォームを適用されることは無いと考えている。
個を伸ばすためには、各自が持っている筋力と運動能力にあったフォームを見に付けることがより上達への近道でもある。スイングした時にストレス無く軌道どおりにラケットが振れたら、それが自身にとって見合うフォームとなりさらなる強化と安定に必要な練習を繰り返し習得するべし。あまり感心しないことは教科書どおりのことに拘り過ぎて自身を見失ってしまうこと。やるべきこと、目指すことは「何?」を間違えないことである・・・、と言うことにフォアハンドを通して長きに渡り教えられ気付かされた私自身である。しかしながら私にとってフォアハンドはコートに立つ以上永遠の課題であることは間違いなさそうだ。まだまだこれから。日々精進。

人は人生の中で「等身大」であればいいと認められることと、「身の丈以上」になることを求めることがあっていい。いやあったほうがいい。努力とか我慢とかを覚悟出来ることならば。それが生きがいとなればきっと幸せな人生となれるだろう。

エピソードエポック    2017.10.27

「テニスの手本」となるロジャー・フェデラーは上海の勇姿を地元スイスに移し、更にアグレッシブなプレーはその輝きを増したかのように。まるで「戦うことを楽しむ」様相さえに見えてくる。彼のファンは世界中に多く存在するがゆえ「アウェー」に値する場所は無いに等しいだろう。もちろん彼以上に熱愛するプレーヤーを持つファンにとっては対峙すればその通りの応援であろうが、ロジャーを完全に敵視していることも少ない・・・のではないか。。

彼のプレーを見るたび「神」を崇めるような視線で救われたり、鋭気を授かったり、ただテニスが上手い(強い)プレーヤーに留まらず、アスリートとしての立ち振る舞いが「人格者」であることを証明している。
表参道での遭遇で自身の中で起きた「変化」を感じる。それはとてもとても不思議な感覚のもの。ただ同じ空間に滞在し、彼の視線や息吹を感じただけで未来への目線が大きく開けたこと、何か力を充電出来たような。。それはまるで「魔法」のように。やはり彼は「神」なのだろうか。。

あらたな選手との出会いが続き、将来の目標に向けた意志・意欲を耳や肌で感じることに胸を躍らせている。彼ら(キッズ・ジュニア諸君)にはそれぞれ「タイプ」こそあるが、目指すものに大きな差はない。ほとんどの子供達はアカデミーに在籍し、週4以上のレッスンを受講しているが最近気になることがあり、アカデミー在籍でいながら私へ話す言葉の中に練習内容や指導者への不満、もっとも不満が無ければ他の指導者を探し私に辿り着くことも無かった訳だが。。中でも気になることはコーチからのアドバイスが希少であることと、対コーチとの練習(ラリー、試合)がほとんど無いことをほとんどの選手が口にする現状。練習のほとんどが生徒同士のラリーや実践練習であり、聞いていればそれは指導者のいない部活動のようなスタイルであることに気付く。それぞれが勝手に自身の判断でボールを打つだけの日々が続いているような。自身の判断があればまだ、何も考えず目的も無く、練習していることだけで満足していても上達は出来ないし試合にも勝てないが当然である。フォームばかりに意識があって実践に当てはまらなかったり、強打ばかりでラリーが出来なかったり、ただ入れるだけのサーブであったり。。試合に出ても勝てない・・・、いやそれ以前に成すべきことを習得するためのレッスン(環境)がなければ何度出場していても自身以下のレベルにしか勝てないであろう。だからこそライバル達の動向も気になるところで、練習環境や良き指導者の模索に余念がないことは必然となる。

「アカデミー」ってなんなんだろう?

ただ選手になりたい、試合で勝ちたい、もっと強くなりたいと思う子供達を集めたクラスに過ぎなければ、個々の選手達が一般的なジュニアクラスの子供達と差をつけて上達する環境ではないのではなかろうか。。全てのアカデミックなレベル設定を否定することもないが、私と出会う選手志向の子供達(親)の多くが同じ言葉を繰り返す事実に失望さえしてしまう。

過去20年以上、部活動だけで全国大会に出場したジュニアは一人もいません。その成長と進化にはテニススクールやプライベートでのプロ指導が必然であり、どんなに個で努力をしても成せることではなかった事実。しかし、現状では選手育成レベルの環境下にいても別に個々の練習環境を得ないと高みを望み難いほど自己実現には希薄なものと化しているのでしょうか。。

私との出会いで全ての選手達が結果に繋がった訳ではありません。まだ途中の段階である選手もいますが、本気で取り組んでいる選手には道筋が見えて上達していることに間違いなくやがて結果に繋がるでしょう。足踏みが続く環境から前に進める「起点」となることが私との出会いの意味なのです。
「1年前に出会いがあれば・・・」と言われますが、1年後に出会うことを考えればいまは1年前なのですから。この時間を大切に真摯に向き合い、ただただ選手の満足(成果)のために。

遠方からのオファーにお応え出来かねていることに心苦しくしています。少しでも微力ながら力添えになれたら何よりと。少しでもテニス上達のきっかけになれたら本望です。

今年も残すところ2ヶ月ちょっと。12月に入れば師が走るほど忙しくなると言うが私は年中走っている。このまま選手達と無事に走りぬけよう。いい年で駆け抜けよう!

最高のご褒美     2017.10.6

人生の中で、偶然が幾つか重なるとそれはまるで「運命」や「宿命」であったかのように思え、時に不幸を時に最高の幸せを与えてくれる。特に因果関係もなく、ただただ偶然に起きた事実でも「現実は小説よりも奇なり」なのだろうか。。しかし、何か目に見えないものにレールの上を牽かれたほど、時間と共に私たちは「彼」のいる場所に導かれたように思えた。

昨日、例年通り楽天ジャパンオープンの観戦とレポートに有明に向かう予定があった。ご存知のように今年の今大会は錦織選手を筆頭に大会前に予定出場選手の欠場が相次ぎ、チケットの先行発売時点で必死になってPCやスマホ操作に夢中になったテニスファンには落胆も多かったことと。前々日に自身が今大会で一番注目していたティエム選手も初戦敗退、続いてダブルスも2回戦で姿を消してしまい正直大会への期待はほとんどなくなってしまっていた「事実」。試合のオーダーを見れば夕方からの杉田VSラオニッチ戦以外は魅力を感じないカードに、朝からスローペースで時間が流れていた。。
前日には2週間ほど前にオファーをいただいた新規のテニス人との初レッスンで神宮外苑を来訪していたが、並木通りの美しさとお洒落なカフェがなんとも魅力的な場所であり有明入り前に美貴さんとかなり久しぶりの東京デートと洒落込むことに2人して意気投合。気持ちと足が有明ではなく青山方面に向いたことの「事実」

そして前日外苑から帰宅途中に一生徒から「緊急情報!ロジャーが明日来日!」と耳を疑い聞き返してしまいそうなほどの衝撃的な情報をもらった「事実」
青山のナイキショップでトークライブを開催するなどの情報で車を止めてスマホ片手に情報漁りまくったが場所や時間、観覧方法などが明確に見えず。それは「勘」のようなものなのか、青山のナイキショップと聞いたものの頭に浮かんだのは表参道の店舗で明日のランチ後に足を運ぼう、ひょっとしたらロジャーファンで埋め尽くされた状況でも一瞬でも彼の姿が見られればと一分の望みは既に楽天ジャパンオープン観戦を忘れさせるほど大きく膨らんでいた。

当日になり、ロジャーのトークライブの詳細が幾つか明らかになったものの外苑での食事を済ませた私たちはダメ元の気持ちの中にささやかな期待、その思いだけが足を軽くし一路原宿のナイキショップへ。青山通りから表参道を入り坂道を下る中、人ごみを歩くことはあまり好ましくない性分も今日はなぜか心地よささえ感じる。すれ違う人たちの表情に優しさを感じられるのはなぜだろう?
ショップに到着して店内に入り、迷わず店員にロジャー来訪について質問したところ少し戸惑うものの小声で滞在の意と仕草を表現してくれた。

「この建物の何処かにがいる!」

そう思っただけで体が熱くなってきた。しかし店内外にさほど「ファン」の姿は見当たらない。なぜだろう。。「ロジャー!」と少し大きな声を出せば届きそうなほど近くにいるはずなのに彼を慕い神のように崇めるファンの群集はどこにも見当たらない。。
店内にてシャツやシューズを見ながらなんとなく彼が登場することを期待している。今から何時間でも待つことは厭わないが彼の姿を見られる保障などどこにもないことも理解している。
そんなことを考えながら美貴さんと一度店外に出て今後の動向について話し始めたその時、目の前にいた男性が「来ました!」と対面しているスタッフに小さく発した声が耳に入ってきた。

えっ!?まさか!?・・・

イメージしていたよりも少し大柄だがスタイリッシュなそのテニスプレーヤーは無表情な凛々しい顔で立っていた。ロジャー・フェデラー、紛れもなく本人である。私から2~3メートルの場所に数名のSPに囲まれながらショップに入っていった。私たちも磁石に引っ張られるように後を追う。数人のファンたちも一緒だが皆が口々に興奮し声にならない声を繰り返している。
体の熱は一気に高騰し鼓動が激しく体中に血を巡らせ汗が尋常ではないほど流れ始めたことを今でも鮮明に実感している。
彼を追いながらスマホの動画撮影を続ける。時折彼と目が合う(・・・様な気がする)。
今回のイベントで着るウエアを選んでいるのか、何枚ものシャツやパンツ、そしてシューズを履き替えながら気に入ったものをスタッフに渡す。幾度と私の横をすれ違い、彼の腕が私の上着に触れた時には目が眩み倒れそうになる。
滞在は30分ほどで関係者共々ショップ前に止めた車に乗り込み消えて行ったがその後興奮が止まず「人生で最高の30分間」だったことに気がつくには少し時間が必要だったようだ。

後に分かったことだが、トークライブは新宿で行われ会場には朝から私同様に彼を一目見たさのロジャーファン達の群集で埋め尽くされていたと。原宿のショップに立ち寄るスケジュールは何処にも発表されていなかった。私の思い込みが結果的には手を伸ばせば触れられるほどの距離、彼の息遣いやすれ違う瞬間の緩やかな風さえ感じさせてくれた。

元を正せば、楽天ジャパンオープン観戦の日程を決めるところから始まっていたようだ。
この木曜日に決まったのも偶然であり、当初は対戦カードを考えて水曜もしくは金曜を考えていたが、その時のレッスンスケジュール上木曜日に決まったこと。もしワウリンカや錦織が予定通り出場して勝ち進んでいたら?トークライブの会場が正確に把握してしまっていたら?
外苑でのレッスンオファーが無かったり、タイミングが違っていたら?もしナイキショップを出たタイミングがもう数分早かったら?・・・
どれか一つでも条件が違っていれば今回のコンタクトは無かったと思う。そして普通の一日が過ぎて行ったのだろう。もちろん彼に会えることは他に代えがたいほどの価値と思うが、今回は熱望したまでのことでは無かったが、きっと神様がご褒美をくれたと解釈している。11年前にコートサイドで彼の試合を観戦できた日の帰り道も同じように興奮していたが、ここまで至近距離で「再会」出来るとは望むまでもなく偶然が重なり合ったことも信じ難い。何か目には見えない特別な力が働いたような気がするが、子供のときのように神様の存在を実感出来た一日であった。

人生とは良くも悪くも様々な出来事を繰り返しているほうが楽しいだろう。もちろん全てが良いことばかりではないが、何もないよりは「何か」あったほうが刺激になり感情も豊かになれるだろう。そして結果がどうであれ何があっても挫けず継続することだ。きっといい結果は何時か出せる。きっとご褒美を貰える。
テニスを続けていて良かったと思う。そしてこれからもずっと「テニスと家族」が人生であることに間違いない。

テニススクール今昔  2017.9.29

心地よい疲れを回復させてくれるのはイーグルスの「take it easy」を鼻歌混じりにイヤフォンで音量上げて聴くのがいい。下手な医者の言うことよりも効果覿面である。。

ブログ更新が3週間ぶりであることに自身も驚きを感じるほど、日々の充実した時間経過の速さは必ずしも「良好」と諸手を挙げられるものではない。。ここ半年前からの過密なスケジュールも「まだまだ!」と遠くを見つめられていたことが、そろそろキャパシティーの限界を示唆していることに気が付く。手帳のスケジュールは青や赤の文字で埋まっているが既存の生徒や新規申し込みの方々と交わした約束を「うっかり」してしまうことが出て焦る。その日も一日の仕事を振り返りながらの夕食時、数時間前に打ち合わせの電話をかける約束を思い出し慌てて先方にメールし危うくも交渉・商談出来た時は汗でシャツの色が変わっているほどだがホッと息つくものの、妻から多忙がミスに起因していることの指摘に猛省。
「一人一人に真摯に丁寧に、自己実現に特化したレッスンを!」をモットーにしているはずの自分がスケジュールを把握出来ないようでは・・・。信頼こそ私たち指導者の義務であり、生徒の数だけ「引き出し」を用意出来なければ満足のいく指導には至らないだろう。それが出来ないのであれば生徒は取らないことだ。
多くのテニス人達との出会いはこの上なく幸せなことで、微力ながら私を必要としていただけていることに感謝しなければならない。そしてそれに応える自分でなければ自信の掲げるモットーが崩れてしまうことに恐怖と危機を感じる。考えなければ!きっといい方法があるはず。。

先日、悪友(?)たちと上手い蕎麦を堪能しながら語らい、この面子が寄れば話のほとんどはテニス談義であり、同業者であるが故「テニススクール事情」や「指導たるは?」などの意見や情報交換には事欠かない。やはり同じ穴の狢なのか、似たことを多く言うことには3人が「同種」であるからなのだろう。それぞれに特徴があり、この歳になるとその特徴が「いい味」となっていられることも仕事がら嬉しい。向き不向きは個性と考え、出来る出来ないが判断基準でなくなったのも歳を重ねてきた副産物のようだ。

私が2人に投げかけたテーマに・・・
「グループレッスンとプライベートレッスン、どちらが自身に合っていると思う?」
いつも寡黙な九州男児は曖昧な回答だったが、私なりに噛み砕けば「個と組それぞれに対応出来るようになりたい」と願望を申していたような。。そして半ば強制的な指導も自信に満ちているからこその説得力と影響力、オリジナルブランドTD代表の彼は「私はグループレッスンの方が向いている」と。。練習メニュー、組み立て、展開、空気感などが個を教えることよりも楽しくもヤリガイがあるとのこと。確かに彼のレッスンは皆で賑やかな空気でいつも盛り上がっている印象だ。コスチュームや小道具を用い演出がまた凄い。誰かをいじっていることも多いがそれで場の空気を和ませたり絞めたり。「黙って俺について来い」的なリーダータイプが良く似合う。
私の回答は言わずとも「個へに指導」である。1人(~2人)を徹底的に指導し結果を出したいのが私の願望でもある。時間をかけ、それぞれ生徒には年齢、キャリア、メンタル、フィジカル、そして環境はマチマチであり、それぞれに合った練習が必要であることは必然。もちろん個を鍛えることだけが上達に絶対でありグループでは上達に至らない訳ではなく留意点を理解する必要あるがグループレッスンであればこその練習も不可欠だ。必要であればTD代表のレッスンをお薦めしたい。

私のレッスンの門を叩くテニス人たちのほとんどは他のスクールに在籍しグループレッスンを受講しているが、個に対するアドバイスが希少でありまた練習内容も自身が求めることがあまり出来ない環境であると話すことが多い。当然グループレッスンでは時間内に全員に十分な満足のいく指導はなかなか難しく個の求める練習やアドバイスをプライベートレッスンと言う形で賄うことは正しい。事実、ピンポイントで練習するのだから結果はほとんどの生徒が得られていること、すなわち上達しているのである。
現実的な課題(時間・スケジュール・コスト)をクリア出来れば個を鍛える練習環境は上達に不可欠であり、始める日が一日早ければ一日早く上手くなるだろう。我がITIが昨今国会を騒がせている新党なみに駆け込み寺になっていることは事実である。となると差し詰め私は僧侶となるのだろうか。。

私たち3人が口を合わせて言うことの一つに、「昔のテニススクールは厳しかった」と。
厳しいことが当たり前で、それでも上手く強くなりたい気持ちが強かったからこそ耐えることも見に付いた。しかし今のテニススクールはいかがなものか・・・。適度に汗をかき、ローテーションを繰り返すことで一通りの練習をし「習った」つもりで終わっている事実。良かれと思い肉体的にも精神的にも厳しい練習や、出来が悪くて怒鳴ろうものならばいとも簡単に退会、よくて他のコーチにクラス変更などなど。上達はしたいが居心地の良さも求めていると思われるが残念ながら数年後にも同じミスを繰り返し、なんで上手くなれないかと言い訳ばかりを探すことが目に浮かぶ。本気で強くなりたいと思う生徒に指導者として適度(時に過度)のプレッシャーをかけることなど、本番の試合相手の圧力に比べればたかが知れている。
その相手は間違いなく遠慮の無い力であなたの首を取ろうとしているのだから。。

スクールに来られる方々の目的は様々であろうが、自己実現達成至上を目指す貴兄は何割くらいいるのだろう。間違いなく言えることは私と出会う方々はその数字の中に位置する皆さん。
先日、体験受講してレッスンがスタートした御歳77歳の男性は現状1年半通っているスクールでの指導に疑問、いや不備を感じたとのことで来訪したがフォアハンドとサーブの基本を説明~練習したところかなり納得出来たようで、その理論には「目から鱗」だったとのこと。高齢であることも考慮しながらテクニックを身に付けることが優先されるが何よりも本人のモチベーションが思いの外高いことがきっと上達を加速させることだろう。問い合わせの時には「高齢ですが大丈夫でしょうか?」と謙虚な姿勢が逆に気になったが、お会いすれば純粋に上達に向けて努力をしたいことが言葉無くとも伝わって来ました。

既に固定の曜日時間を指定されての受講が困難な状況下で、お申込をいただき私の都合に合わせていただかなければ受講が不可能な現況、それでも調整いただき予約をいただける生粋のテニス人に力添えがどこまで出来るのかと自身に問う。ならば「疲れた」などと思う気持ちは微塵も無くなり、トップガンのテーマ曲「Danger Zone」が軽快に鳴り響き力が沸いて来る。
頼られることの喜びは同時に緊張感を感じ、自身にエネルギーをもたらすものだ。とてもありがたいことと感謝したい。

私は幸せな環境を皆さんからいただいている。数年前に自身が思い描いた通りに物事が進んでいることが不思議でもある。大切にしたい。

悪友たちとは年内にもう1度飯を食おう。彼らとの時間も私にはとても必要で価値の高いものだから。上手い珈琲をご馳走しよう。

後姿         2017.9.8

真夏の気温が体温に近付き、外気を感じることが曖昧になった季節も過ぎ、子供たちのペースが夏休み前に戻った今日この頃、夏の過密なペースから抜け出したせいか、その疲労から体を壊す選手も目立つ。日々の練習→試合→練習→試合...を繰り返し、遊ぶ時間さえ「もったいない」と口にする子供達の長く熱く忙しい、そして黒く日に焼け一回り大きくなった季節をあっという間走り抜けた今、あらためてとても「いい顔」になり成長を感じさせる。結果が大きく奮った子供もいれば思わしくない子供もいるが、この経験がこれから活かされることには間違いないだろう。
また、私のスケジュールは新たなテニス人達との時間がさらに増えハードなものとなったがとても「いい時間」を過ごさせていただいている。あらたな出会いはあらたな課題でありチャンスと捉える。数ヶ月後...いや1年くらいは結果を出すことに必要な時間を要するが、私が作り上げる道筋が上手く選手を上達させることが出来るように。。

昨日、今年に入りGS大会無敗のロジャーがデルポトロに負けたこと、これをあえて伝えることの必要性はないが、その内容については私なりの観点と感想を述べておきたい。特筆すべき点の一つは第3セットタイブレーク7-6のセットポイント、ロジャーのドロップに対してネット際に走ったデルポトロがバックハンドのスライスでデリケートに放ったアングルを冷静に落とし相手に背中を向けるほどのテイクバックがセット奪取を決定したかに思えた直後のミス。。
バックハンドのクロスパスはイメージよりも高い弾道に弧を描いた瞬間、サイドラインを割ったボールがコートに落ちる前に思わず私の口から出てしまった落胆の嗚咽。。
競技の世界に「たられば」は禁句であり何も意味を成さないことではあるが、あのポイントが取れていれば...と、昨日は一日中考えてしまった。。その後もネットダッシュ後の浮いたチャンスボールのミスが目立ち、観客からの溜息が幾度と繰り返され、考えたくはないが試合の結果を空気や流れから感じ取れたことが今でも生々しく手のひらの中に実感出来てしまう。。

「Mr.Perfect」と呼ばれたロジャーの姿が少し薄らいだ試合にも思えたが、誰もが何時までも永遠に「完璧」でいられることは難しい。それが勝負であれば相手の実力や調子に左右されなおさらである。しかしながら「完璧な男」と評されてきたことに意味や価値があり、それが打ち立てて来た金字塔の数々は偉業であり言うまでも無い。
アスリートは「完璧」を求める。負けることを望むことは決してない。故の敗退なのだ。
彼は人でありマシーンではない。ミスもあれば負けることもある。しかしテニスを愛する人々を導き、その手本を知らしめる「人格者」であることは間違いないだろう。
試合後に選手の「後姿」が映されることは負けた証でもある。もちろん彼の後姿を見ることは過去にも幾度とあるが、右手を高々と挙げコートから立ち去るその背中は何度見ても寂しく胸の苦しみさえ感じる。それでもコートを走り、ラケットをシャープに振りぬくロジャーの姿をまだまだコートで観たいと思う気持ちは誰よりも強い。

「あと、どのくらいだろう。。。」

現実だがあまり深く考えたくないことだ。今を見よう。今の彼の姿を目に焼き付けよう。たとえそれが負けた「後姿」であったとしても。。ファイナルズ出場が決定していることが嬉しく楽しみである。まだまだ楽しみはたくさんあるはず。
 

この夏、出会うことが出来たキッズの一人に人見知りの強い、最初は私の目を見ることが出来ない小学生がいました。
「テニスの目標は?」
「強くなりたい」
「どのくらい?」
「・・・」
「僕に会いに来た選手は、みんな1番になりたい!って言うよ」
「じゃ1番...」
「1番にもいろいろあるよ」
「世界1番!」
「よし!みんなと一緒だね!」
来年の夏、彼がみんなの中で何番目になっているのか楽しみである。楽しみはまだまだたくさんあるはず。

ありがたきエネルギー  2017.8.22

かれこれ一ヶ月ぶりのブログ更新に言い訳を考えることもなく事実時間の無いスケジュールであったことをご了承いただき、されど関心を持たれて各回の記事を楽しみにしておられる方からご心配のお便りもいただいたことに申し訳なさと不甲斐なさ、しかし感謝の意を込めてあらためて執筆します。
ここまでの間、昨年に比べて150%のレッスン予定とありがたくも新たな受講申し込みに日々飛び回り、キッズ・ジュニアから一般の方々とのコミュニケーションに全身全霊を注ぐ傍ら、事務的な作業や処理の滞りに焦る毎日。。書きたい記事や出来事は週刊誌並みにネタが溢れるも日々の充電を空になるまで使い果たすバイタリティーには自ら感心するばかり。「まだ行けるんだな~」と。。

RFの活躍やズベレフの雪辱は若手の成長に感心し、杉田選手(ビジュアルは地味でパッとしないが)の大金星の健闘は錦織選手に続くレベルであり、もはや日本人の関心は錦織選手よりも・・・なのではないかと。。
周知の通り彼は不調から年内の大会出場全てをキャンセルすることで、我が家のお姫様が「楽天はもう終わった・・行かなくてもいいかも。錦織モデル(BURN)はもう使わない!」とダメだし100%、これは付き添う女性が大問題であるとの報道を鵜呑みにすれば2015年の全米オープン決勝で負けて以来、メンタルを鍛えることが最優先課題と指摘されるもプライベートでマイナス要素断ち切らないと結果に繋がらないんじゃないかと思ってしまうのは私だけではないはず。昨年、同じくシーズン途中から怪我を理由にスキップしたRFが今シーズンに入り見事「完全復活」を成し遂げたように2018年シーズンに少なくとも私たち日本人を感心させてくれたあの頃の錦織選手が戻ってきてくれることに期待しよう。そう、まだ諦めてはいないのです。。

キッズ・ジュニア諸君たちは例年通りにツアー選手並みに試合続きの中、練習(レッスン)を怠りません。日中に3ラウンドを灼熱に中踏ん張って、勝っても負けても夕方からナイター時間帯でその日の反省と復習を積み重ね、翌日にはまた土俵に上がり歯を食い縛っています。疲れたからレッスンを休むと言う生徒はほとんどいないことには感心しますが、ふと思ったことに私自身も日中から汗を流してコートを走り回りボールを打ち込み大声を張り上げている日々の中、例年に比べ今年はさして重く致命的な疲労を感じないことが不思議であること。

「これは一体・・・」

レッスン数がかなり増え、その内容も夏休み中のジュニア用カリキュラムは試合が続くこともあって実践的な時間が多くいわゆる「ぶつかり稽古」の連続であるにも関わらずなぜ疲労困憊に至らないのか・・・。何が今の自分の「礎」になっているのかと冷静に考えてみたところ、選手たちの意志(士気)が私に刺激を与えてくれていること「どうしても勝ちたい」「絶対に勝ちたい」その気持ちに少しでも力になり応えることが使命であり私の一番望むところであること、今年になってその気持ちを強くハッキリ感じられる生徒が多くなったことでエネルギーを貰えているのだろう。

時にはわざと甘いボールを送り打ち込ませる。時には完璧なまでのショットを打たせそれを打ち砕く。認めておいたほうが自信に繋がることと、ここで判らせないと試合で取りこぼすこと。「№1」を目指す以上厳格なまでに強いることももちろん必要なのだが、彼らがそれを受け入れる覚悟決めたことを感じられるとき私はさらにギアを上げられ至福の喜びでもある。
まだ彼らに負けることはないが、この夏それぞれが私からどれだけの成果を得られるか課題と目標を立てさせた。ある選手は「1ゲーム取ること」またある選手は「3ゲーム取ること」、「1試合で3本エースを取ること」と選手様々であるが具体的な目標であるので分かりやすい。
自身の中ではポイントは取られてもまだまだゲームは取らせないと決めていたが、先日の1dayキャンプ時にニックネーム「王子」こと小3男子に2ゲームも取られてしまったが不覚と思う反面褒め称えられることが嬉しい。。

「負けてしまうのも間もなくか・・・」

一瞬焦りから動作が止まった自分を感じたが、いずれそうならなければならないことでもある。その日は飯をおごってやろう。

まもなく夏休みも終わり、普段のリズムを取り戻すかのように思ったが9、10月のレッスンスケジュールをみるとさして7、8月と変わらないことに気付いたがそれもまたありがたく嬉しい悲鳴(?)である。新しく出会った生徒や選手諸君との時間も有意義に過ごせるよう気を引き締めて行こう。きっと素敵な時間になれるだろう。

何をやっても疲れない、そんなターミネーターのような体でないことは事実であり帰宅後玄関を開けた瞬間にドドッと崩れるように疲労の波が押し寄せるが風呂に入り、愛する妻がキンキンに冷やしておいてくれるグラスで飲むビールが体中に染み渡るとき人間に戻った気がする。

明日もいい日になりそうだ。

上達に必要な3つの条件 2017.7.21

完全優勝
2017ウインブルドン男子シングルス優勝ロジャー・フェデラー 
今年開幕早々の全豪優勝に続き、芝の王者8回目の頂点は彼の第二次全盛期到来を真実のものとして世界中に歓喜と驚愕、そして感動を巻き起こした。この偉業を単なる結果として拍手する前にふと思うことは、昨年の不調や膝の怪我による戦線離脱・休養から今年に入ってここまでの「回復」以上の結果を出せる陰に「何が」あったのだろうかと・・・。
2003年のウインブルドン初優勝、アガシやサンプラスからの世代交代、そしてロジャー伝説の始まりから世界ランキング1位に在位しアグレッシブでありスマートなテニススタイルは過去のだれにも似ない世界観さえ感じさせるところが彼の魅力でもある。
自身が指導者と言う立場にいて、テニスをしない世のご貴兄方さえも彼のテニスや人格を認めるコメントを数多く聞くが、これはそのプレースタイルがスタイリッシュであると共にアスリートとしての「振る舞い」をしかとわきまえているところにもあるのだろう。ラケットを投げ破壊したり相手を誹謗中傷する発言をしたりなど見たことがない。まさに「お手本」なのである。全豪後に芝に向けて調整に入るためクレーシーズンをスキップしてウインブルドンでの完全優勝。そして9月の全米に向けて調整に入ると思われるが、ひょっとすると20回目の歓喜が訪れることが単なる願望ではなく実現される可能性がかなり高いことを多くのテニスファンが思っているのだろう。しかし凄い選手である。

試合になると普段の力が十分に出せなくなるとお嘆きのテニスフリークも多いが実にそんなものである。誰もが出来ること(自信のあること)が出来にくくなってしまうのが「本番」であり、その可能性や対応の良し悪しで本領発揮出来るか否かが決まってくるでしょう。
しかしながらこれを克服しなければ勝てない、勝てる試合に勝てないのである。
私が選手たちに提唱している原則に以下の3点があるので参考までにご一読いただきたい。

①凡ミスを(多く)しない。
②チャンスを(ほぼ)確実にモノにする。
③冒険をする。


①②に関しては然りであるが、そのクオリティーはキャリアや相手のレベルにより向上させるべきテーマであるのでシンプルな課題であるが奥は深いはず。特筆すべきは③。。。
「冒険」とは何か?セオリーから外れている選択肢であり、相手の予測以外のショットやプレーを選択・実行出来る勇気と思い切りであり具体的に列記するほうが早いので以下ご参照のこと。
・エースを狙えるシーンでドロップやロブ
・走らされてからのパッシングやボディーアタック
・足元に沈められたところからロブボレーやドライブボレー
・SABR
・アンダーハンドサーブからのサーブ&ボレー
・I フォーメーション
・クラッチショット(股抜き)
可能性(確率)が低いことを踏まえているがあえて選択することで前向きな意志が高まる。場合によっては相手にも効果的に影響する。本番ではとかく緊張から足が動かなくなりラケットが振れなくなるもの、思い切りのよさが固まった自分を解放してくれ士気も高まる。そしてこの思い切りって案外楽しいことに気が付くと占めたもの。ただ気をつけなければならないのは「冒険」ばかりでは可能性の低いことを続けることになってしまうので①②を的確に明確に。
テニスと言う競技はとても魅力的なスポーツであり勝ちと負けしかない残酷な勝負事でもあります。勝つための方法を指南する立場にありますが「勝つ」ことが全てとは思っていません。
卑怯なことやズルいことで勝ちを得ても何も意味はなく魅力に至りません。もっともっと大きな世界観を持って日々上達に勤しむことが魅力でもあります。本当のアスリート・・・、そうロジャーのように。。

夏休みに入り子供たちとのコミュニケーション(レッスン)が一層増えるこの季節、だんだん日焼けが濃くなる子供たちの顔は気持ちの強さを表しているかのよう。来週は6年ぶりのジュニアキャンプで東金エストーレを訪れるが少人数ながらも充実した合宿を目指そう。練習はもちろん厳しいがプールや花火やビンゴ大会、子供たちの声が1トーン高くなる時間が多くなりそうだ。そして帰る頃には私並みに顔が黒くなっていることだろう。

とても熱い季節だが楽しい時間の連続でもある。テニスって素晴らしい。

尽力と神頼み       2017.7.10

まだ梅雨も明けていないのに、そして降雨も水がめを十分に潤すほどには至らず空梅雨どころか見上げる空は青く既に「真夏」の様相に、流れる汗と険しい面持ちの生徒たちの中でも私は意気揚々とこの暑さを楽しむ今日この頃。。夏は素敵な季節である。氷水が何よりのご馳走であることを感じる。

ここ数年、半年に一度のペースで京都を訪れる機会があり仕事絡みを言い訳に耳心地の良い京都弁や古都の空気と味覚を堪能することは至福の喜びである。

もう何回訪れただろう・・・。

清水、嵐山、伏見稲荷、金閣、銀閣、平等院・・・、名だたる名所は全て訪れた後「さあ今回は?」と新しい場所を模索することもなく、ただただ京都府に滞在し先祖の墓参りと趣くまま行き当たりばったりに時を過ごすことが贅沢と思う。とは言え「食」には貪欲で九条葱、鰊蕎麦、鱧、漬物、そして抹茶スイーツ、京都ならではの食材や料理をこれでもか!と味わい満腹感と共に肥満を気にすることもまた一興である。お気に入りの店舗紹介はあえて控えさせていただくが京都を訪れる際、必要であれば名店やお薦めお教えしますのでお知らせください。

京都を訪れる度に必ずお守りを購入します。自身や家族のものではなく将来に向けて日々精進・努力を重ねているジュニア諸君に対しての思い入れに「勝守」を。半年間に新たに出会うキッズやジュニアたちに私のコーチングだけでは至らない「力」を少しでもお与えいただければと寺社を訪れ合掌。自身、昔昔の子供の頃に何故か神様はお願いをよく聞いてくれました。
些細なことでも手を合わせ目を閉じ唱えると不思議と思う通りになることが多かった。
それがやがて大人になるにつれ、神様の存在を感じられなくなり自力でなんとかするようになれたのも神様のお陰。
きっと神様方は子供たちには優しいのでしょう。それはまだ力の足らない子供たちには力添えを施しより成長して貰うための手助けをしているかのように。。

彼ら(彼女ら)はとても頑張っています。汗や涙をたくさん流し踏ん張っています。でも誰もがその努力に見合った結果を出せる訳ではありません。時には偶然や幸運のような目に見えない力が働くことも期待してしまう。日々のエネルギーがその力を呼び寄せることがあることを私は知っています。

京都に幾度と足を運び、古の都から長き年月に渡り続くエネルギーを充電することで今の自分、今の時間があると思う。私に与えられた「力」を引き継ぐのは私の生徒たちだろう。
何年か経ち、彼らが京都を訪れることがあれば是非自身の力を注いだテニスの自己実現に見えぬ力を添えてくれた寺社に出向きお礼の心を込めて合掌してくれればと。。

次の訪京は年末辺りに、寒い時期だが温かい鍋を食しに来よう。きっとその時にも新しく出会ったジュニア諸君たちのお守りを手に入れるためにも。

自分頑張れ!       2017.6.23

ATPツアーも芝の季節に入り、待望のロジャーの勇姿が3カ月ぶりにコートに戻って来た。
彼の立つ場所で何処よりも似合う場所に思える緑の絨毯は精悍なマスクと舞うようなフットワーク、そしてシャープに振りぬくラケットワークが王者の風格を美しく演出している。
初戦の相手が日本の杉田選手であることは芝の感触を確かめるくらいのウオーミングアップに適している程度のレベルと感じているのだろうか。。。事実相手の攻撃力が至らぬシーンが多い。ネットに出られても一閃のショットが杉田選手の後方に突き刺さり、ロジャーがネットを取れば杉田選手の会心の一撃でさえまるで練習程度のパフォーマンスから鮮やかにブロックされる。第2セットに入るとギアを上げ芝での一勝目に向け加速されるようなロジャーのプレーを見るとウインブルドンへの期待感を盛り上げてくれるようだ。彼のプレーを見る度に思うことだが、自身歳を重ねる度に「テニス愛」が強くなっているよう。その愛はプレーすることであり、観戦することであり、そして指導することでもある。そう思わせてくれる魅力を彼のテニスに感じることがこれまた幸甚であり感謝さえしている。しばらくはテレビを見ることが楽しみになる期間に突入し帰路の足がはやる今日この頃である。
しかしながらここ最近、安心していられないのは錦織選手の体調であり、同大会3年連続リタイアとはよほど縁のない大会なのか、それとも選手としての「肉体的な限界」なのだろうか。。。悲願のGS大会優勝を本人のみならずマスコミや日本のテニスファンから期待される中、実力的な課題の前に肉体・体力の強化が優先されるのではなかろうか。こちらはまた、ウインブルドンに向け期待よりも不安を抱く結果であるが無理して選手生命を縮めることよりはリタイア・治療・休養が賢明であろう。勝手な言い分だが、錦織選手は大きな舞台で輝かしい結果を出せると思っている。希望・願望も相まっていることは事実であるがきっと大成する日が来ることを。

私の選手育成生徒の一人に中学3年生の女子がいます。師弟関係になり間もなく1年を迎えますが、とても前向きで自己実現に向け全力投球の姿勢が日に日に強くなることを感じています。
学業をしっかりとやり遂げられることも彼女の性格が全てに対しての意志を表しているのでしょう。私と出会った頃のレベルは至って中級程度でしたが、フォアハンドとサーブは強さと将来性を感じさせられるほどの振り抜きとスピードがあり、プレーの中心的ショットになるだろうと。しかしながらまだまだ安定や戦術を考えたプレーには程遠いレベルで、ここからミスを減らしかつクオリティーを上げないことには自身の力で勝てる試合は期待できず、相手が如何に自分よりも多くのミスを繰り返してくれるかを期待して試合をする程度に。しかしながらその現実を彼女自身が理解と分析を出来ていたことが私とのレッスン環境に至る運びの「原点」になったこと。
彼女の性格は初回のレッスンで大体把握しましたが、何よりも「真面目」であること。この真面目さが後に課題となりますが選手的な思考とプレーのアウトラインが形になるのに差ほど時間はかからなかったのは彼女の性格が幸いしているのだと思います。レッスン以外に部活動があり、インドアコートでの他のグループレッスンがあり、私からは課題(素振り、ロードワークやコーディネーショントレーニングなど)を出しますが日々の努力は怠らずに積み重ねているとのこと。
私は「文武両道」を徹底して教育しているので、テニスに対する努力が勝り学業がおろそかになってしまうことは望ましくありません。成績が下がることは時間管理や意識の切り替えが出来ていない証拠であり、これは選手としても成長に支障を来たすポイントになるので指摘し改善を勧めます。彼女にとってはこの問題はさして課題に至らないほどのものでした。

彼女の一番の課題は「メンタル面の強化」と判断。この一般的でもある「強い気持ち」を構築することが彼女らしさを前面に引き出す最優先課題であり、彼女の性格を考慮すると意外と簡単な手法で改善されることも予想出来たこと。彼女の性格で良し悪しを分ける部分に「真面目過ぎ」が仇となることを感じ、これは数学的な回答を常に求めてしまうこと、ハッキリとした歴然たる回答を出そうとすることで自身に戸惑いと躊躇や困惑、そして停滞さえ発生させてしまうこと、完璧なまでの「一つ」を求めてしまう、その結果として回答が得られない場合に自身を叱責し、至らない自分にダメだしばかり。それでは本来持っている自身の力を閉じ込めてしまい思い存分放出するプレーは出来ないでしょう。この場合で言う「一つの回答」とはたった1本のミスも許さず完璧なまでのプレーやショットの安定を求めてしまうこと。ミスを気にしながら打つショットは力の無い振り切れない弱弱しいもので言語道断。事実彼女は当初、ミスする度に顔をしかめ、それが頻繁に続くことで不機嫌になり練習が続いているにも関わらず過ぎたミスを振り返る時間が長く多く目立っていました。ミスを振り返ること自体に問題があるのではないが、そのミスに対して自分を責めることだけでは改善されないことの指導と、次回はミスをしないように自身を励まし鼓舞することも大きなカンフル剤になることを教授しました。

「ミスは成功の母である」

この指導は彼女にとってとても好転させる良いきっかけになりました。以前はミスした自分に腹を立て、否定的になってしまった自分を信じられなく冷静さを失いまたミスを繰り返す。
しかし今の彼女はミスをすると「自分頑張れ!」と声を出して言います。それは相手に聞こえるくらい大きな声で。声を出すことで余計なエネルギーを発散させることも出来るので一石二鳥なんだと伝えると直ぐに実践してその効果を実感できたと。まだまだ「完成」には程遠い段階・・・、テニス上達に完成やゴールなど存在しませんが、自身に無いものはコツコツと身に付けていく反復練習がものを言いますが、既に持ち備わっているものを全面的に披露することは「考え方」や「やり方」、表が正しいことばかりではなく裏を見てみると案外そこにヒントがあったり。。。
彼女の目標は高校に入ってもテニスを続け、団体戦ではあまり「上」を目指せないレベルの学校らしいので個人戦で上位大会を目指します。確固たる保障など何もあるわけないですが、彼女がそれを望んでいるうちはすぐ側に私がいられるよう自身も努力し支えとなれるよう精進したい。何よりも成長し発達する生徒(選手)のために。

皆さんの周りに最近テニスが上手くなったように見える方々いらっしゃいませんか?日々努力されていらっしゃることはもちろんですが、そんな短期間に上達出来る競技ではないはずですから、きっとその方々は「ヒント」を見つけちゃった、あるいは私のアドバイスを受けた生徒の一人なのかもしれません。。

最強         2017.6.16

強かった・・・、いや強すぎた。。。
ジョコの「鉄壁」とまで評されていたプレーや過去の実績が微塵も感じることの出来なかった準々決勝、対D・ティエム戦。一般的には両手打ちのバックハンドが片手打ちに比べてパワーが上回ると認識されている現実を覆すが如く彼の右手から放たれる「不必要なまでのスピード」に乗ったバックハンドウイナーは新たな風とアクターの登場を感じさせた。

そして世界№1のマレーに対して一進一退の攻防の末、大接戦を最後には自分の流れに持ち込んみ勝利したS・ワウリンカのシングルバックハンドも「最高」と評されるに疑いがないクオリティーである。
だが、今年に入り復活を実績で示した「猛牛」の前に、彼らの実力はあたかも信じがたいが微力であることを証明してしまうほどの大差な内容と結果に打ちのめされた。攻撃が攻撃に至らぬほどかわされ切り替えされるシーンが多すぎる。それは本戦、いや予選レベルの強者と弱者の差を感じさせ、直前までの試合にあった2人の自信に満ち溢れた表情が「太陽の男」を前に消え去り、失点の度に自身を叱咤する光景が目立つ。挙句の果てにはラケットを叩きつけ破壊してしまうまでに。。。
彼ら3人の過去の実績や偉業を少しでも理解しているテニスファンであれば誰もが思ったことではないだろうか・・・。決してティエムやワウリンカの調子が悪かった試合ではなくナダルのプレーが強すぎると認める方が話が早いのである。ティエムはNext Gun(新鋭)と呼ばれる段階であるが昨年からの実績は他の若手に比べて頭一つリードしている。安定して勝ち上がった結果がATPファイナルズ出場。今大会で知名度も上がり今後の大会でも注目されることだろう。ワウリンカは言わずと知れた実力者でありGS大会も全豪・全仏・全米と過去のメジャー大会決勝進出では全て勝利するという実力者。決勝前日の記者会見では自信に満ちたコメント「今の僕に勝つことは精神的にも難しいと思う」と。前述したように2人はバックハンドがシングルハンドであり「武器」と評されるレベル。両手打ちと比べて非力を強化するために腕が引き千切れるほど練習したと言う。しかしラファのプレーは彼らの自信やモチベーションを打ち砕くことに十分な準備が出来ていたようだ。決勝戦に至るまでの全ラウンドでセットダウンが一つも無いどころか相手に5ゲーム以上取られたセットすら一つも無い。

最強

と言える今大会のラファであった。全仏10回目の優勝、前人未到の偉業は今後成せる選手は現れないだろう。そしてそれに相応しい勝ち方であり、直接対決の無かったジョコ、マレー、そして出場していないがフェデラーでさえ今大会のラファには手が付けられなかったのではないかと思える強さを感じた。それが嬉しいと思う感情を素直に認めている。BIG4と呼ばれる4人にはまだまだ活躍していて欲しいのである。まだまだ感動的な試合を見せて欲しいのである。
そして芝へ・・・。ロジャーの待つ芝のコートへ。


先日のジュニアレッスンにて、時間も許される環境にあったことで定刻を過ぎても明るい時間であったため少し延長し陽も大きく傾き、西日が眩しくもコートを少しセピア色に染め始めた景色を見て遠い昔を思い出した、自身がジュニア時代に出た試合、苦い経験の光景を。。。
大して上手くもないレベルでフォアハンドが大の苦手であった。その日は朝から会場入りして前週が雨で順延になり自分の試合が相当後回しになることが予想されるも長い長い待ち時間に覚悟を決め8時間待たされてやっと試合開始。まだ試合に慣れていない年頃もあるが背伸びして一般大会に出場。事前の情報で相手は大人で年齢もかなり離れていることと、爺さん相手なら勝てるかな!?くらいに思っていたがオーダー表に自分の名前が貼り出されたタイミングで相手選手と顔を合わせるが40~50代を思わせる顔の皺を見て「勝ったかな」と子供ながらの安易な発想は今だから分かること。試合開始前のウオーミングアップのラリー時に結構打てるなこのオジサン。。。サーブ練習では回転系が鋭くこれヤバいかも・・・。相手は余裕で繋ぎ自分が焦ってミスを繰り返す。あれよあれよとポイントが進みコートチェンジを幾度と繰り返し気が付けば1-5のゲームカウント。このゲームで最後になるかもしれない自分のサービスゲーム。。
あと1ゲームで試合は終わってしまうのかもしれない・・・と寂しさや恐怖を感じるもここまで来るのにどれだけ練習してきたんだっけ!?とか考えたら、まだまだ練習全然足らないんだろ!って思ったり、明日からもっとしっかり練習しなきゃとか、相手は大人で全然テニス上手いんだから仕方ないよ!と自分を許したり慰めたり・・・。負ける悔しさよりも早く負けちゃって今の苦しさから開放されたい!と思う気持ちの方が大きく優先されて感じる。負けた理由は体調悪かったとか、相手が国体選手で時速200キロくらいのサーブ打ってきたとか言えばなんとか無罪放免になるかなとか。。ドラマや小説だったら、きっとここから気持ちが強くなっていきなり凄いサーブが入っちゃったり、相手が焦って頬を伝わる汗が流れるシーンとか写ったりして・・・。でもやはり現実は正直で奇跡的なことはそんなに起こることもなく数分後にはネット際で相手のオジサンと握手してて、帽子取りながら「ありがとうございました」
あの時もコート出るとき西日がコート照らしてて綺麗だったブルーのコートが色褪せて見えたことが今だに鮮明に覚えている。そんな自分が今、生徒(選手)にテニスを教えることが出来ていることも少々不思議に感じるがもちろん、そこからイッパイ練習してイッパイ試合に出てそしてイッパイ生徒たちと頑張って来ましたから。まだまだこれでも未熟であることを忘れずに日々精進して生徒と共に前を向いていたい。

1ポイントの分岐点      2017.6.9

太陽に照らされたフィリップ・シャトリエセンターコート。
第一セットの立ち上がりとその内容・結果は申し分なく、勝算を計ることなど必要なく感じるほど世界№1を畳み込み勝利の可能性を見る側に大きく手繰り寄せた空気感を日本のテニスファン誰もが感じた展開ではなかっただろうか。このプレーが続くことを願うもそうそう格下に好き勝手なテニスをさせてはおかないだろうと予想されるがそのタイミングは第二セットの「ある場面」に流れと空気を変えた。第三ゲーム40-40、マレーにサーブを打つまでの時間が長過ぎたことでタイムバイオレーション(遅延行為)を取られ第一セットでもこの警告を一度受けていたためサーブが1本のみとなった場面。。。主審に対して講義するも冷めた返答と会場全体からのブーイングはマレーにとってプレッシャーや不安を増幅させていたのだろうか。と同時に錦織選手にとってはまたと無いブレークチャンスであることも会場全体からの大きな声援が追い風の空気を作った瞬間でもあった。
だがマレーは怒りを力に変換出来たようだった。セットポジションからマレーの力のないサーブが打ち出されるも錦織選手のフォアハンドはベースラインを割り嗚咽とも聞こえるため息が会場を包み込む。次のポイントでマレーはよりアグレッシブにプレーしフォアハンドを叩き込むと同時に咆哮とも思える雄叫びが会場全体に轟く。

このポイントを取れていれば・・・

アスリートに「たられば」は禁物と言え、この試合の大きなターニングポイントであったことには間違いなく悔やまれる場面であった。師である松岡修造氏は「集中力が足らない」と言い、このままではGS大会制覇はあり得ないとも断言する。事実このプレッシャーや逆境を越える力(精神力)が彼にとって何よりも必要なのだろう。頂点を極めることは心・技・体が逸脱していることであるもその差は限りなく僅差であることが多い。たった1~2ポイントの差でフルセットを勝ち抜く試合などトップ選手にとって珍しくない。だがその1ポイントを奪取出来るか否かが勝敗を分けてしまうのだ。
全仏開幕前に手首の故障などで万全でなかった錦織選手だが、ここまで踏ん張れたことを評価されるのか、それともまたしても頂上目前の大一番で期待を裏切られたことを叩かれるのか・・・。人それぞれに評価に差はあれど自身は成長を期待しその成果が結果に繋がると、今の結果は将来に繋がる「必要な経験」と評したい。彼の背中を憧れと尊敬の眼差しで見ている子供たちのためにもストイックであることが正論であることを教えてもらうためにも。

小学3~4年生の生徒5人をプライベートで担当しているがそれぞれに将来の目標を聞くと「世界№1になりたい!」と答える。全員が週4~5日グループレッスンを受講し、それでも足らない部分を私が補強する形である。多少なりとも実力差があるもののこの年代では何時如何なるタイミングで順位は入れ替わることを繰り返すだろう。そして同年代であることで今後大会で幾度と対戦する可能性が高いこともシビアであり楽しみであるが、それがいつまでも続いて欲しいと思うのが本音である。本当にこの中の「誰か」が世界№1になってほしい。もちろん希望だけでは達成できないことだが可能性はある。名だたる大会のベスト4やファイナリストで対戦してほしい。その場面を想像するだけで鳥肌がたつくらい興奮する。日々汗を流し、試合に負けて涙を流し、私に対しても「今日は絶対勝つ!」と、根拠はないが気持ちの入った言葉をぶつけられる子供もいることが私の指導意欲を増強させてくれる。早くこんな年寄りを叩きのめす力を付けてくれることを心から願いそれに従事したい。

さてさて今日のレッスンは・・・、ボレーが好きで直ぐにネットに出てくるアイツだな!

勘違いこそ力なり    2017.5.31

スポーツ選手の引退にはそれぞれに理由があるだろう。怪我により戦線離脱を余儀なくされたり、加齢から肉体的限界を迎え思うようなプレーが出来なくなるなど。自身の志や精神力とパフォーマンスに大きなギャップを感じ、限界を目前にして逃げ切れなくなる頃その決断を迫られる。だがアスリートとしてフィジカルの限界や衰退以上に「モチベーションの維持」が満たされなくなることで苦しくも引退を決意せざるを得ない場合は多い。
先日、歴史をも作ったアスリートが引退表明をし長きに日本の女子プロゴルフ界を牽引した選手が戦線から離脱することとなった。女子プロゴルファー宮里藍選手。。。
ご存知のように女子高校生時代にツアー優勝を果たした直後にプロ転向し、紆余曲折する時期もあったが世界ランキング1位在位という快挙を成し遂げたドラマティックなアスリートである。引退の理由をいくつか想像してみるも彼女の口から出た言葉は「選手として踏ん張るモチベーションがもう無いことを感じた」と。肉体的な課題は精神力の支えあればこそ改造できるものである。しかしその「支え」に支障を来たすことが選手としての限界、致命的となってしまうことは否めない。往年の名プレーヤーでウインブルドン5連覇を達成し世界チャンピオンであったビヨン・ボルグも「テニスが楽しめなくなった」という理由でランキング上位在籍にも拘らずコートを去った。横綱千代の富士(九重親方)も「精神、肉体の限界」と引退理由を一言だけ発し涙を流した引退会見であった。

「体力の弱さは精神力の弱さに起因する」
「メンタルの衰退はフィジカルおよびパフォーマンスに大きなダメージと限界到達を加速させる。」


肉体が先か?それとも精神力が先なのか?
「火事場の糞力」と言うが、人は切羽詰った場面で考えられない力を発する能力を持っていることは科学的に証明されていること。このポイントを取らなければ生きるか死ぬかと瀬戸際に立たされている状況下の置くことで信じられないショットやプレーが出来ると言うことなのだろうか。ならば常にその「糞力」をコントロールし発揮できるようにトレーニングすることで自身の実力にすることは出来ないだろうか?

ある専門誌に書かれていたことで人間の脳は思考の仕方で自身の肉体に出す信号を本来の力や能力以上に判断し実行させることがあるらしい。根本的な発想が否定・悲観的であるよりも肯定・楽観的であればこそ可能性の低いことでも脳が「勘違い」をしてしまいその指示通りに体が反応し表現出来ると。ならば脳に「勘違い」をさせることが望ましいのである。
世の中は勘違いで成立し上手く循環していることが多い。美しいモデルが流行のコスメを施せばさらに美しくなり、そのポスターに魅せられたご婦人方たちは自身の顔を重ね合わせ高価な化粧品がもてはやされ売れる。殿方たちは綺麗で可愛い女性たちが同席しお酒の相手とリップサービスで日頃の疲れを癒されるばかりか、その優しさを恋愛感情と「勘違い」し通う詰めてしまったり。。。こんな「勘違い」のお陰で世の中は経済効果も上がり物やお金が上手く流通してくれているのだからありがたい。

実はこの「勘違い効果」は指導にも大きな成果をもたらす要因として取り入れていることも必然。マラソンの高橋尚子選手現役の頃、小出監督の推奨した「褒めて伸ばす」は典型的なもの。私自身は選手を見ながらコントロールしていることなので全てにおいてとは言い難いことだが褒めることは成長を促し、より向上を加速させることと踏まえている。人は誰でも「承認欲求」を心のどこかで求めるからこそそれに見合う努力に向かう姿勢を持っているが、認められなければその「力」もやがて失ってしまうだろう。
習得が難しいテーマにおいて「お前には出来ない」と言ってしまい別の道を教えることが指導なのか?テニスは数値化出来ない要素が多分にあるスポーツであるからこそやってみる前から出来ないと判断出来る基準はその人間の経験や価値観でしかないのではないか・・・。

昨今、報道番組で取り上げられている元官僚の言葉に「あったものを無かったことには出来ない」と言い現実(?)を話しているが「出来ないことでも出来ると思う」勘違いを起こさせることで歩む道標となると考えたい。選手とは道が見えれば自身で歩み進むことも出来るのだから。育てることは難しいが「育つ」選手の「支え」でありたいと考えれば自身の役割も自ずと具体的に見えてくる。

負けた選手に必要なことは心優しい言葉ばかりではなく、ただ共にコートに立ち数十分間ラリーに没頭することが何より自分を見返りながらリセット出来る効果的な時間であること。負けた理由や入らなかったショットは外的要因よりも内側の自分に問題があることが多くそれを再確認出来る時間はそんなに長くなくとも出来る限り負けた悔しい感情があるうちが好ましい。
きっと分かるはず、次の試合に向けて何をどれだけ練習すれば結果が良くなることが。

☆先日、買い物の清算でレジに並んでいたときの出来事、隣の列に並んだお母さんの手をしっかり握り締めた年長さんくらいの小さな女の子がかなり低いポジションから私を見つめていることに気が付く。そして・・・
「お母さん、あの人何処の国の人?」
そのお母さんと目を合わせたが少し困った様子で薄ら笑い。。。
私は少し腰を曲げて・・・
「残念、こんなに黒くても日本人だよ」
照れて恥ずかしそうにお母さんの後ろに回った彼女の笑顔はお母さんにそっくりだった。

プロジェクト       2017.5.19

寝不足を苦に思わない・・・とまではさすがに言い切れない昨今、錦織選手の復調・復帰もおおいに関心高いローマ大会に目を奪われながら、あらためて世界レベルのクオリティーがテニスの魅力であり見ているだけで体に染み込む様々な情報が自身、そして愛弟子たちのレベルアップに少しでも役立てられるよう「伝え方」を租借しながらまとめていることで眠気も飛び幸甚である。
昨夜未明に始まった難敵デルポトロ戦は過去の1勝4敗と分の悪さが下馬評、そして右手首の回復具合も気になる中、結果もさることながら如何なる内容なのか、そして翌週に控えたローランギャロスへは「期待」なのか、それとも「不安」なのか・・・。
結果、デルポトロに0-2のストレート負けを喫したが決して内容の悪い試合ではなかったと解釈。凡ミスも目立つ頻度ではあったものの一番気になる体調に関しては現状ほぼ心配ない範囲であったこと。サーブの球威は手首の心配を払拭してくれるレベルであり、彼のバロメーターであるバックハンドのダウンザラインもコースとスピード、そして確率も及第点であろう。
しかしながら、難敵と称するに相応しいほどアルゼンチンの№1は日本のエースの猛攻を跳ね返すパワーとテクニックが冴え渡る。それはあたかも攻撃されることを待ちわび楽しんでいるかのように、サイドに打ち込みネットに出てきたタイミングで獣を追い詰めた野獣のように一瞬目が光ったようにさえ思え、的確なポジショニングへのフットワークとほぼパーフェクトなヒッティングはまるで攻撃を無力にさえする破壊力であるよう。
今シーズンに入って間もなく半年が経とうとしているが、開幕早々からの怪我のよる戦線離脱を余儀なくされて来た錦織選手だが、ベスト10内にいる他の選手と比較すればいまだタイトル奪取もなく今後の結果やランキングも気になるところだが、私見ではあるものの今シーズンは「ここから」であると思う。もちろん怪我や故障の再発が起こらないとは否めないものの対策も講じていることは間違いないだろう。期待でもあるが根拠のないものではなく、今まで時間をかけてきた成果が全仏から結果に繋がって欲しいものだ。

表題です。
先月からご依頼されて定期的にレッスン受講がスタートした生徒がいます。現状のレベルはスクール基準で評すると初中級~中級といったところ。キャリアは学生時代から友人たちとのコミュニケーションレベルで楽しんでいたスタイルでまずまずといったところだが、選手思考でなかったことが「もったいない」ほど持ち合わせたパワーは今後の発展に大いに期待を予感させる逸材、特にフォアハンドとサーブは武器として極められると初回のレッスンで判断出来るものであった。
自己実現を念頭に置いたレッスンを行うにあたり、計画性を持つことは上達の流れを自然にするために必須であると考える。「上手くなりたい」「上手くなれたらいいな」ではきっと上手くなれないであろう。「上手くなる」ためには上手くなる「手法」「頻度」「量」「節目」を明確かつ的確に判断・決定することが必要であり、レッスンを始める段階で本人の意思確認(上達の形、目標、ゴールなど)をハッキリすることでレッスンのスタイルがそこに向けた的確なものにカスタマイズ出来るのである。もちろん何から何まで好き勝手は出来ないことは当然であるが故、決められた与えられた条件の中で「最高」のものを作ることが私たちコーチ業に従事したものの仕事と考えている。
当初、彼女が私に話した今レッスンの目標では「各ショットが安定して打てるようになり、ゲームの中で上手くこなせるように、出来ればシングルスの試合にも・・・」と言ったところであった。前半の「ショットの安定」とは練習の優先課題でもあり、必要なアドバイスと練習量で徐々に可能性が高くなることはそう難しいことではない、もちろん個人差はあるが。。。
私が提案するまでもなく彼女自身が話してくれた「シングルス出場」が一番明確で目標設定にはバッチリである。こうして私と彼女の師弟関係は彼女の「シングルス大会出場」・・・、いや「シングルス試合で勝つ」に向けてのプロジェクトとして甲高いスタートのピストル音が初夏を思わせる真っ青な空と少し湿度の上がった空気の中、空高く響いたのであった。

先ず取り掛かったテーマは「Gストロークとサーブ」。前述したようにパワーには一目置けるほどのものがあり、まだまだ不安定な要素は多分にあるものの、フォアハンドではそのパワーを「トップスピン」に変換することで安定域を構築、さらに攻撃的な破壊力を兼ね備えるショットを目指す。フォーム矯正(バックスイングと体の回転)とスイングパターンに変化を付けながら薄めの辺りで回転がかかるように。バックハンドは苦手意識からスイングに勢いがない。特にグループレッスンでは練習テーマや他の生徒とのラリーでミスを気にしてしまい振り切れないでいることが想像出来るのでこの場では結果を気にしないで「振り切る」ことと、複雑なことは後回しにして「シンプルなスイングパターン」を習得することから始めた。
サーブにおいても「パワーの無駄遣い」が球威は至るが確率とコントロールが上手くまとまらない現状を「スライスサーブ」の習得をテーマとしたが、新しい打点とスイング軌道に多少おぼつかない動作の中にも近い将来に光るショットとなり得る片鱗が伺えることが私自身嬉しい限りである。まだレッスンは3回目をこなした程度だが、第一の目標は秋口(9~10月)に最初のシングルス大会(初級レベル)、リーグ戦が好ましいが出場予定である。例えその時期に納得の行く出来栄えに仕上がっていなくとも出場することから逃げることは許されません。その結果や内容を見て次なる出場に向けて練習を積むためにも。

とても前向きで真摯にテニスと向き合う姿勢は彼女の本質を表しているのだろう。あらたな「テニス人」との出会いを与えてくれ感謝している。2時間のレッスンに片道2時間かけて車を飛ばすことを厭わないのはテニス上達の価値観に共鳴できるものを感じられるから。
近い将来、彼女がシングルスで威風堂々とコートを走り、ショットを決め拳を握り締めて笑顔を作る様がハッキリと目に浮かぶのは私の勝手な妄想なのだろうか・・・。現実となってほしい。そこに向けて私の力がどこまで及ぶかは未知だが「指導に終わり無し」及第点は取れても100点は取れないことが指導と自負する。尽力したい。

想像と創造        2017.5.8

先ずはブログ更新が遅くなり大変ご心配や催促(?)など、当ブログをご支持頂いている旨のお声をいただき心より感謝しています。言い訳がましいのは見苦しくも聞き捨てならないものですが、嬉しくもありがたいことにここ1~2週間のGW期間は普段のレッスンペースが大幅に増加し、ブログを書くタイミングが掴めず目まぐるしく日々が過ぎるといったところ。。。
こんな脈絡もない個人的なエゴの書き込みを待ちわびていただけるとはなんとも幸せな限り、期待に応えたい誠意だけはご理解いただければ幸甚につきるほどです。

毎年GWは過去10年間の平均値でも晴天率が80%を上回るほどと、今年も例年に漏れず晴れた空は初夏を思わせ、青々とした夏の景観と温度を運び練習環境にも大変申し分ない。そろそろ日に焼けた額から流れる汗が体温の上昇と次のショットへの気持ちの強さを物語る今日この頃。本格的な「夏」の入り口に入った実感から武者震いするのもまた嬉しい。

表題です。
私は選手意識を持った生徒(選手)との付き合いの中で、その生徒が上達していく過程と将来の姿を「想像」してみる。

選手意識を持った生徒・・・
様々な解釈をされると思われるが難しい境界線はなく、試合出場への意欲や目的があればそれは紛れもなく「選手」と考えている。その気持ちの大きさや強さは特に問題視していないが「試合=勝負」と捉えられれば勝つことが目的でそれに至るショットの安定性、強化、そして個人的に効率的なスタイルを確立することであり、それにどれだけ真摯に向き合い力を注げることが出来るのか。
現状のショットのレベルやフットワーク、フィジカルとメンタルのバランス、経験値、練習環境、パートナー(ダブルスの場合)、体力・・・。出来る限りの情報から可能な「伸び代」を考え想像してみると練習方法、回数、負荷、アドバイスの観点などがより明確に浮かんでくる。これは本人とのイメージにギャップが生じる場合も多いが、ほとんどは私の想像した出来上がりのレベルが高過ぎて驚くこと。もちろん私の想像は上記した条件を満たせた場合の期待値ではあるのだが決して無理難題を押し付けた根拠にない空想とは大きく異なり、指導してきた経験からその可能性を導き出しているのだが、やはり「本人の意思により」となることは然りである。
「想像」した姿を現実的な形やパフォーマンスに定着させるための練習が始まる。肉体的な負荷は必然であるが、無理をし過ぎて故障やモチベーションを下げてしまうと課題がスムーズに行えなくなってしまうがここが難しいところ。指導者と生徒に同じレベル(温度)の覚悟が必要となり、お互いの信頼関係も維持、そして深められなければ道筋は作れないだろう。
特筆したいことの一つは、指導者であれば生徒の気持ちを受け入れ理解し互換性を持たせられること。自身に置き換えることが出来れば回答は的確となり、生徒の達成は自身の上達であることを念頭に置きたい。

「如何に的確なタクトを振り出すことが出来るか」

台詞一つを伝えても、その表現には伝える者と演じる者に差が出てしまう。一見同じようなフォームでもボレーのタッチは握り方や振り方で結果が大きく違うのは打つ本人が無意識に行う微調整、それは時にして髪の毛が静かに揺れる程度の風の力くらいであったり。感情が豊かであればこそ表現できる演技があり、その感情の強さや種類を伝えることが指導となることもある。如何に的確に表現させられるのか、そして如何に上手く表現できるのか。指導者がプロデュースし生徒が演者となる。「想像」はやがて形が出来上がる。最初はまとまりもなく確率も低いものが徐々にハッキリしたものとなり打つ側にも受ける側にも印象的なものとなり「創造」され、筋肉や意識のもとにボールに力を伝えるためのポジションに自然と入り当たり前のようにスイングされる。それは決して無理やり的な苦ではなく流れるように演じる姿でありたい。優雅に、そして力強くも。

「1秒前には戻れない」
「今」を大切にしたい。「今」しか出来ないことも多いのだから。「今」がその時。「今」が自分を変えられる時なのかもしれない。ここぞと思うポイントのときに決断しよう。

いよいよ肌が色づいてきてそろそろ国籍を疑われる黒さになってきたが、今年もこの季節になり本格的なシーズン到来と浮き足立つ昨今、生徒と共に歩みそして学ぶことを忘れずにいたい。大好きなテニスだからこそ。

指導は一日にして成らず  2017.4.21

淡く薄桃色の桜は限りなく白に近く、物静かに咲く様は自己主張せずともなぜ故ここまで人々の心を惹きつけ癒すのだろう。だが、その時間は儚くも時を待たずに過ぎてしまう。春先になり蕾が花開く姿を日を追うごとに待ちわび、やがて満開を向かえ一つ一つの花は控えめながらも街中の景色を華々しく変え瞬きする間も惜しむがその時は三日と持たない。そんな桜の美しさに嫉妬を憶え、早々に散らそうとこの時期に吹く風がなんとも恨めしいが、桜の美しさは花開いたその小さくも可憐な様と、惜しまれるもやがて散り行く花びらの舞いにあることであろう、散り際こそ真の桜の姿なのかも知れず。。木々は新緑と様を変えたが、その姿を求めて訪れる者はほとんどいないこともまた寂しいが致し方ないことであるが、こらから一年の時間をかけ、ほんの一瞬ではあるが人々の心を魅了するその時のために日々成長と準備に入ったと考えよう。さて、私たちはここから一年で何処まで成長できるのだろう。一年後、輝くほど飛躍している自分を想像するが、根拠の無い高望みは労することを苦しむこととなり長続きせず成就しないこともまた悔しい。されど日々の心がけが結果に繋がることを忘れずに進もう。

~インプットとアウトプット~
私の指導で常に心がけていることは「的確・明確に伝えること」である。聞き手によって解釈は様々であることが上達の遠回りに至ることを幾度と経験してきた。物事の優先順位や比重の置き方を今求めることに正確に見極めて伝えることが大切である。
私の言葉やパフォーマンスを正確に理解させ伝えるために生徒の立場になって考えた場合、相手が子供(キッズ・ジュニア)と大人では大差あって当然である。特に子供には受け入れやすく興味が持ちやすい言葉や例え話が必要と考え、あえて本題とは真逆を向けさせることで伝えたいことのインパクトを高めることも多い。
例えば、足の使い方を説明するときに「細かくすばしっこい」フットワークの必要性はあえて大股で飛び跳ねるように走らせて大雑把に伝えると距離感やタイミングが取りにくいことを本人が自然と感じ取る。細かく動くことで体勢や力の溜め、ショットの球威やコントロールが良くなれることを必然と覚え、それに必要な足の速さや脚力の強化に自然と意識を向けるようになる。ボレーでテイクバックが大きく振りすぎてしまう生徒に「振らないで!」を繰り返すよりもあえてもっと大きなスイングで打たせることによりアジャストしにくいことをハッキリ認識させたり。。「伝える」ことの方法は探してみるとたくさんあるものである。そのために心がけていることは日々「インプット」を出来るだけ多くすること。私たちの仕事は生徒(選手)に対して「アウトプット」することであり、それは言葉や練習方法などの選択と強弱、時間配分などであり、それを的確に判断することは「経験と知識のみ」であること。そこにはアイデアも必須で、伝えるためには興味を引くことが優先されることも多く、聞き手の立場やタイプによって「ネタ」を幅広く引用できる知識も豊富でありたい。それは必ずしもテニスに関する情報のみではないこと、特に情報量の少ない低学年のキッズ諸君にはテニス以外の感心事から入ったり、あえて知識も無く出来るレベルではないテーマをやってみたりすることも興味を引くきっかけになることが多い。興味や関心は上達にとっても大切なスパイスになり、やらせないよりも「やらせてみる」ほうが収穫は大きい。
「インプット」のシチュエーションは様々であり、本を読むことやTV、インターネットから必要なワードで検索してみたり。。私は車での移動時に助手席にノートとペンを置いておく。運転中に目に入ることの中には一瞬で視界から消えてしまうことがほとんどだが、その中にはちょっとしたことだが目に止まることがレッスンで「使える」ネタやアドバイスのヒントになったり、耳から入る声や音にも関心することがあれば車を止めて書き留めるようにしている。

キャリアも長くなれば経験を重ねてきたことで指導が成熟するものと思うがまだまだである。テニスも時代と共に変化(進化)している中で、歳を重ねるほど過去の凝り固まった頭に拘っていて「良い事と悪い事」を精査しながら、自身のコンセプトから外れない範囲で柔軟に変化(進化)する指導を日々考えている。それが生徒の上達と良い結果をもたらすことに繋がるように。
ついつい「怒って」しまうこともあるが「叱る」ことの出来る人間になりたい。そのためにも自身がインプットを多くして成長と進化に努めよう。

笑顔のギャップ    2017.4.14

桜満開の時期も過ぎようとする今日この頃、肌寒い日と汗ばむくらいの熱い日が交互に訪れ、遠くに陽炎が緩く燃える光景と半袖が心地よく、いよいよいい季節になってきたと思う。

「今年は汗を何リットル流すのだろう」

こんな他愛も無いことだが考えるだけで楽しくもなれる。

浅田真央選手の引退は「一つの時代」の終了を意味しているように思える。彼女の功績は世界レベルでも輝かしい結果とフィギュアスケートの繁栄に大きな貢献が出来たことだろう。少女たちは彼女を見て、まるでアイドルに憧れる眼差しを向け自身も滑らかにそして美しくスケートリンクを舞うイメージを思い描いたに違いない。

浅田選手だけが女子フィギュアの全てでないことは注釈しておくが、彼女が他の選手たちとは逸脱している魅力を感じる。それはトリプルアクセルを筆頭に技術的要素のクオリティーのみならずスタイリッシュなルックスや表情、中でも特筆すべきは「笑顔」が観客を魅了する。
素朴で自然体、嘘を感じさせない言葉の数々はアスリートである前に「人」として魅力を感じさせ、松岡修造氏が熱くなるのも当たり前で頷ける人物である。
彼女のコーチが言う言葉に関心したが「とにかく強い性格」であると。彼女の笑顔を見ていて「強い性格」をイメージしにくいところもあるが出来るまで、納得するまで徹底的にやるタイプとはシンプルに「真のアスリート」であり、それがゆえ何度もぶつかりその度納得のいくまで話し合ったと。この言葉に師弟関係の成立と成功を感じる。意見や考え方が噛み合わないのはお互いが本気である証拠であるが、とかく力関係では指導者が上になり押し切ってしまうことも多く、本音を言えずに流してしまう選手も珍しくない。しかし納得出来ていなければ「溝」が生じ、それを幾度と繰り返すことは信頼関係の構築とは逆行して然り、そこで決別してしまえばそれまでの関係に過ぎないのだろう。しかし彼女のコーチに対する信頼は大きく、そこまでの関係が真実なものであることは、彼女をリンクに送り出すときに肩をたたきそれに頷く彼女の表情が物語っている。

彼女のベストスケーティングはやはりソチのフリーと思うファンも多いだろう。「奇跡」と呼ぶに相応しい演技であった。今でも観るたびに感動が押し寄せ目頭が熱くなる。感動は人の心を豊かにしてくれる。その感動を伝えるまでの努力は並大抵なものではないことを本人のみならず同じアスリートほど噛み締めて思う。
彼女は引退の会見で「辛かったことは?」の質問に「好きなことなので一度も辛く思ったことはありません。」と言う。好きであるからこそエネルギッシュになれるのだが、好きの度合いが意志の強さと表現力になるのだろう。
彼女のように国民的ファン層の厚い選手が引退すると寂しく思うのだが、それは次に繋がる選手の存在も大きく関係すると思う。彼女に続く偉業を成す選手は「誰?」なのだろう。

引退会見時に感極まった浅田選手が約30秒間言葉に詰まる場面があったが、まだ幼さが残る彼女の表情が微塵も曇らずに少しだけ口元に笑みを残したシーンを見て「強い!」と思った。
愛くるしく可愛いと表現出来る彼女の「真央スマイル」の奥には小さい頃からオリンピックで金メダルを取ることに真に目を向け、努力を労すると思わずに走り続けたアスリートの炎が小さくもしっかりと燃えていたのだろう。

感動をありがとう。そしてお疲れ様でした。

さてさて、ロジャーそして錦織選手のクレーシーズンの結果は如何に!?他人事で勝手な言い分だがこちらもまた感動を期待しよう。

小さな巨人たち    2017.4.7

今シーズンに入りロジャーが全盛期以上の力を魅せつけ追随する強豪たちを一蹴し、GS大会で1勝しマスターズ大会でも2勝を上げている。19勝1敗、年末最終戦へのポイントは2位に大差をつけてのぶっちぎりである。プレーが特に変化したとも思えないパワフル&ビューティーは世界ランキング1位の時期に比べるとさらに進化したように思える。その一つが展開のスピードが目まぐるしいほどに速効性が際立つ。相手のスタートのタイミングが一瞬遅れるシーンが多く、逆を突かれれば微動だ出来ずにエースが決まる。それが不必要なまでに思えるスピードのパスであったりネット際にまるで計ったかのようなドロップショットであったり。。。
ロジャーは言う・・・

「もう復活劇は終わった。今は自分のプレーが出来ている」

昨年の休養前の彼は「自分のプレー」が出来ていなかった。見る側も違和感を感じる試合が続き「限界」を過ぎる貴兄も多かっただろう。半年間に彼やチームが何よりも優先させたことは「休む」ことだと。30代半ばの元世界チャンピオンは肉体が最高のパフォーマンスでプレーするには万全の状態をコントロールすることが必要であり、連戦連戦の日々は時間と共に体力を奪いプレーのクオリティーを下げてしまう。
彼がランキングを戻すのにそう時間や大会数は必要なかったようだ。すでに4位に浮上したがここから№1に至ることのハードワークを熟知しているのは誰よりも彼なのだろう。ランキングはあまり気にしていないと、「ただ、今この試合に全力を注ぎ楽しんでいる」
マイアミ優勝後はローランギャロスまで時間をかけて心身ともにメンテナンスやコントロールに時間を費やすと。フランスにはマレー、ジョコも戻るだろう。その舞台であらたな力を付け返り咲いた「今世紀世界最高テニスプレーヤー」はどんなプレーを魅せてくれるのだろう。

表題です。
先日、2日間のキッズキャンプがこれ以上無い晴天と環境に恵まれ無事に終了し、フォアハンドとスマッシュ、そしてメンタルが以前よりも強くなり少しだけ日焼けした子供たちの笑顔が副産物であることも収穫でした。2日間で200本(50×4回)のショット打ち込みは今自分に必要なショットを体で覚えることを目的として普段の練習量や時間では至らないところを大きくカバー出来るのもキャンプならでは。ビデオ撮影によるフォーム確認と矯正で思わぬ発言「えっ、僕のフォームはカッコ悪り~」に皆で大笑いし、振り回しでは「頑張れ自分」と声を大きく出して自身を鼓舞する教えが功をなす、実践パターンのドリル練習~実践はドリル(球出し)の後直ぐにそのパターンをそのまま実践練習にすることでプレースタイルをストレートに形作ることが出来るので臨場感が実践と同じになりかなりカッコいい、ラリー打ち込みは規定時間(3分間)ノンストップで打ち続けることで状況に応じたポジション取りや体勢作り、そしてラケットワークを自身の判断で対応することを目的としたが何も言わなくても自然と対応できていることに感心感心、試合は対コーチ戦では私がその生徒に必要なプレースタイル(ディフェンス型、オフェンス型、ネットプレーヤーなど)を作り苦手な相手のタイプとの実践練習だったが「コーチ!そんな速いボール打つの反則だよ!」と怒られる始末、コーディネーショントレーニングでは用意しておいたメニュー完全無視で本気の鬼ごっことなり公園の丘を駆け上がり、石の壁をよじ登り、接近戦ではフェイントかけながら相手をかわしダッシュで逃走、縦横無尽に逃げ回ることがこの上ないフットワークに繋がること効果的面。

今回のキャンプで行ったシステムで試合をする際に自分のパワーレベル(ヤル気、意気込み、本気度、体調など)をハチマキのカラーを自身の判断で決定すると言うもので白<青<赤の順。必ずしも対戦相手に対して打倒心100%で望むことがベストなショットやプレーの成功に至るとは限らず、むしろその意気込みが力みやプレッシャーになり本来持っている実力が出せずに自滅で負けることも多いことは然り。あえて自身が力を抜き「負けてもいいから○○○する」などテーマを決めた試合をすることでの手段として。今回の生徒たちには初めての採用でしたが、白や青のハチマキを絞めたことでむしろリラックス出来ている生徒はのびのびプレーしている感じが伺えます。かたや赤いハチマキを絞める円らな瞳が凛々しくも見える子は気合いを入れて何か覚悟を決めたが如く。途中から気合を入れようと赤にチェンジした生徒はそれがきっかけとなって人が変わったような空気で勢いのあるプレーになったり。。。「勝ちたい」「勝たなければいけない」になってしまうと普段練習時の自分は奥のほうに隠れてしまうことが多い中、逃げ道や開放される理由を最初から用意してあげると楽な気持ちでプレーができる、ちょっとゲーム感覚も入ってきたり。この手法、結構いい感じの結果が得られてます。普段の硬い空気だけで試合を進行しているときには動いていない「足」や蚊が鳴く程度の「声」が大きく大きく出てて活気のあるアグレッシブなパフォーマンスに!
決まったときのガッツポーズと決められたりミスをしたときの悔しさから自身を励ます声が普段とは一味違う。
大切なことはこれらの空気をハチマキ無しで自身が本番の場で作り上げていくこと。練習時に出来ていても、練習時にはやっていることでも本番で出来ていなければ意味が無いことを教示しましたが如何に。
選手によっては必ずしもがベストコンディションではなく、むしろ白や青のほうがより100%、120%の力が噴出出来たり、結果試合に勝てなくても力の出せた試合で自信が持てたりすることは大きな収穫となります。指導者はそこを見据えたアドバイスや練習課題、メニューの選択が重要となり選手それぞれによる指導方法が必要であることを認識しなければなりません。

私との対戦での絞めたハチマキは全員が「赤」。「よし!自分頑張れ!自分は強い!」と大きな声が何度も聞こえてくるも残念ながら私の全戦全勝で幕引きとなりましたが、生徒同士の対戦では涙が付き物くらいにマッチポイント終了後にはどちらかが顔を歪めて頬を伝う大粒の雫を顔を背けながら握手する姿は美しくエネルギーを感じました。
もっともっと強くなってほしい。強くなればなるほど見える景色は壮大で清清しいものであること。いつかその場所へ。

たられば・・・    2017.3.31

桜の蕾は膨らみほころび、長かった冬を終わらせるシグナルを日本中に鳴り響かせている今日この頃、この季節が好きである。寒くていつもよりも体が小さくなってしまう冬から、温かい、そしていつもよりも太陽が大きくなり主役を務める季節の始まりを感じさせてくれることに心が踊る。やがて汗が流れ、コートに滴り落ちる季節はテニス人にとって厳しくも数多くのドラマチックなシーンが生まれることだろう。何よりの大好物である。

全身テーピングに包まれ、欠場まで囁かれた満身創痍となってからの稀勢の里の快挙に感動し、マイアミオープン4回戦、試合途中から右手首の痛みに耐えながら第3セットで覚醒した錦織選手の強靭な精神力はポリシーとプライドを感じた。
アスリートが本番の戦いの中で、準備万端であり万全な態勢で挑めることばかりとは限らないだろう、いやむしろマッチアップすることで次のラウンドはさらにグレードが上がることが必然であり、体力を温存し次に繋げていくことも試合の課題と言えるが、世界レベルともなればそうそう簡単には行くわけがない。思うように効率よく勝てることが理想だが、時には怪我を押してでも出場し勝たなければならないと。武士道にこんな言葉がある・・・

皮を切らせて肉を切れ
肉を切らせて骨を折れ
骨を折らせて命を絶て


トップレベルでの対戦では1試合で2キロ前後のスタートダッシュを繰り返し、時速200キロものサーブに飛びつき、ほんの少しのミスが命取りとなり逆襲され、数ポイントの得点差で勝敗が決まる過酷な状況では無傷の勝利こそ皆無だろう。
アスリートの根源は「体力」にある。フィジカルをどこまで鍛え上げ強靭な肉体を作り上げられるか。4大大会で優勝するためには7ラウンド全てをフルセットマッチで勝ち上がる体力が無ければ勝てないとトップ選手たちは言う。もちろんそこには「精神力」も相まってのことであり「体力の低さは精神力の弱さに起因する」のである。

選手のトレーニングを見ていて思うのは、コート内で行うものには常にインプレーのパフォーマンスと同じ動き方をその何倍もの負荷をかけて行っていること。意識しての動きもあれば無意識に動けるレベルに至らないと実践では活かせないパフォーマンスを無意識に動けるまで相当量な練習を繰り返している。観るだけの側からは当たり前の動きでも、実際にやってみると想像を超える運動量であることを知るのであるが、それを理解せずにやれミスが多いだとか、やれ動きが悪いだとか勝手なことを言うことは簡単であり少々頭にくることもある。

昨年のシーズン後半から最近までの錦織選手は「ここぞ!」と言うラウンドで負ける傾向があるように見えるが、これもまた彼にとって選手としての必要な経験・経緯なのだろうと解釈している。
「もっと1stサーブ入ってたら・・・」「第1セット取れれば・・・」など・・・
挙句の果てには「こんなもんでしょ」などと諦めともアンチぶりとも思える冷めた発言には何か胸の奥から気分の悪くなるものが込み上げて来ることを覚える。。。

観るだけの側からは結果を判断しているにしかないが「たられば」を使えるならば私だって世界チャンピオンになれるのであり、そんなメルヘンチックなことを考える暇があればコートに出てサーブ練習でもしているほうが現実的に生産性のある時間を過ごせると思うのだが・・・。
「ピンチはチャンス」と言うが必ずしもそうとも限らない。ピンチなのだからそのまま屈してしまうことも多いだろう。だが、ピンチを経験し踏ん張った自分は「必ず」力をつけられる。そういった意味で「チャンス」なのだ。踏ん張りもせずに言い訳を繰り返しても明日はない。

ロジャーはマイアミでも好調・・・いや、元の強いロジャーがそこにいるだけのことなのかもしれないが。今朝のベルディヒ戦もロジャー劇場開幕といった空気の試合でした。次の相手はオーストラリアのわんぱく坊主。王者のプレーで教育的指導を施しましょう。そして決勝では再び真のライバル決戦を。また魅力的な試合を観られることを期待してしまうが、この週末は桜の花見もあり素敵な時間が重なり嬉しい悲鳴を上げそうである。

ロジャーがいい。

前週のATP1000では期待通りの「この上ない」結果で幕を閉じた。進化したロジャーは決勝戦でもスタンにペースを掴ませることなく最高と言えるプレーでマッチアップした姿は「王者」と呼ぶに相応しい貫禄を感じる。本当に強いロジャーが最前線にいることが夢のようだが真実である。サーブやストロークの爆発力とは相反するが、きっかけを作って決めるといった「理詰め」のプレーが目を見張る。エドバーグがコーチに就いていた頃、サーブ&ボレーにクローズアップしたプレーには1ポイントにかける打数やパフォーマンスをセーブし、勝つために効率よくポイントを取るためのプレーの変化は必然と思え、ロングラリーのパフォーマンスには少々「限界」が見え隠れする気配を感じさせることすら。。。
しかし、今年に入り復帰後の彼のプレーは、見る側のそんな全ての不安を払拭するに等しいプレーを披露する。特筆すべきは「角度のあるバックハンド」。世界レベルともなれば如何にスピードを落とさないことが一つの課題であり、回転や角度を付けることで失速せざるを得ないところを想像以上のスピードで相手をコートの外に放り出す。対ナダル戦ではバックハンドにボールが集まるラファの戦略に対しても切り返すシーンが目立つほどであるのは正に「克服と進化」に至る結果なのだろう。
前述して繰り返すことになるが・・・

「昨年の休養した半年間、彼は何をしていたのだろう・・・」

何か特別なトレーニングやプラクティスを繰り返したことは違いないが、肉体の筋力を戻すことは理解の範囲だが、戦線を離脱していたことによる影響はそれ以外の課題(モチベーション、パフォーマンス、戦術的発想、瞬間的な判断など)をどうクリアしてきたのか。過去のトップ選手が怪我や年齢で休養後に復帰できても大変の選手は現状のパフォーマンスに戻すことが精一杯であるように見え、復帰早々にGSタイトルが取れる選手は見たことがない。ましてや間もなくATP1000大会でも優勝と。。。彼の肉体は医学的な観点で見てもとても興味深いものなのではないだろうか。
私もトレーニングを初め体をいじめてみよう。少しでも変化・・・、ひょっとしたら「進化」出来るのかもしれない。

今週のマイアミではジョコとマレーが欠場していることも追い風が続くが、本音を言えば間もなく始まるローランギャロスに照準を定めて欲しい。とは言うものの年末のファイナルズに向けたポイントでは現状でロジャーぶっちぎりの1位独走中。ここでさらに差をつけておいて欲しいのは見る側の勝手な希望なのだろうが、それでも一試合でも多く長く彼のテニスを見たい気持ちが先走る。

春休みに入り、子供たちのレッスンや試合が続くが間もなく開催のキャンプではどんな物語が待っているのだろう。彼らの流す汗と涙はいつも美しく、自身を成長させる証である。

もはや進化       2017.3.17

2017インディアンウエルズATP1000大会、全豪で完全復帰したロジャーの勢いは止まらないどころか昨年の故障における療養休暇以前の実力を大きく上回るほどの出来栄えである。ショットの精度、パフォーマンスのスピード、優劣問わずラリーリードするゲーム展開・・・。
特筆すべきは3回戦の対ラファ戦は過去の2人の試合とは思えないほどロジャーのほぼ一方的な展開が目立つ内容だった。フォアハンドエース好調もさることながら、バックハンドが冴え渡る試合展開、スペインの闘牛は鼻息を荒くしスイスの英雄のバック側を攻め立てるも、鋭利に尖った角は赤いマントを掠める程度に留まり、英雄の華麗に舞うその姿からはやがて角よりも鋭いエースが量産される。何度も天を仰ぐ表情と、首を横に振る姿が幾度と画面に映るが自分に納得出来ていないのか、それとも「元王者」の復活におののいているのだろうかミスターストイック。

ロジャーは昨年の膝の手術後にどのようなトレーニングや練習を行っていたのだろう。。。
「絶対王者」と言う言葉はイメージに過ぎず、永遠に勝ち続け王者に君臨することは不可能であり、どんなに強い選手でも年齢と共に様々なところに「老い」を感じ、それはやがて結果に表れてしまう。悲しくも世代交代とともにその座は次の獅子に譲ることになるが、今のロジャーを見ていると「勝ち方」が以前の「最強のテニスプレーヤー」と呼ばれた時期よりも「強い勝ち方」に見えるのは私だけだろうか・・・。

彼は言う・・・「年齢は数字に過ぎない」と。まさにその言葉通りの結果を出している。

「復帰」・・・いや「進化」である。

今のロジャーを止める選手は誰なのだろう?試合は何時何が起こるか分からないものだが、日曜日に会場のロジャーファンがスタンディングオーベーションで歓喜に沸く様がリアルにイメージ出来る。

自身も年齢を感じないと言えば正に嘘であり、それを感じるからこそ「許す」ことが「甘え」であるように思え恥じる。ロジャーは人格者であり、世界中に彼のファンがいるが私にとっては単なる好きなテニスプレーヤー以上であることは間違いないことを再認識した。それは「師」のようなもの。

明日のオンコートではバックハンドが調子良さそうだ。。。

PS.錦織選手も調子良くてこの後が楽しみ、西岡選手の大健闘にも拍手!!

スピリッツ       2017.3.10

先日、とあるテレビ番組で注目すべきシーンがありました。内容は、いかに「厳しい」環境下において特訓をしているかをVTRを見ながらタレントたちが評価するといったもので大学の体育会の実態や、将来世界レベルを目指すアスリートの卵たちの日々の練習などのドキュメント。先ず番組となり構成されるほどのものなので、その練習や厳格な先輩、指導者は一般的にみれば驚くほどのものであることは然り。いわゆる「血と汗と涙」が流れっぱなし、とても笑顔で楽しそうな空気は微塵もない。
幾つかのパートに分かれている中で、元体操オリンピック選手の池谷氏が経営する体操スクールに通う逸材6歳の女の子が、私でさえ目を見張るほどの環境下であれど頑なに前を向き「諦めない」姿勢に少々熱き想いをいただいた気分に。体操の選手は基本的に柔軟が求められるために子供のうちに股関節を広げなくてはならないとのこと。その方法、手段が指導者である大人が前後および左右に開いた子供の足の上に乗っかりさらに広げるといったもの。見ていると不自然なまでに股が違う方向に広がっている光景に口が開いたままの自分。泣き叫ぶ子供は尋常ではない表情だが、順番を待っている子供さえ既に泣いている。ほぼ毎日これを行うとのことだが、体が成長しきってしまってからでは関節の可動域拡張は不可能と言う。指導者は「嫌だったら止めていいんだよ!」と何度もいうが「止めない、止めない」の声が一際大きい。
その後しばらくは泣きじゃくっているが、休む暇もなく次の練習に進むが何事も無かったかのように平均台の上では一点を見つめる目が凛々しく子供でありながら強さを秘めていた。
練習後のインタビュー・・・

「痛かったり厳しかったりで大変ですね!止めたいって思わないの?」
全然思わないです!絶対オリンピックに出て金メダルを取りたいから!」

全然絶対の言葉がしっかりとした口調であったことがこれまた素晴らしい。彼女が特別厳しい練習下でトレーニングを積んでいる訳ではなく、またこの環境が将来の実力を保障する訳ではない。同じレベル、もしくはもっと過酷な環境で日々鍛錬を重ねている子供(選手)たちも多いだろう。スタートラインに立ち、一斉にスタートすればライバルたちとの優劣も分かりやすいが、目に見えないところで少しでも差をつけよう、一歩リードしようと歯を食いしばり、しかしそれが「自信」に繋がることに間もなく気が付くのだから。。。
実力は「練習」でしか見に付かない。練習には様々な種類があるが、頂点を目指す以上それは苦しむレベルがのものが課せられることも多い。苦しみはやがて力となり「自信」を覚えさせる。「自信」という武器を手に入れた時、その選手は一つステップアップ出来るのだ。

自分の前にいるキッズやジュニアたち、スタートが十分なタイミングだったのか、それとも遅かったのかは問題としていない。ただ始めた以上「本気」で精進しているのかどうか。今後どこまでレベルを上げられるかは未知数であり、私の指導がどこまで追い風になるのかも分からない。しかし、上達して試合に勝ちたい思いに応えるスピリッツは30年前から何一つ変わっていないと自信を持っている。共に苦しむことも多いが、本気で取り組むからこそ「生みの苦しみ」となれるだろう。

「上手くいかない日 これもまたよし」
上手くいかないからこそ考え、打開にアイデアを生み出す。その思考がまた自身を成長させる。誰かさんが言うように、アイデアという想像力は人間に与えられた最大の能力であると。。。もっとも!

一つ屋根の下で・・・        2017.3.3

国民の多くのテニスファンから期待のかかる錦織選手がツアー大会で初戦敗退、18度目のGS大会優勝後のロジャーが2回戦で100位代の選手に3度のマッチポイントをものに出来ず逆転負けを喫することになったり、それはナイスゲームや勝利を望むことに他ならないゆえ残念な結果ではあるがこれが真の勝負であり、戦に例えるならばお互いが殺さねば殺される立場、出せる力の最高レベルであるからこそ観る側にも感動を与えてくれるのだろう。
下位の選手が上位シード選手に勝つことがイレギュラーではない。どんなに強い選手でも永遠に勝ち続けることはあり得ない。連勝が自身のメンタルを強くし、それはさらに肉体を強靭に作り上げる。自信に満ちた心で勝つことを楽しむのか?それともプレッシャーに押し潰され負けることを怖がるのか?そのプレッシャーに耐える日々は選手である以上永遠に続く、まるでメンタルトレーニングかのように。。。その苦しみと隣り合わせの勝利の喜びは戦うものにしか分からない。本気で戦うものであれば、それが体の未成熟なキッズであっても、テニス駆け出しの一般初心者であってもきっと同じ苦しみと喜びを感じることだろう。

来る、子供たちの春休みに6年ぶりにジュニアキャンプを開催する運びとなった。選手育成キャンプである。短期間の一泊二日の予定だが合宿には普段の練習環境の何倍もの価値や効果が期待できる。僅か二日間で、目に見えるほどの大きな飛躍は稀であるが我がITIキャンプでは「徹底的に基礎を固め身に着ける」コンセプト通り、単にラケットワークのみならずに体の使い方を時間をかけて体に染み込むほどに反復し、キャンプ中にショットの安定域には至らずともスイングスピードやボールのアジャストがレベルアップ出来ることは毎回のキャンプで十分期待出来ている。そして、知識を得ることで子供心にも「やるべきこと」が明確となり、今までおぼろげながらの方向性が練習の意図や目標が定まることが収穫となる。同じ練習メニューを単発のレッスンで同じレベルまでフォーム矯正や意識改革を起こすのにどれくらいの時間や努力が必要かと考えると、やはりキャンプスタイルの練習環境は絶大とも思える。60分や90分のレッスン、しかもグループではなかなか自身に優先される課題に没頭しアドバイスを受け続けることは困難である。徹底した基本強化に続き、実践練習(ゲーム)でも個々の実力に合わせたスタイルをパターン練習を繰り返し、アドバイスと会話から問題点の克服を目標に安定したプレーを目指す。
当キャンプの一番の特徴は、より選手のレベルアップに繋がる練習環境をレッスン内に構築することであり、それは対コーチとの時間を最大限まで確保すること。よりプライベートレッスンに近い環境作りであり、その結果が少人数制と使用コートの多面。理想は一人のコーチに4~5名、2面使用と考える。理想だがコストを考えるとなかなか厳しいが利益はど返しにして先ずは選手1stと。キャンプ終了後に、明日から「何!?」をすればいいのかが分かりそこに向かって歩き始める選手の表情がなんともいい。それが肉体的にも精神的にも酷なものとは限らない。ただ「頑張る」だけでは試合には勝てない場合が多く、具体的に勝つための「作戦」や「アイテム」を知ることで結果が見えてくることは間違いない。

「今まで何をやっていたんだろう・・・」

そんな声が聞こえたことあったな。。。
幾度と使ってきた言葉だが「先ず考え方を変えなければやり方や結果は変わらない」
今回のキャンプでも子供たちの「変化」が見られることを期待して私も力を出し切る所存である。一緒に食事をして一緒に風呂に入る。普段の練習では無い場面も多くなることも会話の観点が変わりお互いを知ることが出来る。こどもであるがゆえ息抜きと切り替えも必要であり「遊び」も用意している。あらかじめ施設内に隠しておいた宝物を懐中電灯片手に探すときはやはり子供たちの表情である。ビンゴゲームはいつも奮発して子供達が喜ぶ豪華な賞品をラインアップするがこれが定番ながらも大盛り上がり間違いない。キャンプ後は心底体が疲労の頂点に達し声は枯れてガラガラになるが心は満たされているよう。今から私も楽しみである。


今日は3月3日。ひな祭り。夕方以降のレッスンが休校となったのでちらし寿司とハマグリのお吸い物を作ることに決めた。出来栄えはどうだか分からないが、私が作るのだからきっと目でも口にも美味しいものに間違いない。こんなことに意識が行くことも「ON/OFF」の切り替えトレーニングと思っているが以前に比べれば心に余裕が出来たようだ。

作家であり演出家      2017.2.17

春が好きである。桜咲く頃が・・・。
いよいよその訪れを感じさせる陽気が心を躍らせるが、まだここ一ヶ月ほどはダウンジャケットの力を借りて身を温めよう。もともと寒さに弱く、冬は春夏に比べるとパフォーマンスが2割ほど下がってしまうが日差しの温かさを肌で感じるとまるで草木が芽吹くように力が漲ることを実感出来る。梅はちらほら花開き、桜の蕾も少し膨らんで来たように見えるが間もなくであろう、儚くも可憐に静かに咲き誇るその姿を観られるのは・・・。春はもう直ぐそこまで来ているようだ。

コーチングとは、いかに選手(生徒)のレベルを引き上げられるかが課題である。そこには練習方法や質・量・タイミングが各々の選手により差があり、強弱や優先順位を見極めることや、時にあえて「本末転倒」させることで意識改革や気付きに効果的な場合もある。一般テニス愛好家であってもジュニア(選手レベル)に必要な要素をインストラクトしたり、ラケットワークよりもコーディネーショントレーニングを施すことで、結果スウィングが安定したり。
同じ言葉のかけ方でも声の強弱や顔の表情の作り具合など些細なことで伝わり方や印象が大きく変わる。何度も聞きなれた言葉や幾度と繰り返してきた練習が「台詞」一つで身に沁みるほどに浸透していく。。。

「分かっているけど出来ない・・・」

よく耳にするこの言葉、その理由のほとんどは「練習不足」だが日々テニス上達に精進している貴兄ならば「出来ない」で済まさないことだろう。諦めずに何度もチャレンジする姿勢は素晴らしい。そんな課題にもう一度同じことを「違う台詞」で伝えてみる。言葉のみならず手振り身振りを加えて体全体で。わざとらしいデモンストレーションも効果的だが、今までに見たり聞いたりしなかったことを考えて言葉にしたりパフォーマンスしたり・・・。まだ上手く伝わらない、上手く打てない、上手く動けない。そんなことを繰り返すことも多いが諦めずに「台詞」を探し、見ている側の深層心理に入り込める表現を「演技」してみる。キッズやジュニアには大袈裟に、可笑しいほど道化になるほうが伝わりやすい。子供は楽しいことが大好きだから。
私のコーチングに対する考え方の一環として、言葉は体の表現を適材適所に使い分けることで受ける側の印象に大きな差があり、結果的に理解度や目的意識が明確になり上達のスピードが加速すること。要するに「いかに上手く伝えるか?伝えられるか?」で、その選手の進化に大きな差異が生ずると認識している。

上手く伝えるためにどんな言葉をどう使えばいいのか!?

ドラマや映画で俳優が見ている側に感情が伝わる演技をしますが、これは流石に役者の腕の見せ所なのでしょう。当たり前のように、自然に見えていますが大したものです。そんな観点から私たちのコーチングを考察すると、どの場面で、どんな台詞をどんな表現で話すこと、そして練習方法は何か?が的確に判断出来るかを考えたい。それは「作家」であり「演出家」であり。言わばコーチングとはテニスコートでどのようにラケットを振り、どんな動き方をすれば試合に勝てるかの「演技指導」とも考えられ、それが上手く伝わり、より良く演ずることが出来れば面白い。う~ん、そう考えるとアカデミー候補が何人かいるな~!吉本レベルも大勢いるけど。

先日のキッズレッスンで、後半に試合をしたときの話・・・
「ハンディーはいる?」
「いらないです。」
「試合前に結果を予想して!」
(4ゲームマッチ)
「・・・0-4で負け。」
「おいおい、試合前に負けるつもりで試合するな!」
「・・・4-0で勝つ!
「ずいぶん大きく出たな!だがそれでいい!こんな爺にいつまでも負けてるな!」

結果はどうであれ、大きな目をくるくるさせながら小さい体で、一打一打打つたびに声を出し歯を食い縛っていた姿はとても美しく、力強くもあることが嬉しい。
 

2017京都喰い倒れの旅   2017.2.10

いまだ全豪オープン、ロジャー優勝の余韻から日々のモチベーションが高揚している今日この頃、温かさや寒さの繰り返しは春の訪れを感じさせてくれる。そう、間もなく桜の季節が今年もやって来る。

そうだ京都、行こう

冬の京都は4年ぶりとなるが、京都北山の頂が文化財に囲まれたこの場所を見下ろし古のパワーを閉じ込めていることを感じるが、盆地にはたっぷりのエネルギーが溢れそうなほどである。何もせず、ただこの地に立ちその鋭気を感じることで体中が活気付き充電されることを実感出来る。「またここに来られてよかった・・・」と。

古都の冬は厳しくも温かい。厳寒であればこその「食」が楽しみとなり、目や耳、そして頭にも栄養が駆け巡るようである。
毎回ここに来ると決まったルーティーンがある。京都駅のカフェから始まるが今回も例外はなく、ここの「抹茶オレ」が逸品なのである。見た目の緑緑しさだけではなく香りと微かな自然の甘みが心に優しい。オープンカフェの造りであるが足元からは温風が吹き出て暖を取れる。必要ならばブランケットも貸してくれるが、これがまた質の良いセンスのある代物で微笑ましい。両手で包み込んだラテのカップの温もりが体内に移った頃、残りを一気に流し込み席を立つ。さあ、これからいっぱい京都を食すぞ。
京都到着が朝早く、車中で駅弁食べたこともあって腹七分目、昼食までにはまだまだ。
中村藤吉本店は日本茶の老舗だが、併設のカフェメニューも魅力的なものばかり。なかでも「丸十(まると)パフェ」は見た目もスタイリッシュで感動的だが甘さがグッと抑えられた抹茶アイスとクリームにラズベリーの酸味は大人のスイーツ感たっぷりに仕上がり美味である。
以前、冬に来たときには無かったメニューで「鰊蕎麦」が目に入りこれも頂くことにした。鰊の甘さが上品な出汁にいいアクセントとなり、九条葱の触感が心地よい。
花園にある妙心寺にてお先祖様の墓参りは大事である。事欠かず丁寧にとり行うことを心がけるが、次に食すものを思う気持ちも隠しきれず。
嵐山に向かい、昼食は「鯛茶漬け」と決めていた。駅を出て竹林に向かうと左側にある「HANANA」。人気店であるが故に待つことを覚悟したもののランチタイムには少し早かったお陰でそのまま店内に。メニューは2品のみの提供。鯛茶漬けと鯛の西京焼き、共に定食・・・と呼ぶには上品な振る舞いでコース料理のよう。盛り付けは綺麗であるが、ここまでお茶漬けをファッショナブルに贅沢に提供するお店も少なかろう。だが、それがいい。
お茶漬けを目的に訪れたが、それぞれを食すも甲乙着けがたいが好みは「西京焼き」であった。
渡月橋を渡り、桂川の辺で一休み。川幅の広いこの場所を眺め、目線を上げれば山々も広く横に繋がり千年も前の景色と何が変わったものかと思いに深ける。鈴虫寺を訪れ、和尚の教えは「洗心」。日々の忙しさに揉まれて、人は本来の「生きる」ことの意味を忘れてしまう。生きるとは人と人が接することであり、そこにお互いへの感謝や譲り合いを少しだけ意識してみると豊かな気持ちになれる。ありがたいことである。
嵐山に戻り、阪急電鉄駅前の「ARINKO」で抹茶ロールケーキを食す。私が京都に来て一番美味しい抹茶ケーキと思った店である。上品な甘さと薫り高い抹茶クリームは飽きない美味さ。現在では東京駅大丸向かいに店舗出店している。
一度ホテルに戻り、チェックインした後に駅に戻り「551」にて餃子と肉まん、チマキを購入。ここもまたご存知の方も多いと思うが超を付けられるほどの人気店。オープンから閉店まで列が消えないほどである。
初日で既に食いだおれ感をかもすが、まだまだ美味いものたくさんあって選ぶこともまた楽しいが、ここからはピッチ上げてご紹介。
二日目、ホテルのビュッフェで朝食を取るがこれもまたクオリティー高いメニュー揃い。
レンタカーを借りて大原三千院へ。見事な庭園を拝見しながら抹茶と羊羹をいただき落ち着いた時間に癒され、帰りの参道でドレッシングと出汁を勧められた女将が卓球の愛ちゃんに似てて思わず購入。その後二条城近くの「金胡麻クレープ」で京野菜のクレープ(ガレット)があまりにも美味くて2人して声を上げたが商店街を闊歩する方々に振り返られたほど。
再び嵐山を訪れ「みたらし団子」を食すがこれは思いの外・・・。ここから車を大阪方面に向けて飛ばし八幡地区へ。この辺りに来るとまったくもって京都感は無くなってて不思議に感じた。なにしろ幾度と京都に訪れるも。車で動いたのはこの日初めて。やはり車だと行動範囲が広がって良い。コストコに来てみたが、地元のものと何一つ変わらずで面白くない。
京都市場に戻り、先斗町で柚子料理を食す。「ゆず元」は鍋、ラーメン、餃子、鶏料理など、柚子をふんだんに使っているので柚子好きには堪らない料理が並ぶ。柚子鯛ラーメン、柚子餃子、酔っ払い鶏を注文。全て美味かったがラーメンは絶品。この地に行かれたならば騙されたと思って食せよ。
三日目、昼食を楽しみに朝食ビュッフェは抑えたいところだがついつい。清水二年坂に向かい恒例の「阿古屋茶屋」へ。お茶漬けバイキングの店だが、ここもまた人気点ゆえに時間を考えた行かないと1時間は当たり前のように待たされてしまう。豊富な漬物とほうじ茶でいただくお茶漬けは季節問わず美味い!2杯は女子でも当たり前、今回の私は3.5杯でした。
店を出てからのデザートは「梅園」のみたらし団子と「阿闇梨餅」。甘味が連続するが飽きない美味さ。この後、お土産の購入にあくせくするも今回の旅行初となるスタバがなぜか心落ち着く場所と時間に。いきなり時間は飛んでしまうが帰りの新幹線で食すために「SIZUYA」で厚焼き玉子としば漬けのサンドウィッチ、ロースカツサンドに地ビールを購入。
美味い美味い、もっともっと美味い京都に浸りたく思いを馳せる中、新幹線でうたた寝となる。。。京都はいい。

次は7月である。

ドラマチック      2017.2.3

前述したブログでは希望であり願望であった今年の全豪オープン男子決勝戦の対戦カードとその結果が「願い」通りのものとなり、数日間は印象的なポイントのやり取りが頭の中を駆け巡り、レッスン中やら車の運転中やらで「集中」出来ずにハッとすることもしばしば。
ようやくここに来て落ち着きもしたが、自身のフェイスブックを覗くたび今だにスクロールするページにロジャーの華麗なフォームやトロフィーを高々と掲げる勇姿が続いていることが、これまた熱戦を思い出させる。

試合を評論出来る立場ではない。しかしこれ以上の感動的なゲームはなかなか観られないと思うが、ロジャー、ラファの勝ち上がりからのこの決勝戦の内容はとてもドラマチックに描かれ、映画化するとすればむしろ演出も差ほど必要なくありのままの出来事、ノンフィクションで感動を引き起こせるレベルに至るだろう。
それぞれ試合中に「何を」思っていたのだろう。。。対戦成績では23勝12敗、GS大会では9勝3敗とほぼ圧倒的にラファがリードしている数字に見えるが、これは「クレーキング」と評されるラファの実績からであり、その他の対戦ではほぼ互角といった数字になる。
試合の流れは一進一退を繰り返し、セット奪取も交互に訪れたことから最後まで結果は予想出来ない。第五セット、最初にブレイクを許したのはロジャーであったが直ぐにブレイクバックで戻すところが観る側にも緊張と安堵のシーソー。マッチポイントがこれまた印象に残るショットとラファのリアクションになったことは誰もが感じたことだろう。ロジャーの放ったフォアハンドのクロス、アウトに見えるほど微妙なライン際に落ちたが、すぐさまラファは右手でアウトのジェスチャーだったが表情は固い。ジャッジのアウトに対してラファはチャレンジ。スクリーンに映し出された放物線は際どくラインに乗ったボールの跡を示す。うなだれるラファの表情とは対照的に雄叫びに近い声を張り上げ飛び跳ねるロジャー。その絵を映すカメラワークが劇的なものであるがとてもシュールでもある。ネットに駆け寄り抱き合う2人に勝敗の優劣は全く感じさせない。むしろ温かいものが伝わってくる。

今大会(試合)かたくさんのことを教授、感動をいただいた。怪我からの復帰・復活、年齢と肉体の現状、勝率と現実、1ポイントの重責、勝利と敗北、称えあえる(認め合える)心etc.
大好きな選手が好敵手と素晴らしい試合をすることであっても、ここまで感動的に受け止められることはそうそう無いことである。様々な要素が重なったこともあるのだろう。テニスが好きで、ロジャーが好きで、テニスに生涯携わることが出来て本当に幸せなことである。今回の感動は、きっとご褒美なのだろう。。。
心から感謝を込めて・・・

ありがとう

今週末から京都を訪れる。仕事でもあり、お墓参りもあり、もちろん心の洗濯という理由もある。この場所にドラマチックな場面を求めることはないが、いつもたくさんのエネルギーを貰って来られる。それは鋭気にも似た強いもの。。。
実のところ、美味いものたくさん食べて元気になってくるだけ・・・。だがそれがいい。
そして今日は節分である。世間にもれることなく我が家でも恵方巻きを食す。どうでもいいことだが毎年ふと思うのは一体、恵方(今年は北北西)を向きながら何も話さずに一本の巻き寿司を食べきる貴兄はどのくらいいるのだろう。。。と。ちなみに私たちは「今年こそは!」と挑むものの半分ほどで息が詰まって話し始めるのが常である。さて、京都の前に今年は何を願おう。。。みんなのバックボレーが少しでも上達することを願ってみよう。

歴史再び・・・    2017.1.27

今年の全豪オープンは波乱なのか、それともここまでの結果は何か目に見えない力に導かれた「必然的」なものなのではなかろうか・・・。
女子の決勝がウイリアムス姉妹と、姉のビーナスは14年ぶりの決勝進出となったわけだが、バンダウエイとの準決勝に決着した瞬間は飛び跳ね、バレーダンサーのように舞い、その様はまるで子供のように喜びを体いっぱいで表現していた。幾度と大舞台の頂点で対峙してきた2人の心中はいかなるものなのだろうと想像するも、普段差ほど女子の試合には感心がない私も明日の女子決勝が楽しみである。きっと結果に関わらずお互いを称え合い抱擁したときに、何か暖かいものを見ている私にも感じられるに違いない。

そして男子・・・
世界ランキング№1と2が予想外のタイミングで敗退したことと、ロジャー&ラファの好調振りが対照的であり、「元」№1と2がまさかの頂上決戦となるのだろうか。さすれば「波乱」と言うべきか?いや「宿命」なのだろう。。ロジャーは錦織と、ラファはズベレフ(弟)と熾烈極まる激闘を制し、昨夜のロジャーは同胞スタンとの死闘を勝ち抜いた。決してラッキーカードの連続で楽は出来ていない勝ち上がりであることは容易に分かる。
ロジャーが「18度目」の頂点に立つまでにあと一勝。17回のGSタイトルを史上最多としていることはよく言われるものの、決勝進出は実に27回であり準優勝回数(要するに負けた回数だが・・・)が10回あるのだ。

2015年の全英と全米の決勝でジョコに土を付けられ、その後はファイナリストに勝ち上がることから遠ざかり、この頃から「引退」の言葉が巷で囁かれ始めるが本人はいつも笑顔で首を横に振っていた。どんな選手でも「そのとき」は突然やってくる訳だが、ロジャーやラファには少しでもそのときを先に延ばして欲しいと勝手なことを思う。そう思うテニスファンは世界中にたくさんいるのだろう。ロジャーのテニスを見て多くのことを学び、それらはテニスの技術や戦略的なことだけではない。選手としてのスピリッツ、特にテニスプレーヤーとしての人格としては正々堂々と、そしてルールを厳守し、対戦相手に敬意を払う。勝つこと以外にスポーツマンとして、人として手本となることもテニス上達に必要なことであること。彼を見ているだけで次の日のテニスが調子よくなることを何度も経験し感じている。彼のプレーや行いをキッズやジュニアに話すだけで何人もの生徒がロジャーファンになった。彼の使っているプロスタッフは全て使い続けている。「魔法の杖」を使えば、少しでも同じショットやプレーが出来ることを信じて。。。

今日、もう一つの準決勝で「太陽の男」が勝ち上がって欲しい。デミトロフも好きな選手の一人に違いはないが今回はラファでなければならない。2011年のウインブルドン決勝の両雄が今だに鮮明に目に浮かぶ。5時間を越える熱戦の末に前年の雪辱を晴らしたラファを王者は称えた。ここからラファの時代が動き始めた。今、まさに時間を呼び戻される歴史の瞬間なのである。

日曜日にロジャー優勝でメルボルンが歓喜に渦に包まれることになれば、それは私にとっても人生で優先的に数えるほどの嬉しい出来事となる。2年前、18度目のGS大会優勝を祝い用意しておいたドンペリで祝杯を挙げる日がいよいよ来るのかもしれない。そう考えただけで涙腺が緩みそうだ。


先日、車中で流れてきた荒井由美の「中央フリーウエイ」がとても懐かしく、今度時間が出来たら中央高速で山中湖辺りまでドライブに行こう。右に競馬場、左はビール向上なのである。もちろん家族と共に。山中湖畔にハンバーグのお店があったがまだあるかな~。店は小さいがハンバーグはデカくて美味い!そしてコーヒーも。。。

役者揃い踏み           2017.1.20

日々、熱戦を繰り広げるオーストラリア、メルボルン全豪オープン。
王者フェデラーの復帰もありセンターコートの熱狂はモニター越しにも臨場感溢れるほど伝わるが、会場にいるテニスフリークが羨ましく恨めしい。現地、日本とは真逆の灼熱シーズンだが、これまた嫉妬のレベルである。
大会4日目にして大波乱、ジョコが117位の選手にまさかの敗戦。見た限りで、普段のジョコを知っていれば誰もが違和感を感じるほど調子が出ていない試合だった。それに増してイストミンが好調であれば、ランキングに大きな差があれど、相手とてGS大会本戦2回戦の実力者、弱肉強食、熾烈な世界である。

「無敵」「磐石」「牙城」とまで揺ぎ無く評された近年の実績は、昨年マレーにその座を許すことになり少しずつ変化し始めたようだ。しかしこれは「ジョコ一人勝ち」の時代よりも観る側からすれば「手薬煉」もので、ツアー大会が一層楽しく魅力的なものになる。昨年後半のロジャー、ラファが怪我による戦線離脱から、今年に入り復帰したことも役者が揃い見栄えする。もちろん日本のスーパースター、NISIKORIの活躍にも大いに期待するも対戦相手が「BIG4」と対峙する様が何よりワクワクするのである。先ずは今日の第3ラウンドでラッコに快勝して貰いたい。さすればその次は「Mr.Perfect」とのBig Partyである。だいたい「ラッコ」ならば川で貝でも割ってて貰いたいものだ。ロジャーの次の相手は相性のいいベルディヒだが、現状ではランキングが上の相手と言うこともあり、観る側の勝手な言い分だが「心して」挑んで欲しい。しかし、望み通りに4回戦が両者の対戦となったときにどちらに声援を送るべきなのだろうか・・・。嬉しくも苦しい、そして贅沢な葛藤である。この試合はリアルタイムで観戦したいが試合時間と私のスケジュールはいかがなものか。もしジュニアのレッスンと被るのであれば、ここは「試合観戦」というレッスンにして共に2人の応援とプレーやショットの考察およびフットワークの参考・確認など、これもまたいい時間になりそうな。

「百聞は一見にしかず」

「見る子は育つ」のである。キッズやジュニアたちが4大大会中、昨日の試合について話すことが多いが、時に素晴らしい発言に目を丸くしてしまう。

「サーブのスピードがたくさんある」
「下がりながらでもスイングが速い」
「ボレー打つときのつま先がこっち向いてる」
「ネット出るときのタイミングがいろいろ」


これら全て小学生の口から出た言葉。観点が私と同じ目線であることもあるが、これらに気が付くことは上達の大きなきっかけとなる発見なのである。こんなこともあって、私は子供たちの成長と発展に必要なアイテムとして有料放送(WOWOW)への加入を勧めるが快諾されない場合もあるのでとても残念に思う。もう一度・・・、「見るだけで育つ」のである。

しばらくはまた、睡眠不足の日々が続くが魅力的なプレーを観戦すると次の日のテニスが不思議なくらいに調子よく打てること、ありがたくも大きな収穫である。気持ちよく打てるとテニスは楽しいのである。

【追記】
ジョコに勝ったイストミンの勝利後の言葉に「ジョコごめんなさい」とあったがこれはなんなんだ!解せん。同じ土俵で戦って何を謝っているのだろう。。。ジョコにも失礼な発言と思うが・・・。この選手、きっと次のラウンドで負けるのだろう。

抱負         2017.1.11

今年最初のブログが今日となり、愛読者と言っていただける貴兄より催促のお言葉いただくも、慌しかった年末年始の空気がやっと落ち着いた今日この頃。こんな勝手で一方的な文章を目で追うことが「楽しみ」と仰る方々には頭が上がらず書き込みが至らないことを日々気にかけながら焦ることもあるが、今年も週一回は書こう、書くべき、いや書きたいと思う。

この歳になっても年始ともあれば「今年の抱負」などを考えるものである。若いときには大きな野望こそ何も根拠や計画性も無いまま勝手に想像し抱負と唱えていたように思うが、歳も熟し現実的になったこともあり、仕事がら生徒の結果が昨年以上の成果を出せることが何よりの願いであり希望でもある。こちらは「楽しみ」の域を超え、苦しみの中でそれを求め、ことによっては犠牲さえ代償を払うほどの集中ぶりに、選手同様の緊張感が私にもある。もっとも頑ななジュニア諸君および一般選手たちに「犠牲」という認識は全く無い訳だが・・・。
そんな生徒たちを前にすれば、同じ温度・スタンスで向き合わなければ良い時間は作れないどころか失礼に値すると。かいた汗や走った距離、打ったボールの数だけ上達するのであればどんなに簡単なことだろう。一球打つたびに大きな声を上げられるのは常に「本気」である証拠だが、以前はこの声も小さかったことを思い出す。試合に負け、また次の大会でも早い段階で負けることを繰り返し悔しさを味わい芽生え息吹いた「本気」という感情にどこまで力添え出来るかは緊張であるが心躍るほどワクワクしてくる。

生徒の上達や結果は私自身にとっての収穫であり、これを課題としていることが我々指導者の仕事である。仕事が上手くいくと楽しいどころか自己陶酔に達するが、これがまた辞められない。時に行き過ぎたほど過熱してしまうレッスンがあり、私の主張が届かず場の空気がとても張り詰めるような、生徒とぶつかるも悔しければやり遂げさせること、しかしここを越えさせると何とも言えない強い気持ちの自分になれたことを知ったとき、さっきまで口一文字、目はあらぬ方向を向いていた生徒の顔が力強くもパッと晴れやかな清清しさに変わる様を見たときに私の背筋にゾクッと走るあの感覚はまるで麻薬のようなものなのかもしれない。残念なことに表現が乏しいが、麻薬を経験していればもっと臨場感のある書き方が出来るのだろうが上手く伝わらなければ申し訳ない・・・。

求めるものの強さと、与える(環境)ものの強さが比例していないと上手くいかないが、ある意味師弟関係とは「戦い」であり、満足してしまえばその試合は終了する。競争原理の中で一つの成果を上げれば、今度はそれ以上のものを目指したくなる選手の意志を期待したい。少なくとも私をこてんぱんに叩きのめすことが出来るまでは。。。
私は選手ではないが、今年も多くの「戦い」があればあるほど嬉しいのである。

昨日、小学3年生のキッズとの出会いがあった。キャリアは2年ほどだが立派な戦士である。私の愛弟子たちとも対戦していることもあったので初対面とはいえ話しやすく、聞けば将来の目標は「世界ランキングTOP10入り」と話す。これは現在の錦織選手のランキングをそのままイメージしているのだろう。まさに錦織ファンでラケットもバックも彼仕様のもの。
「試合に勝ちたい」ことだけでは本当に強くなれないこと、今負けていても近い将来はグッと強くなるためのスタイルや練習を話し、自身の意志を聞けばなんとも前向きな言葉が連呼されるのはしっかりした目線がある証拠。これから彼と「戦う」関係になれるかどうかはまだ定かではないが期待したい。

スマップ解散・・・
「ライオンハート」に失恋の傷心を癒され。
「夜空ノムコウ」で将来への不安が払拭出来て。
「世界に一つの花」は自分に自信を持たせてくれた。。。
特に彼らのファンではなかったが、思い出せば彼らの曲には心動かさせたな。


終わりは始まり・・・。

クリスマス・・・    2016.12.28

冬休みに入り、子供たちにとって街中がジングルベルのメロディーに溢れていることは夢の世界なのだろう。サンタクロースに何を願うのか、日々嬉しい悩みを母親に相談するときの笑顔は作られたものではなくお金では買えない素敵な表情、JTのCMに出てくるような自然で感情豊かな絵はこんなタイミングなのだろう。。。
我がITIのジュニア諸君にクリスマスの雰囲気はほとんど無い。それよりも練習!練習!練習!
それぞれの価値観が自己実現に向けてマッシグラであるが故、イルミネーションの中よりコートに立つことを渇望し、走る彼らの目はいつも鋭い。決して私が強要している環境ではなく彼らが自ら望んでいることであるから素晴らしい。彼らの名誉のためにも一言付け加えると、共に過ごす恋人がいなく仕方なく練習に来ている訳ではない。むしろ恋人がいる生徒の方が多い。自慢ではないが我がITIのジュニア達は「美男美女」が多いこともお知らせしておこう。
そんな彼らにレッスン後、ささやかながらクリスマスプレゼントを送る。毎年恒例となったがお菓子の詰め合わせはなかなか人気のようだ・・・と自己満足している。
ところで皆さんはハッピークリスマスでしたか???

中学生のジュニアに好対照な2人がいる。性格、体力、テニススタイルなど違う点が目立つがまたそれがいい。一人は気が強く攻撃的な性格が自信を生み「出来ない」と考える前に「出来ている」と根拠の無い勘違いをしていることもあるがこれもまたいい。「出来る」と思えることは「出来るようになる」近道でもあるのだから。センスもあり、あまり労せずにこなしてしまうところには驚くことさえある。ただ、自信を持っただけに負けたときの失意も大きいことをどう受け入れ噛み砕くか。。。もう一人はテニスのスタイルこそ攻撃的であるが性格が、よく言えば「優しい」が主張が弱く、それは自己表現(パフォーマンス)に影響していると判断出来る。「出来ない」と自信が持てない訳ではないタイプだが、器用にラケットをさばくことがままならないようではあるが、これがまた努力家の気質が将来性を感じさせる。足も速くフットワークはすばしっこい動きがいい。前者には負け越すがどんぐりの背比べ、逆転の日はいつか。。。
そんな2人が先日のレッスンでの試合、2人とも普段通りの実力を出せたゲーム展開。大体の試合が一方的に終わることはなく接戦が多いものの最後のポイントは決まっているかのよう。これも気持ちが強いところの結果とも考える。しかしこの日の内容と結果はいつもと違っていた。お互いGストロークは振り切って打ち込むタイプだが、それぞれの球種に違いがあり負け越しているジュニアの方が威力とスピードがある。これはフットワークの賜物でタイミングよくボールの後ろに入れるために当たりが厚い・・・が、ミスも目立つ。かたやもう一人は当たりが薄くスピン量が多いため、球威は劣るがミスが少ない。言わずもがな前者のミスが減れば勝算は明らかである。普段よりもいいタイミングでボールが打てていたことは見ていて分かった。打ち込まれたぼーるがサイドラインに刺されば相手の攻撃力は下がり防戦となり次のショットで決められる。マッチポイントをバックハンドで叩いて終わった彼女の右手には小さな握り拳があった。
レッスンが終わり駐車場に向かう時、負けたジュニアは一人先を歩いていたので彼女には届かないよう気を付けながら「嬉しい?」と聞けば「うん!」と小さく頷くが笑顔はとても輝いていた。その表情はこれまた作られたものではなくpriceless。お互いライバル視をしていないと言うが、勝てば嬉しく負ければ悔しいからこそ競技である。これからもいくつものドラマが待っているに違いない2人だがお互いがぶつかり合い、切磋琢磨し成長して欲しい。


我が家のクリスマスは静かな時間ではあったが聖夜の雰囲気を味わうには十分なものだった。
ロティサリーチキンを2人で取り分けワインよりもビール、そして小さいがとてもとても美味しいショートケーキを用意したら幸せな気分に。歳を重ねたらこんなクリスマスが最高に思えるようになった。高価ではないけど暖かいセーターを妻に贈ったが気に入って貰えただろうか気になるところ???

結弦くん         2016.12.15

今年も残すところ僅かとなった今日この頃、ブログ更新が思うように書き込めないことに苛立ちを感じるも「師が走る」とはまさにこの時期。忙しいと言い訳する気も無いが、出社してPC開いて無駄に時間を過ごすどこかの輩よりは「良い時」を過ごしていると思える。我が愛するテニス人たちに年末年始の認識はあまり無いようだ。目線を上げて遠くを見つめ思えば、かれこれ30年も前の話になるが毎年年末恒例の大会に出場していた。年の瀬のイベントのような大会だが歴史もあり東京近郊の猛者たちが一同に集まりタイトル奪取に寒ささえ忘れて半袖短パン。この大会、年内に予選が組まれて本戦は新年明けて2日、3日から。予選と言ってもレベルは高く容易に勝てる試合は少なく、本命がここで負けることも珍しくないほど。本戦を前に年を越せるのか、それとも年内に全日程終了して暇な正月を過ごすのかといったスケジュールがこれまたシュールであるが緊張感が心地よい。晦日に本戦出場を決めた帰路は吹き荒ぶ駅のホームでさえ居心地がよく、熱い缶コーヒーが何よりのご馳走だ。世の中が休暇に入り家族や恋人、仲間たちと浮かれて過ごすこの時期がテニス人にとっては一喜一憂の時。懐かしいな、試合に出たくなった。。。

先日フィギュアスケートのGPファイナルで4連覇を成し遂げた羽生結弦選手、「お見事」でした。ショートは完璧とまでは行かなくとも自他共に及第点、しかしフリーは転倒もあり練習での実力は発揮できなかったもののジャンプ以外のステップなどで全体的な出来栄えは高評価。
何がお見事かと、私はもちろん結弦くんのスケートにも感心しますが、持って生まれたルックスと手足の長さを活かした華麗なパフォーマンスはとてもスタイリッシュ、年を重ねて力強さも増しよりダイナミックになって来たと。しかしそれ以上に目を、いや耳を大きくして聞いてしまう演技後(受賞後)の彼のコメントが「お美事」。。。

「チャレンジは上手く行ったり行かなかったりの繰り返し。だから楽しい。」
「失敗したり負けたりして、それでまた課題が見つかって何を?すればいいのかが分かる。」
「崖っぷち大好き」←修造譲り!?


常に前向きな思考と行動が良い結果をもたらすのだろう。
彼の演技を見ていて思ったこと、今になって気付いたのだがフィギュアは高得点を出すために失敗は許されず、ミスが出ればそれは全て「減点」対象となる。リンク中央に立ちセットポジション、ミュージックが始まった瞬間から完璧を目指す。よりクオリティーの高いジャンプやステップを披露できなければ得点は上がらない。転倒しても曲は進み、直ぐに立て直し遅れを取り戻さなければならない。時間に乗るか?時間に支配されるか?・・・
それに比べるとテニスはなのかもしれない。ある程度ポイントに猶予があり、ある程度時間を自身でコントロール出来るのだから。ダブルスであればパートナーと会話も出来る。休憩も取れる。相手に肉を切らせて、自分は相手の骨を折ることが出来る。マッチポイントを握られてもそこからひっくり返すことも出来るのである。言葉が的確ではないが、少々「雑」に行っても誤魔化しが利くのがテニスとも思えるが、フィギュアは繊細でミスが許されず上品な色気のようなものが不可欠に感じる。人間の行うことだからこそ100点満点はそうそう出せないだろうが、だからこそ彼のような一見完成されているような「チャレンジャー」は常に前を見続けるのだろう。一般的な言葉ではあるが「満足したらそこで終わり」、パーフェクトを目指すこと・・・、結弦くんにとって「完璧」という着地点の次はもう何も無いのだろうか・・・。

今年も何人ものテニス人との出会い、そして希少な別れがあり様々な課題をいただき学習し成長出来たことがあったと思う。ジュニア、シニア問わず中々な熱い闘志を肌で感じられて幸せに思える。私が与えられるもので感謝され、私に与えていただけるものに感謝し、共に大きな価値があって嬉しくも気持ちいい。ありがとう。
 

偏屈こそ個性     2016.11.25

「雨は夜更け過ぎに~、雪へと変わるだろ~・・・」そんな歌詞を耳にする季節になったこの頃、まさにその言葉通りに記録的な大雪に見舞われた昨日。白いテニスコートを眺めると、プレーが出来ないことと同時に雪かきの苦痛を思い出す。普段、走り回りボールを打っている極々当たり前のこの場所には不必要な雪は、雪かきをすることであらためてその「広さ」を思い知らされることとなる。ホントにテニスコートは広いのである。そんな広い場所に目掛けて打つボールが入らないことを不思議にさえ思える広さである。近年、レッスン環境が変わり自身が雪かきをする立場になくなったが、出来る限り労することはお断りしたい作業である。
雪が積もればレッスンも行えず何一つ良いことは無さそう・・・、犬は喜び庭を駆け回ると言うがそれは本当に喜んでいるのだろうか?きっと犬も人間と同じで寒がりなタイプもいるだろう。とかく雪に弱い都心部では「百害あって一利なし」、必ずと言って転んで怪我をする方がいらっしゃる。雪は雪国に、露天の温泉に降り続く様が一番似合っていてそれがいい。

今年のATPツアーファイナルは前述ブログにて私が予想したシナリオとは大差で幕を閉じ、錦織選手の活躍は「もう一歩」といったところと思えるも世界ランキング上位選手として威風堂々と渡り合える姿に同じ日本人としても誇りを感じます。マッケンローやレンドルがトップクラスで君臨していた頃、日本人プレーヤーがこの大舞台に立つことは到底考えられなかったくらいに世界との差は歴然であったからこそ。。。結果、王者ジョコが王座をマレーに譲る形となったのは、来シーズンに向けて強豪の勢力図にこれまた変化があって面白くなりそう。

先日、級友とも言える長い付き合いのコーチとビジネスライクな理由で会い、久しぶりに「コーチ談義」に華を咲かせました。私自身が言うのもどうかと思うが2人とも「偏った性格」のテニスコーチと自負する。頑なな一面・・・いや二面、三面を持ち、指導には拘りがあるがこれが「偏屈」とまで自他共に認めるところは、ひょっとすると問題なのかもしれないがこんなタイプを数十年続けて来たものは簡単に変えることは出来ず、また変わることはないだろう。変える必要も感じていないのが本音であり、これが自分らしさと需要の価値観と自信を持っている。そんなところは同じタイプの2人であればこそ、指導に対する意識が共鳴し意気投合出来るのであろう。

指導=上達

これが必然であり、指導を受ける側もこれを求めていなければならないはずが如何せん「教える側」と「教わる側」の立場が曖昧な意識になりがちな昨今のテニススクール事情。。。
本来、指導にはその結果をもたらす「環境(コーチの資質、時間、人数、コート事情、ボールなど)」がとても重要である。短時間で大人数(10人以上)ともなれば「身に付ける」までの指導的アドバイスと練習量は確保出来にくいことは子供でも分かる。十分な時間や人数の問題がクリアされないのはそこに「経営」があることは否めなく必然の課題であることで、そこは経営者の手腕と方向性が結果をもたらすのであろう。設備投資がかさみ、長きに渡り赤字経営を許されないことは承知の上だが、回収のために生徒を詰め込んでレッスンを行うことは指導レベルを下げること、「コーチの指導力」と言われてもそこには限界があって然り。需要が求めることの優先順位が「自己実現・上達」であれば、レッスン後に綺麗な更衣室でシャワーを浴びたり気の利いた空間のラウンジでお茶をすることが必須条件ではないとその生徒たちは言う。
彼はインドアのテニススクールでレッスンを行っているが、私と違いグループレッスンがメインの仕事。やはり本格的な指導には条件が必要であり、ベテランであればこそ上手くレッスンを動かしているが若手コーチを見ていればその質はどんなものかと首をかしげ、スクールのシステムに指導要素として違和感を感じると。コーチではなく「サポーター」が的確な表現ではないだろうか。テニスを通してコミュニティーに参加している生徒(お客様)たちをまとめながらサポートする。生徒一人一人に的確なアドバイスを繰り返すことはあまり無いが。時間内で適度な運動量を取り、汗を流してまあまあ満足できれば良しとする。生徒はその満足感が達成感に繋がるが決して上達にはほど遠い。気が付かなければスクールを継続するが???
彼も自身のコンセプトがハッキリしている指導者であり「テニス人」、自身の思い描くテニススクールを開催したいと言う。とても偏ったタイプ、だがそれがいい。生徒とて十人十色であり、打ち方やプレースタイル、好き嫌い、得意不得意など様々であることに違いなく、同じようにコーチとてそれぞれに満遍なく差し障り無く指導できるコーチなど、きっと適当なレッスンで終わるのだろう。ならば偏屈であっても頑なに生徒の自己実現を第一に考えた指導を行っていく職人でありたいとお互いがこれまた意気投合する。

彼のように純粋なテニスコーチは少ないだろう。そして彼に出会えた生徒は幸せであるだろう。私が見習うところも多く、インターバルが開くものの共に過ごすコーヒータイムは価値の高い時間である。お互い、立つ場所は違うものの同じテニスコートであることは間違いない。
その場所に雪が積もっていなければ今日も怒鳴り走り回り、生徒からエースを量産していることもこれまた同じである。

4番目の男       2016.11.18

今年もATPツアーファイナルが始まり、日々通常大会ベスト4以上の対戦が続く中、日本のNISHIKORIは今日付けでリーグ戦1勝1敗、完勝と言えるほどワウリンカに「らしさ」を出させなかった初戦と、歴史に残るレベルに一進一退を繰り広げた第2戦の対マレー戦。負けたものの現世界№1を心身ともに追い込み「現在最高のプレーヤー」とまで言わせた日本のNISHIKORIは負けた悔しさと在位間もないが世界1位との互角勝負に何を見出せたのか。。。リーグ最終戦はここに来てまたしても宿敵とも思える因縁の対決に。雪辱を晴らす感情がNISHIKORIのメンタルを支配しているのか、それとも自身ランキング上位と言えどもチャレンジャー精神でぶつかる意気込みで感情を抑えているのか。ここまでの2試合を見ている限り、故障が起きなければ前々週のバーゼルとは逆の立場になるだろうが、ここは試合であり結果など分かる者は居る訳がない。しかも今大会は出場選手全てがベスト10以内の選手たちである。観ている側に自信などある訳がない。あってもそれは単なる願望や希望であり期待から切に願う気持ち程度のものだろう。だが、自身が土俵に上がらなくとも「勝てる自信」を世界中のNISHIKORIファンが持っていることは大きな支えであり、私もその一人として同じ思いを届けたい。

私が考えた今大会の今後のシナリオは、先ずチリッチ戦は接戦となるが武器であるサーブ以上にNISHIKORIのレシーブが冴え一歩リードするゲーム展開の末に勝利。リーグ戦を2位通過して決勝トーナメントへ。準決勝で対戦するのはリーグを1位通過してきたジョコビッチ。下馬評では勝算少ない中、これまた接戦であることは間違いないがサーブ不調のジョコに対してベースラインから中に入るNISHIKORIがラリーアップを繰り返しリードを取る。マッチポイント後にはネット越しにジョコがNISHIKORIの肩を抱き胸を叩いて勝利を賞賛する。いよいよ決勝ではリーグ戦で惜戦の末に土をなめることになった強敵マレーとの大舞台。幾度とブレークポイントやセットポイント、そしてマッチポイントを凌ぐ両雄に興奮するゲーム展開、その結果はフルセットの末に・・・。

今年もNISHIKORIを筆頭に日本のプロテニスプレーヤーたちのお陰(?)でここ数年盛り上がりが毎年右肩上がりだったと思う。NISHIKORIが作り上げた実績は、想像でしかなかった世界への道を現実として知らせてくれたことは紛れもなく、上を目指すキッズやジュニア達にとっても、もちろん本気で常にコートに立つ一般レベルの「テニス人」にとっても、大きな大きなかなり現実に近い、イメージすればその時の風や温度、額を流れる汗の感じさえ実感出来るほどリアルなものだろう。
ロジャー、ラファ不在のロンドンは「苺の乗っていないショートケーキのよう」と思うが、それでも美味しいと思うケーキは素材、調理方法、調理環境がやはり本当のプロフェッショナルなパティシェが作り上げる「本物」だからだろう。
さあ、今晩私の描くシナリオが始まる。先ずはきこりおじさんを退治しましょう!

追記
先日、ジュニアのとある大会が終わり、愛弟子が優勝までは行かなかったもののとてもいい試合が続いたことでご褒美に食事へ。何が食べたいか聞くと「コストコに行きたい!」と。
まだ行ったことがなく、私のFBや話でとても関心があったとのこと。ホットドックにピザ、クラムチャウダーとサンデー、チュロスまで。よく食べるよく食べる。「次はもっと違うところ・・・、焼肉とかでもいいんだぜ」と、「ここ美味いから次もここでご馳走して!」と。リーズナブルで私も助かるが、何よりこの時間はコート以上に良いコーチングが出来る時間でもあり、お互いがフラットになれる時間。居心地のいい時間であるが次に共に来られるのはいつ?・・・、出来るだけ早いほうがいい。

テニス人(びと)との出会い 2016.11.4

2016年バーゼル決勝。錦織VSチリッチ、この対決には両雄共にマスターズ一勝以外の意味を感じる貴兄(錦織支持)も多かろう。2014年USオープン決勝以来の決勝戦での対戦であるがゆえ、雪辱を目論む錦織選手に対し勝利しているチリッチの自信がどこまで発揮出来るか、パフォーマンスのみならずその士気さえモニター越しに見ている私たちに凛と伝わる気迫こそ「真の戦い」であろう。そう観戦前に思いながら、やはり錦織選手のナイスマッチとマッチポイント奪取の瞬間を期待しながらも、思い起こすUSオープン決勝、ゾーンに入ったチリッチの切り崩せない完璧なまでのプレー。世界レベルのプレーであればこそ、私たち凡人レベルには無い「非現実的な」ショットが繰り出され、これには世界レベルとは言えども打たれれば諦めることしか出来ないほど。ゾーンに入ればさらにこのショットが連続し、切り替えしたはずがさらにペースを上げて切り返されることも目立つ、まさにこれがトップランカーの戦いであろう。錦織支持者の一人であることは間違いなく彼の勝利を常に期待している。しかし単に勝つことを望むには少々足らず、それぞれの選手が最高のプレーを繰り広げた試合こそ勝利の意味があり決勝にもこれを期待したいが観ている側の勝手な想いであり、選手からすれば勝手な言い分なのだろう。
この日のチリッチもゾーンに入っていたプレーが多く見られた。。。しかも長い時間。。。
錦織選手の放つショットが決して甘いボールばかりではないが、高い打点から振り下ろされるくらいのスイングで叩き込まれるショットに切り返すことはかなり厳しいシーンが多かった。
イワニセビッチがコーチに就き、サーブだけで名声を上げた選手から学んだことはサーブ以外のことも大きく彼を成長させたのだろうか。

「苦手な相手」の一人・・・?

現在、錦織選手は自己最高位タイの4位にランキングを上げた。同じ日本人として世界ランキングの上位4名に入っていることが信じられなくも本当に嬉しく思う。だが、「BIG4」の一角に位置づけされていればこそ、自身よりも下位選手にそうそう連敗してはならないと、これまた世界トップレベルのテニスに参入できないでいる私が思うことはとても簡単で「言うは易し」である。何よりも彼にはどんなビッグマッチにも勝ち、もちろんナイスゲームでテニスの強さ、美しさ、そして楽しさを伝えて欲しい。それが日本のテニスを盛り上げ、彼を見て育つことは今のキッズやジュニアに大きな期待と可能性をより現実的に伝えてくれるから。ロジャーの大ファンであるが錦織選手も彼と共に応援したい。
いよいよファイナルズの戦いが始まるが、ロジャーとラファが居ない年の瀬はやはり物足りなさが先走る中、錦織選手の活躍を期待しよう。


先日、とあるテニスサークルからレッスンの依頼をいただき個人レッスンが主立つ中、多人数の団体指導に携わり「1dayキャンプ」のような空気で大声を張り上げて来ました。年齢層は高めながらも皆さんコートを走る姿とラケットを振るパフォーマンスは、まだまだ現役で勇ましささえ感じさせるばかりか、エースを取られるシーンもしばしば。少し驚いたのは全員がテニススクールに通った経験がなく、レッスン受講も過去に数回不定期で臨時開催であると。言わば「我流」で上手くなられたタイプの皆さんでしたが、我流にも限界があることを実感し今回の依頼をいただいた形に。私なりの「風」を送り込めれば、今後にお自主練習にも具体的な課題と意識が置けると思い、今回のレッスンテーマは実践練習に特化して「ゲームのポイント」のみをそれぞれが持つショット(グリップ、フォーム、球種、スピード)を変更せずにどう使いこなすことで、bestではなくとも「よりbetter」な実践スタイルが作れるかを展開してみました。当然皆さんとは初対面であり、それぞれの実力やタイプ、得意不得意を見抜くことが先決であるものの、限られた時間内ではなかなかどうして万全には至らずと言ったところ。予定時間を1時間オーバーしたが自身まだまだ「ヤリ足らず」が反省点。参加者一人一人に響く言葉が伝わったか気になるところで次回に繋げたい。

きっとこの中にも「テニス人(テニスびと)」が何人もいるのだろう。

ひょっとするとこれから何年もの「お付き合い」が始まる方がいるのかもしれない。そう考えるとやはり出会いは大切にしたい。自分の力がどこまで「皆の力」になれるかこれまた心配だが楽しみでもある。

PS.ブログ更新遅れて申し訳ありません。「時間がない・・・」は言い訳に過ぎません。

逆転の発想         2016.10.21

昨今の気温の変化は皆さんのショットのように安定せず乱高下しておりますが、体調など崩さず元気にコートを飛び跳ね走り回っていますでしょうか。思えば自身が子供の頃に10月ともなれば長袖長ズボン、日によってはマフラーやダウンベストくらい着ても可笑しくないほどでしたが、昨日は25℃越えの夏日でここ最近では久しぶりに流れる汗の感覚を覚えました。この感覚、また来年までお預けと思うと少し寂しささえ感じる。今年の夏は昨年以上のスケジュールに熱中症手前をほぼ毎日のように繰り返し、コートを走り回っているうちに夏を駆け抜けたような気がするものの、それでも日々コートで「テニス人」とのコミュニケーションは疲れも忘れるほど充実した熱い時間。。。あと8ヶ月くらいかな、次の暑い季節まで・・・。

ここからは久しぶりに「テニスコーチらしい」記事を書きますから、普段ミスヒット(オフセンター)が多いとお嘆きの方は必見、是非参考にしてみてください。そもそもなぜ「ミスヒット(ラケットのセンターにボールが当たらない)」を繰り返すのか???いわゆるそんな生徒に対してコーチが繰り返し繰り返し発することば・・・

「もっとボールを良く見て」

以前のブログでもこのテーマについて書きましたが、テニスにおいてボールを見るということを細部にわたり分析すると、単に物体(ボール)を視界に入れること以上にその状態を短い時間内(1~3秒程度)に情報処理(スピード、距離、高さ、タイミング、変化など)し目標に対し的確なラケットワークを行うことが必要で、これらのいわゆる「球感」が優れていること、または養うことこそ安定してボールを打つことが出来るために必要な条件である。

先日、とある生徒のレッスンでボレーを練習中。その生徒、トータルでみれば「中上級」レベルにも関わらず、ボレーにおいては如何せんミスヒットが多く笑えないレベル。せっかくのチャンスを当たり損ないでミスすることが多く、これには私も優先的に対処し好転させるべく取り組みを開始。私も一般的な世のコーチに漏れず「もっとボールを良く見て!」を繰り返すものの、基本練習では及第点が取れる程度にはまとまりかけているがラリーや実践の場面ではどうにもこうにも。。。ボールの文字や数字見えるまで!とか、ラケットをわざと短く持ってとか、打った後の顔の向きも指摘し「顔をこっちに向けるな!」とまで言うことも・・・。
試行錯誤を繰り返す中、そこで突然私の頭の中にとある意味合いの「文章」が神のように舞い降りてきて天を見上げ考えること10数秒、「行けるかもしれない!」すぐさま試行に。
人は否定されたり、強く拒否・禁止されることで本来の目的(ボールを真に当てる)のためとは分かりながらも失敗を恐れるあまりに余計な力(力み、焦り)が働いてしまう。ボールを見られない理由は、打ったボールの結果を気にしてしまい早いタイミングで打球方向や目標に意識と共に目線が移ってしまうため。ならばあえて「ボールを見させない」

「僕の顔を見て、絶対にボールを見ないで打ってみて!」

その結果は皆さんが想像している通り。空振り、当たってもオフセンターやフレームショット。この結果は多かれ少なかれ差ほど誰でも同じような。そしてこの時の「オフセンター」したショットが後にかなりいい味出すのです。10球程度「ボールを見ない」で打つことから、その後で「じゃ、今度は見てもいいよ!」に。その成果は効果覿面でちょっとビックリするくらい。百発百中!とまでは行かなくとも、以前とは全く違った「良いインパクト」の実感が得られたようです。見ないで打ったときの「オフセンター」は見て打つことを許されたことによりより正確な位置に、タイミングで打つことが出来ることでまとまりが出来て来ました。
本人曰く「ボールが見える!打つ瞬間が分かる!」と。
お母様方は自分の子供に「勉強しなさい!」を日々繰り返す方も多いかと想像できますが、あえて「勉強しなくていいよ!絶対勉強したらだめだよ!」と言うと子供はどう感じ、実際勉強をしない日々を続けるでしょうか!?ディズニーリゾートでも、お客様に対して「ゴミはゴミ箱に」とうたってなく適当に捨てていいそうです。しかしながら、ご存知のように大勢のクルーたちが場内をくまなく掃き掃除など清掃を怠らないため常に綺麗な状態を保つことで「捨てられない」ことから自らゴミ箱に捨てに行く人間の摂理を上手く利用しているような。ここでも私たちはコントロールされているのですね。そう!レッスンで生徒(選手)を上達に向けコントロールするのはコーチであるはず。

「ボールが当たらない」という基本中の基本が未だにまとまらず自信が持てなかった生徒、ちょっとしたきっかけでステップアップ出来たことは本人の喜びと同じくらい私の喜び。もちろん、きっかけを「掴んだ」程度ですから実践で発揮できるようになるにはここからの反復練習が必要となるが、掴んだ感触が大きな手応えかもしれないことはパッと開けた彼女の表情を見れば良く分かる。

小さな歩幅でも、一歩ずつ一歩ずつ。
 

役割          2016.10.14

今年の楽天ジャパンオープンは大会開催前にチケット完売と言う過去最高の人気の中、直前にワウリンカの欠場、錦織選手の2回戦途中棄権、ファイナリストが上位シード不在と、ここ最近の流れとは大きく異なり、国内大会で錦織選手をライブで観戦出来る唯一の大会もあり土日のチケットにはプレミア扱いまでになったもののとても残念(?)な結果になったかと思われますがいかがなものでしょう。そして勝った選手が「次世代の悪童」とまで言われているキリオス。。。大物喰いの選手だが個人的には如何せん「好かない」選手である。テニスのスタイルについてはどうなのか!?それはそれぞれの好みや判断にお任せするとして、これまでの悪態ぶりから、どんなに力強いショットや目を見張るプレーが彼のラケットから繰り出されようと全く目に入ってこないほど「嫌い」である。負けそうになり対戦相手のプライベートなことを試合途中に吐き散らすなど言語道断であり、その瞬間に失格レベルで良いと思う。そもそもスポーツマンシップの爪の垢もない選手が堂々とプレーをし、しかも優勝して良いのだろうか?もともとテニスも差ほど好きなことではないような発言もしていたがこれも気に入らない。だったらプロになってプレーしていることの意味は何なのだろう・・・。子供にはそんな態度や言葉を「カッコいい」と思ってしまうことが無きにしもいやいや結構あるでしょ。エクザイルの皆さん方が出られている映画「高い&低い」を見て「悪」に男気を感じてしまうように。ま、こちらは演出と脚本による「作り話と演技」の世界、そしてスポーツ界の出来事ではありませんからどうぞご自由に。キリオスの表彰式でトロフィーを掲げ、カメラマンを見る顔が口だけの作り笑いで目が冷めていたのには笑いましたが。。。

テニスとは品格があるスポーツであり、相手を敬いそして全力で正々堂々と戦う競技である。

ジュニア諸君、彼のようなプレーに関係の無い言動を見て真似するようでは「私」には一生勝てません。そんな暇があったら素振りでもするほうがポイントを取る一歩となることでしょう。

表題です。
コーチとして生徒(選手)に向き合う場合、それぞれに「どんな役割」があるのか?
その選手に見合った最高のショットを教授すること、試合で勝つためにどんなプレーが良いか、相手選手の実力の見極め、試合で実力を発揮するためのメンタルトレーニング、アスリートとして栄養摂取と食生活について・・・。生徒が選手であれば、これらの中で私が常に心がけていることは自身が持っている実力を如何に本番で実践出来るようになるかというテーマ。
選手によっては緊張やプレッシャーをあまり感じることなく普段通りのプレーが出来ることが自然体の選手もいますが、多かれ少なかれ本番ではパフォーマンスが下がりショットやプレーの安定性が思わぬ結果になりがち。普段の練習では意識せず出来ていることが試合ではなかなか上手く行かないことは然りであり、これを踏まえていることもより良いプレーをするためにたいせつなこと。もちろん普段以上のことが出来ないと勝てない相手もいる訳だが持っていない実力に期待する前に持っているものをしっかり出せる「自分らしさ」で試合をしましょう!ってこと。そのためには何が必要なのか!?選手一人一人によって性格は十人十色、同じアドバイスが全ての選手に上手く行くとは限らない。そこを見抜くことが私たちの「役割」である。そもそも試合での大きな課題はメンタルである。全てのことが重く圧し掛かる状況下で如何に自然体であり、そして積極的になれるか!要するに考え方をどう持つかでメンタルやプレーの雰囲気は大きく変わってくる。ショットのミスや負けることを恐れたりすればそれだけで普段意識していないことを意識することになる。ショットにミスがあったりプレーが上手く行かなかった時にどうしても結果の失敗に落胆してしまいがちだが、実際のパフォーマンス(スイングやフットワーク、リズム)が自然に実行出来ていたかを気にしたい。練習ではあまりプレッシャーの無い中で上手く行っていることを思い出そう。

「試合も練習の一つである」

練習でもたくさんミスをする。それでも練習中の方が「いいテニス」が出来るのである。それを本番にでも同じように取り扱ってみよう。
指導者として、今目の前にいる生徒に、自身の選手としてコーチとしての過去の経験が何処まで繁栄させられるのか。少しでも多く「自分らしさ」を出させることに必要な心を軽くする言葉を常に探している。その効果は時にして絶大であることを選手から知らされることがある。
私たち指導者が発する言葉は選手に大きな力と結果をもたらすことがあり、それを常に探すことが難題であるが楽しみでもあるわけで。

ここ最近、新たな生徒(選手)との出会いが続き嬉しい悲鳴を上げる日々が続くが、差ほど熱が入っていなかったテニスに対して私との出会いが「きっかけ」になったことを告げられてコーチ冥利に尽きる思い。今日もまた一人、テニス人が増えて幸甚であり共に汗と涙(?)を流せることに感謝である。

PS.忙しさを理由にブログ更新に遅れがあること大変申し訳ありません。出来る限り定期更新を努めますがお許しを。

ハジマリはいつも・・・  2016.9.30

ある日の夜、帰宅してコートでかいた汗が染みこんだタオルを洗濯機に放り込んだ時にふと目に入った「2008 THE CHAMPIONSHIPS WIMBLEDON」のロゴ。。。当時に愛弟子であったジュニアがイギリスに留学し、帰国した際お土産にもらったものだが8年使ってもへこたれず文字も生地もしっかりした逸品である。湯船に浸かりながら、男子決勝5連覇を目論むロジャーに対し3年連続の決勝進出のラファがコイントスの後に魅せるベースラインへのダッシュがいつも以上に力強く芝のコートを蹴り上げるように見えたこと、あれは約5時間後の結果に向かうスタートであり王者よりも前を走る意識の現われだったのだろう。その様の如くこの試合、結果的に「序章」となった第1、第2セットを支配したのは若き燃え上がる獅子であった。しかし第3、第4セットに王者が1歩、1本、1ポイントリードする展開は絶対王者の意地なのだろうか、いや実力以外の何ものでもない。あの夜の明け方まで続く熱戦いや死闘を思い出すも、この8年間に選手たちの一進一退は様々な様相を繰り返し、ルーキーが頭角を現しベスト10に名を連ねる面々も大きく変わりランキングだけで見れば当時の「BIG4」も今やジョコの一人独走状態がここ2年ほど続いていることは言うまでもない。風呂から上がり、ビールを片手に第5セットを見たが熱くこみ上げる闘志が私にも。。。明日、ジュニアにこの試合の話をしよう。きっと見たがることだろう。

表題です。
先日、私の生徒で一般の女性、年齢は私にとって「お姉さん」で、私の愛弟子たちの中でも少数派の「試合に勝つ」ことを目的にレッスン受講をしているタイプではなく、将来は自宅に近い場所でテニスクラブの会員にでもなり楽しくテニスライフを送りたいと、その際にゲームが楽しく出来るように今レッスン受講を続けている一般テニス愛好家であり「選手」ではない・・・、いや「なかった」が今の時点では正確な表現となったのである。
と、言うのも少し前に同じレッスンの生徒から市民大会へのエントリーを持ちかけられたが、抵抗あるかと思いきや満更でもなく快諾であったよう。。。このことについては、彼女の性格はとても明るく素直でテニスに対しても前向きで努力派であるが、私が幾度と「試合出場」を促すもあまり気の進まぬ返事ばかりであった。「上手くゲームが出来るようになりたい!」と彼女は言う。「勝つこと」だけが試合出場の目的ではなく「上達」に必要なこととして試合出場を勧めていたのだが、結果的にはとても「良い経験」となり彼女の「選手意識」に火が着いたようだ。試合は初級クラスでリーグ戦から上位が決勝トーナメントに進む形式。リーグ戦は4組1ブロックで3試合の対戦であるが結果は全敗だったとのこと。試合後のレッスンではじっくり反省会を施すも、聞けば選手として「初歩的」な言葉が続く。「普段出来ていることが出来なくなる!」「簡単なボールでミスするのはなぜ?」「レッスンでは打てるのに・・・」などなど。誰もが試合に出れば最初に感じることを彼女も体験から実感したのである。

試合に出るからこその「選手」であり、選手である以上誰もが上達や勝利を目指し、そのために必要な練習や環境を求め始める。敗戦から意識は高まり、それは悔しさの感情から始まることが多く必然であると思う・・・、思いたい。彼女も例外ではなかったようだ。もっともっと上達したいことを私に伝えてきたのである。もちろん私にとってもとてもとても嬉しくコート冥利に尽きる限りだが、やはり「上達」とは簡単なことではなく私だけの力で済む問題でもなく、これからが本当の指導であり選手自身がどこまで厳格になれるかが肝心なテーマであることを伝えたが「はい!分かりました!」とハッキリ大きな声で言え、そしてその通り実行出来るのは彼女の良い性格であろう。

これからが勝負。同じ土俵に立って。。

試合に出たがらないテニス愛好家も多くいることが事実。試合に出ることがテニスをすることの全てではないことも承知の上。しかし、今回の彼女のように経験から「火が着く」ことは多い。しかし試合出場には現実的な課題(パートナー、スケジュール、出費など)も多くこれらをクリアしないとなかなか難しい場合もあるが、世の「テニス人」はジュニアのみならず社会人、主婦であっても「テニスをするため」にいろいろ頑張って、いや努力しているはず。誰もが悠々自適な環境下でコートに出られている訳ではない。だからこそ私も力になりたいと真に思う。共にコートに居る間はしっかりと支えたいと感じる。

笑顔がとても可愛い彼女であるが、レッスン中にミスをして笑うことには注意している。まだ間もないこともあり思わず「可愛い笑顔」になってしまうが、きっともう直ぐであろう、彼女が厳しい目でボールを追う日が来るのは。。。

【追記】
生徒(選手)のジュニアにこんな子(男子)がいます。
①とても質問が多い。(もの凄く興味関心。)
②とにかく私を良く見ている。(デモの時はガン見!)
③私をライバル視している。(一度勝ちたいらしい。)
④教えたことを翌週に「出来るようになった!」と必ず言う。(ほとんど出来ていたことはない。)
⑤私のことが好きなようである。(食事回を遠足のように楽しみにしているとのこと。)

可愛い生徒である。

オールラウンドゆえ    2016.9.23

大坂なおみ選手の進撃・・・
言うまでもなくここ最近、日本の(?)女子テニス界にもあらたな「星」が輝きを放ち、テニス愛好家の目にも頻繁に写る今日この頃。父がハイチ出身、母が日本人のハーフでありテニスのスタイルのみならずルックスも日本人離れしたインパクトの中に笑顔が幼くも可愛らしい少女であるが、某ダンスグループの1パフォーマーに似ていると思うのは私だけではきっとないはず。。。
見た目の通りかもしれないが、テニスの力強さは同じ日本人女子プレーヤーと比較すれば一際目立ち彼女の「武器」であるサーブは特筆すべきである。時速200キロを越えるサーブは18歳にして女王セレナを彷彿とさせエースを量産している。プレースタイルはベースラインプレー中心のパワーテニスであり近代テニスにおけるスタンダードなものであるが、やはりG・ストロークのパワーは他の女子選手「以上」を感じさせ将来を期待させてくれる。まだプロデビューして間もないこともあるが、しばらくは「まとまり」が弱くとも力強いテニスを大いにコート上で披露してくれるだろう。先日のTPP2回戦、各上のシード選手に圧勝し試合後の会見では試合中に何を考えていたか?と記者に質問されて「YAKINIKUが食べたい!」と。。。大物を予感させる・・・のかもしれない。

表題です。
大坂なおみ選手の武器としても前述したが「サーブ」の攻撃性をどこまで高めることが出来るかは選手として如何にゲームを優位に進めることが出来るかに関わる。サーブ力は強い選手にとって他のショット以上の決定力を持つことが必要であり、それがパワーやスピードであるが選手により質には個性があって然りである。基本的に「エース」を狙うタイプとレシーブを崩し次のショットで攻撃を狙うタイプ。選手の持つパワーや身体能力によってそのスタイルは異なるが、いずれにしても基本は「球威とコース」である。大坂なおみ選手と奈良くるみ選手が同じクオリティーを目指し習得し、同じスタイルでプレーすることは考えにくい。日本人テニスプレーヤーは欧米の選手に比べ身長が低くパワー不足、同じプレースタイルには無理があり自身にあったより高い攻撃性を身に付けられるかがテーマとなる。それにはサーブ力だけに目的や意識が位置づけられることは致命傷になる場合があるだろう。エースを狙うには「パワー、スピード、コース」が必要であり、これらの要素が伴わなければサーブ後の「力と技」に磨きをかけスタイルを確立すべきであろう。身長の低い選手が脚力を活かし、駿足で早いタイミングでボールの位置に入り相手から時間を奪いオープンコートに決定打を打ち込む。オープンコートに打ち込むことを予測させ、逆を突いてドロップショットを打つ。ポイントのタイミングで「サーブ&ネット」など。

見方を変えると近代テニスはサーブ力はあって然り、トップ選手達の実力や個性、パワーポイントをみると「レシーブ力」がいかに他の選手より勝るかが勝敗を分けている。錦織選手もトップクラスでさえレシーブ力を脅威に感じさせるほどの武器。過去に「ビッグ・サーバー」と言う言葉があったが昨今のプロテニス界では私語のようだ。これはどんなにパワーやスピードでサーブを打っても決められたサービスエリア内に打つことを限定されている以上、その範囲のボールを打ち返すことの技術力がサーブ力を超えたと言うこと。もちろん確率論の問題であり、サービスポイントは上位選手ほど上がる、いや上がらなければサービスキープは困難となる。しかし、サービスエースを量産しラリーの見応えを無くしてテニスという競技の魅力を半減、いや台無しにした選手は今やトップクラスには存在しない。一時期上位にランクインし、またはメインタイトルを手中に収めた選手でももはや限界がある時代である。

サーブに限らずベースラインから攻撃を繰り返し、ネットに出ることがほとんど無かった往年のプレーヤーA.アガシがあるタイミングからネットプレーポイントウオンが多くなり二度目の世界ランキング1位のなる。ネットに出れば弱弱しくボレーを打っていたR.ナダルがゲームポイントでサーブ&ボレーを華麗にこなす。プレーヤーも自身のスタイルを「進化」させることが勝つために必要な、それは観る側も感心、学習、そして発見することが出来るものである。

「オールラウンド」

近代テニスの基本スタイルである。このスタイルを一新する選手や時代が来るのだろうか・・・。サーブやベースラインから相手が触れることすら出来ないほどのスピードが出せなくても、自身の「自信のある」ショットやプレーを組み合わせて攻撃力を身に付けよう。さすれば自分らしくテニスが上手くなれる。先ずは「好きなこと」から始めよう。


【追記】
とあるジュニア生徒・・・
とにかく質問が多い。レッスン中も直ぐに聞いてくる。夜中にメールで聞いてくる。「しばらく黙って打て!」と口元を緩めながら言うこともあるが、上手く強くなりたいからこそのアクションであることは十分分かるしそれでいい。「聞くことは一生の宝である」と教えている。分からない、出来ないからこそ、知識を持ちそして経験し、出来る師に聞くことが修行であるから。

「聞く子は育つ」

・・・これは間違いないのである。

「野獣」       2016.9.15

2016USオープンは鉄壁ジョコをスイスの「野獣」が勢いに乗り撃破し自身3度目のGSタイトルを手中に収め幕引きとなった。準決勝の錦織戦では、開始から第二セット中盤まで続いた錦織の流れを彼の武器であり「世界№1」とも評されるバックハンド3本の連打から大きく流れを自分のモノに出来たと感じた。そこまでの錦織のプレーにミスは少なく、ポイントの取れない「野獣」は苛立ち、観客席を見上げながら独り言を繰り返し自問自答する姿が何度も繰り返された。一度火が着けば誰もが「手を付けられない」強さを発揮する反面、その波に乗り切れない時にはランキング100位台後半の選手にも負けるほどの乱丁ぶりが気になる選手でもある。
ジョコにとっては天敵で昨年の全仏オープンでも年間GS達成の偉業がかかった決勝でも「野獣」に屈した。来月、昨年に続き楽天ジャパンオープンでも来日するので、出来れば練習風景など見られるといいのだが・・・。

そして錦織の準決勝敗退は残念に尽きるが、猪突猛進たる「野獣」では仕方なったのだろう。「心・技・体」を唱えれば、彼に必要なものは「心(メンタル)」だけだとコーチのチャンも話していたが、今回の敗因では試合後半でポイント毎に立ち止まり両膝に手をやるスタイルが多く肉体的な疲労の蓄積が伺える。随分と過酷なトレーニングを積み体力強化を達成したことを聞いていたが、一大会を全てロングマッチで戦い抜くスタミナが無ければGS大会での優勝は無いと言う。この面もあらためて今後の課題とし既にスタートしているのだろう。

日本の錦織圭である。

彼の活躍を見て、彼に憧れて日々練習に励むキッズやジュニア、そして一般テニス愛好家たちが日本中にたくさんいる。日本のテニス界に彼のような選手はかつていなかったのである。今後の活躍や動向で多くのテニスプレーヤーに多大な影響をも与えるほど彼の存在は大きい。

「プロテニスプレーヤーになる!」

と私に話す小学生は目覚ましで早朝に起き、学校に行くギリギリまでテレビにかじりついていたと聞く。

「コーチ!コーチ!昨日の錦織の試合見た!?凄いんだよ!バックハンドでこんなところにスッゲー速いショット打つんだよ!僕も打てるようになりたいな~!」

ラケットで錦織のスイングを真似ながら彼のことを興奮しながら私に声を大きくし話す様を見ていると微笑ましくなると同時に自身が指導者として今彼に前にいることを幸せに思える。私が好きで止まないロジャーの偉業を話しても・・・

「でも錦織はフェデラーにも勝ったよ!」

彼の夢を壊さないように頷きながら錦織が一番だと伝えるも、「違うよ、一番はまだジョコで二番がマレー、もう少しで錦織がワウリンカに勝って三位になるんだよ!」
ただ夢や想像を語るばかりではなく現実も見据えていることに感心感心。
同じ日本人であって身近には居ないプロテニスプレーヤー。日本国内で彼に会えるのは楽天ジャパンのみ。有明に足を運ぶ日は間もなく・・・。


余談だが、大阪なおみ選手を見ていると彼女のテニスには「未完の大器」を感じるが、どうしても気になることが・・・

GENERATIONSのメンディーに顔が似てませんか!?

死闘         2016.9.9

先日のキッズのレッスンにて~
彼と私の出会いは「目標はプロテニスプレーヤー!」と大きな声で胸を張ってスタートして間もなく一年を迎えようとしているが、練習メニューによっては嫌々な表情をするも典型的な子供であるが意識は高くレッキとした選手である。選手として認められる以上、一方的に無理強いすることが例え子供であっても最良とは考えない。選手自身がコンセプチュアル(自己分析)出来るレベルならば、嫌な練習でもそれを求め必要性を感じているはず。ウイークポイントの打開がレベルアップ、そして試合に勝つために必要な課題であることを熟知しているからこそ。
「100本ラリーやろーぜ!」こんな私の提案に最初は自信無さそうな表情通りの結果で、続いても10回程度を繰り返すばかり。一度ラリーを止めてbreakしながら100本成功の秘訣を唱えながら気持ちを伺う。話す言葉で徐々に顔色が良くなったのが分かり再び続行。意識が変わり心がけることが具体的になったのか30本を越え、次のボールでは50本を越える。

「もう少しだぞ!」

励ます声にも前向きな表情で頷く彼。次のボールで見事連続100往復のラリーが達成。プロテニスプレーヤーを目指す選手にとって些細なことのようだが勝ちある達成。誰にでも「出来ること」があり、それを延長させることで到達できるゴールがあるはず。先ずはそこを目指そう。

表題です。
2016全米オープン。日々熱戦が繰り広げられていますが、言うまでもなく錦織選手の快進撃は一昨年の全米の記憶と興奮を呼び戻している。特筆すべきは昨日の準々決勝対マレー戦。。。
正直、現在世界ランキング2位のアンディーには「厳しい」と思い、第一セットを落としたときに過去の対戦のような結果を想像してしまったのは、きっと私だけではないだろう。
あえて内容を具に書き記す必要はないと思うが、錦織の攻める姿勢を強く感じる試合だったこと。お互いサービスブレークがあり一進一退を繰り返したが、ロングラリーからの奮取や芸術的なまでのネットポイントウオン、サービスエースetc.第5セットで、引き離したはずの錦織が犯した連続のミスポイント。「これはまさか・・・」と無意識に握り拳に力が入るものの「圭を信じて!」と修造が言った言葉を思い出し。
マッチポイントでマレーが打ったボールがネットにかかった瞬間、錦織の表情がまた印象的であり、死闘を制した選手にしては冷静でチーム陣営を見ながら握った拳はまだ高い位置ではなく、通過点のクリアにしか考えていない意識なのだろう。。。

錦織圭、やはり大物である。

今回のこの対戦を私が掲げる「錦織圭 新三大ベストマッチ」の一戦とさせていただきたい。やはり時間を追うごとに進化しクオリティーが上がっているため直近の試合がよりレベルの高さを感じさせるが、自身ではどの試合も「死闘」であり結果に関わらず順不同と考えている。
①2014年全豪オープン4回戦 対ナダル戦67 57 67
②2014年全米オープンQF 対ジョコビッチ戦64 16 76 63
③2016年全米オープンQF 対マレー戦16 64 46 61 75

この後、ワウリンカとの準決勝でさらなるナイスマッチを期待したい。もちろん勝つことが目的だが・・・。2011年の全米で果たせなかったゴールがまた目前に見えている。解説の修造が言った言葉が印象的だが「リオでマレーに負けた悔しさのエネルギーと3決でナダルに勝った嬉しいエネルギー、その両方を持って挑んだ全米、きっと大丈夫!」
2年前の錦織よりも大きくなっていることがサーブ、バックハンド、そしてプレースタイルに現れていることは事実。もし望む結果になればまさに日本のテニス史上「快挙」なのである。考えただけでまた興奮してしまう。。。


先日、急に出来た予定外の週末休日。思いつきで家族「3人」で江ノ島へ。海岸線を走りながらサザンを口ずさむも癒される時間であった。ただ人の多さにはげんなり・・・。名物たこ煎餅を買いたくとも行列待ちは1時間半以上だと。。。諦めていつものプリンを買ったがこれまた美味い。毛がフサフサの「家族」も食べたそうに鼻声を出すがいかんせん初老を迎えた彼には毒である。体のことを敬い専用のプリンをあげよう。
仕事(レッスン)が好きで充実していることは何よりである。そしてプライベートもいい時間を過ごせている。今幸せを感じることが出来ている。

王道と覇道       2016.9.1

2016USオープン開幕。文化の特徴もありオープン前のセレモニーは開幕一週間も前からお祭り騒ぎ。会場となるナショナルテニスセンターに続く地下鉄は駅構内から各車両がUSオープン一色に染まり右を向いても左を向いてUS OPENやTENNISのロゴとトップ選手たちの躍動する写真に囲まれ、まるで天国のよう。一昨年の興奮再び、今年こそ錦織選手のGS大会初優勝となるか。先のリオでブロンズを手にしただけに期待感も30%ほど上がってしまうが各ラウンドの好試合を見守りたい。しかしながらロジャーlossのGSはいつもの盛り上がりやナイスマッチの興奮が今一つ期待薄である。いつも通りの、ありきたりな、変わり映えしない「選手」が優勝する結果ならば正直面白くない。ここで日本のテニス史を毎年のように塗り替えている錦織選手が優勝すればなお良し、スペインの闘牛が復帰後の勢いに乗る様もいいだろう。2ndジェネレーションたちが一気に這い上がる時期でもある気がする。個人的な偏見で物言うが歳をとればそんなものだ。なにしろ好試合を期待したい。

表題です。
暑かったが、この時期少し気温が落ち着く頃には夏の終わりになんとなく寂しさも感じる。毎年夏休みには選手(キッズ、ジュニア)たちのドラマチックなシーンが多く、練習や試合続きの日々に普段とは空気感も違い流れるものが汗から涙に変わることも多い。経験がモノを言う試合では負けて悔し涙を流すことは決して恥じることではない。「涙は心の汗だ!」などと言った台詞が有名な青春ドラマの熱血教師がいたが、この言葉満更でもない。日々苦しいほどの練習で身に付いた士気あればこそ、心して挑むほど結果の不甲斐なさに心も汗をかくことだろう。本気であればこそその涙に答えがあるのだ。今年の涙はきっと来年の夏の結果に繋がるはず。
愛弟子のキッズに対照的な子供たちがいる。1人は駿足であり筋力も発達しラケットのスイングスピードやパフォーマンスでは他のキッズたちに比べても郡を抜くが、細かいところでまとまりが今一つ。器の大きさを感じさせるプレーをするも自滅が多く弱い相手にも負けてしまうことが目立つ。もう1人は手先が器用で技巧派。前述したキッズに比べればサーブを除いてパワーよりもテクニックが優れている。ネットに出ることも積極的でドロップボレーなどスライス系のショットも多用する。本番でもミスが少なく取りこぼしは滅多にない。
どちらのキッズも試合では優勝経験を積み、結果のみならず「自信」を上乗せしながら成長しているのだが、成長と共にテニス環境のグレード(パワー、スピード、テクニック)も益々レベルアップしていかなくてはならないと言うこと。パワーなくしてエースは取れず、駿足であるがゆえディフェンス力がやがてオフェンスに進化して行く。しかし、テクニックを身につけることで威圧感はなくとも意表をついたり裏をかくことが戦術には必要要素となりプレーに幅を広げる。

この2人に私が心がけていることは、それぞれの「タイプ」であることを認めながらスタイルを確立すること。そして足らないことを補いながらどのように成長させレベルアップに繋げるか。

・パワーショットでエースを取る→強い選手らしくていい。
・サイドに振ってオープンコートにエース→セオリー王道
・走らされて追い込まれて、そこからパワーショット→大物を感じる!
・アプローチ!と見せかけてドロップショット→よっ!役者だね~日本一!
・相手のネットダッシュ、あえて正面にぶつけて打つ→覇道

テニスにルールはあるがプレーに決まりはなく各々の選手が特性や好きなことを披露できれば面白くて上手く行くことが多い。もちろん進化に必要なことは学び身に付ければいい。ただし本気にならなければ時間と労力の無駄遣いになる場合もあり、例えるならば涙を流すほど悔しければ本気であるだろう。
2人が同い年でもあることから、今後追いかけ抜かれを繰り返しながらお互いを認め合い励ましあい、対峙すれば本気で正々堂々とぶつかり合って、コート外では「仲良しさん」であってほしい。。。そうだ!早い段階で2人にダブルスに出るよう勧めてみよう。

間もなく涼しい風が肌寒い空気に変わってしまうが、今年の夏も例年通りに私にも収穫がたくさんあった。テニスコートで泣いて、笑って、怒鳴っても「はい!」って返事できる子供の顔は真剣そのもの、本気の顔をみせてくれた。

「暑かったけどよ、短かったよな・・・、夏」

(これもかなり昔の映画の台詞、桑田さんの曲が主題歌の湘南を舞台にした青春ストーリー。)

【追記】
先日、学生時代にバイトしていた自由が丘のお店がTVに出ててウェンツと大竹しのぶさん行き付けのお店って・・・、30年以上前のことだからその後のことみたい。さんまのサインとかがお店にあって。店長のTAKUさんが映ったのは感動!!思わず目頭熱くなっちゃって。。。とてもとてもよくして貰って可愛がっていただいて。近いうちに会いに行こう、自由が丘Butter Field!

底辺にこそ・・・     2016.8.23

少しブログ書き込みのインターバルが空いてしまい、こんな自分目線のみの身勝手で偏見だらけな文章でも「楽しみにしています」と言われてしまえば、更新を期待してHP訪れていただいたにも関わらず未更新ではご期待に添えず大変心苦しく申し訳ない。
「言い訳は大人の悪い癖」と我が愛弟子のジュニア諸君からお叱りを受けそうだが、お盆時期にはレッスンの集中と関西への訪問が重なりPC開く間もままならないほど。8月も残すところ一週間ほどとなったが選手達の「夏」は息苦しくも蒸気を噴き出し走り続け、負けた自分への戒めのごとく痛めつけ鍛え上げている様は来年の夏が楽しみである。

日々、リオオリンピックが感動を立て続けに伝えてくれたがメダル受賞とは相反する結果、期待・・・、いや順当とさえ思われた「金」を覆し違った意味で注目、感動を与えてくれたのが吉田沙保里選手ではないだろうか。「霊長類最強」と言われ、彼女に勝つ女子アスリートは現在の地球上にはおらず、地球外生物でも表れないと不可能なのではないかとさえ・・・。
誰もが表彰台では明るくにこやかな笑顔であるはずが彼女はずっと泣いていた。負けたことの悔しさと応援してくれている日本(世界?)の皆に対し謝罪の意識からか。かつて柔道で金に輝いた谷亮子選手の言葉に・・・

「銀は負けのメダルなんです」

銀メダルを目指し死ぬ思いで挑む選手はいないはず。金メダルに一歩届かなかったのが「銀」であり、その違いは「2番目」ではなく「負け」であると。
勝ち続けることの厳しさと負けることの悔しさ、どのように理解しどのように切り替えチカラにしていけるか。閉会式での吉田選手には笑顔が戻り吹っ切れたよう。4年後の東京オリンピックへの去就については言葉を濁したが、個人的には是非チャレンジしてほしい。彼女の母が過去に言った言葉に「あなたが勝ち続けている間、何人の選手が負けて悔しい思いをしたか。あなたはたった一回負けただけじゃない。」その通りだある。ロジャーが世界№1だった時に一度の負けで引退を決意していない。その後もまた勝ち続け優勝も幾度と。負けることが恥じではなく、選手である以上通過点の一つであり、そしてまた強くなってほしい。彼女のキャラが好きだ。メディアに映し出された時、とても明るく前向きな空気をいつも感じる。

表題です。
リオのオリンピックでは歴代最高数のメダルを獲得しましたが、様々な種目で日本のアスリートがトップクラスであることが目立った大会となった気がします。もちろん現状ではアメリカや中国に比べればメダルの数や実力が今一つ届かないところも多く、選手育成にもたくさんの課題が残されていること。10年ほど前にはアメリカと日本を比較すると技術、栄養学、スポーツ医学、育成プログラムなど10~15年遅れている日本、裏を返せば昨今これらが改善されて来たからこそ結果に繋がったのでしょう。私たちの年代が学生の頃、練習中に水を飲むことを拒まれ汗で流れ出た水分とともにミネラルやビタミンの補給がどれほどスポーツ競技中に必要な栄養素であることは誰も知らず知らされず「根性」のような気力だけが支えだった頃「強い選手の作り方」は効率や理論値などより精神論が優先する時代だった。

では、これからの10年はどうあるべきか?

スポーツをフィジカル面、メンタル面共に科学的かつ画期的に向上させることが実現された時代に拍車をかけ様々なトップアスリート育成の取り組みが検討・実施されている。スポーツに関する有識者にはご存知の国際技術力の向上を目的に作られた「味の素ナショナルトレーニングセンター(通称:味トレ)」には最先端の科学が結集し、より強くなるためのトレーニング施設のみならず「食べる(栄養学)」ことと、いかに効率よく体力・技術・精神力を向上させるための「休み方」をテーマにした合宿システムまでも完備されている。これらの施設は世界に参戦するレベルのアスリートたちに活かされ、オリンピック強化選手には必要不可欠な環境であること。テニス界でもデ杯出場選手たちが本番前に合宿をするのがここ。

私が思うことに、これらの施設を使うレベルの選手たちにとっては国レベルで環境を与えてくれてさらなるレベル向上により画期的なシステムが作られていますが、もっともっと低い段階のレベル(区や市町村、都内や各都道府県)にはどのような取り組みを成すべきか!?
トップクラスまでに育った選手たちには多大な協力姿勢が目に見えて分かりやすく、実際に多額の協賛があるが、未熟な選手や社会的・経済的に余裕のない家庭環境下にいる子供たちにはどんな特典や環境を提供できるのだろう。強くなるためにテニススクールに入り、必要に応じて受講回数を増やし、特別に指導を受ける環境(プライベートレッスンなど)を与えられる選手たちばかりではないはず。お金をかけずに自習(素振り、ロードワーク、筋トレなど)を心がけることは必須だが限界がある。それぞれの指導者が自らの時間を削り環境を作っても個人では出来ることもささやかのものになってしまうが何もしないよりはマシなのかも。
国や各地域レベルで働きかけて欲しいことに「施設の無料開放」を望む。テニスコートを使う機会を与えてくれれば、普段コート使いが出来ない子供たちに少しの時間でも練習環境を作ることが出来る。知人の経営する民間のテニスクラブでもこのような働きを率先して行う場所があり、夏休みなどの長期休暇に平日日中に限り一部(2~3面)子供たちに限りコート開放や簡易的ではあるが指導も行っている。聞けば、無料であることもあるが賑わっているとのこと。
朝のラジオ体操(現在はやっているのか?)のように出席表を作り、スタンプ押して貰うことが嬉しい子もいれば、毎日コートまで自転車かっ飛ばしてボール打つことが楽しくて楽しくて仕方のない子も多いと。考えるだけで素敵な光景であり、その場所に私が居たい気持ちを抑えている。
何をするにも「お金」が必要であるが、お金を払わなければ使わせないのは実質売上が期待できるところのみなのではないだろうか。真夏に限らず平日日中のテニスクラブはコートの空きも多く見られるのが現状。それぞれが前向きに考え、出来ることに対して行動すればそれぞれの地域で活性化できることがまだまだあるはず。より優れた精鋭たちを育てる「第一歩」は地域レベルにあると思うのだが。。。入り口を増やそう。子供たちのためにも入りやすい環境を作ろう。彼らにとっての「味トレ」を作ろう。そしてその後は本人次第で良し。

今年も京都に2年ぶりに訪れることが出来、相変わらずクソ暑い場所だが心和むいい処。額を流れる汗を拭いながら、この暑さゆえ京都なのだ、京都に居る証なのだと思うと心地よい。先祖に近況を報告し、食べたいもの飲みたいものを口にし、子供たちに強くなれるよう「勝守」を用意することがまた楽しみに。

「次は真冬に来よう」千枚漬けが楽しみだ。

限界             2106.8.9

リオ五輪...
三宅が三回目にバーベルを高々と持ち上げた脅威と感動、瀬戸は荻野の後姿を見ながらゴールし、中村美里は今回もまた「笑わない」結果となり、ジョコが初戦で負けたことと流した涙、エース内村筆頭の体操は「逆転劇」という演出付きで日本の真の強さを世界に魅せつけ、大野の柔道、勝ち方は金に相応しい「JUDO」を「柔道」に戻した美しさであった。

「金以外、何色でも同じです...」

...とコメントした選手の目には喜びの感情がなく、既に4年後のTOKYOを見据えているよう。
錦織は調子よく勝ち上がり、トップ選手らしい下位選手を寄せ付けない空気さえ放ち、コートに立つ姿はまた一回り大きく見える。

イチローも快挙である。3000本安打という数字はいったい何本ユンケルを飲めば到達出来るのだろう。「限界を決めない心」とイチローは言うが、限界とは自ずと決まってしまうものではないのだろうか!?
人間とは自身含め基本「甘い」生物であり、出来ないことに対し努めることを嫌がり自ら容認してしまい、それを「限界」という体裁のいい言葉で逃げることが多い。そもそも限界とは何処をさす言葉なのだろう。肉体的にも精神的にも限界の先は「死」なのだろうか。確かに「死ぬ気」で取り組めば(取り組めれば)大抵のことは及第点が取れるはず。なんとかなるはず。
限界という境界線を決めるのは自身であり、その境界線が結果や成功へ繋げているのであろう。自ずと「決まって」しまう限界と、自ら「決めて」しまう限界。そして限界を「決めない」心。イチローのストイックさはスポーツ界でもよく取り上げられるが、決してイチローだけが努力の塊という訳ではない。アスリートであれば目標達成に向けて常に走る続けているはず。そして「限界」を感じて引退する選手、それを感じつつ悪魔の囁きを振り払いさらに走り続けて結果を出す選手。

「老いは恥ではない」

昨日はテニス界永遠の王者ロジャー・フェデラーの生誕35回目のバースデーであった。高価なシャンパンを開けて祝福することはなかったが、彼の「仕事場」であるテニスコートに同じように立ち今後の活躍を願った。きっと彼も「限界」を決めない心を持つアスリートの一人であることは間違いない。年齢を重ね、重ねた経験がプレーやショットに磨きがかかる。どのアスリートにも波があり、負けてランキングが下がっても怪我で一線を一時的に退いても、また戻りそして勝つことに日々精進し限界を超える。早く来年になりその勇姿を見たくて仕方ない。

三宅宏実選手の父(指導者)が競技終了後のインタビューで、「本当に練習してくれた、諦めずに練習を続けてくれた、辛く苦しい練習を本当に続けて来たから...」と。もし、アスリートとして結果を切に望みながら「自分に甘い」と感じた生徒はこの言葉をよく聞いてほしい。
日々、苦しみながら練習に励むのは素晴らしいこと。されど結果が得られないとすればさらにもう一踏ん張りしてはどうだろう。負けたことを悔しく思うならば、次はその悔しさを相手に渡そうではないか。

「諦めたら、満足したら、そこで試合終了です」(「スラムダンク」から抜粋)

きっと「限界」にはまだ遠いはずです。夏も半分終わってしまいましたが、大会はまだまだ続きますね。最後まで諦めずに「本気」で挑むことが大切です。

~追記~
夏休み中にレッスンの依頼が予定を上回り、新しい課題をたくさん頂いたことは至福の喜びであり誠心誠意で取り組む所存、出来ることは全てに全力投球。されど時間に余裕がないと少しずつ後回しや先送りが出てきて、若干ブログ更新遅れていますがお許しを。間違いなく定期更新を約束しますのでご来訪よろしく。

プロネーション        2016.7.29

ロジャー、今季試合出場断念のニュースを知ったのは早朝寝起きに妻からスマホを手渡されて。。。一瞬、体に何かが走り抜けた感覚は脳裏まで達し「引退」の文字が意識をさらに鮮明にした記憶。記事を読めば今年初めの全豪オープン後に痛めた膝の手術後の経過に合わせて体調が万全ではない現状から今季試合出場の続行が厳しくなり、来年に向けスキップとのこと。
自身含め世界中のロジャーファンはこの件についてどう考え感じたことだろう。年内の大会でロジャーの力強くも美しくスタイリッシュなプレーが見られないことを嘆く貴兄も多いことだろう。そして本当に来シーズン、最前線に戻って来るのだろうか?という不安と期待。
私がこの事実を冷静に解釈してみて思ったことは、今シーズンのエントリースキップは、やはり現在のロジャーにとって賢明な判断であり、選手生命をこの先少しでも長く続行し、現役選手として栄誉ある結果を出すために必要な時間であると。
エースを取られ、逆を突かれて微動だ動けなく、ネットに出たロジャーの横をボールがすり抜けるシーンを何度も見たくない。負け続けるロジャーを観ることはとても残念であるが、それ以上に「引退」を表明されることが怖くて震えてしまう。いつかはその日が来てしまうのだが・・・。ロジャーはこれからの約半年間、想像以上のトレーニングを積むことだろう。ツアーを周ることは精神的にも肉体的にもハードな日々が続くが、そのため自然と鍛えられている部分も多く、テニスに限ったことではないがアスリートが戦線から離脱しさらに心身ともに維持向上させることは並大抵なことではない。試合前の練習風景では笑顔の中でラフにコートを走りラケットを振る姿が印象的なロジャー、その陰には筋肉や神経に試合中にかかる何倍もの負荷をかけたトレーニングがあるからこそ。
きっと来年、ロジャーは一回り大きくそして進化した肉体と精神で武装して戻って来る。華々しく彼が観客の声援の中で手を振る姿が今から目に浮かぶことがまた嬉しくも待ち遠しい。

表題です。
「プロネーション」テニスをしている(習っている)方々でこの言葉を知らない人はいない・・・と思いたい。サーブやスマッシュを打つ際に必要な腕や手首の動かし方である。と言っても前提条件があり、グリップの握り方が薄い(コンチネンタル)場合に必要かつ、よりラケットヘッドのスイングスピードが加速するスイングパターンが得られるパフォーマンスである。ここまでの話で、テニスをスクールに通い本来のスタイルで習得するために必要な動作とし、指導者から的確に教授されレッスン時に毎回指摘を受けながらも慣れるまでは「やりにくさ」も感じつつ、人によっては面が打球方向を向きやすい厚い(イースタンなど)握りで打つことの容易さについつい甘えて打っている現実も無視できないほどの数が。

一般テニス愛好家と呼ばれる方が、さほどテニスに情熱ほどの重きを置かずに「嗜む(楽しむ)」程度であれば握り方、腕のローリング、手首のスナップなど特に重視せずボールがほぼほぼ狙った場所に入ることで満足のレベルなのだろう。しかし、同じテニス愛好家でも可能性を求めて、そして達成するべく日々努力し勝ち取る「選手」もいて然り。やり易いことが結果としてレベル停滞の大きな原因になっていることは多い。
さてさて、キッズレベルでプロネーションは何時?どのタイミング?で教授すべきか!?基本、小学生低学年では腕や手首に力はなく、そのものだけでラケットを振ったり面を操作することは難しい。プロネーションに至るまでに上体の捻りと右肩の引き→上体の回転→腕の捻り→プロネーション、この一連の動作が必須である。シンプルに言えば野球のピッチングフォームである。ラケットでこれらの動作を行うことの前にキャッチボールを実施する。最初からプロ野球選手並みにしっかり肩を回して様になる子もいれば危うく怪しい子も多い。私がこの子供たちの頃には、何も出来なくてもピッチングフォームだけは出来ていた気がする。何もすることが無くてもキャッチボールは「いつも」やっていたような記憶がある。
上手くボールが投げられる子はラケットで同じ動作をしても腕のローリングが自然と出来ていることが多く、それでもまだ最初はボールが真っ直ぐ飛ばせることはない。小手先の操作だけを考えればやはりイースタンくらいの握りの方が器用に使えるのである。

さて、どの段階でどこまで指導・矯正すべきか!?キャリア、体系、パワーにもより子供を見て決めることもあるが、厚いグリップで打つ期間が長くなればなるほどプロネーションを組み込んだフォームが身に付く時期が遅くなるばかりか、「癖」となればこれまた厄介な問題となる。よくあることだが、テニスを小学低学年から始めて高学年や中学生になり、Gストロークは結構いい感じな身に付き力強く、されどサーブがそのレベルに至っていないジュニアたち。
まったく回転のかからないド厚い当たりだけで力の加減のみのスピードコントロール。方や、当初やりにくくも日々の練習(コートに出られない日は素振りのみ)の中で頑なに貫き、確立のみならず攻撃性をも含んだ回転系の2ndサーブが打てるレベルに至ったジュニア。
「サーブ力」は選手として絶対条件である。ゆえに私はより早い段階、レッドを卒業しオレンジになればもうスタートすることが必要と。早くに始めたキッズは当然早い段階でスピードのみならずスライスやスピン系のサーブを打ち、結果的にサービスゲームが有利に進められる試合展開のゲームをするが、その日の調子でやけくそに打つだけの1stが入らなければ「もう無理!」みたいな試合は早くに卒業させたい。もちろん安定して自信が着くまでは不安であるが不安を払拭するためにより早くに切り替えることが必要と考えている。

愛弟子の小学2年生、今なお試合に出れば「コーチ、優勝したよ!」メールが届く日が続いているが、いったい幾つの優勝を積み重ねることだろう。彼も「プロネーション」を始めている。小さい体で体を回し腕をローリングさせる姿はカッコいい。レッスン中、練習では打つものの私との試合になると「ん?」の場合もまだまだあるが既に歩き出しているのである。いつか、サーブと言う武器で私を翻弄し、エースや私のミスを量産する日が訪れる。いつかはその日が来しまうのだが・・・、こちらはその日が楽しみで仕方ない。

【追記】
先日、とあるドラマでオムバーグが人気の料理人が、作りたい料理にはコストがかかり過ぎて経営が厳しいことを知り、食材を安価なものに変える決断をしたところ従業員から味について不評。結果、身内の配慮でコストを気にせず「お前は作りたいものだけを作れ!」と。
コーチ業、自身のメソッドを貫くことでリスクもある。形や味がハッキリしていないものを「売る」仕事だからこそ、出来る限りの配慮を心がけているつもりであるがいかがなものか。商売であるが利益優先に考えたことはない。優先されるのは生徒(選手)の上達・自己実現、出来ることを誠心誠意で100%。レッスンすることが好きな性格であるがゆえ、それが何より「利益」である。

 

選手達の夏         2016.7.21

愛弟子たちの勢いが止まらない。
前述したキッズに続き、先週から今週にかけて他の小学2年生も連戦連勝でキャリア(人生まだまだ7年ほどだが)通算二桁勝利に。出場する試合のスケジュールは把握し、試合前には応援メールでアドバイスは欠かさないが、当日の午後に彼から入るメールは決まって...

「コーチ、優勝したよ!」

そのメールを見て、きっと私の顔はほころんでいるのだろう。優勝とはNo.1でありオンリーワンなのである。そして子供も私も「1番」は大好物である。
彼の場合、優勝経験が豊富のため特に内容が気になるところ。レッスンでもミーティングの際、より強くなるために、そしてより強い選手に勝つために自身が企てたショットやプレーでポイントを取ることが多く出来なければ勝てないこと。レベルが上がれば相手選手のミスは減り自らの攻撃性かつ安定性が求められることは必至。次回レッスンで内容の感想を聞くことを約束したが、ご褒美をあげると彼は目が無くなってしまうほど満面の笑みで...

「ありがとう!」

そんな彼の顔が目に浮かぶがこれまた至福なり。夏休み中には二人で「昼食会」も予定、たくさん話そう。

さらに夏休みに入ればキッズ・ジュニアにとって大会が続く。選手にとってはプロのスケジュール並みにエントリー数が多く、強い選手ほど勝ち上がることで連日大会会場に通い、肉体的にも精神的にも限界の先を見る日々が続く訳だが、テニスコートで戦う選手自身の裏側で彼らを支える「家族」の力も賞賛したい。
ここで言う「家族の力」とは、ほとんどのことを「母親」がこなしていることだろう。心身ともにギリギリの綱渡り状態から滝のように溢れ出た汗をいっぱい吸い込んだテニスウエアの洗濯、試合中に少しでも元気にプレーが出来るようにと栄養やバランスを考え、朝早くから作る愛情いっぱいのお弁当、キッズであれば会場への送迎や引率は必須。親は子を支え、子はその愛情に気付くことにしばらくの時間と経験が必要となるが、それゆえ子供なのである。


この夏、彼らと共に流す汗は何リットルになるのだろう...!?私の流す汗が彼らにとって少しでも力になることを信じて。
しかしながらここ最近、小学生たちの活躍が続くが中高生のお兄さん、お姉さんたち、しっかり!!ミスをして笑ったり、劣勢になり諦めたり、自分に負けないでほしい。自分に勝てなければ相手に勝つことは厳しい...、いや無理である。そしてレッスン中は私に負けないでほしい。ポイントやスコアで負けていてもネットを挟んで向かい合った瞬間から気持ちでは負けないでほしい。選手の年齢やレベルにもよるが、今の私の選手レベルやパフォーマンスはそう大したことはないと思うが、生徒たちが私と対峙したときに、私を「コーチ」として高みに置いてしまえば、どこかで「諦め」と「言い訳」の理由にしてしまう。私はいつでも「本気」である。だからこそ本気を出して「なんぼ」だろう。本気にならなければ始まらないのである。強くなる選手に年齢や性別は無関係なのである。強い選手が好きなのではなく「強くなろう」としている選手に力を注ぎたい。

【追記】先日、遠方の方からメールをいただき「ブログを楽しみにしています」と。もちろんテニスをされていらっしゃる方なのですが、出来るならば指導をお願いしたい気持ちは強く、なにゆえ新幹線に乗って通うほどのことはなかなか難しく...。私のブログが日々の練習に力になっていることをお知らせいただき感謝感無量。いつかコートでお会い出来ることを楽しみに。小生、褒められると調子に乗るタイプ。書きたいこと(ほとんどエゴと自我自賛)を無い文才を搾り出しながら綴っていますが、ここに来て「ちゃんと書かないと...」と思うと少々緊張ぎみに。努力してみます。

初優勝          2016.7.15

今年のウインブルドンは英国のエースが、ニューヨークの「元悪童」レジェンドをコーチに従え、勢いのある勝ち上がりを見せたカナダの「坊や」を一蹴して生涯2度目の栄誉に輝き幕を閉じた。期待の錦織は前哨戦からの負傷を引きずり、Mr.エレガントは自身のスタイルで珠玉のネットプレーでのポイントウォンを「坊や」が大幅に上回る結果は、やはりMacのアドバイスが功を成したことなのだろう。この試合、内容はとても質の高いnice matchだった。私の予想はロジャー3-1で決勝進出だったが坊やのサーブはことごとくエースを量産し、逆を突かれ微動だ一歩も動けないロジャーを幾度と目の当たりにさせられることの悔しさに、普段相手選手への感情は特に持たない私も「怒り」さえ覚えた。。。

勝負の世界、勝つ者と負ける者がいてしかもGS大会準決勝であればそうそう容易く勝てる試合はないだろう。「きっと負けるだろう・・・」と思いながらセンターコートに入る選手はいないだろう。全ての力を出し切ること、そして今この場に集中していることだろう。全ての選手たちは日々鍛錬し力を付け大舞台を目指す。やがて下位の選手が上位選手に打ち勝つことが不自然ではない。世代交代は必然的に起こり、負けた王者はネット際で笑顔で相手選手を賞賛する。その心中は「よくやった!」なのだろう。男儀である。
今年最後のGS全米オープンでのMr. Perfectは、きっとまた素敵な時間をくれることだろう。もちろん頂点に立つことも十分期待しながら。。。

表題です。
先日神奈川の逗子で打ち合わせがあり、終わって少々鎌倉辺りを散策しているときに愛弟子の小学生の母親から電話が入り、応答する前に「勝ったな!」と。

「コーチ、優勝したよ!」

性格は明るく、会話では言葉が多く、走れば駿足の持ち主、もちろんテニスが大好き。しかし人が力説し熱くなって話をしている時にニコニコしながらランニングマンのステップを始めたり、5秒前に話したことを一瞬で忘れてしまうことにはいつも怒り心頭ですが、これもまた良く解釈すれば「大物」の性分なのだろうか。。。
実力は随分前から認めていたのだがなかなか結果に繋がらなかったのは試合の「経験不足」と少々ビビリーな性格。それでも今回の優勝で一回り大きく成長出来たことを今までの付き合いの中から実感出来る。どんな大会であっても「初優勝」から得られることは計り知れないほど大きな収穫がある。これから何度も優勝経験を積むことだろうが最初の頂点は成長の「スタート」であるのだ。勝つことでしか得られないこと、どんなに練習を積んでも身に付かない「自信」と言う「鎧」を手にすることが出来る。彼は最初の鎧を手に入れたのである。まだまだ「完全武装」とはいかないが、そしてこの鎧では太刀打ち出来ないほどの強敵がたくさん待ち受けていることだろうが勝つたびに鎧は強く強靭なものに進化成長していく。

全国大会!?いやいやまだまだ見えない場所、県で優勝!?う~ん、ここもまだまだ遠いところ。しかし、道しるべは見え初めている。勝つことの喜びを感じ、そこからさらなる飛躍の魅力を十分捉え、それを手に入れるため努力の覚悟を受け入れられる「心」を獲得出来ただろう。努力を「苦しいこと」と思わず、本気になって取り組むことが「楽しく」なれると成長は早い。この夏、試合が続き彼が向かう先にいるのは鬼?蛇?・・・、ひょっとすると彼以上の「ひよっこ」かもしれない。

ここ最近、レッスンをしながら思うことが「いいレッスン」とはなんだろう・・・と。
いまさら・・・!と思われることだが、指導とは実に奥が深くその根源は人間同士の関係であり、経験・運動神経・目的や目標、人のタイプや求めることの相違など突き詰めれば答えは数学的なものではなく日々柔軟な対応が必要不可欠、体長、スケジュール、生徒を取り巻く環境などの情報が出来る限り必要であり、90分120分のレッスン時間内だけで十分なことは難しく思う。そう考えるとより良いレッスンに必要なことは「付加価値」。生徒にとっての付加価値と私にとっての付加価値、本質として「レッスン時間以外もレッスン時間」と踏まえ、オンコートの時間をより有効な時間にする準備は必須、事前に出来る面談やメールでのやり取りは結果、成功に繋がっている。プライベートレッスンであるがゆえ、指導そのものが「付加価値」の連続と繰り返し。性格かもしれないが手間ひまかけることで自身が安心できるようだ。

いよいよ夏休みに入り、キッズ・ジュニアが大きく成長する季節が本番となる。流す汗と涙が私にとっても有意義なものとなるが、彼らに負けないよう「鎧」に磨きをかけなければ。

感無量          2016.7.7

2016ウインブルドン男子QFの開始予定時間に、フォアハンドの高い打点からのウイニングショットをジュニアたちの練習テーマとして、矢継ぎ早な球出しと疲労から意識を逸らせ集中域に封じ込む掛け声の中、頭の奥のほうにある別の意識ではセンターコートを舞うロジャーの勇姿を思い描く自分に気付く。レッスン後ジュニアたちに聞けば「早く見たい!」と、まるで巣の中のツバメの子たちのように口を揃えた様は、疑いの無い綺麗で素直な欲求なのだろう。

帰路につく頃、すでに2時間を経過し試合が終了していることも想像しながら妻に電話をかけるも「怖くて見てられない...」と。。。その言葉で試合が終わっていないこととロジャー劣勢であることを同時に理解し、「大丈夫!今日のロジャーは負けないから!」と迷わず答えるも「負けないように。。。」と心で唱え、それを切に願った。試合進行も気になったが、数字から余計な憶測や流れの予測で息苦しくなるよりも自身の目でプレーを見たい気持ちが強かった。数字は結果であり、求めるのは「強く美しいロジャー」である。
家に着きテレビを見ればセットカウント2-2、ファイナルセット3-2ロジャー。お互いのサービスキープが続く一進一退の流れ、ここで初めて試合の経緯を聞けばロジャー2セットダウンからの第5セット、チリッチもロジャーも共に好調とのことだが...ふむふむ。確かにここからの観戦ではあるが1ポイントの内容がクオリティーの高さと「重さ」を感じさせる。あのチリッチがロジャー相手にラリーでも引けを取らず、ロジャーがリーチを最大限まで伸ばさないと届かない場所にプレースメントするショットが次々と続くほど。積極的に攻める姿勢はネットダッシュの質と頻度にも表れている。試合を決定したのは言わずもがな第9ゲーム、不必要なまでにボールを叩き込み果敢にネットを取るチリッチに対しロジャーの正確無比なパスが2本エースを取る。チリッチの放つエース級のショットが一瞬にして切り返されるシーンが続く。私見だが、このゲームはロジャーがブレークするべく内容であった。第10ゲームのマッチポイント、ロジャーのサーブに一歩も動けなかった「チャレンジャー」はこの試合、何処で「勝ち」を意識し何処で「負け」の気配に襲われたのだろう。2014年の全米オープン優勝以来、第5セットまで行くゲームには負けが無かったというが、所詮僅かな実績に過ぎず何も保障されたものではない。しかも相手はロジャーなのだ。ロジャーにとっても今大会、ドラマチックな試合が続いているが、これはやはり「18回目」のお膳立てなのだろうか。。。

34歳になり、尚も記録を伸ばし観る者を魅了し続ける選手はそう居ない・・・、居なかった。
コナーズやサンプラスの記録を塗り替えること、現代テニスは以前のものとはスピード、テクニックと随分な差があり、レジェンドたちがこれまた口を揃えたように「彼」を№1と絶賛する。ラオニッチに就いたマッケンロー、彼でさえロジャーに対して「非の打ちどころが無い」と言う。

あと2勝でテニスを愛する人々が輝きに満ちた時間を迎えることが出来る・・・少し過ぎた言い方かもしれないが、記録や実績的にもプレースタイルにも歴代№1であることには間違いないのだから。
試合終了後まもなく、元同僚のコーチから「世界で一番喜んでいるコーチへ」とお祝いメールが届き、ここ半年以上会っていなかったが心温まる気持ちに包まれました。返信は「宇宙で一番喜んでいます」と。


一つ気になることは・・・

ロジャー引退

劇的な今年のウインブルドン、最終日にどんな結果で終わったとしても何か???な空気を今感じているのは気のせいか。いや、気のせいであってほしい。。。

ふと、不慮な出来事や事故で家族が居なくなることを想像して瞼が熱くなることがあるが「彼」が一線のテニスコートに立つ姿が見られなくなることを考えると同じように涙腺が緩んでしまう。いつかその日が訪れてしまうのだろうが考えないことにしよう。

コーチとして選手として  2016.6.29

レッスン後の打ち合わせで帰宅が遅くなった車中で、有吉の「怒り新党」を横目で見ながら視聴者からの投稿が気になる話題になり、マツコの絶妙なつっこみに思わず声を出し笑ったことで今日の疲れを心地よいものに変えてくれるのはとてもありがたくハッピーな空間だ。
本当はウインブルドン男子シングルス2回戦、ロジャーの試合を早く見たいのが本音。対するは「有名ではない」イギリスの選手、ワイルドカードプレーオフ3回戦と予選3回戦を勝ち上がったM.ウイリスと言う。。。彼についてはこのブログを読む方のほとんどが純粋にテニスを愛する「テニス人」がほとんど、彼の情報は周知のこととあえて細かく説明はいらないと思ったが、極めて稀なタイプとサクセスストーリーは特筆しない訳には行かずとペンを走らせる。
「ウイリス」と聞いて私が知っているのは、クリスマスの夜に空港や高層ビルで自動小銃片手にテロリストたちと戦う正義の味方「ブルース・ウイリス」。名前だけ聞いていると上半身裸で生傷だらけのつるっぱげが思い浮かぶが、ここにいるウイリスは優しげな笑顔は素敵だが、引き締まった鍛え上げられたアスリートの体・・・とは少し違い、GS大会本戦の2回戦、今まさにセンターコートにいるには似合わない、どちらかと言えばシェイプが必要な体がどうも気になる。それでも彼の教え子のキッズたちからは、きっと慕われ人気があることも十分伺えるキャラクターのようだ。

センターコートは、かつてロジャーの試合でこのような空気があっただろうか・・・?
ウイリスが地元イギリスと言うこともあり、観客の声援はウイリスに向けた声が多く感じるが同じイギリスのA.マレーが対するときのものとは種類の違いを感じる。ロジャーのミスに大きな歓声を上げ、彼のエースやナイスプレーには割れんばかりの奇声と拍手喝采。しかし当然なのかもしれない。ウイリスはフルタイムで戦うプレーヤーを諦めかけ、4~5歳のキッズたちにテニスを指導して1レッスン約\4,000を稼ぐ一般のテニスコーチ。そう、私が今センターコートでロジャーと対戦していることを考えれば、私がロジャーのネットダッシュからクリーンなパッシングが打てたと思うと、そのたった1ポイントで、まるで試合に勝ったような気持ちになってしまいそう。。。
現在セットカウント2-0でロジャーリード、第3セット3-3、正直ロジャーもやりにくそうに見えるが、ここまででロジャーのネットダッシュにロブで応戦するシーンが多いこともあり、バックのハイボレーを打つ姿が何度も見られた。これは実に美しいショットであり、私の好きなロジャーのショットの中でも3本指に入る。ストレートに叩きつけ、時に柔らかく角度を付ける。エレガントなフォームは女性的でさえある。
気が付けば第3セット5-3ロジャーリードでサービングフォーザマッチ。ウイリス陣営にはコーチやトレーナーは居ない。居るのは彼を後押ししこの場所に導いた恋人とテニス仲間たち。

6-0 6-3 6-4

このスコアに何の意味があるのだろう。彼は満足なのだろうか。思うに、きっと試合前には憧れのロジャーとの対戦に感極まり、勝敗を考える余裕も無かった・・・。しかし、終わってみれば「もっと出来た・・・」と多少なりとも「省みて」いるのではないのだろうか。。。772位の選手がウインブルドン7回優勝した現役のレジェンド相手に善戦したと評価されるのか。同じプロテニスプレーヤー、同じ土俵に立ち競い合うのであれば負けは負けであり評価など同情のようなもの、選手自身は望んでいない。
もし私が彼の立場だったら、今晩は寝られないだろう。試合の1ポイント1ポイントが一晩中、いや何日間も頭の中を4Kレベルの映像で繰り返されるだろうから。そしてスクールのレッスンに戻れば子供たちから「ロジャーのサーブは速かった?」「エースを取ったとき、どんな気持ち?」「ロジャーと何を話したの?」そんな質問をたくさん受け、それに答えながらきっとこう言うだろう。。。

「僕がウインブルドンでロジャーと対戦出来たんだから、みんなはきっとロジャーに勝って優勝出来るよ!ただし頑張って練習すればね!」

人生何がいつ起きても可笑しくない。むしろ何かが起こるほうが面白いし期待する。。。とは言っても私がGS大会のセンターコートに立つことは難しそうだが、私の愛弟子たちが、どんな大会でも優勝してトロフィーを高々と掲げるとき、その側に居られたらとても素敵だと思う。その日のためにも私の力を少しでも多く注ぐことに努めよう。

そうそう、今回ウイリスは1回戦を勝ち上がって賞金640万円貰えるそうですが凄いですね!
GS大会ともなると桁違い、日本のテニスの大会の優勝賞金の何倍だろう!?と少々下世話なこと考えちゃいました。

スポーツコーディネーション 2016.6.23

ウインブルドン前哨戦で芝の感触をまるで味わうが如く調整をしていたはず・・・のロジャーが若手新鋭ズベレフにファイナルを前にして土着けられたこと、ここ最近ティエムとの対戦も連敗することにも少し不安を感じさせる。。。タイトルへの1勝をことごとくジョコに阻まれ苦杯を喫することは「現王者」の鉄壁とも思える実力を認めざるをえず「元王者」が120%の力を出せるタイミングを期待する他ないが、実力を認められているとは言えアンダーランカーに負ける試合が続くことは一人のファンとしても心苦しい。
まだトップ選手ほどの圧力を感じず「恐れるものは何もない」若獅子はサービスエースを量産し、王者の動きを止めるパッシングと、一瞬にして攻守を逆転させる切り返しに拳を掲げ吠える。試合後、観客に向け優しい笑顔で声援に応えながら早々にコートを後にする「芝の王者」、間もなく主役を演ずる舞台の幕が開く。それは待ち遠しくもあるが怖ささえ・・・。

表題です。
我がコーチ人生、多いか少ないかは基準が分からないが選手として、生徒として、そして指導者として、様々な環境や経験を積み現在の指導に至ったことは右往左往した時期もあり、もちろん現在も思考錯誤しながらゴールの無い道をひたすら選手の自己実現に少しでも力添え出来るよう日々精進を心がけている。
上達に必要なことがラケットワークやフットワーク、そして戦術、ショットのパーセンテージとクオリティーであることは必須だが、これらを選手により効果的に習得させられるには「何?」が必要かを考え学習することは指導者としての本文である。論理的に理解させることであったり、精神論で意識を高めたり、練習で出来ていることが本番で出来なくなることをどうやって結果に出すか!?
半年ほど前から「スポーツコーディネーション」を学び、指導に組み込む取り組みをしているが、これはアスリートにとって必要な「7つの能力」を向上させる練習である。

①リズム・・・タイミングを合わせ体で表現。
②バランス・・姿勢を立て直す。
③識別・・・・手足や用具を視覚と連携させ精密に操作する。
④変換・・・・変化に対応して素早く動作を切り替える。
⑤連結・・・・関節や筋肉の動きをタイミングよく同調。
⑥反応・・・・合図に素早く反応。
⑦定位・・・・相手やボールなどと自分との位置関係を把握。


これらの能力を向上させる働きはレッスン上、個々のインストラクションやアドバイス、練習カリキュラムに自然と組み込まれていましたが、あえてそれぞれに特化した練習やトレーニングを実施します。実はこれらのトレーニング、とても「簡単で楽しい」、オンコートでなくても自宅で復習できることが多く、日常レベルや遊び感覚で身に着く練習方法も。目をつぶってお手玉をしたり、片足でキャッチボール、相手の目を見たまま決してボールを見ずにキャッチボール、背面キャッチ、右手(利き手)で素振りしながら左手で携帯操作、風船を麺棒でリフティング、お気に入りの曲に合わせてサーブ~レシーブ~ボレー~スマッシュのパフォーマンス、リビングをお尻歩きするのも良いフットワークに繋がります。

一般(大人)のレッスンでは少し抵抗のあるカリキュラムでもキッズやジュニアたちは喜んで。変に形や規則にとらわれてしまうと動きが硬くなり、ラケットを持たずにテニスとは別の動作に切り替えるとスムーズに出来たり。気が付けばこれらは全て「遊び」の感覚と発想。
キッズのレッスン開始時に鬼ごっこをしますが、私から逃げようとする子供たちの動きはとても器用にサイドステップやクロスステップ、バックステップを踏んでいます。言葉で言うより簡単にこなしている事実がここに。鬼ごっこをするのに逃げる方法として足を出す順番から説明する必要はありませんからね!


とあるジュニアはプライベートレッスンが始まり約半年、もともと足が速く、Gストロークは力強くなり、サーブにはまだ課題がハッキリしていて強化習得中。練習中は負けず嫌いの性格からなかなか根を上げない。足も動き私が「おっ!」と思うレベルのショットも増えてきて。ここまではいいのだが問題は実践。レッスンの後半ではミニマッチを行うがジュニア同士の対戦で勝っても負けても感情や表情に変化がなく分かりにくいタイプ。負けたときに「悔しい?」の問いかけに「別に」。。。温度が上がらないのか、それを見られるのが恥ずかしいのか?本音はいかに!?とも思えるところ。

「2連敗しても平気でいたら選手失格だよ!」

こんな言葉に少し目の色が変わった気がしたが次回のレッスンが楽しみである。

【追記】
先日、3年半ぶりに愛弟子である生徒がグループレッスンに参加してくれた。変わらぬフォームに懐かしさと嬉しさ、そして安堵が私を包んだ。「少し丁寧になったかな?」以前は夢とロマンを求めたフォアハンドのストレートが目立つプレーが印象的。バックハンドもフラット系のドライブが多かったのにスライスを丁寧に打ちミスが少なくなったのは歳のせいか技術の賜物か・・・。あいにく雨が降り出し再会に「水を差され」実践まで至らなかったが、短い時間でもコートの中で時間を共有出来たことに感謝である。次にネット越しに会えるのは・・・、3年半後であろうか。。

プライドこそ・・・   2016.6.17

今年も早いもので入梅と同時に折り返しを過ぎました。いよいよ大好きな「夏」を目前に日々の暑さ(蒸し暑さ)の中、アクセルを徐々に開きながらウォーミングアップとは言え滴る汗が肌から離れる瞬間の感覚が久しく新鮮な今日この頃。このタイミングで飲むキンキンに冷えた炭酸水はCMを見ているくらいとにかく美味い。喉から体に染み込む聖水はオーバーヒート寸前にまで燃え上がった体を冷ますと同時にこんがらがった頭の中をクリアにしてくれる。小さな喜びだが命の喜びである。

いよいよ芝の季節に入り、期待感上昇の中で錦織選手のリタイアはなんとも・・・。ウインブルドンに向けた前哨戦でもあり「調整」もあるがサーフェスの変化で踏ん張る場所が異なり体に負荷がかかり過ぎたのだろうか。日々連戦の中、調子のピークをターゲットに合わせたペースやリズムを作り上げることもプロとして必要不可欠な訳で、今回の途中棄権は賢明。
4大大会のタイトルに手が届くレベルの選手であればこそ、本番でない場所での無理は意味不~。かたやロジャーは変わらぬ美しさとパワフルなパフォーマンスが見ている私の動きを止めてしまうほど・・・まるで呪縛に捕らわれてしまったかのような。まだラウンドも早い段階だが連覇に向けて好発進のよう。彼のプレーが見られていることが至福である。

表題です。
プロフェッショナリズムを持つことは、それを極めようとする以上どんなことにも共通するだろう。選手であれコーチであれ、自我を確立し、求めることにブレがあっては道は開けず目標到達は難しくなる。日々の練習は上達や試合に勝つことが目的となるがテーマが具体的でなければならない。
どのように上手くなりたいか?誰に勝ちたいのか?それがどの程度まで近づいているのかが分かり易いほうがこれまた達成も早い。そして「自信」を持つことが最強のサプリメントである。「出来る!」や「勝てる!」と思い込む(思い込める)ことはタイプによっては簡単なことではない場合も多く、目標到達をイメージし過ぎるのも現状とのギャップから実感が分かりづらく繋がらない。最終的なゴールまでを細分化し、目先の現実的なゴールを通過点に置くほうがいいこともよくある。なかなか結果が出ないことは「モチベーションの維持」に少しずつジャブを食らいながら、徐々に体力を奪われ気がつけば目はうつろ、右往左往と路頭を迷う結果に。理想はインターバルをあまり開けずに些細なことや小さなことでも結果を出していくことで意欲を無くさないこと。10本打って1本の結果を出し続け、そして徐々にそれが増えていけばなお良い。例え格下との対戦でも(特別な理由がない場合)勝利を出し、勝つことを実感すること。特に試合は「負け癖」をつけないことはメンタルトレーニングにとても必要な要素。

「自信」とは自分を信じること

自分を信じることが出来ず、自分を味方に付けられなければ本当の敵である相手に勝つことなど到底厳しいこと。「プライド」とは自分の真の思考や姿勢であり、自らを崇拝するレベルでなければ足元から崩れ落ち形を失う。先ずは自分を信じよう。ただ、プライドの高さは人格否定の対象となる場合もあるがアスリートには必要不可欠な思考であり、それがエゴイズムとならないことは指導者として望むところである。

生徒(選手)にとっての自己実現がテクニックを身に着けたり試合に勝ったりすることであるように、指導者のそれは選手に「結果」を出させること。一般的なカリキュラムやインストラクションだけで結果に繋がることは少なく、それをベースにして如何に一人一人に合う内容をチョイスしカスタマイズするか。筋力を向上させることを優先する場合、思考や意識改革を推奨する場合など選手によって練習内容や時間は多種多様であって当然。幸いにも私のレッスン環境は自己実現と言う目標を明確に持った生徒がほとんど、やり易くやり甲斐を増幅させてくれる。

あらたな生徒との出会いはいつも心踊る。駅前に店を構える訳でもなく、さわやかな笑顔でお迎え出来る訳でもなく、決して使い勝手の良い環境ではない自身のレッスンにて希望される曜日・時間にお応えできずベンディング状態の方々には大変申し訳なく一日でも早くお会いしテニスの話をお聞きしたい。微力ながら私の出来ることで技術向上や結果を出せることはまだまだ多いよう。私自身の「結果」を出せるよう日々精進の所存である。

泣く子は育つ       2016.6.9

ジョコの生涯グランドスラム達成の偉業、歴史的瞬間で幕を閉じた今年のローランギャロスでしたが7年前にロジャーが全仏を制し同じく生涯グランドスラムを達成したこと、共に世界№1の選手でさえレッドクレーの頂点に立つことがどのタイトル奪取よりも難題であることの理由は言わずもがな、そこに「クレーキング」の大きな壁が常に立ちはだかり、例えファイナリストの場に立てても「あと1勝」を決して許さぬクレーの絶対王者「ラファエル・ナダル」が待ち構える頂上で毎回のように彼らの進撃を阻むことが必然とも思えるほどの強さ。
それゆえロジャー、ノバクの全仏優勝は「キング不在」のタイミング。クレーの門番はベスト4に居ない。対戦せずに頂点に立つことが出来たのは共に伏兵が王者に土を着けさせたから。どんな勝ち方でも優勝は優勝であり結果として記録に残り偉業達成は成立する。例え不戦勝でも勝ちは勝ちであるように。
しかし世界の頂点に立ち、テニスを極め続けている選手たちにとって「勝ち方」はどうでも良いのであろうか?ロジャーの優勝は、むしろラファの記録的なクレーでの連勝を止めたソダーリングに注目が集まり、ノバクは昨年の不調から調子を取り戻しつつのタイミングだったラファであるがゆえ。やはり「絶対王者」に勝ち優勝することを望んでいたのであろうか・・・本音を聞きたい。
7年前、ロジャーが全仏を制する直前に「引退説」「世代交代」などが囁かれたが、彼は現在でも現役でありGSタイトルを照準に合わせたレベルのプレーを続けている。故障やアクシデントが続き欠場もあるが、芝は彼のパフォーマンスとテクニックをより輝かせ際立たせる場である。白装束にナイキを纏った「芝の王者」が間もなく私たちの前で華麗に舞う姿を待とう。

表題です。
テニスに限ったことではないが「本気」で取り組む選手は感情的になり「涙」を流すことも珍しくない。これはキッズ・ジュニアに限ったことでもない。「涙」にはその種類や性質があり、ここで言う涙は悲しいときに流す涙よりも「悔し涙」。当然、自己実現の結果ではなく失敗や敗退など不振によるところから感極まった感情。しかしこの涙、とても素晴らしい表現であり分かりやすい。卓球の福原愛ちゃん、子供のときにはラケット振り回しながらぐちゃぐちゃな顔してよく泣いていました。よほど悔しいのでしょう。その涙の理由には勝てる自信があったり、逆に自身の不甲斐なさだったり。意識の高さや目標の明確さがハッキリしていないと望まぬ結果に対して感情が込み上げることはなく、涙が流れて泣くことが感情の最終形とも考えられる。
「本気」でテニスに取り組み「プロになりたい」と言ってほぼ毎日レッスンを受ける生徒の中に毎日のように「涙」を流す小学生の選手がいました。選手育成クラスに在籍し、練習量、試合出場は一人前にこなし練習相手もほとんどが自分より年上の選手かコーチ。ラリーをしては泣き、サーブ練習をしては泣き、もちろん試合をして負ければ鼻水垂らし嗚咽を吐きながら大泣き。挙句の果てには何にもしてないのに泣き出したので聞いてみると以前の大会で負けたことを思い出したら悔しくて泣けてきたと。。。きつく厳しい練習は当たり前の環境で、正直器用なタイプではなかったものの、その分人より練習量を多くすることの教えで必死にしがみつく努力派。テニスを始めて2年を過ぎたころに名立たる大会で初優勝。ここでも表彰状片手に大泣きしていましたが、これはきっと「嬉し涙」。これをきっかけに泣く機会は少なくなって来たのは自信がついた証拠だが、やはり試合の後はほとんど泣いてることが当たり前(負けてるってこと)。
彼女が中学生になる頃、取引先からの撤退で離れ離れになったがどうしているのだろう。
しばらくは大会のドロー表で彼女の名前を見つけることも出来たがやがて見当たらなく。。。
結果的には「プロになりたい!」と言う「思い」で終わってしまったようだが、そこに向かった気持ちと行動は紛れもなく「本気」であり、プロになる選手たちと同じものに至っていたと思う。

「血と汗と涙」

流したくて流れたものではないと思うが、流れた分自分が「強く」なれたことは間違いない。
泣けば良いというのではないが、その涙を信じている。そしてその涙に裏切られたことはない。
人と同じことをしていて人より高く大きく成長できるとしたら、それは才能や特別な力が働いているのだろう。高いところに居る人のほとんどは人より多く動いている。それが結果に出なくとも得るものは必ずある。

【追記】
先日、上手い具合にタイミングが合い休日が取れました。昨年に続き湘南・鎌倉に三人でドライブ。今年こそは塁をドックカフェに!結果は彼、馴れない場所と人の気配に落ち着かず。。。注文したメキシカン・タコスとアサリのパスタ、超美味しかったものを大急ぎにアイスコーヒーで掻き込み店から退散。外に出たら尻尾が上がってご機嫌のよう。その後鎌倉を散策、上品で素敵な街並みと趣きあるお店を堪能して。海岸線走りながら思うのは「至福の時間だな。塁は楽しめたかな?」。見れば窓から顔を出して海岸線を見ているよう。次はいつ来よう?夏になる前にまた来よう!

柳に風             2016.6.3

今年の全仏オープンは男女共にトップ選手の不出場が目立ち、デフォルトや試合途中リタイアなど不本意な状況が多く、ご覧の方にはお分かりですが雨での中断が出場選手全ての試合で発生するほどの雨天続き。これには選手からの苦言も多くて当たり前。もともと雨の多い時期に開催しているのだから、きっと近年中には屋根が着くことでしょう。
錦織選手の敗退は「もったいない」と本人も言っていますが、天敵ガスケにも2週連続の勝利で観る側も軽視していたファンも多かったと。ガスケ19本に対して47本ものアンフォースッドエラー。結果論だが錦織選手にはミスが多く負ける試合がまだまだ目立つことがトップ4との違いであり、ATP1000やGS大会での優勝(連勝)には磐石な体勢で勝ち上がることが必要であり格下には安定した勝利が必須、そう考えると現状の錦織選手にジョコやマレーのように「安定」したものはまだ身に付いていないのかもしれない。下馬評では「錦織優勝の可能性70%」ともとある紙面に書いてありましたがなんとも・・・。それでも本人は既に芝のコートに意識が行っていますからそこはさすがにプロフェッショナリズムです。

表題です。
選手が上達する過程で優先的に必要となるのが「ショットの安定」、もちろん選手レベルによりますが上記錦織選手に関するデーターにも記したように負ける試合の要因が「ミス」による失点の積み重ね、言ってみれば相手のショットやプレーがどうのこうのの前に、自分の打つショットを磨き、安定→強化に意識と練習テーマを置くことが必要な選手(生徒)が多い。しかもそれに気が付いた選手が伸びていることも紛れもない事実。
自身、シンプルなことが好きなタイプもありベーシックを大切にし先ずはそこから。

例えば、サーブ(ネットダッシュ)→1stボレー(丁寧に深く)→2ndボレー(壁を作って深く)→3rdボレー(アングル)orスマッシュ(センター、ストレートに叩く)

こんな流れのプレー、いわば「王道」のパターンを考えたときに特に困窮な状況下でのシチュエーションでもないがこの流れの中でいかにショットが安定しているかは、当たり前のことに思えるがなかなかどうして・・・。シンプルなことを普通にこなすこと、しかも安定して。簡単なことに思えるがこれまた「難しい」とお嘆きな貴兄も多いかと。地道な継続と努力が必要。そして「難しい」からこそ意味や価値があるのです。やるべきことはさして難しいことではなく地味な練習をしばらく続ける覚悟と勇気、忍耐も必要。
そして、この「王道」がほぼほぼ安定してきた時に見えるもの、思うこと、感じることが実はその選手にとって「本当のテーマ」であり「伸びしろ」、ここからが自身にあったさらなる進化のスタートと考え「オリジナル」なスタイルを作り上げて行きます。

とある生徒(選手)は私との出会いの段階で、キャリアは長く試合経験(出場)も豊富であったがプレー全体が攻撃的で「強い」雰囲気。ラリーや実践でもパワーショットが多く、いやほとんどのショットが「強過ぎ」の印象でした。当然のようにミスが多く自滅のタイプ。もちろん上手く打てたときはとてもスタイリッシュでシャープなプレーです。要は「使い方」、いいモノを持っている選手であることは間違いないのですがその確率では「完成」にほど遠く、場合によってはペアリングが成立しないばかりか怪我にも繋がる気配。頑なにヤリ通すスタンスでもないので改良に入りました。そして先ずは「王道」。
力を抜きペースを落として安定域の確保から。それでもなかなか安定したプレーには時間がかかり、ミスを繰り返す自分にイライラ、打てないことにストレスも増しますがここはしばらく辛抱、忍耐、我慢。まだ未完成、練習途中ですが3回連続でプレーが成功すればgood、自信が着きます。それを3セット連続で成功すればcongratulation、確信が得られます。ここまでくればあとは自分らしさを組み込み「オリジナル」がさらに際立つスタイルのカリキュラムに。センターをぶち抜くショット、スピンロブ、ドライブボレーなどなど。まだ生みの苦しみの最中ですが意志の固いタイプなのできっと「完成」に近づくことでしょう。

強いショットを受けるには力が入ってしまいますが、これを「受け流す」プレーが必要です。
「守る」テニスが安定することは実は「攻撃する」ことに匹敵する場合もあるのです。

相手が強ければ「攻撃」しなければ勝てない
相手が弱ければ「守り」きれないと勝てない


「勝ちたい」気持ちだけでは勝てません。勝てることをしなければ「勝てない」のです。
我が愛する生徒たちの戦いは今日も続き、勝つ喜びのために真剣な眼差しは今日も輝いています。

【追記】
アマゾンのCM、赤ちゃんに拒否されたゴールデンの心境を痛いくらいに実感し何度見ても瞼に涙が溜まる。BGMがまた雰囲気を作ってる。

記憶                  2016.5.26

2016全仏オープン ロジャー欠場の悲報は心を打たれましたが、体調が完全ではない状況では賢明な判断と。彼には少しでも選手生命を延ばしてもらい、一瞬でも長くコートに立つ「mr.elegance」を一人でも多くのテニスファン、特にまだ彼のコートを舞う美しさをあまり知らないキッズやジュニアたちの目に焼き付けてほしい。きっと、ウインブルドンの最終日には真っ白なウエアを纏った「元王者」が芝の上で跪き両手で天を仰ぐ姿と共に、昨年からその瞬間に開けようと用意したドンペリを味わえる喜びに浸っていることでしょう。
奈良ちゃん頑張ってますね!彼女のことはあまり詳しくないが、ここ最近スランプから脱し自分を取り戻したと聞きました。あんなに「小さい」選手がコートを小動物かのごとく走り回り、体全体を駆使して凄いボール打ってる姿はシャラポワがエースを決める様より美しく見えたり「華麗なるギャップ」、小さいけど強い・・・、フルチューンしたミニクーパー。

表題です。
今回はテニスに関するお話ではなく、自身が以前に感動レベルの思い出エピソードを。
今から26~7年前、時はバブルの時代、松任谷由美の曲が若者たちの車ではステータスだった頃、もれることなく私も「スキー天国へ~」など口ずさみながら仲間たちとゲレンデに繰り出したものです。私、テニスは好きが過ぎて仕事になりましたがもともとからの性格がパラノイア思考、ハマると一つのことに拘る性分。その中でスキーは当時冬になると知り合いの経営する白馬岩岳のロッジに住み込みで、寝ても覚めても登っては滑る、登っては滑る、ガスって視界1mホワイトアウトの日も、吹雪いて滑走不可の日でも、リフトの上で「スキー天国へ~」。
ライセンスに「クラウン」と「テクニカル」なるものがありますが、目指すも1級止まり。これは悔いの残る結果だが実力と踏まえ致仕方ない。。。

自身の自慢話(?)はこのくらいにして、こんな時期に仲間内10人くらいで行ったとある軽井沢旅行、昼間はゲレンデで食事を取る時間も惜しんで、身長くらいのコブに弾かれそうになりながらも斜面を攻める快感に浸り、リフトから眼下の「下手糞たち」を鼻で笑った自分を今は懐かしむ。夕食はワイワイやりながら騒ぐが迷惑をかけるほどの悪態には及ばず可愛い程度。
誰が言い出すわけでもなく食後は決まって中軽井沢に繰り出すが、なぜかうまい具合に下戸が一人二人は居るもので運転手には困らないものである。ぶら~っと歩いてふと見つけた味のある看板の珈琲屋さん「茜屋珈琲店」。後に知ったが珈琲有識者には有名所であった。
店内は差ほど広くはないが木彫の落ち着いた作りと、静かな薄暗い雰囲気は癒される空間である。
珈琲を飲みに来るには大所帯の人数、カウンターの中から小奇麗に手入れした短髪で品のある優しそうな笑顔の店員(店主だろう)はポットの湯をドリップに注ぎながら女の子に「奥の大テーブルにご案内して」と小さな声で彼女を水に言う。高価そうな生地のボタンダウンシャツとリブ編みのニットが似合っている。この店の特徴は注文が入ってから一杯ずつドリップするいわゆる珈琲専門店。店内に紅茶を飲みに来る客は居ないようだがメニューに載っているのは店主の配慮だろう。そしてもう一つの特徴がカップとソーサー同じものが二つと無く、注文が入ると店主がお客の顔や雰囲気で合うものをチョイスすると言う。よって出てきたカップが店主のイメージした「私」なのだろう。淡色や濃色、背の高さや形もまちまちだがセンスのいい陶磁器ばかりである。人数も多かったので店主自ら珈琲を運び、それぞれの前に配膳しながらカップに関する拘りを話し始めた。。。

「珈琲が好きで人と話すことが好き」

それで始めた商売だと言う。これには私も共感。珈琲好きで人と話すことが大好きである。
そして「テニスが好きで人と話すことが好き」な私がテニスコーチを職業に選んだことと同じなのだろう。共に「好き」が過ぎて仕事になったのならばこれまた人生幸せなことと。

かれこれ随分年月が経ち、仕事やスケジュールなどの環境からゲレンデにでかけることもなくなったが、ある年の冬に軽井沢に小旅行。過去の思い出を頭に映し出しながら、巡った場所にあらためて足を運べば何故か懐かしさと新鮮な気分に浸れたことに旅の喜びを味わう。
「まだ在るかな・・・」
店が無かった時に一瞬でも寂しさを感じることの怖さを考えたが、ここまで来て訪れないわけがなく中軽井沢の奥地へ。目立たない場所だが「茜屋珈琲店」の文字は以前と変わらぬ看板で。入り口を入れば、少し時間の経過を思わせる髪の毛の色だが、これまた以前と変わらぬ「品のある」様相は時間の経過を忘れさせてくれる嬉しさでもあった。
「ひょっとして前回と同じカップで珈琲が出てくるのかな?」そんな期待交じりの疑問は癒しを増幅させてくれるが珈琲を注文してさていかに。待つ時間も楽しいお茶の時間である。
店内に客数も少なかったので程なく珈琲が運ばれたが、来たのは店主。カップを置きながら

「20年ほど前でしたでしょうか・・・」

びっくりであった。「憶えてらしたんですか?」に「印象がありまして」と。。。
聞けば、もちろん全ての客の顔を憶えるほど聖徳太子並みの能力はないが、それでも長く強く頭に残る「顔と雰囲気」があるとのこと、入り口を入られた瞬間に記憶が蘇った、しかも鮮明に、それが私だったようです。もともとこんな「濃い顔」であることは幾度と評価されてきた人生だが、たった一度訪れ珈琲を一杯飲んだ時間に居ただけの客の「記憶」が20年以上時間が経っても残っている・・・、嬉しいものである。感無量である。

人は時間が経った相手に「憶えていますか?」と聞くことがありますが、忘れられてしまっても仕方のない距離と時間を越えて記憶に留まること、私のレッスンもそうでありたい。生徒との師弟関係が終わり、長い時間が経ったときに「印象」として名前と顔、そしてレッスンを憶えていられる仕事をしなければ「自分」ではないのではなかろうか。厳しいことでも、優しいことでも、何よりも生徒の「上達」を課題としそれを求める心に応えたい。出来ることは何でも惜しまず力になることが私のポリシーであり、それが仕事でありたい。

ちなみにその時に出てきたカップは以前のものとは違っていたような・・・。そのことを店主に言うと「時間が経ちましたから、お客様の印象も大人び深くなりまして」と。悪くない返しだった。

【追記】
フルチューンしたミニクーパー並みの奈良ちゃんはバカボンのお巡りさん並みに足を動かしてて凄いけど、我が愛妻の美貴さんは奈良ちゃんより小さいけど凄いんです!こんなわがままでテニス優先で濃い顔の私をいつも支えてくれているのだから。誠心誠意でありがとう。
 

 

リアリティー          2016.5.19

ローマの暑い一日
マドリッドからローマに続いた道は、また一つ「頂」に近づいた勇姿が王者を苦しめ「あと一歩」に迫る躍進はパリでの興奮を期待させてくれる序章なのだろうか・・・。
ファイナルセット0-3、やはり今対戦も惜敗が頭を過ぎる中からの追撃は王者を捕らえ錦織のほぼ完璧なまでのショットとプレーが続いた。3-3に追いつき流れは完全に錦織にあった。6-6タイブレークでは何が起きても不思議ではない、たとえ王者でも「1Pの差」で勝敗が決まる。そんな場面で犯した錦織のダブルフォルト、続いてセカンドサーブのレシーブミス。。。
試合後のそれぞれのコメント・・・
ジョコ:「1Pが致命的になる。今、このポイントだけに集中する」
錦織 :「勝ちを意識したら固くなってミスが

トップ選手同士の対戦で簡単に勝てる試合などそうそうにない。熱戦の結果、トータル取得ポイント差が1~2ポイントで決着する試合が多い。ゆえに「1P
」のミスが命取りであり、あの場面でセカンドサーブがネットにかかった瞬間、観ている私の顔がパッと熱くなったことを覚える。
錦織はマドリッドで過去の対戦の中で一番の手応えを感じ、次回対戦のタクティクスまでイメージ出来たと言いそれを翌週に実践できる形となり、結果は負けたもののさらに前進出来た実感を得たと言う。

パリでは何かが起こるかもしれない・・・。

ジョコの中に錦織に対する警戒がさらに上がった対戦であったことは観ている側にさえ分かる接戦だった。来週、また寝不足の日々が続くがこれも一興である。

表題です。
小学生選手のレッスン。みんなテニスが大好きで、試合に勝ちたい気持ちが強い子ばかりです。日々の練習では鋭い眼差しでボールを捕らえ、力強くラケットを振り切ります。それぞれのタイプが様々であることは然り、具体的な結果に繋がるタイプとなかなか結果が出せないタイプ、勝つことの嬉しさはあるものの負ける「悔しさ」が強い子のほうが直ぐに結果が好転して来ます。やはり負けて得たことにも大きなエネルギーがあるのです。せっかく負けたのですからガソリンをチャージしておきましょう。
そして結果に繋がる子供は「イメージが鮮明」に出来ること。例えばフォアハンドのサーキュラーを振り方や成果、必要性、どんな選手が打つかなどを低学年の子供に出来るだけイメージしやすいようにインストラクションすると、目を丸く大きくして聞いている子、こんな子は私の言葉の節々で「頷く」回数がメチャクチャ多く、これは分かりやすいくらい少しの練習で形が身に付きます。本人がそれに魅力を感じヨダレを流すくらいにこれを求めている感じがします。方やなんとなく聞いている子、きっと頭の中では「自分に出来るかな~、出来たらいいな」くらい。これでは弱い。本気で求めているかが肝心です。そして自身が出来るようになったパフォーマンスをリアルにイメージすること。。。

テイクバック(横向き)→フォアードスイングのラケットの重み→インパクトの衝撃→押し出す(擦り上げる)力→振りぬく快感→飛んでいくボールの軌道→相手コートに落ちるボール→脱力→笑顔・・・
出来ればその場の天気や気温、空気、何かの匂い、もちろん相手の顔やボールを追う姿なんかも出来るだけ具体的にして頭の中のビジョンに映し出すこと。
パフォーマンスのイメージとは、出来ることはしやすく、出来ないことはしにくいと思いがちですが出来ないことだからこそ先ず頭の中で勝手に自由にバーチャルに作り上げることが脳に特別な刺激を与え、事によっては脳が「出来ること」と判断して信号(指令)を送り出します。「思い込み」を良いように活用するするのですね。メンタルトレーニングの一環でもありますが、フットワークやラケットワークだけの練習ではタフな選手には育ちません。実践とは自身の持っている力をどこまで出せるか!?それは脳や精神的なテーマが大きく課せられることを子供のうちから選手用に育むことが大切な課題です。

時々親がテニスの実践的な指導をする光景をみます。レッスン直後などにミスの指摘や叱責を強くしたり。微笑ましい範囲ならば何も問題はないと考えられますが「第二のコーチ」になってしまうことはあまり望ましくない場合があり、結果的に「失敗」が多いです。子供は親を見ていますから、親がしていないこと、出来ないことの認識は小学生に上がったくらいに分別しています。コーチ並みやそれ以上の高圧な言葉は控えめに。それよりも挨拶や礼儀など子供がテニスコート以外で胸を張れる人間形成の教育をしっかりお願いします。

小学1年生の男子、先日もレッドボールの試合で優勝(4回目?)を果たし、お母さんのスマホから報告メールが来ました。私、中学生選手の試合帯同でうっかりしていて思わず電話をかけて「おめでとう!」。彼、とても私の話をよく聞き、よく質問をします。一度話した言葉を直ぐに覚えることには感心しています。だからこそより精度の高いイメージが出来るのでしょう。
レッスンでご褒美にリクエストのお煎餅あげたらニコニコでした。次のご褒美は何にしようかな~!?

「食材」の把握     2016.5.13

日々、熱戦が繰り広げられるクレーコートシーズンもいよいよ最終戦であり頂点、全仏オープンが目前となりました。ローマ大会で昨日、ロジャーはティームにまさかのストレート負けを喫しましたが観ていて感じたことはなぜかロジャーのプレーに余裕があったこと。まるで練習デモしているようで、ラリーでも早い段階でドロップを打ったり、極端なほどベースラインから下がったプレー、と思いきやSABR仕様のポジションを取ったり、しかも展開が慌しいほど早い。まるで変調が極端なAIKOの曲のようで、試しているかのようにも感じました。「仕掛ける」シーンが早く多いのは「先」を見据えたプレーなのでしょう。
ティームも自身、推しの選手なので今回2度目の対戦は前回以上の出来栄えを期待していましたが予想外の展開と結果。ロジャーが早い段階で敗退するパターンは自身のエラーが頻発するケースが多い。当然のことだが彼の試合を観る回数が少なくなることが残念であるが、今大会での「実績」がローランギャロスで功を成すことを期待しよう。
ラファもかなりピーク時に戻りつつあり、ノバクは相変わらずの磐石なプレーで順当に上がっている。マレーも安定した強さはトップグループに相応しい実力者になった。錦織は苦手なガスケに2週続けて勝利したことが大きな自信に繋がり、ロジャーを破ったティームと準決勝をかけ対峙するが注目の大一番である。

表題です。
人には得意なことや苦手なことがあって然り。テニスにおいて苦手や可能性の低いことを強いられることほど「勝ちにくい」ことはなく、これら「苦手克服」はレベルアップの課題となり日々の練習テーマの優先順位である方も多いと。確かに苦手なことが少しでも巧くこなせるようになることで精神的な開放がプレーを前向きにし、積極性が強くなれることでしょう。
しかし苦手なことにばかりに意識を取られてしまうと、本来自身が持っている得意な部分が陰に隠れてしまい「らしさ」のない、可能性が低いプレー(ショット)が目立つ試合内容になったりしてませんか?以前にも触れたことに、強い選手は自分の好きで得意なプレー(ショット)を何時、どのように展開しようかと考えてプレーしますが、弱い選手は自身のウィークポイントばかりを気にしながら相手のボールを待っています。バックハンドが苦手ならばフォアハンドを優先したプレー、ベースラインに弱点があれば積極的にネットを取る、ボレーが好きでスマッシュが苦手ならばあえて詰め過ぎず・・・。自分の持っている「食材」を活かして、いかにより美味しい料理が作れるかが、自身の中でより良いテニスをすることの「近道」であること。

先ずは食材を「把握」しましょう。

これはオンコートではなくてもいいので少し考えてみてください。出来ればノートを開いてペンを持ち、頭の中で冷蔵庫の扉を開いてください。書き出すことで実感が沸きます。得意でなくても「好き」なレベルでもいいでしょう。好きこそものの何とやら、得意や好きなことをさらにクオリティーを引き上げて行きましょう。そしてそれを自身のテニススタイルの「軸」とし、攻撃のスタートやきっかけに。一度や二度の失敗は気にしません、三度や四度の失敗も経験値が身に付きさらなる上達へ繋がりますから気にしません。
この食材探し、実は私の経験上で案外自分では気がつかないで忘れてしまっていることも多いということ。苦手なことばかりの心配が頭を支配しているとコチコチに凝り固まってしまい、冷蔵庫の奥のほうに上等なお肉が残っていたりしませんか?そんなときは過去の経験を思い出してみると気がついたり出来ます。あの時に打ったショットは会心の一撃だったとか、踏み込んで打ったら上手く打てたとか。。。苦手なことをどうやってこなそうかと考えているときはこんなことを考える余裕ってありませんよね!そんなことの手助けをするのが私たちコーチの「仕事」と考え、「探す」ことにいつも目をギラギラ(笑)させています。客観的に見るからこそ気付けたり、もっと美味しい料理の「組み合わせ」を提案出来たりします。難しい、新しいことを始めることも必要な場合もありますが、考え方を変えだけで好転することもよくありますから。大切なことの一つは「観点」です。

テニスは競技ですから「勝つ」ことが結果であり、選手は皆それを求めています。しかし勝つことに必要な「自信を持つ」ことはとても大切なことでありますが簡単なことではありません。たとえ負けても手応えを覚え、上達を実感出来たとすれば次に繋がる大きな大きな収穫であること。

先日、愛犬と散歩中に彼が私を見上げてじっと顔を見つめていました。可愛いやつです。時々こんなことありますが、きっと何か言いたいのでしょう。よく思います、会話が出来たらいいのになって。。。

目的って何?       2016.5.6

マドリッド・オープン、錦織選手の辛勝ながらの連戦、観ている私たちの心臓をギュッと締め付けるようなポイントの中、踏ん張ってくれてます。天敵ガスケにも、やっと、やっと勝ちましたがアスリートとしてこの一勝は大きな大きな、飛躍する一勝でしょう。
頂点までにはノバクとラファが鉄壁を築き彼を待ちうけまさに頂上対決。その壁を越えなければトップ4の座に着けることは出来ない。実力に「大きな差」がないように思える。もう少し、あとちょっと、そんな対戦が目立つがその少しの差を越えることが世界レベルでは大きな難題なのであろう。
背中を痛め欠場したロジャーの状態が気になるが、本人はローランギャロスを前に万全をきすためにも無理はしたくないとのこと。昨年はこの時期、連戦華麗な勇士を見られたが今年はインターバルが多いが肉体的にも賢明な判断、体調と大会を選んでターゲットを絞ることもプロであるが故良いプレーをすることに必要と。彼の「パーフェクト」なプレーを見られる日を待とう。

表題です。
レッスンを受ける生徒の皆さんには様々な目的を持たれていることについて。馴れ合いのコーチ仲間と語り合う中、私たちコーチが若かりし頃テニスに対して情熱を持ち「上手くなりたい」「強くなりたい」「試合に勝ちたい」と切に願い求め、知識をご教授いただきたく、鍛錬のため厳しい練習を自ら求め訪れたのがテニススクールであったのが、現在では来場目的がいくつかの「タイプ」に分かれていることの実態、現状を以下のように考えてみました。

①自己実現型・・・中級~上級。言わずと目的が習得・強化・達成と競技としての目標設定が具体的に定まっている。フィジカル、メンタル共に負荷に耐える覚悟がある。叩かれ、振り回され、満身創痍で終わるが自分に厳しく礼儀正しい。レッスンの帰りにコンビニでお弁当意を買い自宅で取るタイプ。達成率76%。
②健康志向型・・・レベルは初心者~初中級が多い。技術習得や肉体的改造は二の次三の次だが、テニスを通して代謝向上やストレス発散を促すため。きつい練習はあまり好まず適度な運動量、笑顔でいられる空気を好む。クラスの対人関係を積極的に作るタイプではない。レッスン後はお洒落なカフェでフラペチーノなどを一人オープンテラスでいただくタイプ。達成率18%。
③コミュニケーション型・・・初中級~中級(レベルは変わらず相当長い)目的は②のタイプに類似するが、知人・友人と共に受講し和気藹々と楽しめる環境を望んでいる。待ち時間などに私語が多く、コーチの話はあまり聞いていないがそれが情報交換の場になっていることもレッスンの意味と捉えている。コーチから厳しく言われると、愚痴を言い合い慰め合うことも重要な環境である。レッスン後は決まってファミレスに繰り出し、ランチとフリードリンクが欠かせず店内で一際笑い声が大きい。達成率13%。
④自己陶酔型・・・中上級相当の男子に多く見受けられる。そこそこ巧いレベル。適当にほとんどのショットが打てるのだが「強打」をテニスのロマンと履き違えている場合があり、相手が非力な女性や年配者でも容赦なく打ち込むがあまり入らないがそんなスタイルのプレーに酔う自分を知っている。クラスでは孤立している空気を出している。コーチが話しているときにガットをいじっていることが多い。レッスン後は行きつけの居酒屋に顔を出し小一時間ほどで帰宅する。達成率4%。

グループレッスンは上記のような様々なニーズに応えることが必要であるが故、結果的に平均的なカリキュラムやレッスンの空気を作ることになり、指導本来の目的(自己実現)の色は薄くなってしまいます。私のレッスンは自己実現を目指し、目的を明確に持ちそれに必要な知識や練習を求めている生徒がほとんどのため私も力の入れる場所が「一点」であることは幸いです。求めていれば情報や感覚は染みこんで行き目標達成も具体的に実現する。違う言い方をすれば②~④タイプの方はいない・・・、いや極々一部しか。

定員が10名以上のクラスでは生徒個々に当てられる時間はせいぜい3~5分/1人。その他の時間はローテーションの中、生徒同士がラリーやボレーボレーに当てはめることが多い練習内容。
僅かな時間で受けたアドバイスをその他のローテーションで自習しましょうって感じ。
各テニススクールやコーチにそれぞれの方針や指導論があって当然である。カラーがあるからこそニーズが選び自分にあったレッスンやコーチを決めればいいのである。

私がレッスンで常に心がけていることは・・・

「十分な環境は作れているだろうか?」

例え、自己採点の結果が及第点であっても「もっと何か?」を考え模索しないと成長はないと思う。指導とは無形であり決まりごとやルールも無い。自由であるが故ゴールもない・・・はず。自分を信じ、自分を頼り、そして自分に応えてくれる生徒のためにも進化のために日々精進である。他のコーチのレッスンを垣間見て学ぶ点がある。自身のレッスンに活かすこともある。自分のレッスンもそうでありたいと思うがどうであろう。

追記
先日、最愛の妻と久しぶりに二人だけのテニスをしたが、やはりいいものである。
彼女、あまり体力はないが暑い中頑張っていた。ゲームをすれば私から2ゲームも取ったのである。彼女いわく・・・「コーチからポイント取れるとチョー嬉しい!」と。とても素直な気持ちなのだろう。多忙ではあるが、また近いうちに対戦したくなった。
今日は4回目の結婚記念日である。彼女の好きなケーキを買って帰ろう。

期待・・・以上     2016.4.28

先日のバルセロナオープン男子決勝、ナダルVS錦織6-3、7-5で「元クレーキング」が3連覇を阻み2週連続で赤土から両手を天に仰ぐ姿で幕を閉じました・・・が、私の勝手な観点から評価すると前週のモンテカルロ決勝、対モンフィス戦のラファに歓喜しキングの再臨を感じた矢先であるが、これに比べるとなんとも危うく怪しい、見ていてため息の多い試合だったと。。。
この試合で 錦織は40本近くミスを犯し、うち半分以上は「アンフォースットエラー(凡ミス)」であったにも関わらずこの数字は単純な解釈をすると約10ゲームを相手のミスで獲得したことと考えることが出来、ラファは2セットの取得ゲーム数が13ゲーム、短絡的ではあるが自身で勝ち取ったゲームは3ゲーム程度。もちろん錦織も奮闘の末の結果であるが、この内容で次週よりスタートするローランギャロスはいかがなものか・・・。
期待は大きい。再び彼がパリで頂点に立つことをロジャーファンの私まで期待している。
クレーシーズン中、話題はラファ中心になってしまうがロジャーの試合はどんなサーフェスでも美しく華麗であり、18度目のGSタイトルが現実味を帯びたゲームが多い。きっともう直ぐであろう。

表題です。
レッスンで生徒(選手)に「課題」を出すことを心がけている。その生徒が出来ることと判断したことであり無理難題は求めていない。素振り、ロードワーク、トレーニング(イメージ含む)などがほとんどで単調かつ稼働時間や運動量も素振りで数分~10分程度、ロードワークは2~3キロではあるが、その課題を自主的にこなしているかがとても重要で「いやいや」では成果があまり期待できないのである。

中学生女子、週1(約)のプライベート、バックハンドは両手打ちのためスイングにも勢いがありボールへの力の伝え方が上手く器用にこなせているが、フォアハンドは片手に力が入りきらない。根本的な問題ではあるが筋力が足らないのである。年齢や肉体的に過ぎた筋トレには抵抗もあり、シンプルではあるが「素振り」を定期的に行うことを推奨した結果、1週間でその成果が出たことには私自身も目が大きく大きく期待以上。ラケットにビニール袋を被せ、空気抵抗を大きくし負担をかけて筋力向上を計る目的で、私の予想および期待する成果は1ヵ月後くらいに。先週のレッスンで筋力強化の必要性と課題を話し、母親にも後ろ盾になるよう少々ハッパをかけ見守ってもらうことはとても大切なこと。厳しいばかりが必ずしも結果に繋がるわけではなく、その日その時の体調や気分に合わせモチベーションを維持向上させることに「いい塩梅」をコントロールすることは家族でなければ不可能に近い。
誰に対しても同じことだが、毎日のように共にコートに出て練習出来ればそれに越したことはないのだろうが、現実的に考えて家族でない私では週に何度かのレッスンが限界であり、またその限られた時間の中だけでは十分で完璧な指導は難しい。だからこそ「課題」として自分で出来ることは自主的にこなすこと。

「行動は言葉より力になる」

今回のトレーニングが「自主的」であったかどうかは分からないが結果としてスイングスピードとボールの力強さの変化はハッキリ分かるほどの成果だった。彼女たち、部活に所属してはいるものの、その練習時間や内容だけではなかなか上達は難しい環境に。人一倍「負けず嫌い」な性格からメンタルの強さは私にも伝わっているが、これは自己実現に大きな土台となる。約2週間後にシングルスの試合がある。そこで練習の成果がどこまで出せるかは分からないが「自信」を付けるためにも「行動」が必要である。勝っても負けても負けても実績。実績を積み重ねて、初めて本当の「強さ」が身に付く。恥じることはなく、負けて悔しい思いを強く感じれば、それはまた収穫であることを伝えよう。

GWが始まるが、この期間ジュニアたちに「連休」はなく試合出場の生徒が多い。私も帯同するが楽しみである。大会前、彼らのラケットにシールを貼る。「勝つ!」「自分頑張れ!」「足動かせ!」「深呼吸!」などなど。試合中にこのシールを見る余裕があると少し楽になれるようだ。試合後は笑顔or涙!?どちらにせよもう次の試合は始まってるのだから、また一緒にに汗を流そう!

「知る」を足る     2016.4.21

モンテカルロの決勝は最後のポイントが決まり、不動だった元クレー王者が赤土のコートにひざまずき、天を仰ぐ両腕が太陽の光で黄金に輝くその姿は、長いトンネルを抜け再び頂点に戻ったことを象徴する絵で幕を閉じました。怪我の手術から始まり、復帰後の思わぬ不調から精神的なダメージが重なり、観ている側からも分かる弱弱しいスピンのかかった浅く入るボール、低い1stサーブの確率、ラインに乗らないミス・・・。伯父のトニーの限界を示唆する評価も飛び交う中、ラファ自身は「自分の問題」と言い切る。今年に入り「自信」を取り戻したキングは徐々に結果を表し今大会では「元世界№1」のバッファローがバギーホイップから繰り出す異様なまでにボールが変形するトップスピンで、相手のコート上に長い長いボールの痕を量産した。
ランキングも好調な戦績通りに上昇、ROAD TO LONDONでは錦織を抜き5位に。
無類のロジャー好きの私がラファを絶賛することに違和感もあるが、やはりロジャーがネットをはさんで対峙する「宿敵」あってこそのRFなのであり、そしてラファは何が何でも「BIG4」の一人であることがテニスの魅力であり楽しみなのである。

表題です。
私のレッスンではあえて練習の順序を逆転させることをよく用います。例えば、初心者レベルの生徒にいきなり速いサーブを打ち込み、しかもそのリターン方法は「なんとか返してみて!」程度でポイントやコツなど何もアドバイスしません。
生徒はまさに「豆鉄砲を食らった○○」状態ですが、これについて生徒により様々な解釈があり、ビビってしまい立ちすくむだけだったり、それでも戦々恐々の中なんとか返そうと手を出してみたり、もちろん奮起して歯をむき出すタイプだったり・・・。
この結果、生徒の性格や対応力が大体分かり、その後のレッスンがより有効的であり実質的なカリキュラムとアドバイスが選択できます。
そしてもう一つの理由が、テニスと言うものの本来の「姿」を知る意味がここにはあるのです。あえてテニスの最終型を教え知ることで、例えばそのボールやシーンにあったパフォーマンスを心がけることが自分なりに意識の中に定着し「時間・反応・力量」の要素が必然と課題となるスタンスが出来上がります。ラケットのテイクバックも「もっと早く!」を強調しなくても自らの意識が信号を送るようになれるのです。

レベルが上の生徒(選手)にも逆の意味で同じことが必要と考えます。
私のレッスンはプライベートでの対応がほとんどなので基本的には選手のリクエストによるテーマと、トータル(各ショットの習得・強化、実践タクティクス、メンタルトレーニング、コーディネーション)に指導するケースもあります。そこで実践的にゲーム性のクオリティーと強化を目的にレッスンを希望する生徒であっても、必要と考えれば「基本練習」に時間を多く費やすことも推奨します。もちろんほとんどの場合はそのショットの安定や強化が身に付くことにより実践でより効果的であることを理解した上での実施ではありますが、時には半強制的にレッスンのほとんどの時間を費やすことも。「もっと実践のボールが受けたい、打ちたい」と嘆く場合もありますが、試合に安定して勝つことの条件の一つに『チャンスボールを確実にポイントにする』。何でこんなボールでミスするんだろう!?と本番で嘆くことを知っていればこその価値ある練習なのです。(当然ですが、その生徒(選手)が本番で実際に凡ミスが少なければこの基本練習は選んでいないでしょう。)
上級者であっても試合の中で犯すミスを何処まで減らすことが出来るかは大きな、そして優先される課題の場合があります。派手なショットやプレーよりもシンプルに相手からの様々なボールをより確率良く思った場所に思ったボールで打てるテクニックは、たま~に入るエースよりも「上級者の証」と言うことです。

こんな練習のチョイスは生徒によっては「???」だったり、露骨に不機嫌な顔で私を見たり。それでも後々気が付くことが多いです、あの練習は大切な時間だったってことを。。。
どんなレベルでも自身のレベルと将来の可能性を「知ること」は上達に大きな拍車をかけます。「可能性は無限大」なんていいますが、う~ん・・・、微妙、人によりけり。それでもまだまだ十分伸び代は長いですから思い存分目標に向けていざ参らん。


先日、走行中に左前輪がバースト。市街地走行でよかった。もし家族3人で高速ドライブでのことだと想像したら・・・、神様のお陰かな、ありがとう。

「コーチ、優勝したよ!」  2016.4.14

ジョコ初戦敗退。
クレーシーズンに入り最初のマスターズ大会、モンテカルロオープン。クレーコートだけに、まさに王者に「土を付けた」などと世の一般的なテニスコーチたちは今日辺りのレッスンで生徒にドヤ顔しちゃってたり。
金星を上げた選手はチェコの世界ランキング55位と本戦出場に値する実力派で、ベルデイヒと共にデ杯でも活躍していました。しかし、ここで私が特筆したいことが一つ!この選手、ビジュアルに問題があると思っているのはきっと私だけではないと思います。「甘いマスク」とは到底対極にある悪役顔、しかも映画で悪党一味の三下が抗争相手に最初に切り込んで、勇んで飛び込むがコケてすぐやられちゃうレベル。。。(ノバク、この顔に負けちゃだめでしょ!)

王者、今季二敗目だが最初の敗退は目の感染症によるデフォルト。事実上、試合で負けたのは今回が最初ではありますが、鉄壁を「誰が?」崩すのかと考えればやはり、ロジャー、ラファ、マレー、ワウリンカ、そして錦織、私見ではテニス界最高のパフォーマー、モンフィス辺りに屈する姿を想像していたが・・・。

「勝つことは難しい。そして勝つ続けることは至難の業。やがて負ける日が来る。」
それでも強者はあらたな目標が生まれ立ち向かい日々精進すること、すなわち「止めなければ負けではない」

ロジャー、二ヵ月半ぶりの勇姿がレッドクレーを舞いましたが相変わらずのエレガントなプレーにはうっとりします。気のせいか体が少し大きく引き締まったように。ふくらはぎの膨らみはハードワークの結果で相当トレーニング積んでたことを伺わせます。そしてここでも特筆したいことが一つ。フォアハンドのグリップがほんの少し「厚く」なった気がするのは私だけでしょうか!?世の中のロジャーファンは星の数ほど多いと思いますが、スーパースローで写ったグリップが心なしかセミウエスタン寄りにあったような・・・。クレーコーターのスピンはその他のサーフェスに比べれば15%以上キックが強くなるので、これに合わせた「調整」なのでしょうかね?
ラファも調子いいですね。ボールの質が好調な時期に戻っています。クレーキング降臨。二人がファイナリストになることが今大会一番の楽しみです。


愛弟子の小学生「未来の巨匠」が先日試合出場し、残念ながら仕事で観戦には行かれなかったのですが、試合後、母親の携帯からメールで結果報告。


「コーチ、優勝したよ!」

この一文で彼の気持ちが100%伝わりましたが、私の喜びは彼以上だったことは間違いありません。すでに何度か優勝を経験しているレベルの選手ですが、「自信」という鎧をさらにもう一枚纏ったことでしょう。
ここまで来ることに本人がどれだけ頑張ったか?いや、本人はテニスが好きで試合が好きで、苦しんで努力してきたタイプではないでしょう。むしろ、頑張ったのはご家族の力あってこその今の結果と言えます。経済的なことは当然ですが、送迎やコートでのサポートなど、練習に必要な数々の補助を母親(父親)が動き直接手がけていることが子供にとっても「支え」であり「学び」であり、そして「感謝」の気持ちからエネルギーを貰っているのです。
親の力なくして子供は成長出来ません。良き指導者なくして飛躍出来ません。
優勝のご褒美を尋ねると、「味しらべがいい!」甘しょっぱいお煎餅が好きなのだと。
段ボール箱に詰めて届けようかと考えましたが、きっとお母さんに食べ過ぎて叱られることを想像し、一袋を送ることにしました。

彼がテニスに対して前向きであることの一つにコンチネンタルグリップでサーブを打とうと練習していること。この年齢(小学低学年)はまだまだ厚めに握ったグリップで打つことが容易なことから腕の内転(回内)を使ってサーブを打つことに足踏みする年頃なのですが、まだ上手く打てないにせよ、薄く握ってボールに回転をかけるスイングにも前向きな姿勢がハッキリと表れています。上達し、強くなる子供はスタートするタイミングが早いことは全てにおいて共通ですね。

これからも彼の周りでたくさんの愛情が彼にエネルギーを注ぎます。そのエネルギーで彼がどこまで大きな選手になるのか楽しみです。
次回彼に会うときも、きっと彼は晴れやかな笑顔で私とハイタッチすることでしょう。

笑顔の数

マイアミオープンの男子決勝、錦織選手のマスターズ初優勝はジョコの鉄壁に阻まれ惜しくも(?)達成ならず。ん~、普段は決まるポイントでミスが目立ち、連続ポイントが少ない。
決してジョコの調子が抜群であったようにも見えないが王者からのプレッシャーなのだろう。
今シーズン、ジョコの進撃は昨年から勢いを変えず結果を出していることは事実、しかし試合内容は少し変化しているように見える。落とさなかったセットダウンの試合、早いラウンドでの競った試合。。。追随する選手達が力を着けジョコ対策が功を成しているのか?それともジョコの勢いが失速して来ているのか?
突然の体調不良によりデフォルトしたロジャー。勇姿を見るのは次大会となったが、万全でコート入場する笑顔の「元王者」を待とう。
そして、いよいよクレーシーズン。「元王者」の実力に戻ってきたラファの活躍も期待したい。若手の名前が何人か筆頭に上がる中、まだまだ「BIG4」が暴れて欲しいのが本心である。

表題です。
子供は一日に300~400回笑い(笑顔)ます。もちろん特別な外的圧力を感じている環境下の子供はこの数字を大きく下回り、子供の考えを尊重し自由に言葉を出させてあげると起きている時間の大半を「笑顔」で過ごすことが自然で、笑顔で居るときは外的情報を受け入れているタイミングでもあります。

最近、小学1年生のレッスン申込を受け、新しい「課題」が始まりました。すでに3年近くのキャリアと試合経験も幾度。ボールもレッドからオレンジに変わる段階ですがラケットはしっかり振れています。フォアハンドがバックハンドに比べるとパワーがありスピン量もしっかり。サーブはグリップこそまだ厚めだがスイングはホボホボ形が出来、小さい体にも関わらずナカナカのスピード。キャリアもあって全体的にフォームが安定していますが部分的な矯正を施せば(膝の使い方、肩のポジション、多少のグリップチェンジなど)短時間で更なる上達が期待出来そうです。ラリーとゲームをすることが好きなのは直ぐに分かりましたが、これは自信がある証拠。小さいながらにもちゃんと「はい!」と大きな返事が出来る。失敗すると大きな声で「もう一回!」。突然「スライス」を打ったので習ったのか確認すると、「ドロップショットを打つとみんな取れないんだよ!」と。観察力もあり、独創性もあることに感心感心。
彼のテニスの現状を書き進めましたが、表題通りにこの子はホントに良く笑い、いつも笑顔でいる子なのです。ナイスショットを打てば拳を作り「ヨッシャー!」、ミスをすれば大きなリアクションと大きな声で「チキショー!」どちらも目が線になるほど口角を上げて笑顔なのである。体力を知りたくて左右の振り回しをやれば、50本打って額から流れる汗を拭いながらゴクゴク麦茶を飲みながら「あ~楽しかった!」と笑顔なのである。「コーチってテニス上手いね!」と笑顔なのである。

もう一つ特筆すべきは「ボール拾いが早い」こと。聞けば「練習時間がもったいないから」と。素晴らしいことである。

時と場合を考えれば笑うことや笑い方にも違いがあると思うが、子供にそんな気配りや空気感を読ませる必要は全くなくて、笑っていられる環境を大人が作ることが教育の一環・使命と自負する。昔は笑うと「不真面目」と判断される環境もあったが今はそう思わない。

もっとテニスに自信が持てて試合でも「勝てる」自分を知ったとき、それで負けた時でも前を向いて笑顔なのだろうか?それとも悔しさと悲しさ、もしくは恐怖を感じて怯えるのだろうか?それは彼がその時に感じたままの表情でいいだろう、人間なんだから。それが成長した証でもあろう。
彼にどれだけの手助けが出来るか分からない。親ではないが親の目線と指導者の目線両方を持つ。笑顔でよく笑う彼を見つめながら、彼とのこれからを想像するとわくわくするが他の生徒同様、この「課題」に尽力することが私の仕事であり、望むところである。

桜が満開になり、それを妬むが如く強風が吹き荒れ花を散らす・・・。
咲く優雅な姿と散り舞う美しさを誇示することが桜の宿命であれば、ありがたくも悲しささえ思う。今年も咲いてくれてありがとう。

小さな手

ATP1000マイアミ・オープン、久しぶりのロジャーの勇姿を楽しみにしていましたが、直前の体調不良による欠場・・・。水が合わなかったのか、何か食べたものに当たったのか。以前、楽天ジャパンオープンでデルポトロが2年連続で食あたりになってその後はもう日本に来なくなっちゃったなんてこともありました。世界各地を転戦する選手たちにとっては、ただでさえ栄養摂取には気配りしていることでしょうから、いつも食事が定まらないのはちょっと大変かなって。
ロジャー不在の中、錦織選手は好調、セット落とさずベスト8来ました。ここから勝ち進んで決勝までシード上位は居ませんから今大会見応えある試合と期待が膨らみます。ジョコに勝って優勝。。。ワクワクしてワウワウ・・・、いやGAORA入ってて良かった!

表題です。
先日、小1のキッズを連れて試合観戦(キッズ、ジュニアの初心者ローカル大会)に。彼との付き合いは昨年暮れからと日は浅いが、彼のテニスへの思いの強さが既に私の中にも大きく膨らみ「絆」が芽生えていることを実感しています。レッスンベースは私のレッスン(プライベート)が月3~4回、他のスクールで週2回(3~4年生クラス)受講、そして何より特筆したいのが週末には家族全員(5人)でほぼ毎週「6時間」テニスコートにいます。お父さん、お母さんが彼や兄弟の相手(ラリー)をしていますが、私見として特別テニスを拘ってキャリアを積んだものではない・・・ような。これと言ってアドバイスを強く押し付けることも見当たらないことから、彼自身がレッスンで習ったことを「復習」出来る時間としては贅沢なくらいの環境です。
また、彼は「独創性」に長けた子供のようです。教えても居ないことをやってみたり、見よう見真似でラケットを振り、選手や私のスイングを真似たりもしています。父親はそんな彼に時にはボールを打ち込こみますが、彼は父親の威厳を感じながらもその瞳は険しく打倒に燃えています。
彼のテニスキャリアは間もなく一年になりますが何よりもテニスが好きで、将来はプロ選手になりたい!私に負けてもう既に「悔しがる」のですから将来有望。親の愛情的協力が大いに追い風となり、テニスを続けている限り上位レベルに上がることは間違いなさそうです。

(お話を戻しましょう)
彼自身は、まだスクール内で開催されるオレンジボール(キッズの中間)レベルの試合ですが、早い段階で一般大会を見させることが必要、「今」よりも「次」の情報が有効と考えます。
しばらく参考になる選手の試合を探し、ほとんどの選手が分厚いグリップでサーブを打っていることに少々失望も覚えるがここは致し方なく自分の愛弟子が小学高学年になったときに同じことは「あり得ない」そう頷き彼の頭を撫でていました。残念ながら初心者大会であり彼の目に映る選手としては「足らない」レベルの内容がほとんどでしたが、試合会場の緊迫した空気は感じられたかなと。

会場を後にし、ちょうど昼飯の時間。「食べたいものを食べに行こう。」最初の彼のリクエストはハンバーグでしたが、ホットドックやピザの話をすると気が変わったようで満場一致でコストコへ。途中、渋滞もあり思わぬところで時間がかかるがそんな車中での出来事。。。持っていたジュースを飲み終わって物足りなそうな彼に自身のジュース(未開封)を渡すと遠慮なのか拒否されて・・・。
「オレンジジュースは嫌いなの?」
「・・・うん、そんな感じ。お腹もガブガブだし。」それでは仕方ないと思っていると・・・
「コーチ、コンビニ寄って。」どうしたの?
「ジュース買う。」もう少しで着くから我慢。
「うん、分かった。」
コストコではホットドック、チーズピザ、チュロス、スムージーをぺろっと食べてました。ソフトクリームも予定に入っていましたが今日は止めておくそうです。それでも小さい体でたくさん食べました、口の周りをケチャップとシナモンシュガーだらけにして。。。

食事が済み、そろそろ帰宅のため家まで送る連絡をお母さんに伝えると・・・、
「コーチ、グリーンボールを買いに行きたい!」
隣接するイオンの中のスポーツ店に行きたいとリクエスト、さほど時間にも無理がないのでショッピングタイム。館内に入り並んで歩いていると突然ではあるがとても自然に、そして当たり前のように彼が私の手を繋いできました。これには私も思わず動揺ドキドキ。拒否する理由もないが掴まれた手に自身が緊張して固くなってしまったような。。。何気なく彼を見ると何事もなく辺りをキョロキョロ。お目当てのボールを見つけると「あった~!これこれ!」と私の手を握り締めてさらに引っ張る。その手は、とてもとてもまだまだ小さいが精一杯力を込めて私を引いている。その力がこれから日々練習と共に増し、ラケットのスイングが速くなり、ボールにヘビースピンがかかり、そして私が打ち返すことが出来なくなる日が間もなくやって来るのだろう。小さい手の温もりを感じながらその日を期待している自分。

元気で、律儀で、礼儀正しく可愛い。そしてとても優しい子であることを後日知りました。車中で私からのジュースを理由立てしながら断ったことをお母さんが聞くと・・・

「コーチのジュースが無くなっちゃうから」

昨今、スポーツが上達することに必要な能力に「ヒューマンスキル(人間性)」が挙げられます。
彼は6歳にしてもう歩み始めているようです。きっとご両親の育て方が素晴らしいものなのだと思います。

次回彼のレッスンは来週の日曜日。彼も私も楽しみにしています。雨が降りませんように。

好きこそモノの・・・    2016.3.24

衝撃映像でした・・・
昨日、とあるゴルフ場に逃げ込んだシマウマ捕獲のニュースを見て、運転していた車を止めざるをえずただただ涙が噴出し、その後何度もニュースで放送される度にチャンネルを切り替え、とても見ること聞くことが出来ないほど。他に方法は無かったのだろうか?麻酔の量に問題は?進行方向を池以外に誘導は出来なかった?獣医が必至で心臓マッサージをしている姿が目から焼きついて離れない。囲いから人間界に飛び出した動物は人間たちのルールに従わなければならない。人間に危害が及ぶ可能性があれば殺処分も辞さないが、それは動物たちを野生から捕獲し売買が繰り返され、興行や営業目的に利用し利益を得ている人間にとって都合が悪くなれば殺すことで問題や被害拡大を防ぐ身勝手な判断。今回は「事故」であったと思いたいがなんとも悔しささえ覚える。世界的な動物愛護団体「GP」は過激な反社会運動で世の中に動物への一方的な人間からの抑圧阻止を訴えているが、方法は別として少なからずとも意見の方向性に同意する。動物を管理する上で責任は「人間」にあるのだから。。。

表題です。
誰でも「好きなショットやプレー」があると思われますが、私は以下のショットやプレー(組み立て)が好きで先制できるポイントではそこに「自分らしさ」を表現しています。

①シングルスプレーにて~バックハンドのパッシングショット「ストレートおよびアングル」
速いタイミングでのストレートと、わざとタイミングを遅らせスピンをかけショートクロへ。
②ダブルスプレーにて~1stボレーの深さと2ndショットのバリエーション
状況に関わらず安定した深さのある1stボレーは次に決定打を作るための礎。地味なショットだがレベルのバロメーター。次のショットはアーティスティックが望ましい。
③走らされたシーンからのソフトタッチ
あくまでも「崩す」ことを目的に相手のダークゾーンに「ゆっくり」コントロール。相手の目が見開く瞬間が至福の時。

強い選手は自分の得意や好きを常に頭に置き、どのタイミングでどのシーンで展開しようかと考え、弱い選手は自分のウイークポイントに攻め込まれることの恐怖に怯えて相手からのショットを受身で待つ。出来るか出来ないかは放っておいて「考え方」は前者がいい。
何度も言うが、出来たかどうかではなく「やったかやらなかったか」が上達に向け優先されるのである。どんなに小さな自信でも自分の「好き」を見つけよう。それが「自分らしさ」を作り上げる。自分らしさは自身が進む道となり、「歩みやすい道」となる。


先日体験レッスンで出会った双子のジュニアに・・・
「好きなことの中でテニスは何番目?」
二人声を合わせて
「2番目!」
ん?直近、試合に負けた悔しさが人生始まって最高の悔しさと言っていたがこれよりも優先されることとは?
これまた二人顔を見合わせ声合わせ・・・
「勉強!」
その言葉の通りにさすが高名な学校に在学しているに相応しい。長いコーチキャリアの中で初めて出会ったタイプだが、二人とも私の話を聞く瞳はキラキラしていました。選手として成長していく二人にとって「最高の後ろ盾」になれるよう尽力、そして自身も日々精進。
 

課題              2016.3.17

冒頭生々しいお話になってしまいますので、ストレスをお感じになる方は本題までお進みください。。。
先日、仕事中に指(左手人差し指)を鋭利な金属にひっかけてしまい、よく熟したトマト並みに真っ赤な鮮血が噴出しました。久しぶりに滴り流れる自分の血を見ましたが、とても綺麗な赤でした。幸い同席した一人が救急看護師の資格を持っていたこともあり、応急の対処が巧く止血も間もなく完了し大事に至らず、指の間接部分ということもあって治りにくく長引くのも面倒なので病院で縫ってもらいましょう。自身、縫うことは人生初めて・・・だと思う。
切った瞬間、最初に思ったこと・・・「レッスン大丈夫かなぁ・・・」
幸いにも利き手ではなかったこと。右手でラケット振れればなんとかなるかなって。。。
体験レッスンのスケジュールも続いているので初めてお会いする方には少々申し訳なく、しばらくは左手で持つボールの数が少なくなる程度の「損失」ですが大したことはなさそうです。

表題です。
錦織選手、インディアンウエルスATP1000調子いいですね!世界トップレベルに君臨する彼を調子の良し悪しだけで評価するのは奥がましいですが、ここ最近サーブ、バックハンドが特に威力を増したと思います。そしてネットプレーでのポイントウォンが目立ちますがこれも昨今のトップクラスでのプレーが当てはまっている結果と言えます。

現在、「サーブ」をメインタイトルにしている生徒(プライベートレッスン)が3名います。
男子1名、女子2名、今回のブログでは「対照的」でもある男子と女子1名をご紹介します。
それぞれ筋力、身長、キャリアに大きな違いがあり、目標も違いますがそれぞれに合ったパフォーマンスとクオリティーを目指し強化しています。

男子はこれから試合デビューを目指しサーブのみならず他のショット(特にGストローク)もクオリティーやパーセンテージを上げる練習を「拘るレベル」で徹底練習しています。
攻撃性(スピード、コース)のあり、かつ安定したスライスサーブの習得。ボールのヒッティングポイントとシャープなプロネーション、打点と膝の使い方が現在のテーマです。当初は当たりが厚過ぎて回転がかからず、スピードはあるが切れが少ない、結果安定していない状況でしたが最近は当たりも安定してきて上手く回転がかかってきました。彼のメリットは身長が高く(180cmくらい)サーブを武器にそして軸にしたプレースタイルが当てはまるタイプと考えています。

女子は試合出場を繰り返す生粋のテニスプレーヤー。スクール基準で言えば中~中上級レベルで勝つためにショットの質を上げることへの執着のみならず戦略的要素を組み込みながらサーブの向上を目指しています。身長は低い(150cmくらい)ほう、筋力は同年代(40代前半)の女子としては多少高いが目立つほどのものはない。肩も特に強いわけではないので上体(肩)の回転と腕、手首のプロネーションを効果的に連動させることが現在の課題です。彼女の利点は足の速さ。ベースライン、ネットともに甘くなったボールへの入り方はとても良い。サーブを相手の苦手な場所や慎重になる場所へコントロールしチャンスを作る、このスタイルを安定させるためのスライスサーブを目標としています。

一度のレッスンで練習時間をすべてサーブに費やすときもあります。打ちながらフォームを撮影し自身の状態を見ることも大きな収穫があり、そしてこれの反復。
どんなことでも徹底的に練習しても最低1年はかかると考えています。事や人によってはもっと多くの時間や努力が必要ですが、本当にそれらを求めているのであれば進むべきです。自分に合った、レベルアップする練習方法は必ずあってそれを見つけて環境を整えることが私たちコーチの「仕事」と考えています。


今年に入り例年以上の人数のレッスン申込をいただき誠にありがとうございます。体験後に定期受講のスケジュールが決まる中、さらに新たにお申込いただきました方々には予約がご希望通りに進められず大変申し訳ありません。上達へ前向きな皆様の勇気あるご決断を決して無駄にはならないよう出来る限りのスケジュール調整を行い、皆様とお会いできますよう努めて参りますのでお申込はお早めにお願いします。
◎ご希望(体験レッスン日時・場所)を第一、第二までお知らせいただけると調整しやすくご予定決定までがスムーズです。
 

贅沢な緊張感          2016.3.9

デ杯 錦織対マレー戦・・・
ご覧になった方も多いと思いますので、詳細はさておき私なりの感想を少々。結果的には敗戦でしたがとても内容の良い試合だったと思います。両者、優劣つけ難く一進一退を繰り返すポイント奪取の応酬は世界ランク上位先取に相応しい試合でした。特に私が感じたところに、本人(錦織)も試合後コメントしていましたが、両者ディフェンス力が高く、単調なスピードでの攻撃では切り替えされるパターンが多いこと。故に第三セット以降は緩いスピードやドロップショットがかなり目立ち、かつ成功していました。信じられないスピードのラリーが続く中、攻撃に緩急をつけることを一瞬一瞬で判断・決定しているのですから、やはり「世界レベル」なのですね。最後までご覧になり寝不足のご貴兄も多かったかと思われますが必見の価値ある試合でした。

表題です。
練習課題に「緊張」は必須事項と考えています。当然のことですが、本番(試合)では様々なプレッシャーの中でテニスを強いられます。普段打てているショットが入らなくなり、そのプレッシャーからさらに打てなくなり入らなくなることを受け入れたうえで練習に取り組む必要があります。出来ることならば自身の中で緊張感を引用することですが、これはなかなか上手くいきません。どんなに自分にプレッシャーをかけても所詮練習は練習になってしまいがちなことに気付かなければ練習(レッスン)に何時までたっても進歩がないのです。
指導者は時に「罰」を与えます。ボールが入らなかったら腕立て伏せ20回、ポイント取られたら腹筋30回、男子ジュニアであれば試合に負けたらスポーツ刈り・・・などなど。これらの罰が必要、的確かどうかは定かでありませんが緊張感という空気をつくる題材にはなることでしょう。しかし、これらのことが罰に該当せずに受け入れられてしまうと全く意味のない定義になってしまうどころか、提案したコーチがただの嫌われ者や悪者になってしまうのです。

シングルスレッスン今月のテーマで「10点取れるまで帰れまテン」というシングルスカリキュラムを行いました。内容はタイトル通りで1対2(1人側が練習)で10点取れるまでシングルスサイドで実践練習をします。何をしてもOKでとにかく点を取ることを考えプレーします。失うものは何もなく、ただ失点を繰り返せば時間がかかり体力も消耗、そして進行が長くなればなるほど次の順番に影響します。だからと言って私の打つボールに手抜きは・・・ありません、ほどほどに。結果ざっくり数えて10点取るまでに30点以上相手(2人側)に取られていました。時間にして15分以上。本来のプレッシャーとは少し種類が違う緊張感も入ってしまいますが、これはこれで「いい練習」。次回は相手のポイントをどこまで減らせるか?どこまで時間を短縮出来るか?これらを効率よく達成するにはどんなプレースタイルでショットやプレーをすればいいのか?などのテーマが出来ます。あと3週(3回)続けますが結果は私も楽しみです。このカリキュラムに「罰」は設けていませんが、このクラスのメンバー士気が高いので罰は必要なさそうです。

仕事(レッスン)の帰り道、ハンドルを握りながら少し張ったふくらはぎの痛みを感じるものの、それは心地よさと達成感になり今日一日の充実した時間をしめくくるご褒美としよう・・・。
明日もコートに立てることの喜びは至福のものであり、生徒や家族に感謝しよう。

それぞれの「課題」         2016. 3. 3

冒頭に唐突でありますが、皆さんデコポンの品種で「大将季(ダイマサキ)」ってご存知ですか?産地は鹿児島県になりますが調べたところデコポンのブランドで突然変異による種類のようです。外観は特に一般的な品種と差はないのですが、実は若干紅色で特筆すべきは味の濃さ。とても甘く、とてもすっぱい。ん~、人生でここまでコクのある柑橘類は食べたことがない。収穫量も少ないらしく希少価値からお値段も一級品。頂き物でしたがハマリそう。誰にでもオススメしたい逸品です。是非お試しあれ!

表題です。
練習の優先順位は人それぞれ。得意なことに磨きをかけさらに研ぎ澄ますこと、苦手克服に努め一歩でも前に進むこと、間近に試合を控えそこに向かう課題もあれば、数ヶ月~一年(数年)後を目指して取り組むテーマも。
私の仕事はプライベートレッスンがメインなので、生徒(選手)が抱える課題の大半は「苦手克服」、出来ないことを少しずつ「形」にしていきます。ただ打つことだけを繰り返していても大体のところまで行けるタイプもいれば、論理的に知識力を高め、理解した上で向上するタイプ、いずれにしても苦手なことを身に着けることは、得意(好き)なことと比べて何倍も時間、体力、精神力が必要。そしてそれを受け入れる「勇気」が必要。

・バックボレーが打てずにフォアボレーでなんとかゴマカシテきた方
・ロブが上がればスマッシュミスを繰り返してきた方
・セカンドサーブが「ただ入れるだけ」の方
・バックのハイボレーに憧れを感じている方
・ミスを恐れ、チャンスボールを打ち込めない方
・一度ペアを組み、二度と声をかけてもらえない方

その他様々な課題や悩みを抱え、自己実現に向け取り組む。そう簡単には行かないことがほとんど・・・、だからこそ少しでも感覚を掴めたり結果に繋がると生徒の倍くらいは私のほうが嬉しい。時間(練習回数)も必要だが何より必須なのは本人のモチベーション。聞くこと(インストラクション)、見ること(デモンストレーション)、体感すること(アクション)の全てに高品質で吸収力を高めるには「意識の高さ」が最も優先されることだが私の生徒のほとんどは何も心配のない目をしている。例え、市民大会レベルの選手でもオリンピックを目指す選手でも「意識」とは同じレベルであるべきである。

小学1年生のレッスンで。。。
彼はテニスが大好きである。たぶん、いやきっと何よりテニスが好きなのであろう。
定期的なプライベートレッスンで技術の成果のみならず、意識の変化が伺えるところまで来るのに差ほど時間はかからなかった。とは言え、まだまだ選手としては経験不足から甘えも多い。必要(嫌いなショットなど)な練習時には露骨に顔に出し足も動かなくなる。「飴」を与えないと鞭を受け入れない年齢であるのでレッスンの三分の一は彼自身にやりたい事を自由にリクエストさせると決まって彼は私との試合を望む。10点先取のミニマッチで5点取れることもあり、しっかり足が動いて振り切れたボールは私からもエースを取れる。たまたま打てたような空気の中、ガッツポーズを三種類教えたが彼は拳を下から上に突き上げるタイプが気に入ったようだ。あと数ヶ月もすれば、このガッツポーズの回数が多くなる試合をするようになるのだろう。これまた嬉しい限りでござ候。

個人とチーム       2016.2.26

先日、とあるショッピングセンターのフードコートで食事をしている時にこんな光景を目にしました・・・
母親と娘二人、小学生高学年と中学生くらい。買い物の帰りによったのでしょうか、娘たちの手にはジュースカップとソフトクリーム。何かで必要になったのか一人の娘が備え付けのビニール袋を一枚取ろうとジュース片手にたどたどしく袋の束を引っ張っています。すぐ横にはテーブルがあり、手にしたものを置けば動作もスムーズに行くと思っていましたがやがて袋を束ごと落としてしまい、数十枚のビニールが床に散乱した状態に。娘はその中から一枚のビニール袋を取り、散らばったものを片付ける様子はありません。すぐ側にいたご高齢の女性がその光景を見つめている中、母親に促され三人は何事もなかったようにゆっくりと立ち去って行きました。それをじっと見続けているご高齢の女性は手を口に当てながら「あの娘たちは可哀想だねぇ」と側にいた家族(?)に。。。ん~、御意。


本題です。
私がプライベートレッスンで担当している生徒、ほとんどが他のテニススクールの「グループレッスン」を受講しています。それぞれのレッスンスタイルには長所短所あって、プライベートでは自身の優先する課題を徹底的に練習出来る環境があり、グループレッスンではテニスが個人競技でありながら団体行動、協調性、パートナーシップなどの要素を含めたカリキュラムを繁栄させられるメリットがあります。プライベートレッスンのデメリットは「一人」であるがゆえ指導者以外の回りから入る情報がないところ。生徒はグループの中で無意識に自分と他者を比較し、上回る生徒からは「目から入る情報」を得ています。また同レベルのチームメイトには多かれ少なかれライバル視し、お互いが相手のレベルや技術を基準に自身を計ることが一つの「目安」になっています。

プライベートレッスンを定期受講している小学低学年(1~2年生)の生徒たちも皆、他のグループレッスンを受講していますが、小学生にとってグループレッスンでの指導(指導者の質にもよりますが)はとても重要な意味があり、成長期において人間性を構築していく上で必要な要素はむしろグループレッスンに多く含まれます。前述しましたが、団体行動における協調性と主体性のバランス、順番や優先順位の判断、そしてリーダーシップなど。
もちろんプライベートレッスンにはグループでは得られないメリットも多大にあります。団体の中でのみテニスをしていたキッズからプライベートの申込を受け、マンツーマンで練習出来る環境を知ってしまうと、グループレッスンの内容・時間に物足りなさを感じることは当然であり、また個々を伸ばし選手として成長することにプライベート(1~2人)レッスン環境は過去の実績を見ても必須なのです。

誰でも、特に子供たちは楽しい方に魅力を見出します。やがて練習の優先順位がプライベートレッスンが先になり、時間が短く人数の多いグループレッスンに魅力は感じなくなり、取り組みはおざなりに。しかしここで指導者や親が的確な判断をしなければなりません。キッズが自身で適材適所の判断は難しいです。私は特別なことがない限りグループレッスン受講を辞めないことを推奨しています。マンツーマンとグループを上手に使い分け、それぞれのメリットを活用してこそ「上達」に大きく繋がることを。

キッズ生徒が他に通っているスクールのコーチの悪口をいいます。時には「嫌い!もう行きたくない!」くらいまで。ではなぜ辞めないのか問うと「○○くんと○○くんが好きで一緒にテニスしたいから!」と。もし私が同じように嫌われたら、きっと彼は辞めてしまうのでしょうね、○○くん居ませんから。。。プライベートレッスンの宿命です。

基本的に子は親を見て成長する・・・、親が成長させている。親の言う通りにしている子供は親のやっていなことはやらないでしょう。テニスにおいて子供の仕上がりは指導者という「親」の責任と自負する。

もうすぐ大好きな桜の季節が見えてきました。今年も三人で桜満開の場所に行こう。

環境          2016.2.18

お陰様で、日々のスケジュール調整がパズルのようでこれもまた楽しみながら皆様「テニス人」の鍛錬に力添え出来るよう尽力する毎日です。前回終日休日を取ったのは何時だったかなぁ?と考えるも、これと言って心身ともに疲れもさほど感じないレベルなので流しましょう。
そんなことでここのところブログ更新のインターバルが空くことの後ろめたさを思いつつ、書きたいことが走馬灯のように廻る日々。

年明けから芸能界、政界、そしてスポーツ界まで立て続けにスキャンダル、事件で報道関係者にとっては事欠かない・・・と言うよりもまだ終わってない報道が次から次へ起こる事案にかき消されてるような状況。さて、明日は「何?」が起こるのでしょう!?何が起きてもこれまたさほど驚くことのない昨今・・・のような気もしますが。。。

本題です。
我がITIでも今年に入り、早々お問い合わせや新規塾生との出会いが続き、生徒同様に私自身も「新しい課題」をたくさんいただき嬉しい悲鳴を上げております。
私が出会う選手(生徒)のほとんど・・・全てと言っても過言でありませんが、今の練習環境(スクールのレッスンなど)での上達に疑問と悲観を感じて「なんとしてでも」「是非」「助けて」と、言わば「駆け込み寺」のような場所になっていますが、これまた本望「適材適所ここにあり」でございます。
一般的なテニススクールのレッスンはご存知のように「グループレッスン」主流で定員設定はスクールによりマチマチ、7~8名もあれば15名と小学校の1クラスほどの人数で90分程度の練習を。個人的なコーチからの指導や対ラリーの時間は微々たるものになってしまうのもいたし方ありません。きっとこの環境のコーチたちは個人に対するアドバイスや時には叱責をもっと指導として伝えたいと思っていることでしょう。しかし、私がこの人数のクラスを受け持っても1人1人に対して現在(プライベートレッスン)のようなコーチングの10分の1程度しか伝えられないことでしょう。(逆に考えればプライベートレッスンは10倍の内容)
生徒にとっては自分の練習環境で主役であり、コーチにとって各生徒はグループの一員としてローテーションに組み込まなければならざるを得ず、均等平等に時間を振り分けなければなりません。グループレッスンには「インストラクション(理論・説明)」「パフォーマンス(運動・行動)」「コミュニケーション(ふれあい・協調性)」などが必要で各生徒それぞれが求めることだけが練習できることはありません。「?」があっても、よほどの度胸が無いと容易に質疑応答できない「空気」みたいなものもしっかり漂ってますね。コーチによっては怖~い人いますから(笑)

「少しだけテイクバックの高さを変えれば・・・」
「スタンスを広げれば自然と・・・」
「体の開きを左手で調整すれば・・・」
「ポジショニングを少し意識すれば・・・」

体験レッスン(プライベート)で最初にお会いする方々のほとんどはホンの少しのスペシャリティですぐ上達を実感出来ることが多いです。「目から鱗がボロボロ」と評されることも珍しくありません。個人に対する必要(的確)なアドバイスはコーチの使命であり、それが上達のきっかけになる「種」と考えています。種蒔きの次は「水撒き」です。時には栄養剤(カンフル剤)も必要だったり。

上手くなるのもならないのも環境次第・・・、いやいや環境だけでは上達できません。先ずは自身の「本気」から始まります。しかし「本当の気持ち」をお持ちでもそれに応える環境がなければ大輪は「咲かない」、「咲きにくい」方々をたくさん見てきました。もっと早くに出会っていれば・・・。

【追記】
50代前半、スクール基準「上級」の男子が実践練習中にチャンスボールを私が叩いて決めたことに「大人気ない・・・」
20代半ば、スクール基準「中上級」の女子(ジュニア上がり)にほぼ同じシーンで「嬉しい!」
この違いはなんでしょうね~
世のご貴兄、すでに考え方から女子に負けていることに同じ男として少々嘆きのため息が。。。

反復          2016.2.4

この時期にしては気持ち悪いくらいに暑い日、レッスン開始から15分後には生徒も私も半袖・短パンになり、あまり動いていない私でさえシャツの中で汗が流れる感触を久しぶりに憶える。「深いボールにも下がらない」で打つことをテーマに30分ほどラリーを続けるとシャツの色は変わり、額から流れた汗が目に入り染みることも数ヶ月ぶりに味わう。
彼女は中級レベルの選手。不得意なことを少しでも克服すべく、私との師弟関係が始まり約半年が経過。めざましく上達・・・とまでは行かなくとも「確実」に進化している。伸び代は長く、意識はかなり高い。歯に絹着せぬ性格は清々しくそして自分に厳しい。
水分補給がてらの休憩。ふと彼女が発した言葉。。。
「コーチ、なんでテニスコーチを続けているんですか?」唐突であるが彼女らしい。
「じゃ、あなたはなんでテニスをしているの?」質問返し。
「それはもちろんテニスが好きだから。」シンプルでいい。
「同じく。好きだから。」他に理由がない。
お互い、テニスが好きなもの(こと)の優先順位上位にあることに間違いないようです。
ただそれでいい・・・。

表題です。
グループレッスンでは私がテーマを決めてレッスンを行っていますが、全てがコーチの指示の元に全員が同じことの意識でカリキュラムが進行している訳ではなく、生徒各自が優先とされるポイントは様々で然り。それぞれが「課題やテーマ」を決め練習することが重要でそのタイミングを作っています。

例えば・・・
・ショートラリーで打点に目を残すこと
・Gストローク基本練習で膝を曲げる
・動きにリズムを作る
etc.

私が決めるテーマや練習メニューは基本的なショット(トップスピン、スライス、ダウン ザ ライン、アングルなど)や打ち込み、陣形(雁行陣、平行陣) 、プレースタイル(ステイバック、サーブ&ボレーなど)からキャリヤ、経緯、タイミング(試合時期)を考慮して決定しています。この中で「基本練習」や「○○本ショット打ち込み」などの反復練習時にも各自が練習したい(必要とする)ことを自身で選択し習得に向けて。求めるショットが身に付くために少しでも多くショットを打ち込む必要があることは言うまでもなく。

周期で各技術的要素のテーマやカリキュラムを設定しても、実際は「なぞった」程度の練習で終わってしまい、習得には程遠く、それでも「どうしても!」を求め、目指す生徒はプライベートレッスンに移行して徹底・集中出来ればなにより。。。

バックハンド・スライス・・・、中級レベルだと習ったことでも自ら打とう(練習しよう)とはなかなか行かないものです。「まだ出来ないから」がほとんどの理由(言い訳)ですが、一度や二度のレッスン受講で身に付き打てるショットではないこと、だからこそ受講後いかに反復して打つことを「どこか」でやらないと進まないことを強く話してもこれまたなかなか伝わらないことも多いです。簡単に身に付く方法、もともと人並み以上の「感覚」をお持ちの方以外は残念ながらコツコツ努力しかありません。そのコツコツを普段の練習でほんの少しでも実行すれば・・・。一年後がきっと楽しみに。

「出来ないこと」が問題ではない。「やらない」ことが上達に大問題。

私が考えるコーチングの一つの形に高圧な押し付けではなく、生徒自身が考えて決める「練習することが出来る練習環境の準備」があり、生徒が練習している後ろに私が居ます。
上手く出来なくても、コーチの言うとおりに出来なくても、私が後ろから見守っていることで安心出来るように・・・。えっ、むしろ緊張するって!?こんな千葉県で「二番目」に優しいコーチといわれている私が(おもむろに鏡を見る)・・・

ほんまや!こんな怖い顔の男が後ろに居たら恐ろしくてまともに打てへんわ!

(顔は怖くても心は・・・どうだろ。)

もうすぐ苺狩りの季節。今年も今から待ち遠しい。

アドバンテージ     2016.1.29

2016全豪オープン男子準決勝R.フェデラーvsN.ジョコビッチ
1-6 2-6 6-3 4-6

BEST4までのロジャーの勝ち上がりがほぼ「完璧」な出来上がりに対して、ジョコは錦織やシモンとの対戦で何度も「隙」を見せ、ロジャーに勝算がある下馬評を増やした流れから誰が第一、第二セットの結果を予想しただろう。
いきなりギアを上げてスタートしたジョコの作戦は功を成し、まるでロジャーが凡人選手のようにさえ見えた。鉄壁のジョコを崩すショットやプレーを模索し試すものの甘ければ逆襲をくらい、さらに質を上げようとミスを量産してしまう。長いラリーになれば最終的なショットはロジャーのコートのラインに乗り、それを見つめ首を傾げるシーンが幾度とあった。
それでも躊躇せず攻め続ける元世界No.1は随所に「らしい」ショットやプレーを魅せる。ネットを取ったロジャー、ジョコが上げたロブをバックハンド・スマッシュで鋭角に叩く姿はロジャー・フェデラー「ならでは」であり鳥肌が立つくらい震えるのである。
「SABR」の多用が注目されていたが、それを予想されていることを察したのか思いの外回数は少なかったもののほとんどポイントに繋がっていた。

後がなくなったロジャーであったが第三セットに入り、ここまでの空気とは違ったジョコのミスやロジャーのgoodが目立つようになり、数少ないブレークチャンスを逃さず始めてゲームをリード。どんなに強い選手でも・・・

「いつまでも調子が続く訳がない」

そう考えていたのだろうか、流れはロジャーに追い風となった。
しかし簡単に取れるポイントは少なく、1ポイント1ポイントのプレーがが全て特別な出来事のように、気が付けば握り締めた両手は汗をかいていた。
実力の差は僅差なのである。1秒に満たない時間、たった1歩のフットワーク、予測、運・・・。

ロジャーの打つコースがまるで分かっているかのように打つ直前にスタートが切れるジョコの逆を突くシーンが続き、ジョコの表情が曇り陣営を見る回数が多くなる。
第三セットはロジャーの舞台であった。

第四セットのスタートはロジャーのワイドに逃げるスライスサーブのエースから始まった。
まだまだ流れはロジャーにあると確信出来るショットであると思えた。しかし、両者サービスキープを続けるもののロジャーは30-30やデュースの末、ジョコは比較的早いタイミングでエースを取り楽なゲーム展開に。
明暗(勝負)を分けたのは第九ゲームロジャーのサーブ40-40。ネットダッシュしたロジャーにジョコが放ったパスがセンターに甘かったもののコードに触れ、ボールはロジャーの構えたラケットの上をスルーしてエースとなる。実力が僅差であるがこれも「運」なのであろう。

試合の結果はここに記すまでもないが、以前ロジャーが世界No.1に長く君臨していた頃、誰がこんなに素晴らしく強い神のような選手に勝つ(勝ち続ける)ことが出来るのだろう?と考えていたことを思い出した。今、ジョコがその選手である。何度も言うが僅差ではあるが結果は「現世界No.1」が一歩先に出たことに間違いない。しかしここで私が思うのは・・・

23勝22敗

この数字はアドバンテージに過ぎないということ。本当の結果は次にジョコが勝ったときである。

結果が全てであるプロの世界に情状酌量の余地はなく個人的な好みの問題だがタイプ、スタイル、ブランド、全てにおいてRFが私の中で常に「世界No.1」。
現状では不必要で迷惑なまでのスーパーディフェンスなジョコを認めざることは出来ませんが決して嫌いなタイプではありません。少なくともマ○ーやフェ○ールの何の魅力もない見ていて飽きるプレーヤーとは・・・。
◎デミトロフとティエムが私の若手注目株!頭角は見えてますので速くベスト10内に!

ふがいなさ...     2016.1.28

2016年最初のGS大会全豪オープン、錦織選手はベスト4を懸けた対ジョコビッチ戦でランキング通り「順当」な結果で幕を閉じました。。。これが「当然」の結果と思う方も多いかと頷くも、私の見解は本人の言葉通り「ふがいなさ・・・」が心の中に残るなんとも頷けない結果と。以下、私観です。

負けたことよりも「内容」
確かに相手がジョコであることの緊張や焦りを簡単に払拭することはなかなか困難であろう。攻撃の「質」を他の選手より一段も二段も上げないことには鉄壁なディフェンスからポイントを取ることは難しく、それゆえミスも多くなる。
しかし前戦の対シモン戦のジョコは、私が見た過去の試合の中で一番「下手くそ」であった。
打つボールが入らないのである。これが昨年、BIG4を消し「BIG1」と独走していたランキング1位のノバクかと思うほどに。
100本ものミスの山を積み重ねフルセットの末、なんとか勝ち上がったものの相手がトップ4の誰かであればきっと負けていたと思う。そんな状態を引きずって迎えた準々決勝、ミスや精彩に欠くプレーは錦織に追い風であるはずが、錦織にもミスが目立つ。ブレークポイントを幾度と迎えるも、あと1本が取れない。世界№1の大きな壁が重圧となりボールが入らないのだろうか。。。
見ている側は、それが家族や親族もしくはそれらに近い距離の存在でない限り「結果」で判断する。そこまでのサクセスや緊張、疲労、体調などの状態を先に考えて及第点を出すことはなく、それが当然であり選手自身も「勝つ」という結果しか考えていないだろう。

見て評価することは簡単であり、敗戦やその内容を理解し受け入れなければならないのは選手自身である。一度の敗戦は終わりではなく通過点であり、次の対戦でいかに今回以上の内容そして結果に繋げられる「糧」に出来るかが今対戦の「収穫」、きっともう次の試合に向けた考えに切り替えていることでしょう。

今回の対戦で錦織選手が2014年USオープンの時のような実力を発揮できていれば・・

「たら、れば」はアスリートに禁句ですね!
【補足】錦織選手、ショットが強化されあきらかな進化を遂げていました。特にフォアハンドは破壊力がパワーアップした印象でした。

そして・・・
今日、45回目のBIG GAMEが!フェデラーVSジョコビッチ 22勝22敗の両雄
日本時間17時頃からの試合開始、今から胸躍ってますが緊張感もあります。本来仕事お休みにして、なんならレッスン返上し生徒と一緒に正座して観戦したいところですが、残念ながら録画予約して帰宅後ロードショー公開としましょう。

目的意識        2016.1.21

自分の顔が嫌いである。人は「印象的で忘れない顔」と評するが目立ちたくないのが本音。
先日、知人から「瞳が茶色いよね。ひょっとしてハーフ?」などと投げかけられ、素直に返すのも失礼(?)と思い「うん!」と。思ったとおりの結果にうんうん頷きながら少し満足顔の彼女は「どこですか?」彼女が頭の中の挙げた候補の国を聞くことにも興味と不安(?)がありましたが、ボケてる時間も無かったので「東京と京都」と答えたら開いた口から「コテコテや~ん」

表題です。
私のスクールはレッスンタイプがプライベートレッスン中心のため、具体的な「目的・目標」を持った生徒がほとんどです。以前にも幾度と記述しましたが「上手くなりたい」「強くなりたい」など、漠然とした意識や目標では上達には程遠く五里霧中を手探りで歩き回り、筋道の無い練習時間が過ぎるだけでしょう。レベルが上がれば上がるほどテーマやカリキュラムを目的に合った見極めが出来るようになります・・・、出来るようにならなければなりません。
生徒によって目的やテーマは様々ですが、全ての生徒が面談でテーマを絞り1~2つのことを徹底的に追求したレッスンで結果を出していきます。

先日、まだ腕力のない小学校低学年のキッズはこんなテーマ・目標を打ち立てました。

「ラケットをしっかり振ってコーチと50本ラリー達成したい!

彼はゆっくりしたボールであれば2~30本のラリーは何度も成功しています。そして今回特筆したいのは・・・
①「しっかり振って」
ただラケットを振り切ることは誰にでも出来ることですが、振り切ってラリーを続けることは大人の中上級レベルでも難しい課題です。彼の身長、体重、脚力、フットワークなどを考慮すればボールスピードがオーバーペースになればラリーは続けられなくなるでしょう。そのためトップスピンをかけ、スピードコントロールをしながら振りぬく技術が必要となります。
②「50本のラリー」
ボールスピードにもよりますが、50往復の時間は約3分。この時間足を動かし続け、そして神経を研ぎ澄まし相手からのボールへの対応に必要な情報処理を的確に行う必要があります。
これは言葉で言うほど簡単なことではありません。通常の一般テニス愛好家レベル中級の試合で1ポイントにかかる時間は平均5.45秒。ポイント間では緊張や意識をリセット出来るので、いかに3分間集中を続けることが困難かは想像出来ますね!しかも子供の集中域は大人(18歳以上の成人)の5分の1程度。
まだ目標を立てたばかりで達成にはしばらく時間が必要ですが、毎回レッスンでチャレンジ→練習→チャレンジ→練習・・・を繰り返しながら。そして目標達成と同時に彼は「強く」なることでしょう。

キッズ(低学年)は純粋に目標に向かいます。出来なかったことに真っ向立ち向かうところが紛れも無く選手であり素晴らしいと思います。
キッズに限らず、出来なかったこと、負けたことにいい訳せず前を向くあなたでいてほしい。

テニスコーチを続けていてつくづく思うことは、テニスをこよなく愛し自己実現に向かい努力する皆と共に歩めることの素晴らしさと、同じくテニスを探求・追求し巡り合えた新しいテニスとの出会いにいつも心震えるほど嬉しいこと。今年に入り既に2人の新しい生徒とのお付き合いが始まりました。いつものことですがこの出会いを大切に誠心誠意尽力したい。

 

simple      2016.1.14

ここ最近、スーパーや直売所で目立つことの一つに生産者の名前、地域、写真などが掲示されて野菜やお肉が販売されていること。
誰が、何処で、どんな環境で作ったものなのかが商品に記されていることに感心しました。
考えてみればキャベツや豚肉を大きさや色、量、価格で買いものカゴに入れているのが当たり前でしたが「ふ~ん、こんな人が作ってるんだ」と、今までに無い情報が加味されることで物や場合によっては購買意欲や選択基準が多少なりとも変わるような変わらないような・・・。
私たちコーチ業は常に顔やスタイル、そして声にパフォーマンスを表に出していますからお会いせずともホームページや広告にて見た目は評価(?)されていることと思います。しかし、顔や背丈が優先される職業ではないので、やはり一度コートで本領を発揮してから評価をいただきたいものです。
以前、とある生徒にこんな話をしたら・・・、
「見た目よ、見た目!見てくれ良ければ合格なんだから!」と言われたことが。。。
はたして私は「及第点」をいただけたのでしょうか!?

本題です。
テニスキャリア3年、私の門下生キャリア約1年のグループがいます。スクール基準で言えば中~中上級レベル。練習会を含め月1~2回程度試合出場をする極々紛れも無い「選手」たちです。私と出会うまではラリーはまずまず、サーブは入れるだけ、ローボレーはほとんど返せず、スマッシュに至っては「下手」どころか打つことが出来ませんでした。ダブルスと言えどもそれぞれが勝手なボールを打ち、ポジショニングの言葉さえ知らない始末。。。
それでも「上手くなって試合に勝ちたいんです!」とハッキリ意志を伝えてくれました。
彼女たちとのセッションを始める際、十分な時間をかけて話し合い「目標・目的・テーマ」を鮮明に持ちレッスン(練習)することで「身に付く」ことの理解から始まりました。
テニスの基本にも戻り、ショットやラケットワークばかりに意識が凝り固まることがないよう、足を出来る限り使いパーソナルスペースを広げることも優先課題に。
現状では「丁寧に打つこと、しっかり打つこと」のメリハリをつけ、状況によるショットの判断や安定域の構築を第一の課題としたカリキュラムを継続しています。
グッと力を溜めて一気にラケットを振り切るプレーや、軽くラケットを振って、その分足を速く使うプレーや・・・
例えば当たり前のようなこんなシチュエーション・・・

①サーブ(レシーブ)を打つ
②1stボレーを繋ぐ
③2ndボレーの選択
④スマッシュの予測・判断


基本的な実践ドリルの形に過ぎませんが、この形、流れを徹底的にラリーで安定域を目指し反復しています。毎回レッスンで同じことを繰り返し繰り返し。繋げることが出来なければプレーになりません。しかし繋げているだけでは勝てなくなってきます。決定力も重要課題です。まだ日によって多少の波はありますが、当初に比べれば随分安定し、ミスは大幅に減りました。
そして勝てる試合が増えてきたことも自信になり、プレー中の動きが良くなっています。
ここまでのお話ではとても簡単で綺麗事のように思われる方も多いかと・・・。お察しいただきたいことは、これらの練習の中には当然「楽をして」など調子のいい言葉や意味合いは先ずありません。フィジカル、メンタル共に苦痛すら当然であるシーンも多々。当たり前のことを当たり前にそつなくこなすことの難しさを重々分かっている選手(生徒)達だからこそ目標に向かい踏ん張って実力を身につけていることを。

「目が違う」

アスリートに関わらず獲物を狙う猛者にはよく使う言葉ですが彼女達にはこの「目」があります。そして本気になれば誰でも自然とこの「目」になれるのです。
レッスンは厳しいという方がいますがいえいえ、本番(試合)の方がもっともっと過酷で息苦しくなるものです。彼女達は毎回レッスンが「楽しい!」そうです・・・いやはや。


追記
はばかりながら私、本日が53回目のbirthdayです。この年になると1~2歳の差を感じません。
歳を重ねることで丸くなりすぎると怒られます・・・生徒に。
ふと体力が若干下がった気がしますが、気がするだけであまり考えていません。無視しましょう。

2016年 初心

昨年末から年明けは例年に比べると3倍くらい慌しく、クリスマスやら大晦日やらにかこつけて世間の空気に浸るところを気が付けば年も変わり一週間が過ぎようとしています。
年々、正月の雰囲気が曖昧になり普段の月替わり程度にしか感じなくなったのは年のせいでしょうか・・・。まぁ、充実した時間と達成感を得られたことがご褒美には違いないのですが。

表題です。
年の始まりなので今年の抱負など考えてみました。昨年はたくさんのテニス愛好家、テニスプレーヤーと出会え、時には静かに、そして時には激しくも微力ながら私の経験と知識が皆様のテニス上達に役立てたことを実感しそして振り返り、これもまた「経験の一つ」と捉え、本年の仕事が昨年以上のものを在籍生徒、そしてこれから出会う新しい「テニス人」の縁の下の力持ちになれるよう日々精進する所存です。

勢いよく「走る」 丁寧に「歩く」
以前の自分は前者がモットーであり、目指すところに向かいいつも走ることが課題で勢いを落とさないことが必要と考えていました。確かに「勢い」は前進することにとても大切で、その流れに引っ張られて物事が進んだり時間の流れ方がスムーズであったりもします。しかしこれは時にして環境を壊し細かい部分には目や気持ちが向かず、気付かないうちに失ってしまうものもあったり。電車では特急に乗ったほうがアクセス時間はより短縮されメリットしかありませんが、テニス上達には在来線で各駅停車、その駅の雰囲気を目や耳で、そして空気を肌で感じ取りながら、時には途中下車して駅の外側から眺めて見ることで「見えてくる」ことがとても重要なきっかけであったり。

ここ数年、プライベートや少人数のグループがレッスン形態のメインとなり、自身のコンセプトやモットーが変化した(出来た)こと、レッスンを上達の場と真摯に捉え精進している生徒皆さんのお陰です。
練習は「身になる」ことが目的であり、身に着けることには時間と丁寧な指導や優先的なカリキュラムが必要です。ただボールを打ち、コートを走り回ったのでは練習したことに満足したレベルに過ぎません。少なくともコーチと話し、感じ、選び、そして変化を実感する環境がレッスンです。

環境が人を作る
まったりと笑いながら練習することが悪いとは思いません。しかし、ピリピリした空気のほうが自然と気持ちが引き締まることは間違いありません。決まった時間しか練習できないことでいかに充実した時間を過ごすことが出来るのか、なかなか自分の意志一つで厳格な環境を設定することは難しい。一番自然と緊張感を得られる環境は「試合(本番)」です。試合に出て対戦相手を前にへらへら笑いながら戦う人はいません。勝とうとする思いが必然と前面にでるから当然の環境となるのです。この緊張感をレッスン(練習)で感じられないと練習が試合とは全く別物になってしまう訳です。練習でしていないことは試合では絶対しないのです。
(私の生徒の9割は「勝とう」として挑んできます。しかし残りの1割は・・・。)


ロジャーは昨年を「ジョコの年」と表現し、自身の結果にまずまず満足出来たと評価していました。年齢を考えれば結果よりも「内容と出来栄え」と。それは今年まだまだトップ(ランキング、マスターズやGS優勝)を狙えるプレーのクオリティーとポジションにいることなのでしょう。
錦織選手、GS優勝が視野にありますが期待と願いを持って応援しましょう。

私は今年も昨年以上の指導を目指し、自身の成長も合わせて愛弟子の支えとカンフル剤になれるよう努めます。

師が走るこの頃     2015.12.22

(冒頭、スターウォーズに関心のない方はSKIPどうぞ・・・)
世界中のファンが眠れぬほどの興奮を抑えられず待ちに待った「スターウォーズ/フォースの覚醒」が先日遂にロードショー公開されました。初日に観賞したい気持ちを「我慢」というとても苦手な課題と戦い、二日遅れのレイトショーにて、抱えたデカいポップコーンをぼろぼろこぼしながら隣席の方々に聞こえるほどの鼻息はさぞかし迷惑か・・・と思いきや、隣の方もポップコーンがデカかった。
純粋に映画を楽しむ場合、出来る限る事前に情報は入れたくない。公開から二日間は可能な限りネットを見ないよう努めた。特に今作は監督も変わり、ストーリーも原作からの続編と言うこともあり、新キャストの配役、SWオリジナルの空気感がどう変わるのか期待もあるが怖さも。
私の個人的感想ですが、「出来過ぎているくらいの合格点」。新旧織り交ざったスターウォーズは新しい世界観を発信し、予想と期待を大いに上回る出来栄えと感じた。三部作の第一作、正月にもう一度はスクリーンに向かい観賞するつもりだが次回作品上映が今から待ち遠しい。
BB-8・・・、思いの外の存在感と愛くるしさ。

表題です。
今年も残すところ10日あまりとなりました。お陰様でスケジュールは月毎に過密化し、タイトル通り日々「走って」います。
グループレッスン、プライベートレッスン、キッズ、ジュニア、一般、リクエストをいただき新しい出会いは「新しいテーマ」と考えています。ITIテニス塾は一般的なテニススクールとは違い、お問い合わせやお申込をいただくには勇気も必要だったことは重々承知だからこそ、この出会いを大切にし、よってレッスンは厳格なるまでも「本気」で選手の自己実現に努めることを志しています。

出会い~別れ~再会

今年も多くの選手(生徒)と出会うことが出来ました。多くの方とたくさんテニスについて語りました。お互いを知り、何をどうすれば良くなるのかを考えることが嬉しくも悩む日々が続きました。目に見えて結果が出た選手もいれば、大きな飛躍こそなくても「心の支え」が確立し、プレーが圧倒的に強くなった選手、これは来年きっと結果が出る成長と自信を持ちます。

私のレッスン、時には厳しさのあまり空気が悪くなることも多々あります。結果、師弟関係に亀裂が入り別れることになることもあります、当たり前のように。時間をかけて築いた(と思っていた)ことが崩れてしまうこと、とても残念ですが仕方のないことなのかもしれません。
私の指導や練習方法が至らず、合わず、過ぎてしまうことが要因と反省するも「自己実現、結果を出す、本気で取り組む」ポリシーは変えることが出来ません、頑固なため。
しかし、半年や一年、時にはニ~三年の時間を経て「再会」する(出来る)選手もいることがこれまた嬉しくも歯痒い。他の環境に入り、我が指導をあらためて知り戻ることを決意したと言う。離れた時間がさらに絆を太く強くしたのだろう。初めて私に問い合わせや体験レッスンの申込をするときの何倍もの勇気が必要だったと思うが大したものである。

人と人の関係はストレートに深まることは少なく、うわべの親近感は「争わず事なかれ」が真意であることが大人の流儀であり、常識なのかもしれない。本当に「絆」レベルで繋がるには多かれ少なかれ「争う」ことが必要であり、これは胸襟開いて本音で付き合わないと始まらない。これまた勇気が必要である。
戻ってきた「選手」には特に変わらずあらためて徹底指導する所存であるが、来年きっといい結果が出ることは間違いないと自信を持つ。


今年は12/30~1/2「仕事」である。2回目の「覚醒」は1/3の予定、また涙腺緩み熱くなって来よう。

子供から学ぶこと     2015.12.14

昨日は久しぶりに降雨の中のレッスンでした。レッスン開始から降り出した雨が10分くらいの待機後に少々落ち着きをみせ、少しでもボールが打てればと思いいざコートへ。
ショートラリーからロングラリーと小雨の中「水も滴るいいなんとやら」。ネットプレーの練習に入る頃には雨粒も大きくなり「ほぼ本降り」の中、打ったボールから飛び散る水飛沫に思わず笑みも。それでも皆のボールを追う「気持ちと目」は冷たく体を冷やすことさえ忘れさせるほど集中していました。事実、レッスン後は一気に寒さが押し寄せ急いで帰宅、熱いお風呂に飛び込みましたが、皆さん風邪ひかなかったのか気になるところ。

表題です。
いつも思うこと、子供(キッズ)のレッスンは教えることと同じくらい「教わる」ことが多く時にして「指導者から生徒」に立場が変わることを感じる。子供は一般(大人)とは違い自由な発想と生産性のある言葉と行動が多い。もちろん全ての子供たちがそうである訳ではないが言葉を出しやすい環境と好奇心に満ちた行動をしやすい環境を極力作ることを心がけている。
大人には打ち方や理論を説明(話す)することで理解・行動できるのは経験や知識が豊富で現状を過去や他の手本と比較したり情報処理能力があるから。しかしキッズのキャンバスはまだまだ白地が多く、その場所に綺麗に丁寧に絵を書き込むと上手く意識や行動を導ける子もいれば、あえてデッサン程度にしたほうが自分の考えた色を描ける子も。まったく何も書き込まず自由に書かせてみると繊細で精巧な線を描くタイプの子供も。

言葉を多く交わし子供のタイプを知ることが大切で「成功へのスタート」と考える。
テニスの打ち方やルールを教えることは本を読む程度の知識で誰にでも出来ることで本来のコーチングにはほど遠い。タイプ(性格、体格、筋力、経験値など)によって練習の種類や順番、量を選択し、どのタイミングで試合に出場するかを検討する。試合出場が始まると練習内容やペースもまた変化が必要となる。

最近、新しくレッスンがスタートしたキッズ(小2)の男子がいる。とても活発で言葉がポンポン飛び出し素直に自分を相手に伝えることの出来るキッズである。時間をかけて話をし、私も彼に自分を伝えることに努めた。テニスが大好きであることはすぐに分かったが現在の練習環境(テニススクール)では彼が求めている目標にはなかなか到達し難い現状であることも然りと判断出来る。ラリーは続く。足も動くほう。カリキュラムに「遊び心」を取り入れるとハッキリ食いついたのは好奇心旺盛である証拠と考える。ただ、気になったのはスクールに通って4ヶ月にも関わらず、サーブの練習が皆無と聞くところは???
どんな形でも、どんなレベルでもサーブに関わる練習は必要、特にキッズにはキャッチボール程度でもオーバースローを早く初めさせることは必須と思うのだが・・・。
私が彼にどれだけ役立つ存在になれるかは今後のことだが、その他のキッズ生徒同様精一杯に尽力することが私の使命であり所望すること。

レッスンを成功させ成果を出すためのポイントの一つに「ルール」を明確に設定することと決めている。例えば・・・
①会話の中で相手の言葉に対して応答すること(お互いに)。これは最低頷く。もっと良いのは「はい」と返事をする。
②思ったことを言葉にして相手に伝える。わからない?。痛い。疲れた。もう一度お願いします。
③全て「本気」でやること。失敗は許容範囲、100%であればそれでいい。

選手たちの「やる気の芽」を摘まない指導や環境作りを努めたい。育みそして共に成長したい。

 

私の心に残る、とある大学の学園長の言葉・・・
「馬鹿になれ、馬鹿になれ、お利口さんになってはいけません」
この言葉を聞いて30年が経ちましたが、相変わらずお馬鹿さんな私ですが選手(生徒)に恵まれ日々ご教授ありがとうございます。

テニスコーチの流儀    2015.12.10

12月に入り街中がクリスマスに染まるこの時期が好きだ。わくわくするのである。クリスマス当日は例えパーティーに参加していなくともささやかなイベントでも十分楽しくHAPPYである。チキンにケーキ、それと愛する人への小さなプレゼントを用意すれば何よりこの上なく幸せな時間になる。私にとって幾つになってもジングルベルは心に響き、きっと今年もテニスコートから夜空を眺めサンタクロースの来訪を期待するだろう。

タイトルです。テニスコーチの流儀とは?
そもそも「コーチ」とは「物事に対して特化し人を上達へと指導する」ことと考える。言葉で言うとたったこんな一言で終わってしうがその内容、度合い、タイプは十人十色、千差万別である。クオリティーにも大きな違いがあるがこれは適材適所で一概に甲乙は着けがたく思う。
ショットの指導が際立つコーチもいれば、フットワークに卓越した練習方法を取り入れるコーチ、ゲーム性を高めるタクティクスを指導理論とするコーチ・・・。
結果的に選手が些細なことでも「進化・上達」出来なければコーチ(指導者)として取るに足らないのである。
ただ、選手が求めるものに対して選手自身の「スタンス」も大きな意味を占めることは必至である。楽をして簡単にレベルアップは望めない。どれだけの肉体的・精神的な圧力がかかるか?それを跳ね返すことが出来るか否かは人それぞれである。昔のコーチは厳しくて当たり前だった。だから強くなれたことがある。古き良き時代・・・だったのかも。

褒めることは簡単である。また叱ることも簡単である。これらはやはり「タイミングと質」を考えたい。褒められることを拒む生徒はほとんどいないが、叱られ指摘されることで落胆し止めることを考える前に叱られたことの意味をもう一度よく考えることが必要である。

新しく出会う生徒(選手)とは初めに出来る限り情報交換(会話)をすることを心がけている。直前の練習環境(スクール、コーチ)はもちろん、過去の運動経験の経緯や今後の目標、好きなテニスプレーから食べ物の好き嫌いまで。少しでも多くの情報があるとレッスンは完成度が上がりより充実したカリキュラムがカスタマイズ出来る。

師弟の信頼関係は簡単には構築出来ない。耳心地のよい言葉や楽な練習環境だけでは上達に至らない。コーチも生徒との本当のハーモニーを奏でることに本気なのである、それが大好きな仕事として職業であるから。

【お詫び】
最近、ブログ更新が少々遅くなってしまい自身でも焦りを感じていますが、可能な限り手がけて参りますのでどうぞHPご来訪よろしくお願いします。
 

「上」を目指したほうが楽しい  2015.12.4

IPTL(インターナショナルプレミアムテニスリーグ)ご覧になりましたか?
世界のトップ選手たちが男女合わせてチームを作り、アジアを中心にリーグ戦を行う団体戦ですが、現在神戸で開催されています。
各チームのメンバー構成は錚々たる顔ぶれで、現在のトップ選手を初め、レジェンドである過去のグランドスラマーたちが一同に集結した会場はまるで「紅白歌合戦」のよう。
錦織選手加入の「ジャパンウォリアーズ」にはシャラポワやサフィン在籍ですが残念ながら現在全敗中です。
普段、個人戦が当たり前の光景だけにプレー中やコートサイドでチームメイトと笑顔で会話する姿が微妙に違和感を感じますが、これもまた一興でありオフの「顔」なのでしょう。
サントーロのテニス久しぶりに見ましたが、やはり魅力的でした。何時、何を、何処に打ってくるか分からないマジックのような、決してパワフルばかりではない芸術的なテニス。
残念だったのはロジャー加入チームも来ていますがロジャーは欠席。きっともう二度と日本には来ないんでしょうねぇ。

表題です。
先日、級友たち(TD代表、クニ)とのランチでの会話、いつもヒートアップしてしまうことは必然の空気感ですがこの日も顔を合わせて早々、レッスンやコーチングについて現状報告や意見が、時に大きな声で飛び交い珈琲のお替り何杯目?とデ○ーズのウエイトレスさんがジロッと睨み効かせ声を潜めるオヤジたちでした。

「上手くなる」レッスンと「上手くする」レッスン
 私が思う指導とは前者である。あくまでも選手自身が頑なにレベルアップを求め、努力して
 いることが前提であるが、レッスンとは結果が好転するアドバイスがあり、練習カリキュラ
 ムがそのパフォーマンスを反復し繰り返すことで安定したスイングやプレーが見に着くこと
 、経験を重ねることで体力的な向上によってパワーアップを目標とします。
 ことにより細部にわたりインストラクション(説明)に時間をかけることも必要ですが、
 一つの動作(スイング、フットワーク)を繰り返しているうちに他のショットに繋がる副産
 物の発見があったり。その選手にとって、ショットやプレーが成功するためにどのような練
 習方法を考え展開することがmore betterかを判断・決定。

「好き」の度合い
 テニスが好きなほど上達は早く、そして大きい。当たり前の言葉のようだが「好き」にも
 いろいろあるわけで、どのくらい好きなのかは基準が難しいこと。
 ジュニアと一般を比べてみると、もちろんジュニアたちは大人ほど時間的な拘束も緩く
 (ジュニアにもよりますが)部活やレッスンなど練習環境や練習時間も得られやすい状況
 と考えられます。ただ、時間や環境に余裕があってもそれが上達の「全て」では決してあり
 ません。むしろその余裕は意識を曖昧にする不必要な要素にもなります。
 限られた時間や環境だからこそ練習に対する意識が高まり、集中した時間が得られることを
 自身も経験し、現在の選手たちにも指摘の一つとして指導しています。
 「時間がない」「環境がない」は言い訳になってしまうことが多いこと。ホントにテニスが
好きで上達を切に望む選手は環境作りから始めます。限られた練習環境でも意識の持ち方で
 大きな違いがあります、半年後~1年後に。

判断は選手自身
 「するかしないか!?」「何を!?」大人であれば何が必要でどのようにすれば!と考えら
 れる(もちろん必要情報はアドバイスして)幅も広いと思いますが、キッズ・ジュニアには
 難しい課題も多いでしょう。しかし私は年齢やレベルに関わらず半分は指導し、半分は自身
の判断を推奨する指導論を持っています。必要な練習と情報は指導の中で展開し、最終的に
 二択に迫られたときの判断は選手自身に委ねます。テニスは自分自身がプレーヤーであり、
 ラケットを握ってボールを打つのは自分なのですから、いざボールが来たときに教えてくれ
 る人はいません。指導者はにはなりますが代わってボールを打つことは出来ません。
 「どうするの?」「どっち?」「わからない・・・」これらの発想はダメなのです。決める
 のです。


個性なのかエゴなのか分からないが、頑なな頭でカチンコチンのオヤジたちは話し始めれば時間も忘れ、二軒目行きつけのカーキーズ(幕張にあるホットドック屋)へ。
愚痴も多いが生産性のある会話はカンフル剤となって体中を駆け巡り目が輝く。それぞれがそれぞれの環境にいてもがきながらも自分を失わないでいられることが妙に嬉しい。
次に顔を合わせるときは何か変わっているのかな~。

タイプ            2015.11.24

2015ATPファイナルズ決勝ジョコVSフェデラー
今回も「元王者」は牙城を崩し頂点に立つことは出来なかった・・・。
グループリーグの対戦はほぼ「完璧」な仕上がり。サーブ、ラリーアップ、ネットプレー、ほとんどのシーンでロジャーがリードしていたゲーム・・・、3年前はこんな試合が多かったと思い出すも、いよいよ不動の「現王者」が揺るぐ時が訪れたかと。
トップ選手の差は本の僅か。勝敗は多くても数ポイントの差で決着し、いかに少ないチャンスを逃さず得点出来るかで結果が決まる試合も少なくない。0-40からブレーク出来ず負ける試合もあれば、たった一度のアドバンテージを奪取し勝つ試合もある。
ジョコの今年の出来栄えはこれまたほぼ「完璧」な内容と結果をもたらし、最終戦も世界ランキング1位在位決定し優勝、華を添えた。しかし・・・

はたして来シーズンもジョコの力は他のトップ選手の一歩先を行くのであろうか?

ロジャーの好調はもちろん続き、ラファの復調は今シーズン終わり頃から明らかになり、マレーもBIG4の実力を身に付けた一年だった。追随する選手は「№1」のすぐ後ろに迫るものの2位とのポイント差が大き過ぎるため、ジョコが病気にかかり戦線離脱でもしない限り王座は変わらないのであろう。
いずれにしても来年もハイレベルなBIG PLAYで私たちテニスファンを魅了してくれることを期待。錦織選手、昨年の活躍と飛躍を再び。オフとは言えバラエティー出てる場合じゃないかも・・・。

表題です。
生徒(選手)にはもちろん「タイプ」があって、ボールの打ち方やプレースタイル、ショットの得意不得意から好き嫌いも「タイプ」を作り上げる要点と考えられます。
好きな選手のプレーに憧れ、まだ出来ないテクニックを見よう見真似で試してみることも上達への第一歩になり、ことによってはすぐ出来てしまったり。
「出来ない」と思えば「出来るように」ならなくしてしまい、「出来る」と思えば「出来ること」が増える可能性を広げます。

●とあるキッズ(小3)がビッグサーバーに憧れ、強肩を目指しタオル素振り、ペットボトルトレーニング、キャッチボールを自主トレのカリキュラムに。3ヵ月後、見事なまでに肩が強くなったばかりか、プロネーションが自然に稼動していることには私も感心。
こんな結果をもたらしたのもヤル気という本人の意思による「タイプ」なのでしょう。

●試合に負けて悔しさがバネになりメキメキ強くなるタイプ、まるでスポ根漫画のお話みたいな言葉ですが、これはかなり上達達成者に多く見られるタイプです。「負けて強くなる」なんてとても簡単そうに聞こえますが「負けて悔しくて、もう負ける悔しさを味わいたくないから、苦しく辛い練習も自己実現に向け、雨の日も風の日も勝つことへの目標を目指し精進したからこそ強くなれました」という内容を含めた言葉なのです。「初心忘るべからず」ですね。
ひょっとすると負けても悔しく思わないタイプの方は強く、そして上達は出来にくいことの意味・・・一概に言えませんが。

●厳格なカリキュラムや指導は結果的に選手レベルを向上、飛躍させる要素を多分に含んでいること。そして厳しさと優しさの留意点を理解する(させる)ことが上達に不可欠な指導である。「出来ない」と思い込む自分から「出来る」と自信を持つ自分に引き上げるタイミングはフィジカル、メンタルともに負荷がかかります。そのプレッシャーに耐え抜くのも、潰れてしまうのも、逃げてしまうのも全て自分の「意志(タイプ)」で決まること。また、求めているものの「価値観」により大きく左右されることでしょう。

少し堅苦しい言葉が続いていますが、コーチ(指導者)もタイプは十人十色。
よく耳にする言葉に「優しいコーチ」ってありますが、この「優しい」には様々な意味があり受け手の生徒が求める「優しさ」によって大きな差があるようです。
『優しい言葉で優しくボールを出してくれて、優しくアドバイス、優しく叱ってくれて優しく褒めてくれる、決して大きな声で怒鳴ることなどせず、素敵な笑顔で遠まわしな言い方で指摘して気分を害させない、練習内容はあまり走らされずボールを打たせてくれ、ほどよく汗がかけて、ミスしても問題ない雰囲気作りを常に心がけるコーチ努力、ほとんどの生徒が優しい笑顔である。レッスンの終わりには皆さんがこの上なく頑張ったことを優しく称える言葉が続きキラキラした笑顔で「また来週!」と丁寧に一礼。コートを後にする生徒たちは口々に「楽しかったわね~」「ね~」・・・』
こう言うスタイルを「優しい」と思われる方々もいらっしゃいます。極一般的なサービス型テニススクールの典型的な「優しいレッスン」、私もここまでの優しさに包まれたらそのコーチに惚れてしまうかもしれません。ただ、コーチに心奪われてしまったとしてもテニスは上達出来ないような気がします。
私のレッスンは「正反対」・・・だったりするのかな~。これもタイプなのです。良し悪しは生徒が決めてますからわかりません。ただ、生徒が上達しない(出来ない)と落ち着きません。それだけです。

土曜日シングルスクラスの皆さん、今年から始めた「2分間振り回し」休まず(レッスン休校以外)続けて来て間もなく1年です。これも一つの「達成」です。当初は長い長い2分間がすでに物足りなくなっている選手もいれば「まだ辛い」選手も。球出ししながらその苦しさは自身分かっていますが間違いなく皆さんの体に刺激を与え筋肉や神経が活性化し進化しています。
とは言え毎週感心しています。きっと強く、そして上達しますから。

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技術と我流        2015.11.10

先日、東京モーターショーを見に行きました。自動車メーカーが若者の「車離れ」と嘆く昨今ではありますがどうして。会場には老若男女、初詣の明治神宮くらいに人・人・人・・・。
購入意欲をそそる車が見つかったかどうかは分かりませんが関心は多いのでしょう。
使い勝手の良さそうな実用重視を目的にした車から、近未来へのコンセプトカーまで各社様々なアピールを繰り広げた会場は熱気すら感じましたが、私の好きなGMの出展がなかったのは残念です。GMと言えば「大きくて強い」まさにアメリカを象徴したような車が多くラインアップ、無駄にエンジンは大きく燃費は最悪・・・でしたが。
時代なのでしょう。各社共々ハイブリッド、電気、水素などシステムやエネルギーがエコを前面に出してます。最新型のポルシェ社ボクスターがプラグインで展示されていたのには少々ビックリ、化石燃料の時代が終わることをあらためて実感しました。
「いいな~」と眺めているだけですが、やはり車には「夢」がありますね。「夢」のある車が魅了的です。

本題です。
テニスはお互いにボールを相手コートに打ち合う競技です。単純に解釈すればただそれだけのことなのですが、相手にボールを打ち返させないために効果的なショットやプレーを作り上げることが課題となり、プレーヤーは日々それらを鍛錬しているのです。
各ショットは、言わば将棋の駒。いかに自身の駒が強い駒を揃えているかがレベルや勝敗に大きく関わることは周知のこと。ボールを打つ感覚は人それぞれ、身体能力によりスイングの大きさや力の入れ具合はラケットを握った本人にしか調整は出来ません。逆に言えば自身で場面に合わせた調整が出来れば問題ないのです。
「感覚」とは十人十色。過去の経験(テニス以外のスポーツなど)で類似した動作の延長から探ってみたり、プロの打ち方を見てイメージしたパフォーマンスを真似てみることも上達のきっかけになったり。

感覚だけでテニスを続けていても上達は出来るのです。

指導者や上級者からのアドバイスがなくても「ある程度」のレベルまでは自身の力で上達出来ることでしょう。もちろん練習量はしっかり必要ですが。

しかし「ある程度」以上のレベルを求めた場合、我流だけでは十分な技術導入は難しくなることでしょう。
私たち指導者は選手(特にジュニア)がテクニックを習得する際に間違った癖をつけてしまうことと、選手自身が間違った解釈のまま練習を続けていることに十分な配慮を置かなければなりません。どんなに良くなろうとして努力をしていても、やろうとしていることが間違っていれば(極端な言い方ですが)「駄目テニス」を固めているだけに過ぎず無駄な時間と努力になってしまうのです。やるべきことを正しく理解し、正しいアプローチをしていれば個人差こそあれきっと報われるのです。

2ヵ月ほど前からレッスンが始まった選手(一般)、ストローク力もありボレーも安定しています。しかしサーブは「えっ!」と思うほどレベルが低く、本人もそこが課題とし取り組むことになりました。厚めのイースタングリップから正面を向いたまま力加減だけで打つセカンドサーブ。本人曰く「試合で緊張すると入らなくなる」と・・・。その打ち方で入らなくなるとはバンジージャンプをするくらいの緊張感なのだろうか。
私が思うところ、精神的に弱いから入らなくなるのではなく、そういう打ち方だから試合という緊張感の高まった中で入らなくなる「技術」なのだと。
小手先の矯正だけで成果を出すことは簡単ですがクオリティーは上がりません。グリップを変え、振り切ってもオーバーしにくい薄い当たりの習得に着手するのは選手自身に大きな勇気が必要となります。今まで積み上げていたものは崩れ、変更からしばらくはボールが思ったとおりには入らず試合にも勝てません。アドバイスのみならず本人の努力(練習時間の捻出)も然りです。しかし、ここで踏ん張り選手自身の可能性を潰してはいけないと、「本物」を目指し「本気」で追求し続けることに双方合意のもと決めました。
どれだけの時間がかかるかは私にも分かりません。それでも選手の意志と私の意向が同じものである限り、結果は「達成」以外の何ものでもありません。
大きくワイドに逃げて行くスライスサーブ。バック側に大きく弾むスピンサーブ。鍛錬し完成したセカンドサーブを受ける日が今から楽しみです。

【追記】
ここ最近、選手が「気持ちの準備」をせずにレッスンに来ることを多々目立ち渇入れました。
自身、生徒の立場だった頃はコーチが怖くて仕方なかったけど、だからこそ試合の緊張感なんて「屁」みたいに感じてた。1分でも無駄にしてほしくない。少しでも集中する時間を多く。少しでも自分を厳しく。どんなに頑張ってもレッスン時間には限りがあり、それは自分のための時間なのだから。
温度差・・・なのかなぁ・・・。
 

「足」で打つ      2015.10.30

ハロウィン、今年も昨年以上に盛り上がってます!過熱です過熱!
経済効果も軒並み右肩上がりでバレンタインやホワイトデーを抜き今年は1200億円超えとの試算も。衣装(パーティーコーナーから特設会場に昇格)、お菓子(やたらパッケージが目立ちます)、装飾費用(年々派手になってますね~)、その他もろもろ・・・。ドン○・ホー○商売繁盛でございます。
クリスマスを目前にここまで盛況になっちゃうと、益々年末は「忙しくて楽しい」バケーションに。きっと自分がコスチュームや化粧で着飾る(変化する)ことの楽しみが若者のみならず幅広い年齢層にウケてるのでしょうね。気が付いた人が多くなったんだと思います、「変化する」ことの楽しみが。
私も思い切って仮装や化粧して繰り出したい気持ち今年も抑えなければなりませんが、衣装なのか?コスプレ好きなのか?一年に5~6回仮装する知人のTD代表は何に変身するのでしょう!?

表題です。
S.エドバーグはR.フェデラーにベースラインからネットタッチダッシュを全力で5回繰り返してからネットプレーの練習をします。これは彼のプレーに前後の動きを徹底的に強化する必要があると判断したとのこと。A.モーレスモはA.マレーに100mダッシュを連続10回トレーニングメニューに組み込んだ理由はクレーコートで進化することが彼のレベルアップに不可欠と判断したためでした。
もし皆さんが、現在のレベルよりももっと高い場所を目指し、世界のトップレベルクラスに引き上げることを望めばこれら相当のトレーニングで下半身強化を徹底することは必須でしょう。世界のスピードで打ち込まれ、世界のスピードで振り回され、そして世界のスピードで打ち返すスタンスが必要なのですから。
しかし安心してください。これらのようなトレーニングを必要とされる対象者には相応なメニューをカスタマイズし実践することが望ましいと考えますが、もっと身近で「出来る範囲」のトレーニングを用いフットワークを向上させることも可能なのですから。

例えば駿足でなくとも「すばしっこいフットワーク」
●コートカバーリング
●打点へのポジショニング
●リズムとタイミング
テニスに必要なフットワークはただ単に移動を目的とした足運びのみならず、動きの中での予測やスタートの速さ、ボールへの入り方、よりリズムのあるアクションからのスイングなど。特筆したいのは現在の筋力を強靭に鍛えるまでもなく上達出来る要素「リズムとタイミング」。テニスのショットは全てが全身運動であり、ほとんどの動きが下半身(足)から始まるので上半身(ラケットワーク)に意識を置く前に足にリズム(ピョンピョン飛んだり、小刻みに動いたり)を作りながら次のボールのスタートを切れることがポイントと考えます。例えるならばボクサーがリングの上を飛び跳ねながら動く様。
このパフォーマンスが出来ると、とても自然な動きの中からボールを打つことが出来、足→上→腕→ラケットの順番で流れるスイングが可能となります。

次に、実際のプレーでは十分な体勢を保ちボールを打てることが少なく、ほとんどのボールは動きながら打ったり体勢が不十分の状況でラケットを振らなければなりません。
「しっかり止まって、軸足を作って、十分チカラを貯めて・・・」これらはなかなか出来にくい状態なのです。むしろ「動きながら打つ」(走りながら打ったり、飛び上がって打ったり)ことを練習に多く取り入れ、この状況に慣れることも上達に優先される要素となります。プロの試合を観るとお分かりと思いますが、あんな体勢からよく打てるな!と感心することも多い・・・だからこそプロフェッショナルなのですが、参考になるシーンは星の数ほど。

上記フットワークについて、まだまだ一部分に過ぎませんが思い当たる方は意識してみてください。

【嘆き】
「本気」って人によって差があることと分かっていても・・・、歯痒く思う今日この頃。
温度を合わせることが出来なくなると自分が苦しい・・・。fightみんな!fight自分!

こどもらしさ...     2015.10.21

先日、帰宅途中で珍しい光景に遭遇しました。近所の川(用水路)が緑地計画により幅と深さを増し整備され、少々水がキレイになりました・・・とは言えまだ魚が泳ぐほどには至らず「ドブ」と呼ばれても仕方ない程度の有様です。
そんな場所で男の子(小学3~4年生)たちが腰まで水に浸かり、魚捕りの網を片手に泥だらけ。「子供らしい光景だなぁ・・・」と信号待ちの間眺めていました。やがて車も流れ出し視線を前に移しましたが、なんとなく気になる。川の深さと流れの速さ・・・。
「万が一・・・」と思い助手席の奥様にことわり子供たちのもとへ。
車を降りて草むら掻き分け進めばこれまた顔がほころぶ光景が。。。靴、靴下、ズボンが何着も脱ぎ散らかしてあり、小さい自転車が3台無造作に横たわる様は、子供たちにとって川に入ることの魅力がまるで絵に描いたように。

「何か魚捕れるの?」と聞けば「うん・・・たぶん。」と目を合わさずに。
魚がいるから川に入ったのではなさそうな回答であったが、「何か!?」が子供たち(男の子)には魅力であり、存在の確信はなくとも自ら探し求め行動することが楽しいものなのである・・・、いやそうであって欲しい。
許される時間のほとんどをインドア系の楽しみに費やす昨今の子供事情、泥だらけになりやっと捕まえたザリガニ1匹で一喜一憂出来る感動をいつまでも持っていてほしい。

「しっかり捕まえるんだよ!でも流れが速くて危ないから気をつけて。」
叱るつもりは毛頭なく見ず知らずの大人から注意をされて喜ぶ子供は一人もいないが事故に遭っては絶対ならない。フレンドリーに促したつもりだが伝わったかどうか。
きっと彼らは帰宅し母親にきつく叱られるのであろう。危険な川遊びをしたことに?いやいや泥だらけになったシャツを見て・・・

「まったくもう!誰が洗濯するの!」

わんぱくでもいい、逞しく育ってほしい、○ダイハム(笑)

【次回予告】
手ニス?足ニス?・・・細かく足を動かせばもっとボールが入ってくる!ミスを減らすのは「リズムとボディーバランス」乞うご期待!!
 

三機編隊         2015.10.14

ラグビー日本代表、BEST8進出ならずともグループ3勝と歴史に大きな記録と記憶を残し、4年後のワールドカップが今大会以上に注目される礎を築いたと思います。なにより日本中を元気に(私だけ?)してくれました。何度も言ってしまいますが、私のラグビー熱は単なる「にわか」に過ぎません。しかし、にわかであれ心から抑揚させ、たった一つのプレーがまるでロジャー・フェデラーのバックハンドウイナー10本分を彷彿させる競技との出会いは数十年ぶりと感じます。
彼らの苦しくも目標に向けた4年間がまた始まります。これからの4年間はきっと以前の同じ時間以上にバックボーンが大きく強く、そして多くの声や温かい手に支えられることでしょう。
私に出来ることって・・・、少し考えてみましょう。

表題です。
約1年ぶりに「級友」との会食。以前は毎日のように顔を合わせ、愚痴も出ればお互いの顔色や健康を気にかけ、公私共々「必要」な存在を分かち合った同じ穴の狢、仲間である。
それぞれが「事情」により古巣を後にし、それぞれの道に。それは望んで歩むことと課せられた道ゆえ心身ともに厳しさもある。されどテニス道でありテニス人の性。

話ことは近況報告から始まり、仕事上の愚痴もしっかり吐き出す。うなずく話が多いが、1人が自分なりの考えをハッキリ言い、そしてそれを噛み砕き自分の意見を重ねながらアイデアが生まれる。とてもいい関係性がそこにはあることをあらためて感じる。
それぞれが「持ち味」を生かして活動していた。信号機に3つの色がありそれぞれの意味や理由、そして役割がある。自身この歳になり人間関係において「黄色」の役割がとても重要なことが多いことを実感している。機械が1(実行)と0(停止)の信号を複雑かつ敏速に発しているシステムのように、10数年前の私は考える前に先ず行動、「やれることをやれるだけやる」、結果を見てから反省し根拠もなければ経営論も自分の思いつきが全て、こんな私(自社)に文句も言わず付き合ってくれたことは感謝以外の何ものでもない・・・。

先頭を走る自分を後続の2人が着かず離れず擁護・支持し、突き進むも後退するも、攻撃するも逃げるも自身の判断に従い、今思えば「自由」な関係(環境)であったにも関わらず長く良い編隊が組めていたと思う。

「また共に歩むことは・・・」

そんな感情が込み上げる。今以上・・・、いや以前以上に仕事が楽しくなれることだろう。
その実現は簡単なことではないが可能性を含めた空気が会話に漂う。。。
様々な「条件」を背負わなければならない難問であるにせよ、あらたに「三機編隊」を組み真のテニス道に尽力するのも一興ではないか。

朝9:30に顔を合わせ、2軒を梯子し気がつけば午後4:00。まだまだ話し足らないが楽しく有意義な時間があっという間に過ぎるのは大人も子供も同じこと。
会の後半で佐藤氏が渡してくれた贈り物「フィアット500F」(ミニカー)、ルパン三世の愛車である。

「フリーダムに生きている人に贈っている・・・」

フリーダムに生きることとルパン三世の愛車がどう繋がるのかは、きっと彼の心の中に回答があるとして三機編隊と登場人物の3人・・・、少々意味深と思ったが果たして誰がルパン?次元?五右衛門?

PS.錦織選手、思わぬ敗戦が続きますがこれもきっと彼が頂点に立つことに必要な結果なのでしょう。昨日、年間最終マスターズ(上海)の1回戦でロジャーが予選上がりの選手に負けました。決して調子が悪かったわけではない内容でしたが、以前のラファの言葉通り「永遠に勝ち続けることは出来ない、それが人生であるように・・・」を思い出しました。
少し早いのですが上海にロジャーが居ない以上、ATPファイナルが楽しみです。

命をかけて       2015.10.8

朝夕肌寒さを通り過ぎてコートやダウンジャケットの暖かさが前の冬を思い出させる今日この頃・・・。
少しブログアップに間が空いてしまい、書きたいことがアレコレあってもPCに向かう時間が後回しになってしまう過密(?)スケジュール馬鹿野郎!

ラグビー日本代表、サモアに勝ちましたね!ほぼワンサイドゲームでしたが観ていて(仕事帰りに車中にて)選手たちのパワー漲るプレーに、にわかラグビーファンの私も元気を貰えました。同じスポーツでもテニスと比較することは少々首を傾げてしまうところもありますが個人的に思ったこと・・・

「子供たちはどう見ているのか!?」

「カッコいい!僕もラグビーやりたい!」と思う子供がどのくらいいたのだろうか・・・。
今までにメディアに露出することが少ない競技でもあり、子供たちにとっては今回のワールドカップで初めて試合を見た子も多いはず。事実私も恥ずかしながら約30年前のドラマ「スクールウォーズ」以来の感心ごととなっています。
心身ともに極限まで鍛え上げ、まさに文字通り「体と体のぶつけ合い」、テニスに比べれば怪我をする可能性が何十倍もあることは一目瞭然。こんなスポーツに魅力を感じた子供がどのくらいいるのだろう。

one for all   all for one
テニス(シングルス)は個人競技であり、チームワークプレーではありません。プレースタイルに協調性に値する課題がありません。自分が役割の全てであり、「自分さえ」と考えて判断・行動すること然りです。「前へ、前へ!」と思うがあまり、周りが見えなくなることもあったり。正直、子供たちにはチーム競技からスタートすることが発育への影響を考えるといいと思っています。
チームは学校であり、部活であり、家族であり、そして社会そのものであるのですから。
助け、助けられる。支え合うことを学び身に着くことはサービスエースを取ることよりも大事なことと。
 

結婚間もない、とある代表選手が家族に語った言葉が・・・
「この試合に命をかけて練習してきた。だから命をかけて戦う。死ぬかもしれない。そうなればいい人を探せ。」

まるで召集を受け戦地に向かう兵隊の言葉。テニスにこう言った言葉はとても似合わず考えにくく、「命をかけて・・・」の言葉が私の心に響いた。
テニスも命をかけて取り組めばどうにかなるはずだ。死ぬことを思えば何でも出来る・・・のではないだろうか。死ぬことは痛くて苦しくて、勇気もいること、そして周りの家族や知人を悲しみの淵に落としこむ・・・。死ぬほうが楽・・・では決してないはず。
奥様、ニッコリ笑って「生きて帰ってきてね。」

五郎丸選手のゴールキック前のルーティーン、とても素敵なポーズですね。もう小学生の子供たちが真似てます。彼、集中域に入った顔もいいですね、少し甘めで女性ファン多いことでしょう。

【追記】
楽天ジャパンオープン、シード選手の相次ぐ早期敗退目立ちますが錦織選手は順調ですね。ワウリンカも。やはりセンターコートで観戦すると迫力・臨場感全然違います。打ったボールの質感までもが感じられるのは同じ空間ならでは!毎日会場に居られたらいいのにと。
ITF(国際テニス連盟)の役員が日本でのツアー大会を増やすことを提案されたそうです。錦織人気からテニスファン(需要)を確信し、その際開催場所は大阪か神戸が候補と。これが成立し開催されれば、もっともっとトップ選手たちが日本に来ますね!嬉しい限りです。

 

炎・・・        2015.9.28

【2015ラグビーワールドカップ】
選手、関係者ならびにラグビー有識者の皆様方には大変失礼なことと思いますが、日本チームのレベルが今大会を視聴して「ここまで強かった!?」と。「ラグビー」という言葉を口に出すことすら一年に一回あるかどうか。。。
南アフリカ戦、様々な評価がされていますが観戦者にはお分かりのように何を言おうとも攻守共に優勝候補国と互角のせめぎ合い、そして勝利であったこと。
スコットランド戦、前半終了間際の五郎丸選手が相手ゴールライン手前で見せた「炎のタックル」は痺れました、震えました。しかし踏ん張りもここまでか、後半の連続トライを許してしまってからは怒涛の攻撃に足が止まってしまったような・・・。
残り予選リーグ、楽しみで待ち遠しいのは「見る側」の気楽な思い。選手の皆さんは緊張?いやいやきっと待ち遠しく日々練習に精進していることでしょう。
なかなかメディアに取り上げられることの少ない日本ラグビーでしたが今大会の活躍で今後は試合を報道・放映されることを期待したいですね。

【炎の体育会TV『松岡修造のテニス合宿』】
ご覧になりましたか!?「修造チャレンジ」とも合わせてこの企画はテニスを「指導する側」にいる立場として楽しく視聴しています。毎回修造さんは暑く語り、息苦しくなるほど子供たちを攻め(指導し)ます。今回、気になったことの一つが参加選手のテニスレベルが過去回よりも「低め」であったこと。これはコンセプトが「精神的に弱い自分からの脱却=メンタル強化」であったため、あえて選手レベルを優先にせず、キャラクター性を重視したキャスト構成?と捉えました。
練習では強気でいられるのに試合になると頭の中が真っ白になってしまう自分、親が怖くて褒められたくて親のためにテニスをしている自分、いじめに合い、学校に行かなくなってしまった自分、いつもお兄ちゃんに頼ってばかりの自分・・・。
運動量はたいしたことないが、緊張感高まるカリキュラムと生徒と真摯に向き合う面談はコーチとして共鳴し、学ぶべき言葉も多い。だがメリハリを付けるため?番組構成上?アニメ人気キャラクター(着ぐるみ)起用やアイドルグループのダンス引用による学芸会の雰囲気、これもまた心が病んでいる子供には大切な演出と思える。

(昨今、言葉を口から出すことがままならない子供が多い。話しても表情が無く唇が微かに動く程度の喋り方。笑顔だけでも光輝く歳頃なのに、まるで笑うことを忘れてしまったような子供たちには先ず笑える環境(演出)作りが手っ取り早い。好きなキャラクターの話、好きなゲームの話、人気漫才のキャッチフレーズ使って道化になれれば笑ってくれる。)

最終日、親を前に修造の厳格な最終テストが始まる。子供たちの意志だけでは動かないはずの足が跳ね、そして言葉が力強く口から吐き出される、それは心を決めたかのように。。。
本人たちが気付いているかどうかは分かりませんが、この企画に参加した(出来た)子供たちは人生に大きなカンフル剤を打たれたと思います。将来の自分の成長に大きく役立つような。

私も、そんな指導を心がけたい。



・・・番組最後のオチ(子供たちの言葉)、最高でした!

継続はチカラなり        2015.9.23

デ杯ワールドグループ プレーオフ
例年の如く錦織のみの勝利(2-3)でゾーン落ちを覚悟していた最終戦、そこには進化した太郎が、攻めればエースを積み重ね、守れば切り替えしてポイントウオン!
私思うところ、体格、環境、性格、そしてプレースタイルから上位進出に大きく期待していた日本人選手の一人でしたが、今回のダニエルくんは強かった。
そもそも今回のメンバー発表を見て植田監督の采配には共鳴し、ここ2~3年は「なぜ若手を起用しない?」と。錦織の勝利は然り、その他3本でなんとか1勝。その1勝を「期待の新人」に託すことが日本テニス界の将来に繋げるチャレンジと・・・、添田、伊藤の居ないデ杯を何年ぶりに見た!と、ふと・・・。
「強い!」「錦織に続く!」と期待され、GS大会などの本戦に入り1回戦を勝ち上がる選手を通して思うのは「小さい」こと。生粋の東洋人であることの宿命のような。
メジャーリーグを見ていつも思うこと。それは・・・、

ダルビッシュが野球ではなくてテニスを選んでいたらどれだけ強くなれたんだろう!?

女子では期待の若手、一人います。   大坂なおみ選手
大阪生まれで父がアメリカ人、母が日本人のハーフでアメリカ育ち。一昨日負けてしまいましたが東レPPOにも出てました。とても体格がよく日本人離れしています。サーブ速いです。まだ17歳にして200キロオーバー叩いてます。「和製セレナ」との呼び声も。

顔はセレナではなくGENERATIONSの関口メ○ディーによく似ています。


本題です。
先日、選手(生徒)の一人から連絡が入り、練習中にふくらはぎに痛みを感じ、医者に行ったところ「肉離れ」との診断であったと。特に激しいパフォーマンスをした訳でもなく、ラリー中に突然起きた怪我のようです。全治2ヶ月。
もともと彼はテニスが三度の飯よりも、寝ることよりも大好きなタイプ、この日も自身で環境を求め「練習会」に参加してのアクシデント。

特筆したいことは彼は「レッスンを休まない」こと。何年前からか?は定かではありませんが、ここ3年は皆勤賞です。前日の夜中に会社から呼び出されても、明け方までテニスの試合を観ていても、そしてレッスンに向かう朝バイクで転倒し、ズボンは破れて足から血を流し片足引きずってでもレッスンに来て、もちろん「出来る範囲」で振り回しやら練習します。

彼のレッスンには100本打ち込みや2分間振り回しなどハードメニューが組み込まれています。
嘘かホントか弱音を吐いた生徒に・・・

「練習なんだからキツクテあたりまえ」

と自負していることを人聞きしました。
言葉少なく黙々と練習をこなし、ここ最近実践では「勝ち方」を覚え弱者には負けなくなり、さらに「チャレンジ精神」はもともと標準装備、近い将来私にも勝つことでしょう。

2ヶ月間ボールが打てず我慢出来るとは到底思えず、自身でも「驚異的な回復・・・」を期待しているようなので、無理は禁物と言っても打てる範囲で練習出来る時期になれば「上半身強化」をテーマに足をひきずってでもコートにやってくることでしょう。

彼、生粋のテニス人でありITI塾生「鏡の一人」です。



昨日、久しぶりに家族3人でお出かけ。由比ガ浜~鎌倉へ。
何年ぶりに来たんだろう?って考えたら3年ぶり。泳いでいるのは子供くらい。波のない凪が一層夏が終わって静かになったことを知らせているよう。

「暑かったけど、短かったな、今年の夏・・・」

こんな歌の台詞、前を歩く2人を見ながらふと思い出した。
海ってやっぱりいいな。今度はいつここに来られるのかな?早くまた来たいな!早くまた3人で。
 

アドバイス

2015USオープン男子決勝RF 初戦から圧倒すべく実力者の貫禄は1年前の大会よりもさらに大きく、強く、そしてエレガントなスタイルは新たな「攻撃性」を兼ね備え、18度目の歓喜が願望や憶測だけではない、リアルな評価であることを私のみならず世界中のロジャーファンが確信さえ持ち、試合開始を待つ3時間が落ち着かなかった昨日の朝・・・。
決してロジャーの調子が悪かったのではないゲームだった。しかしジョコは、進化し続ける研ぎ澄まされた「No.1」の刃でも貫くことは出来ないほどの実力を証明した・・・のかもしれない
今タイトルを逃したものの「SABR」の手ごたえが、さらなる進化への切り口になることを予感させ、決勝戦は世界の頂点を極めた勝負に相応しい内容でした。

女子決勝・・・ん~、別の大会の決勝戦を間違えて放送してしまったの?と勘違いしてしまうくらいレベルが・・・と感じたのは私だけでしょうか?ミックスのほうが面白かったですね!

本題です。
何かアドバイスを送ることに必ずしも「言葉」を使うことだけとは限りません。
送る(打つ)ボールに思いを込めて!だったり、時に「態度」や「目線」であったりすることもケースbyケースで意図的にコントロールします。
「言葉」とは時に便利であり説得や納得に必要な理論を細部に伝える常套手段ではありますが、聞き受け取る側にとっては意味の取り違いや勘違い、感情表現によっては論点すらズレてしまうことの可能性もあります。
また、言葉を多く求める生徒やそのタイミング、逆に言葉よりもパフォーマンスや実感(打つ・受ける)が優先されるテーマなども大切な要素です。

ある生徒(女子)は理論派で、腕の回内やリストワークを骨の稼動範囲・状態から説明することで理解し前進しました。
ある生徒(男子)は体感派で、パフォーマンスを目視させ、足を動かしボールを打ち続けることで体得し向上しました。
簡単に言えば「頭で覚えるか!?体で覚えるか!?」
男女に分かれることではありませんが、比較的女子に理論派は多いと感じます。男子は「気合でやり抜け!」派が多かったり。

ある生徒は、「褒める言葉は必要ないので指摘が欲しい」
ウィークポイントを改善することで現状よりもレベルアップ出来ることを理解している(出来ている)タイプ。コンセプチュアルスキル(自己分析)が高い。
ある生徒は、「アドバイスはいらない。○○なボールを打って欲しい」
打つ(受ける)ことでタイミングや力量、スイングパターンなどのパフォーマンスを調整することが練習課題であり、自己解決に向上出来るタイプ。マネージメントスキル(管理・最適化)が高い。

生徒のタイプの良し悪しではありません。上達する練習とは自身が「何をどうしたいか?」「必要なことは何か?」「何をすればよいか?」これらがハッキリしていること。そしてその「何?」に必要な環境を整えることが私たちコーチの「仕事」と考えています。
話し出せば止まらなくなるのが私であり、打たせればこれまた止まらなくなるのも私です。

レッスンとは、健康的にただ汗をかくだけの時間ではありません。自己実現に向け、時には言葉が多くなり足やラケットの動きが止まり、時には何も話さず黙々と打ち続けることでしょう。生徒によりその場、その時で「やり方」は十人十色。
上達の実感が得られずコートを去ることも多いと思われますが、課題や目標が見つかればその日の練習(レッスン)は上達の「第一歩」です。


あと2週間もすれば「楽天ジャパンオープン」始まりますね。錦織選手はじめ、ワウリンカ、チリッチ、モンフィス、デミトロフ・・・、キ○オスの髪型は見てみたいと思いますが、きっとすぐ負けるんでしょうねぇ、正々堂々と試合しない卑○者は。。。

 

オーバーヘッド

連日のUSオープンでだいぶ寝不足な日々を過ごされている貴兄も多いと察しますが「見る」ことから得られる情報ほど正確なものはありませんから睡眠は会社や学校でしっかり取ってテニス観戦に臨みましょう。

本題です。
《オーバーヘッド》~サーブとスマッシュ~
より攻撃的なショットを目的にスイングパターンを形成する。目的の一つは「スイングスピード」をより速くすることである。下半身の体重移動や脚力のパワー伝達、上半身の捻りや肩の回旋、腕の回内運動と連動したリストワーク。
これらの運動は野球のピッチングフォームとほぼ同一であり、幼少期に野球に触れる機会の多い男子にとっては「極々自然」な形と思われます。
それ故、ボール投げをあまり経験して来なかった場合や女子にとっては自然な動作ではなく、
下半身から、そして上半身の各稼動範囲について一連の動きがスムーズになるには練習量と時間が必要となりますが、身に付くまでには結果を重視してしまうがために厚めの握りで手先だけで面を作りボールを打つ「お○さんサーブ」が現実であることは否めません。

私の本音は・・・
卒業しましょう、「○ばさんサーブ」!!

サーブの成功率だけを上げることが目的のショットになってしまえば威力もなく攻撃性の得られない本末転倒の展開ご勘弁。サーブは唯一手で持ってボールが打てるショットなのですから。
ジュニアは覚えるのが早い・・・、ただ単に筋力があり練習量を多く取れるからと、これまたお嘆きの貴兄もいらっしゃることと思いますが、一般(大人)の生徒でも努力次第で十分腕の回内、内転、回旋を取り入れた美しいフォームでサーブを打てるようになった方たくさんいらっしゃいます。しかしこの方々、陰努(陰ながらの努力)怠ってません。素振りなどしっかりやってます、しかも継続的に。素晴らしい・・・、いや当たり前!?

私の自論となりますが・・・
「打てればなんでもいい」・・・なんでもよくありません。怪我します。
「フォームは関係ない」・・・いいフォームは美しいだけでなくパワーを兼ね備えます。
「ラケットは何処のメーカーでも同じ」・・・ウイルソンがNo.1に決まってます。


今週末、ロジャーが18度目の両手を空に向かって大きく掲げる日がやって参ります。皆さん、シャンパンやワインの用意はお済ですか!?もちろんいつもより「いいお酒」をですよ!

【追記】
坐骨神経痛、だいぶよくなり、打つボールに70%くらいパワーを伝えられることを実感出来てきました。それでも生徒には負けませんが悪しからず。
あと少しで完全となるでしょう。

怪我の功名                     2015.9.2

2015全米オープン
錦織選手の初戦敗退はとても残念な結果でありセンセーショナルでした。
「やり難い」相手だったと思います。実力?爆発力もある選手でした。
結果論ですが、第4セットのマッチポイント、取れてればな~って。
昨年の準優勝、そして今年の活躍から「今年は優勝!」と安易に決め付けられてしまっていた空気、テニスに限らずスポーツ界ではそう簡単なことではないですから。
錦織選手、本当の意味での「BIG4」までにはまだまだ経験と実績が必要なのでしょう。

表題です。
坐骨神経痛の痛みもだいぶ落ち着き、ぼちぼちレッスンを再開出来るようになりました。
まだ走ることが厳しい中、生徒とのラリーでは右足の負荷がかけられない分、上半身の使い方を調整しながら打つことでいくつか発見がありました。

<体重や脚力からパワーが得られないことをどうカバーするのか!?>
●球威よりもコース!(プレースメント)
●スライス系が上手くて良かった!(自我自賛)
●足が使えない分、頭を使う。(相手を見切れば楽勝)
●取れないボールは無視。(余計な労力は無駄)

痛々しい姿で復帰しましたが、シングルスではジュニア(高校生)にも負けてません。
「今日の俺に勝てなければ一生勝てないぞ!」と脅しめいた口調で囃し立てましたが「亀の甲より年の功」、やはり私は強かった。

ゴルフにこんな言葉があります・・・「10%の筋力と90%の能力を競うスポーツ」
テニスはゴルフと比べると、筋力や脚力の運度量および負荷は相当な差がありますので当然鍛えるべき場所(部位)やそのトレーニング方法に違いがあって当然であり「10%の筋力・・・」では足らない部分が多いと思いますが、かといってより速いスイングスピードを得るため、より速くコートを走るためにフィジカルばかりを鍛え発達させることだけでは事足りていません。

「頭の筋肉を鍛える」こともトレーニング(考察・カリキュラム・ドリル)として必要(重要)であり不可欠。むしろ頭が良くなれば筋力の不足分をプレーでカバー出来るということ。

普段、何気なしに練習している内容は「万全」をベースに組み立て、選手にとって、そして私自身にとっても課すことがほとんどです。
例えば、肩が痛くてサーブが普段通りに打てなくなった状況だったり、疲労で足が痙攣しそうになったら・・・、しかも試合中突然それやってくることもあるのですから。
選手であればこんな状況は必然と考えてもいいでしょう。
随分前の話ですが、インフルエンザにかかっている中(後に判明)39度の高熱で試合に出たことがありました。結果は初戦敗退からのコンソレ優勝、計5試合こなしました。
あの時は意識朦朧とする中、不思議とコートに入ると気分も冴えてきて。それでも一試合終わるたびに「もう帰ろう、絶対帰ろう」と思いながら本部に行くと「糸井さん、次の試合○番コートで!」みたいな・・・。

「リタイア・・・」これも一つの判断です。その後のことを考えれば賢明な判断でもあるのですから。
しかしラファエル・ナダルは絶対にリタイアしない選手としても有名ですが、どんな状況でも最後まで戦い抜きます。もちろん負けることになっても・・・。不屈の精神ですね。


いつ全快出来るのか!?
早くコートを走り回りたいです。思いっきり走ってストレートのパッシング・・・と思わせてクロスにアングル・・・と思わせてトップスピンロブ・・・と思わせて正面にボディーアタック・・・

テニスって本当に楽しい!


【追記】自称ラーメン評論家である元愛弟子からのオススメで津田沼にある「栄昇ラーメン」を食しましたが美味い!ホントに美味い!!魚介系の出汁お好きな方は是非!

 

映画出演                     2015.8.25

ATP1000シンシナティー
ロジャー優勝に坐骨神経痛を忘れてしまうほど歓喜しています。しかも決勝はジョコに快勝、進化したネットプレーが際立つ(21/28)刷新なスタイルはスタイリッシュにフェデラーの真骨頂。
強くて美しいプレーが18度目のGSタイトル奪取を感じさせる。

表題です。
元教え子のジュニアからの依頼でドキュメント映画の製作に協力することになり、初めての撮影を行いました。インタビュー撮影だったのですがカメラを向けられて話すことがこんなに緊張するとは思わず、普段のレッスンの自分は何処に行ってしまったのでしょう。。。
シチュエーションはオープンカフェ。質問に対して論ずるインタビュー形式ですが、カメラが回らないときには声の大きさ、顔の表情、リアクションが自然体、むしろ流暢に演じることも自信がある(出来ていると思う)ことが、回った途端に表情は固まり、言葉は震え、同じ言葉を繰り返しまとまりのないコメントばかりに、やがてわきの下から流れる汗・・・。
行き交う人が興味気に小声で囁きながら見ていることがさらに緊張感を増してしまう。
テレビで俳優やタレント、解説者が当たり前のように物事を演じ、説明していることがこんなに難しいとは思ってもいませんでした。
映画のコンセプトはドキュメントなので、出来る限り「ありのまま」がいいと思う。しかしこのままではきっと絵的にはインパクトがなくどんなに編集が上手く出来ても観る側からは「つまらない作品」で終わってしまうことが不本意である。
ノンフィクションとはどこまで演出を加えていいのか?作者が伝えたいテーマは強調するべきなのだろう。
自称、タイプは「おとなしく控えめ」とは真逆の「攻撃的かつ前衛的」である・・・がカメラの前では本領発揮出来ないことが悔しい。まだまだこれから様々なシーンのロケが予定されている。オンコート(レッスン風景など)ではカメラを意識せず普段の自分らしさを出せるのだろうか?心配もあるが興味深々、楽しみでもある。

今回のロケでふと感じたことは、テニスの「練習」と「試合(本番)」と同じことなのだろう。いいのか悪いのか分かりませんが、キャリアや経験から試合でガチに緊張することはもうほとんどありませんが、カメラを前にして硬くなった自分と、経験の少ない選手が試合のコートに入った時と同じ感じなのでしょう。
ここ最近、緊張感を感じたのはTDSのTOT落下直前くらい。なかなか新鮮な感覚でもある。
彼の作品の出来栄えのためにも、そして私自身のためにも、少しでも完成度が上がるように。

残念なことは完成作品を皆さんにお見せ出来ないことと、今回の出演で俳優デビューのオファーがあった場合、皆さんのレッスンに影響するかもしれませんがその際はご了承ください。

腰痛。コートに立つことは出来るようになりましたが、まだ万全ではなく負荷をかけないようなパフォーマンスの範囲でしか動けません。今しばらくは皆さんにご迷惑おかけしそうです。ごめんなさい。
それでもこんな私ですから声は大きく、そして打ち負けることはないでしょう。本気で私を倒しに来てください。

成長                         2015.8.19

ロジャーズカップATP1000
錦織選手惜しくも(?)準決勝で姿が消えてしまいました。
ふと感じたことは、ウインブルドンでもラウンドこそ違えど同じ結末だったように今年は2年前の状態(体調)がぶり返し、リタイアや欠場の大会結果がちょいちょい。。。昨年は怪我の少ない(目立たない?)シーズンを過ごせたと。もちろん優勝もしていますのでアベレージが上がっていることには間違いないのですが、年齢やキャリアも一流選手として脂が乗っている時期であり、他の上位選手は2週、3週と続けて戦い抜き優勝しています。本来兼ね備えた「肉体」の問題なのでしょうか・・・!?
そう言えば去年のUSオープン前も腰と背中、足裏の手術と重なり、心配しましたがフラッシングメドーでは光輝いてましたね!ならば今年も・・・!

表題です。
成長の礎とは?
様々なタイプや年齢、目的、キャリア、環境、時期などにより「成長」とは波があり、差があるものです。他人が見て分かるほどの飛躍的な伸びや結果を出すこともあれば、何ヶ月(何年)も足踏みしながら練習している気分だけの収穫で満足してしまったり。。。

以下、「成長に必要なこと」をまとめてみました。
①練習に目的があること。
②より優先的なテーマと効率的な練習をしていること。
③目標が中間と最終の2段階あること。
④自己分析が出来る(をする)こと。
⑤情報収集に貪欲であること。
⑥手本となる存在がありアドバイスがあること。
⑦テニスが「好き」であること。

選手対象は、成長(上達)を目指す・・・、目指さず練習するプレーヤーはいないと思いますがジュニア~一般、レベルを問わず共通事項と考えています。
強くなりたくて、試合に勝ちたくて、無我夢中でボールを打つこと、まるでラケットの耐久テストを実施しているようなジュニア諸君(一般も?)も多いのですが、これはこれで時期によっては必要練習課題です。
ただし十分な指導を受けず、ただラリーや試合だけの練習で高校の2年間を過ごす選手も多く上達にも限界があります。よくあるケースで、高校2年生の夏にレッスン受講申込をするジュニアたち。過去のキャリアからさらなる自己実現を目指すにはアドバイスや情報が必要と判断してやっと目線を外部に向けたようです。
「なぜもっと早く来ない!?」といっても後のカーニバル。。。
1年前に来ていれば現在の何倍も成長出来て・・・いたのかも。

指導とは「情報を与える」との意味が大きく、その情報を活かせるかどうかが選手の力量かと。

今年の夏も、昨年からの成長を確認出来たジュニアと、来年の夏にはどこまで成長しているのか楽しみなジュニアと、指導者としてもさらなる「成長」に日々精進して彼らに応えましょう。

追記
やっと歩けるようになりました。来週からはまた打ち合えることでしょう。辛かった。。。

「ぼくの夢」                  2015.815

ぼくの夢
                                錦織 圭

この6年間で一番思い出に残ったことはテニスで日本一になったことです。練習で一生懸命やった結果が出たと思います。
全国選抜や全国小学生大会、全日本ジュニアの三つの試合で優勝しました。
一試合一試合を「絶対勝つぞ」と思ってやりました。そして「優勝」までいけた時はすごく嬉しかったです。
ぼくはテニスのラリーが長く激しく続くところが好きです。いろいろなコースに打ちわけ、深く打ったり短く打ったりします。チャンスボールがきた時、強いボールを打つのが好きです。
決まった時はすごく気持ちがいいです。このショットがいつも打てるように練習していきたいです。
試合に出ることで友達が増えました。友達が増えたおかげでいろいろな話をしたりいっしょに練習したりできます。それもテニスが好きな一つです。
これからはだれにも負けないように、苦しい練習も絶対あきらめずに全力でとりくんでいこうと思います。
夢は世界チャンピオンになることです。夢に向かって一歩一歩がんばっていきます。

松江市立乃木小学校卒業文集より(2002年 12歳)


今日の試合でも彼は「一歩」前に進んだ結果を出しました。過去7度の対戦で一度も勝利することの出来なかったR.ナダルに完勝しました。手術後まだ完全ではないラファではあるが、早い段階での攻撃が対ナダルの作戦だったように見えた試合でした。
これで「BIG4」全員に勝利し、世界ランキング4位が実力によるものであることに疑う余地はありません。

彼の文章の中でテニスをすることの「魅力」がいくつか語られています。
①試合に勝つこと
②プレースタイル
③人との出会い
④目標
これらは価値観や将来的なビジョンが鮮明であることが読んで伺えます。
きっと同年代の選手たちが同じような言葉を卒業文集に寄せたことでしょう。結果論と言えばそうかもしれないが、文字や言葉ほどその経緯は簡単なものではなかったことと思います。

常に前進出来ることは困難である。苦しみ、模索し、結果を出せないときにどのよに考え動くか。肉体を鍛え上げ、より強靭なパワーを身に着けること。そしてどんな苦境にも負けない精神力。
勝てない自分が勝てるようになるには「変化」が必要。マイケル・チャンとの出会いは彼を大きく前進させたことは結果に表れていますが、何がどのように変化したのでしょう。
彼の著ではより攻撃的なプレーを身に着けるための厳しい練習は当然であることと、それ以上に「勝てる」という自信を持たせてくれたことを絶賛しています。
上位選手はショットのスピードアベレージや確率に大きな差はなく、試合では実際にトータルポイントウオン1~2ポイント差で勝敗が決まる試合も多々ありますが、その希少なポイントが取れるか否かはメンタルの強さで大きく左右されます。

明日の準決勝も楽しみですが、いよいよ31日から始まる全米オープン、今年はひょっとすると昨年以上の「結果」が・・・。
彼の言葉通り「一試合一試合を絶対勝つぞ」、これでいいと思います。

~エピソード~
10年ほど前に、ジュニアの市民大会役員をしていた頃、当時幼稚園の年長さん(5歳?)だった女の子が12歳以下のクラスにエントリー、あいにく集まりが悪く14歳以下のドローに組み込むことに。もちろん1~3回戦は小学生枠の対戦でしたが勝ち上がれば中学生と戦うことに。
母親も「どうせ勝てないから経験だけでも・・・」と言っていましたが、順調に小学生たちを倒して準決勝、対中学2年生と!
ラケットよりも小さいほどの体で、縦横無尽に走り回り、なんと決勝進出。
勝った彼女も凄いのですが、負けた中学2年生、心中は「お察し申し上げます。。。」だがこれが勝負の世界。
結果は準優勝。試合後表彰式ではニコニコ笑って「楽しかった~」大物の予感・・・
そんな彼女は今年15歳でインターハイ16歳以下、錦織より一足早く本日準決勝。
がんばれ~!

文才の無いがゆえ、脈絡なくお読み苦しいところ最後までお読みいただきありがとうございます。
腰の状況は少し回復しました。早くコートに戻りたく家でラケット振ってます。

子供たちの夏                        2015.8.11

腰椎椎間板ヘルニアによる坐骨神経痛・・・
発祥して5日目。まだ直立歩行すら思うようにいかず、医師に言われるまでもなく「安静」にせざるをえない今日。。。ちょうどお盆休みに入る直前だったことがせめてもの救いか、それでも仕事の「半分」は全て休まなければならず不本意な「夏季休暇」となってしまった。
何時の日からか、思いがけない出来事には「何か!?」理由があるのだろうと素直に受け入れられるようになった。一日のほとんどを横になって過ごすことも、きっと今の自分には必要な休息なのかもしれない・・・。

本題です。
数年前まで、毎年夏の恒例行事で「キッズテニスキャンプ」を開催していました。
小学生(低学年~高学年)を30人前後連れて、テニスはもちろん、プール、スイカ割り、花火大会、肝試し、ディスカッション、BBQ、時には早朝の海で地引網引っ張ったり。
メインはテニス合宿なので3日間でテニスの練習時間は15時間みっちりコートを走り、ラケット振り回してます。
時間を余すことなく、子供たちの「好きなこと」ばかりをギューギュー詰めにした夏の一大イベントは私にとっても一年を通してメインイベントでした。

テニスでは練習ばかりではなく「ゲーム」を多く取り入れ、賞品をかけて対戦。普段のレッスンでは見られない真剣な表情があっちこっちで。グリップテープ1本かかっただけでもみんな真剣勝負!
プールは何よりも一番人気。お昼ご飯完食しないと入れないルールを作ると、苦手なサラダを一生懸命かきこんでる姿に思わず感心。
スイカ割りって大勢でやると盛り上がるから、キッズキャンプの参加者以外の子供たちも誘ったらみんな友達になっちゃってたり。
ディスカッション(勉強会)はテニスのルールを勉強したり、プロテニスプレーヤーの名前当てクイズとか、グループで発表会をやったこともありましたが、さすがにこのタイミングは疲れて寝ちゃってる子もいたり。
肝試し大会はホラー相手に捕まらないようにお宝(ビンゴカード)を探しに行くんだけど、コーチ達が変装に懲りすぎて低学年の女の子が本気で怖がっちゃったのには参りました。
ビンゴ大会は毎回大盛況!大きなテニスバック当たった子はガッツポーズ、うまい棒50本の子はみんなに分けてたり、グリップテープで残念!かと思いきや喜んで早速巻きなおしてる子も。
BBQは「子供たちが大好きな食材」を用意。お肉やソーセージ、魚介の鉄板焼きは定番。○○の丸焼きとまでは難しいがシュラスコ登場には見慣れない料理にしーんとなっちゃったり、直径50センチのオムライス、山盛りのたこ焼きやフレンチフライ、デザートはカキ氷とアイスクリーム食べ放題!これ1番喜んでたかも!

きっと何もかもが楽しくて、部屋に戻ってからもずーっと騒いでいて朝まで起きてる子も多かった。「最低限のルール(他の宿泊客に迷惑にならないように、ホテルから出ないなど)」は伝え、あえて就寝時間などは決めなかった。
ルールを守れなかった場合のみ連帯責任で全員強制就寝とすることも伝えた。幸いにもルールは守れる子供たちが多かったことは感心の限りである。

自分が子供の頃、同じ感情、感動、興奮を覚えている。大人は「○○してはいけない」ことばかりが先行して「容認されること」は明確に教えられなかったように思う。
自由にさせてみる。やりたいようにさせてみる。もちろん「最低限」は明示しなければ判断できない年齢もいる。毎年そうしてきた。
「たまたま・・・」だったのかもしれないが大きな怪我や事故などは15年以上一度もなく、キャンプ帰りのバスは全員が寝息を立てもっとも静かな時間でした。

解散場所にバスが到着する頃、子供たちのお母さんやお父さんの待ちわびた表情は、日に焼けたわが子の顔を見て安堵に変わり、
「楽しかった?」
「うん。楽しかった!」
家に帰れば疲れ果て、夕飯も食べずに寝てしまう子も多いと聞きますが、後でキャンプでの出来事をたくさん話す子供の姿が私にとっての「成果」です。

彼らが何時の日にか大人になり、子供の頃に参加したテニスキャンプを「良き思い出」としてずっと心の奥に置いてくれると幸いです。

キャンプ後の最初のレッスンで
「キャンプ、何が一番楽しかった?」

満場一致で
「プール!」

毎年のことでしたが「テニス!」と言う子はまずいません(泣)
この歳は楽しいことが一番!それでいい。


【追記】
腰痛が再発した先週の金曜日、愛犬の塁も体調不良に。顔が右半分腫れ上がり、妻の帰宅を待って病院に。獣医の取り扱い方が少々手荒に感じていたところ妻が「もういいです!」と獣医の手を掴んだほど。歯槽膿漏の菌が上がり腫れたとの診断、抗生剤投与で二日後には元の美男子に戻り一安心。
何かと「偶然」が怖いほど重なる塁。ひょっとすると前世で私たちは・・・。

土俵

夏は暑くて「熱い」季節である。「熱い」という温度はアドレナリンを普段より多く分泌し、痛みや苦しみを忘れさせるどころか期待や歓喜に変換してさえくれるようだ。
夏が好きだ!365日猛暑日だったら・・・それも・・・いい・・かな。

表題です。
いよいよ夏の甲子園が始まり、高校球児の汗と涙の時期になりました。
テニス版甲子園「高校総体(インターハイ)」も始まっていますが、残念なのは高校野球並みにメディアが取り上げることなく、記事に注意を向けていないと結果を知ることが出来ません。
インターハイに限らず、全中、全小ともに全国大会ともなると選手たちの技術レベルやパフォーマンスは素晴らしいものです。小さい体をいっぱい使ってラケットを振りぬき、走らされては足を大きく開き腕を最大限に伸ばしてボールを拾い、生意気なくらいに綺麗なバックボレーを打ちます。そして何よりメンタルはこの記事を読んでるアナタにも見習ってほしいほどに強靭で自信に満ち溢れています。

「よっしゃー!」お腹の底から吐き出すホンモノの声。

我が塾生のジュニアたちもこの夏、大会で結果を出しています。ローカルな大会ではありますが優勝を勝ち取った選手、上位まで進出したものの惜しくも頂点には届かなかったり・・・。
彼らが私の指導を受ける最初の頃言葉にしていた一つに・・・

「目標は全国大会!」

時間と共に体力やテクニックが身につき、試合経験も積み必要なことのほとんどは「理解」出来たと思います。勝負ということ、練習の必要性と優先順位、ライバルとの格差・・・この時期に全国大会に出場している同年代の選手と自分。目標はいまいるこの場所ではなかったはず・・・。

それでも成長したことを褒めたい。今の自分になるまでに吐くほどの運動量と挫折を考えるほどの抑圧から相当量の努力をしたこと、そして自信を持ってほしい。2~3年前、何も出来なかった選手が今は私からエースを取り、私に緊張感を覚えさせ、一つの山で頂点に立つまでになったことは素晴らしいことである。

勝ったことの「自信」と、負けたことの「悔しさと課題」が選手を大きくする。
努力を惜しまず目標を真っ直ぐ見ている彼らはまだこれからも成長を続けることであろう。
どこの土俵にいても自分の出せる力を出し惜しむことなく突き進むことが全ての選手にとっての「甲子園」である。

一つでも多く試合に勝ち、一つでも多くクラスを上げ、強くなり、そしてそのサクセスを後輩に伝え、託して欲しい。

【追記】
数日前、スピンサーブ量産したがための腰椎椎間板ヘルニアが再発。坐骨神経痛により歩行すら困難な今日この頃。。。
昨年、インフルエンザ以来の体調不良によるレッスン休校はまさに不本意。
明日、MRI撮って検査してきますが、塾長不在でも各自怠りなく練習に精進するように!
三日で治す!気持ちで治す!
 

夏の陣

暑い~!ホントに暑い!とにかく暑い!暑すぎて熱くなれる大好きな季節の真っ最中!
1時間、2時間、そして3時間を越えるころには体力の限界を感じつつも、滴る汗と喉を流れる冷たい水の追いかけっこがなんとも心地よく、10代の頃の自分に戻れる瞬間。それは遠い昔のようで、ついこの前のようにも思えることがこれまた嬉しくも気分がいい。
この歳になっても一年を通して今が一番いい季節なのである。夏は何故か7月は長く、8月に入ると時間が加速するように思える。暑さが落ち着く頃、少し寂しささえ感じてしまう前に今の暑さを大いに楽しもう。

表題です。
強い選手と弱い選手の違いは、強者は自身の得意なショットやプレーを常に考えながら虎視眈々と相手を見つめます。「フォアに来たらストレートに叩いてやろう!」「甘くなったらバックを突いてネットに出よう!」etc.
しかし、弱者は自身の苦手なことばかりを気にしながら「バック側に来たらどうしよう・・・」「サーブが入らなかったら・・・」などなど怯えていることが多いのは事実のようです。
出来ない(出来にくい、自信のない)ことの克服方法を考えてばかりでは「いい所」はなかなか出せません。「何を」「どのように」「いつ」するかを決定してプレーする(ショットを打つ)ことが成功の確率を上げることになるのです。
私はこれらのショットやプレーを「目的のある」「意思のある」と表現しています。闇雲にラケットを振り回し、お互いがミスの上塗りを繰り返すゲームにならないためにもコース、スピード、スピンのコントロールを普段(基本練習やラリー)から具体的にギアチェンジする練習をしましょう。

この時期、ジュニア諸君はテニスに限らず大会が続きますが、夏の甲子園も予選から既に大きく盛り上がっていますね。早稲田実業の清宮くん、凄い逸材ですね!「甲子園で暴れて来ます」ってコメントしたのは体だけではなく大きな器を感じました。
テニスの大会でも関東や全国大会に繋がるものから、各地区内での大会や高校からテニスを始めた生徒を対象にした初心者大会レベルまでいくつかの土俵に分かれたステージで、質の高い試合からルールすらろくに分からず、カウントも数えられない選手同士がいたり・・・。
それでも各選手、試合が始まれば主役は自分以外の誰でもなく、重ねてきた練習時間と流してきた汗(場合によっては血と涙も)は「今日の日のため」のはずが思うように体が動かせず、狙った場所にボールが入らなかったり・・・、それが本番であり、誰もが練習のときの自分を出せることはないのです。そう、この場所で自信を持って「意思のあるボール」が打てる選手が上位に勝ち進み、その選手たちは本番での緊張や苦痛、憤りの何倍もの努力を普段練習で積んできていることはほぼ間違いないでしょう。

「ローマは一日にして成らず」

試合に負けて火が着く選手は多いです。逆にここで火が着かないと選手として成長することが難しくなります。勝ち方には様々な形があり、これが分からないと(気がつかないと)次の試合でも大きな変化や前進は望めません。それは敗戦から得られた「課題」です。「課題」が得られたことに気付かない選手も多いです。負けたことで課題を生かし練習に励むタイプが結果を出せる期待値が上がりますが、やれ今日は調子が悪かった・・・、相手のボールが合わない・・・、今朝母ちゃんと喧嘩してきた・・・など言い訳が続く選手はせっかくの「課題」と言う収穫が、糸の切れた凧のようにくるくる回りながら遠くに飛んで行っちゃったんでしょうねぇ。。。

高校野球の球児たちが、負けて涙を流すシーンを良く見ます。が、テニス球児が負けて泣くシーンは少ないです。確かに悔しくて顔をぐちゃぐちゃにしている選手いますけど少ないです。

「泣く子は育つ」

私のコーチ歴の中で、泣くくらい悔しい感情を出している子は強く育ちます。
涙は流さずとも(ひょっとしたらトイレとかで泣いているのかも)負けた後の練習で「目」が変わる選手も強くなります。
火が着いて、本気になって、それでまた負けてさらに炎が燃え上がり、練習に気持ちが入ってだんだん強くなれる。夏は選手たちが強くなれる季節です。

先日、元ジュニア生徒であり、現在は私と同じ職業コーチである彼が「やいたいこと」を話してくれました。とても前向きな野心を聞き安心し、私の出来るアドバイスを送りました。
コーチにも様々なタイプがいます。人間ですから十人十色で然りです。ただ、生徒(選手)を「育てる」と言うことを忘れないでいて欲しいと思います。当たり前のことのようですが、テニスコーチの意味が10~20年前とかなり変化してしまったように思えます。サービス業化してほしくないのです。

予報ではこれから2週間ほどはこの暑さ続くようです。まだまだいい季節続きます。

脱力

先日、ジュニア時代にチームITIに所属していた愛弟子が晴れて結婚し、当時の仲間たちと共に式に参列しました。中学、高校とテニス最優先の青春を駆け抜けた彼は、過去のITI所属の中で一番の成績を残したジュニア選手です。また、当時から「将来はテニス業を」と本人のみならずご父兄からも相談を受け、私の情報やアドバイスが有効だったのかはさておき、現在テニススクールの人気コーチとして一線にて就業しています。
ひな壇に立つ彼を見ていて、確かな成長を喜ぶと共に式への出席に感謝を述べる謙虚さは、変わらぬ人間性に感心ばかりでした。

「僕は糸井コーチと同じで結婚しない・・・」

などと申していたあの頃。尖っていた自分を真似てみたのでしょうか?それでも私同様、幸せの出会いがあって本当によかった。末永くお幸せに。

表題です。

ショットを打つにもプレーをするにも勝ちたい気持ちが強すぎると「力む」ものですね!
ショットにスピードやパワーを求めることは、時と場合によって必要なことは当然の課題です。たった一本でエースや相手のミスでポイントが取れるに越したことはありません。
しかし、レベルが上がれば決まっていたショットが決まらなくなり、むしろそれ以上のショットを見舞われることも当然の如く起こり得るのが上位選手のプレーです。
無理なショットばかりでは可能性を下げ、プレーが単調かつ相手のペースに引き込まれる空気を作ります。
「勝ちたい」「負けたくない」、特に何か個人的な感情の入った相手だと、なおさら力が入ってしまっても当然。以前、私も態度が気に入らない相手と対戦したときに、ネットに出てくるとパッシングを考えずに体めがけて思いっきりぶつけていきました。しかも何度も何度もネット出て来るので何度も何度もぶつけてやりました。たぶん、アザだらけになっちゃったでしょう。。。ちなみに試合にはもちろん勝ちましたが、今思うと若気の至りでしたかねぇ・・・

ラリーに緩急をつけることは普段から心がけることが大切です。一見当たり前のことのように聞こえますが、「スピードと時間」を考えたラリーを練習するのです。
相手がボールを打つタイミングは自分が打ったボールのによって決まって来るのです。速いボールを打てば速いタイミングで、遅いボールを打てば時間を得ることが出来ます。もちろんその後打ち込まれることもありますが度胸も大切な武器になります。
積極的に攻め込んだり、あえてアクセントショットを打ったり、ラリーで自分のペースを作ること。ここで大切なキーワードは「脱力」です。いかに力を抜きペースを作るか!?
上級者の1stボレーを見てください。先ずミスが少ない・・・と言うよりもミスしないスピードに調整出来ている。当然脱力することでショットのスピードは下がりますが下げることが要なのです。
ロビング、放物線の高いトップスピン、チップショットや普段のウオーミングアップ程度のボールを打ったりetc.
「打つ!」と見せかけて打たなかったり(フェイク)すると心理的な圧もかけられます。

「もっとしっかり!」「もっと強く!」「速く!」などなど、初中級くらいまでの練習ではこんな言葉の連続でパワーやアクションのスピードが優先されるテーマが多く、しかしその先には「もっと力を抜いて!」「ゆっくり!」「落ち着いて!」だったり。

火力の強い調理の中華はパンチの効いた味付けと、弱火でじっくり出汁をとる和の調理を融合させてみるとなかなかよい和洋折衷になりそうな気がしませんか!?
イメージ出来たら次回の練習でトライしてみましょう!

梅雨が明け、今年もなかなかの猛暑続く夏になりそうですが、「暑い夏」は「熱い夏」なのです。自論、夏は「一番成長(上達)する季節」なのです。
共に楽しみましょう。
 

ペアリング

梅雨明けを前に、猛暑日が続いていますが皆様方いかがお過ごしでしょう。テニスコートで自己実現、目標至上、打倒ライバルを常に目指している皆様の「情熱」に比べれば、これくらいの気温など避暑地軽井沢のカフェで涼しげなサマーニットを羽織ながら、そうですね少し甘めなアイスラテなど飲みながらファッション雑誌を見ているくらい心地よい環境かと存じ申上げます。今度ご一緒しませんか!?長野県まで行かなくても素敵で美味しいお店にご案内しますので・・・。

表題です。
とあるグループ、女子ダブルスのレッスンで「攻撃」についてレッスンを行っています。
「攻撃」と聞くと強打やエース級のショットを打つことが課題であり目標のような固定観念を持たれる方も多いかと思いますが、確かにそれも目標の一つであり一撃力が大きなプレーです。タイプにもよりますが「持ち味」を出し、相手に脅威を与えられるのでダメージも大きい「攻撃」です。ただし、筋力や脚力、握力などパワーを優先的に必要とされることは言うまでもありません。
今回このグループの攻撃パターンは強打はせず相手を攻めることがテーマです。

彼女たちの選手タイプは・・・
・年齢は40代後半~50代前半
・パワーはあまり持ち合わせていない。
・足は動いている(年齢としては速いほう)。
・トップスピンよりアンダースピンが上手い。
・ポーチなど積極的なプレーが出来る。

相手のボールスピードに関わらず、一番遅い(ロブを上げる程度)、一番速い(叩いてエースを狙うくらい)、そしてその中間の「3種類」のボールスピードをラリーからスタート。
ここで大切なことは3種類全てのスピードで攻撃をすることをイメージすることです。スピードを出さなくても沈めたり、コースを狙ったりして相手の選択肢を少なくしていくコントロールを練習します。

【パートナーとのコンビネーション・ペアリング】
ボールのスピードを落としコースをコントロール出来たとして、相手のミスは期待出来てもエースを取るプレーではありません。ボールは返ってくるケースがほとんどと考えましょう。むしろ相手に返して貰うほうがパターンを定着して習得するためには大切な結果なのです。
相手の苦手な場所や返球パターンを制限させる場所を狙い、ここでパートナーの活躍です。
浮いて来るボール、クロスやロブで逃げるボールを読んでセットプレーなど出来るとカッコいいですね!
要はパワーショット以外の攻撃パターン「理詰め」と「コンビネーション」の習得です。

強いテニスではありませんが「上手いテニス」なのです。

上級およびそこに近いレベルの選手(生徒)をみるとお分かりかと思いますが、ショットやプレーの種類や幅を持つことは相手のレベルやタイプに合わせた「攻撃的」なプレーが出来ると言うことです。

「一人で」ではなく「二人で」

彼女たちにとってこのスタイルは今後の絶対課題の一つなのでしばらく・・・、試合で出せるまで、う~ん習得出来るまで頑張るつもりです。

ストレート ダウンザライン
サービス(リターン)エース
アングルショット
などなど・・・、特に週末のお父さんたちにとって、夢とロマンがたくさん詰まった一発勝負もテニスの魅力ですから大いに良しとして。ただ、24回ミスを続けるともれなく試合に負けてどこか寂しさを感じるオマケまで。確率上げるためには相当量の練習が必要ですね!

錦織選手、新しい恋人が出来たような報道ありました。USオープンの結果でこれも良くも悪くも言われちゃうんでしょう。個人的には女子テニス選手のトップクラスとかハリウッド女優あたりとペアリングしてくれるといいと思うのですが・・・。

8度目の歓喜...

圧巻は2ndセット第11ゲーム、繰り返すデュースで一進一退を繰り返す「世界№1」と「元王者」。1stセットをタイブレークの末落としたロジャーにとってこのセット奪取は必須でありチャンスを逃したくない。左右に攻め続けるロジャーのハードヒットをスライディングを繰り返し鉄板の如く跳ね返すスーパーディフェンス、№1はそう簡単にブレークを許ない。

【トップレベルでは「2ndセット」の意味合いが試合で重要な位置づけとなる。
例えば1stセットを落としても2ndセットを取ることで3rdセットへのモチベーションは相手よりも上回る。同時に逆の立場でもメンタルを想像してもらいたい。】

結果、このセットもタイブレークとなり「元王者」がギアを上げ奪取しセットカウント1-1とした。そして3rdセットは先にジョコのサービスゲームをブレークし、流れは確実にロジャーにあった。。。
しかし、ジョコのディフェンスと攻撃力は衰えず、エース級のボールが何本も飛び交い、最後のボールがロジャーのコートに落ちる機会が少しずつ目立ち始める。
ロジャーのネットプレーミスが続き、バックハンドの振り抜きが1stセット時よりも精鋭に欠けるように見える。ボールが浮き、押さえ込めていない。
3rdセットはブレークバック、そしてブレークを許しジョコへ。
4thセットに望みを繋げる。元王者の「カモン!」の声が幾度とセンターコートに響き渡り、ラインから白煙が上がるショットに魂を感じ、ネットに詰めれば長いリーチからの角度のあるボレーが芸術的である。

「きっとこのセットは取るのだろう・・・」そう考えていた。根拠は無いが・・・。
しかしジョコのボールが深く、そしてロジャーの「らしくない」ミスが1本、2本・・・。
それでも攻め続ける「元王者」。一歩コート内に入って振りぬくウイナー、リターンダッシュからのネットプレー、走らされてもサイドを狙ったアングルショット・・・

試合結果は周知のこと、書く必要はない。
昨年に続く最高のカードで迎えた2015年全英オープン男子決勝戦。
連覇なのか!?それともリベンジなのか!?もちろん個人的には「8度目の優勝」を願っていた。シナリオは出来上がっていたのである。「happy end」だった。しかし小説ならば筋書きはいくらでも都合に合わせて簡単に書き換えられるが現実とは、人生とはこんなものなのであろう。

RF 33歳
来年の芝の最終日、センターコートに立っていることを切に願う。そしてネットの向こうにはもちろん「№1」がいることも。


PS.先日師匠よりありがたいお言葉いただきました。
頑張ってる人には「頑張ってね」よりも「頑張ってるね」のほうがよい。
ほんのちょっとの言葉の違いで大きく印象が違うことをあらためて感じました。

時間

女子ワールドカップ決勝を観ながら書いていますが、キックオフ5分でいきなり先制点をくらい15分までに計4点、うち3点はエースのハットトリックとはさすがの強豪アメリカ。今日、会社休んでテレビの前に正座してる人多いんだろうなぁ。。。
私「早く岩渕出せ~!!」と心で叫んでいます。おぉっと!大儀見決めた~!しかも美しいシュート!澤も入った~!だから早く岩渕投入せんと・・・

本題です。
神様が全ての人間に平等に与えたもの、それは「時間」
人によって1日の時間が23時間だったり、1週間が8日あったりすることはありません。
ただ、時間環境は人により様々。自由に使える幅も人それぞれ様々。
「時間がないから・・・」これは言い訳か価値観の問題。本当に必要と思えば先ずは環境整理から。
「1時間しかない」or「1時間はある」
この考え方の違いは大きい。行動するかしないかの判断に至る。実現の第一歩は「先ず行動。動けば身に付くための「情報」が目や耳から手に入る。

梅雨のこの時期、天候によりレッスンや練習、部活動もオンコートでの練習が中止になることは多い。天気に文句は言えない。この場合、中止になった時間をどう過ごすか?学生の部活動であれば室内にてフィジカルトレーニングが通常のことであるが、一般はどうであろう。腕立て伏せや腹筋、ロードワーク、素振りなど、これらを実施することは難題であり出来ていれば自己実現もきっと時間の問題でしょう。
筋力を上げることだけが「トレーニング」ではなく、メンタル面を鍛えるトレーニングに1時間程度の「試合鑑賞」はとても有効で簡単な手段です。

なでしこ、2点目入るも直後に5点目くらうし。。。アメリカの選手、体大きいのに足速いな~&美人が目立つ。。。そして、ついに岩渕来たぁぁぁ!
きっと劇的な後半戦であることを期待して・・・

プロの選手のフォームやプレーは見ているだけで十分参考になり、やがて自然と似てきたり近づいてきたり。WOWOWやGAORA入ってると視聴料\2~3,000/月でたくさんプロの試合鑑賞出来ます。レッスン1回分の料金と同じくらいで1ヶ月間テニス見放題です。


ジュニア選手には雨でレッスンが中止になった時の筋トレやイメージトレーニングを指示しています。「出来ることはするように」と。この成果は2~3ヶ月後に現れ、陰ながらの努力を重ねた選手には「力」を感じ、ラリーやゲームでも足の速さや球威に変化があります。

「体に染み込むくらい」

やり方が分かったくらいではまだ出来ません。息を吸ったら吐くように、自然体で出来るように。

FIFA女子ワールドカップ決勝
なでしこJAPAN 2-5で連覇を逃しましたが、これから4年間という時間が始まります。そしてこの時間は全ての国の選手に平等に与えられた時間です。彼女たちはきっと4年後にこの時間を省みることのない時間の過ごし方をするのでしょう。それはとても苦しくて辛い時間であっても。

 

2015全英オープン錦織選手の故障による棄権はショックであり、また勇気ある賢明な判断と称えたい。いよいよ2nd weekに入ります。ラファの早い敗退も感傷的でしたがロジャーの健闘を祈り、また今日から睡眠不足の日々が始まりますね。

【自分への戒め】
出来なかったことより、やらなかったことが後悔。この後悔繰り返すべからず。

 

効能

先日、車を運転中に携帯電話が鳴り路肩に車を止めて通話をしようと思った瞬間「ゴツン!ガリ!」・・・一瞬「地震?」と思うもすぐ横を一台の車が走り出したのでクラクション鳴らしたら運転手降りてきて「ぶつけてないよね!?」・・・。
私、一言も話してないのに自白したようなもの。。。
幸い、私の車はバンパー擦った程度。むしろ相手の破損のほうが大きかった。
お巡りさん呼んで現場検証。体に違和感もなく「物損事故」で処理。
ぶつけた自覚ないのもどうかと思うくらいの衝撃だったから、きっと本人も分かってた・・・んじゃないかなぁ。逃げちゃダメでしょ逃げちゃ!
レッスンは遅れちゃうしでホントに迷惑でした(怒)。

本題です。
プライベートレッスンでは多くのリクエストがある「バックハンドスライス」をレギュラーレッスンで一期間(8回)メインテーマとして練習した結果、連続受講出来た選手には成果が現れました。
・形(フォーム)が整ってきた。
・ボールが浮かなくなった。
・当たり(回転量)の調整が分かってきた。
・ラリーの確率が上がった。
他にも、スピンサーブを浮かないように押さえ込む感覚が掴めたなどクオリティーの高いレベルでフィーリングを捉えた選手の表情も実感出来ました。
どんなにいい練習メニューやアドバイスであっても、実質「練習量と継続性」は必要不可欠です。文字や文章を頭の中で読み返し、それを手(ラケット)や体に伝えることが「入り口」であり、入り口の先には様々な状況(スピード、タイミング、打点、ターゲットetc.)が待っています。
8週間の練習が「十分」とは到底思えませんが、感覚(感触)を掴む時間には届いたと思います。レギュラーレッスンでは2時間をバックハンドスライスのみに費やすことがベストカリキュラムではありません。
以前のブログにも書きましたが、プライベートレッスンでバックハンドスライスを1年以上続ける選手もいます。とてもハイクオリティーで実践でも結果に繋がるレベルに上達しましたが決して「パーフェクト」には至りません、まだまだ先があり奥が深いのです。

こんなお話をご存知ですか?
「人の体は血液や細胞が全て生まれ変わるのに約3ヶ月くらい」
サプリメントを飲まれていらっしゃる方はお分かりですね、体が新しいもしくは必要とされる栄養素が体に浸透し体調が好転するために必要な時間は3ヶ月間継続しなければならないということです。

来月よりメインテーマは変わりますが、毎回10分程度の時間はバックハンドスライスの復習時間として少しでも多く打つことにしましょう。時間はかかっても、歩みは遅くとも「継続は力なり」です。少しでも早く前進したい方は先ず練習量を増やしましょう。出来る(出来た)人は練習しています。

【自分への教え】
仕事場の雰囲気は上司で決まるものですね。目線を合わせるのは上司が下げること然り。
いけない、いけない、ついつい上目線。働きやすければ意欲も作業効率も上がります。その環境を作ることが「上」の役割であることを心がけています。

伯父と甥

先日、伯父が他界しあらためて「死」を考える時間が出来ました。思えば親族の葬儀は時間が空いていたような。死後、物質的に亡骸は目に見えますが人間の意識(魂)は何処に行くのでしょう。やはり映画のように高い空から私たちを見守っていてくれるのでしょうか?
伯父は正直、幼年期に交流があったことを母から聞いたりしていましたが鮮明な記憶がありません。ただ、遺影を見て微かなモノトーンのシーンが蘇り、その笑顔はどこか私に「似ている」と感じたことが紛れもなく「家族」の証であると。

そして伯父の訃報を聞いた翌日、甥のレッスンで始めてゲームに負けました。レッスン中の試合なのでミニマッチではありますが彼にとって勝ちは「勝ち」です。力を付けたことは間違いありません。ショットのパワーやクオリティーが向上したのは練習量の結果で既に理解の上、足らなかったのは精神力「自信」でした。それはハッキリと顔に表れています。
根拠のない「強がり」ではなく、積み重ねた努力から身に付いた「いい顔」でした。
「コーチ」として接する選手と「選手」として対峙する選手がいますが、近年久しぶりに自身がプレーヤーを自覚させた相手の「顔」でした。
負け惜しみ・・・と思われるかもしれませんが、私はミニマッチで負ければ1セットマッチおよび3セットマッチを実施します。これに勝てて始めて「1勝」なのです。
昨日、この試合を予定していましたがあいにくの雨。。。
甥と夕方にコート近くの駅で待ち合わせ、ロータリー脇に傘をさしてポツンと立つ日に焼けた、あどけなくも少しだけ凛々しくなった16歳の横顔は確かに1年前よりも「大人」になっていました。
残念ながら試合は中止。次回開催の日程は未定ですが、彼はこの夏さらに大きく、そして高く成長することでしょう。そのために必要な課題が私に勝つことです。勝たなければ「その先」はありません。

ふと・・・、車中で他愛もない会話やテニス談義の中、40年以上も前に私は話す立場ではなく伯父からの言葉を今目の前にいる甥のように聞いていたのだろうと・・・。
きっと伯父は、私が人間として成長に必要な大切なこと、優先すること、そして男として成すべきことなど話してくれたのでしょう。その言葉通りの大人になれなかった自分を棚に上げて甥に偉そうに話している自分。。。
人生については他の師に仰いでいただいて私からは「男気」と「テニス道」を教授しましょう。


錦織の最近のインタビューでこんなコメントがありました。
Q.トッププレーヤーになるために必要なことは?
A.たくさんの努力(練習量)とそれを楽しむこと。強くなりたい!というモチベーションを
 しっかり持てるように結果を出していくこと。

もっとものことですね。上達することだけならば「努力」、トッププレーヤーになるためには「たくさんの努力」、その努力を結果に繋げていけないとモチベーション維持向上出来にくいですね。

不思議に思うのは同じコーチ業の中に、いとも簡単にテニスが上達すると歌ってご商売されている方々、「努力はいりません!」くらい言い切っちゃったり、「○○だけでみるみる上達」のような魔法でも使えるかのような文句。「初心者がこれを始めて3ヶ月で○○大会優勝」この方、とても人並み以上の運動神経やセンスがおありなのでしょうか!?などなど・・・。
上達には多かれ少なかれ「努力」、時には苦しんだり悲しんだりが必要なことを教えているコーチ自身が経緯で経験されて来ていることのはず・・・とおもうのですが。
結果、高価なDVDを販売していたりのお話でしたが、今度購入して実際検証してみようか検討中・・・、いや必要ないですね。

私のスキルアップコンセプトでは以下の通りです。
①努力は必要。自分の出来る努力は最大限発揮して。
②身に付くことには大きな価値が。だからヤリガイがある。
③ローマは一日にしてならず。

梅雨時はレッスン時間いつも以上に貴重です。大切に活用しましょう。

 

ロールモデル

先日、師と仰ぐ先生からありがたいお言葉をいただきました。
「人を見て羨んだり、落胆したり、はたまた満悦に浸ることは愚と思うべき。大切なことは人と比べることではなく、以前の自分と比べることと覚えよ。」
人のことばかり見ていて自分のことはなかなか見えない(見ない)ことに気づいたとき、反省と共に新しい「道」が見えたような気がしました。
以前の自分と今の自分・・・、確かなことは自信(エゴ?)を取り戻したことと、お酒が弱くなったこと。

表題です。
目標とする人や憧れる人っていますか?
テニスで言えば好きなプロテニスプレーヤーだったり、先輩やコーチであったり。子供が親を目標にしていたらとても素敵な家族だと思います。
目標に向かって走ると言うことは、目標の背中を見て真似て、分からない時には前に回りこんで見方を変えてみたり、それでも分からなくてイライラしたり直談判したり・・・。
なんとか目標のパフォーマンスや結果を出そうと汗をかき知恵を絞ります。
目標到達(上達)には情報や経験が大切な肥やしとなりますが常に良質なものを与えて貰えることは難しいことです。「見る、聞く、探す」ことを心がける必要があります。

お手本を見ながら「4W1H」

目標とする人は「いつ?何処で?何を?なぜ?どのように?」
これらはとても具体的で分かりやすく、そして有益な情報であることに間違いありません。
目指すゴールに至るロールモデルを持つということは結果に繋がる道標を得ることになりますね。
先ずは好きな選手の「フォーム」からでいいのでは!例えば「ボレー」は絶対的な筋力を優先するショットではありませんから非力な方でも参考にしつつ必要かつ可能な範囲で取り入れてみては!?プロの試合を見れば、答えはそこにあるのです。


先日、5年前に事情あってレッスンを休会されていた選手から連絡をいただき、あらためて師弟としてのお付き合いが始まります。とてもありがたく幸せなことです。
以前よりは「丸く」なったとお嘆きの貴兄もいらっしゃいますが、何を仰るウサギさん、怒鳴る回数減っても内容はまったく変わっていませんから。(厳)走らなければちゃんとお尻を叩きますのでご安心を。

【自分への教示】
「出した言葉は自分への叱咤であるべき。人への言い訳ではよくない。」
 

成果

2015年全仏オープン男子決勝
ジョコの生涯GS達成が磐石とも思えていたラストダンスを制したのは伏兵・・・いや紛れもない実力者ワウリンカ。
ご覧になった方も多いと思うので試合内容は列記せず。昨今のGS決勝の中でも「名勝負」といえるほどの一進一退を繰り広げる試合でした。
ノバクは強い。真の実力者、現№1である。しかし決勝のスタンは彼よりも少し、ほんの少し強かったようだ。お互いが終始攻め続けていた。見るものに精神的な「弱さ」を微塵も感じさせないプレーが最高のショットを量産している。
マッチポイントでスタンが放ったバックハンドのダウン・ザ・ラインが美しすぎる。まるでアメリカ映画のラストシーンのように。。。

テニスってホントに素晴らしい。

表題です。
レッスンで選手の打つボールが良くなってくると嬉しい。フォームがぎこちなくまだ安定域でないショットが、あるタイミングからスムーズな動きと安定した「弧」を描くようになる。
アドバイスは全てを話さないほうが良い場合がある。話しすぎると選手が考える前に回答を教えてしまうことになる。アドバイスの「次」にあるものを選手自信が「気付く」ように考える時間が必要である。その気付きの瞬間、顔がパッと変わる選手がいる。結果もいい感じに。これは上達にとても大切な感覚である。

生徒(特にジュニア)に何事にも興味関心を持ち、質問をすることを薦めています。
サーブの確率を上げるには?
スピードのあるトップスピンはどうすれば?
バックハンドのシングルとダブルはどっちがいい?
こんな感じの質問はよくあります。
そしてこんな質問も・・・。
コーチ、嫌いな(苦手な)相手はどんなタイプ?
試合中、足が攣りそうになったら?
日没サスペンド、次回開催までに心がけることは?
などなど。。。
分からないことや疑問に思うことを質問することは当たり前のような思えますがなかなか言葉や行動に出せないのが「子供」ですね。聞くは「知る」ことを伝えています。

出会った(レッスンが始まった)頃は自分から喋ることのなかったジュニアが、ここ最近よく言葉を出すようになりました。オンコートでもオフコートでも。
レッスンでもよく考えながらボールを打っている雰囲気が見えます。結果も変化して来ています。
人間には「治癒能力」があり、怪我をすれば回復への力が自然と働き、同じように何か上手くいかなかったり修正が必要な場合に自信で向上させられる力を持っています。
レッスンでは、いつもそれを上手く引き出せるように考えています。

いよいよテニスの聖地ウインブルドンへ。
錦織にも期待がかかります。もちろんロジャーの18度目のGSタイトルも。
寝不足の原因でもありますが楽しみです!

 浄化             2015.6.3

2015全仏オープン
昨夜の錦織は「らしくない」の一言につきる姿だった。。。
彼自身が「大器晩成型」と語るが、調子よく波に乗れたのが第三セットからではさすがにツォンガの勢いは止められなかった。途中アクシデントで「間」が出来たことは錦織にとって「好都合」(怪我された観戦者には申し訳ないが)だったと思う。ロッカールームでチャンから何をアドバイスされたのかがとてもとても気になる。
結果は必ず出る、良くも悪くも。ただ通過点に過ぎない。止めない限り負けではない。
ロジャーも後輩にベスト4入りを阻まれた。スタン、波はあるが実力派であるのでいたし方ないだろう。。。悔しいが。

表題です。
錦織・ツォンガ戦を見ていて、コートチェンジの際ベンチに座る二人の姿がアップで映りますが、ツォンガの表情に気が付きましたか?目を閉じ、穏やかな表情で瞑想していました。
これは気持ちを落ち着かせることも目的ですが「浄化」する時間でもあります。
そこまでのプレーやショットを出来る限り鮮明、音や風、匂いまでも思い出してミスや失敗を反省し、良いイメージを作り上げ、次のプレーに繋げていくメンタルトレーニングです。
深呼吸もとても役立ちます。4回吸って4回吐く。これをゆっくりと3回くらい。脳内に酸素吸入です。呼吸が整い平常心が戻ってきて気分もよくなります。
インプレーでは非常事態の連続、いつもサイレンが鳴り響いているかのよう。
水面が打ち寄せる波で荒れています。これを90秒間で静かな水面に整えることが必要なのです。
方法は選手のルーティーンによって様々です。タオルを頭から被って視界や外部からの音をシャットアウトしたり、時計の秒針をじっと眺めてみたり、お気に入りの香り(香水、石鹸など)をタオルに浸み込ませたアロマ効果とか。
ちなみに私は、試合では必ずウーロン茶を飲みます。元担ぎもありますが、試合中はこの味がとても落ち着きます。なので試合以外ではウーロン茶ほとんど飲みません。

練習って、コートを走り回りボールを打つことは当たり前のように日々行いますが、なかなかメンタルトレーニングってしませんよね!?選手レベルではもの凄く大切な課題なんですけど。
先日もとある生徒に「試合では打てなくなってしまう・・・」と言われ、テニスをする人の10人中10人が同じことを考えていることを話しました。

練習量が足らない。。。

と言えばその通りです。時間や回数など、ある程度の絶対数は必要と思いますのでそこはクリアしたい。そして大切なことは練習の内容です。
実践で思うように打てなくなるのは精神的な問題がほとんどと考えられますのでこれを普段から意識し課題と考えた練習が出来ているか!?
一般的に考えても練習時間には限りがあって然りですから、如何に内容を効率よく結果に繋げていくことが出来るか!?
半分は指導者、そしてもう半分は「自分」の責任・・・と私は考えます。

最近、スイングスピードが遅くなったような気がします。スイングスピードが下がるとボールが押さえ込めず弾かれてしまいます。筋力下がったかな~ 素振りと筋トレしなくちゃ・・・
あっ、これって普段選手に言ってることでした(笑)

ロジャー戦の放映がなかったことが残念。錦織戦が大接戦だったから仕方ないよね。
次はウインブルドン。
また素晴らしいゲームを見られますように。

余裕を持つ「余裕」               2015.5.27

2015全仏オープン始まりましたね!
ランキング上位選手でさえ第一ラウンドは緊張する中、錦織もロジャーも貫禄の強さで格下を一蹴する試合内容でした。とは言え、GS大会本戦ですから気を抜いていては「まさか!」のアクシデントも起こりかねないのでしょう。その「まさか!?」が錦織以外の男子日本人選手に起きる・・・、これを期待しているのは逆に選手に失礼なことなんでしょうね。
GS大会で予選から本戦に上がることの厳しさはよく分かります。さらに本戦の一回戦を勝つことも。
しかし、本戦で勝つことが「一流プレーヤー」であり、準決勝・決勝に進むことが「超一流プレーヤー」であれば一回戦で負け、しかもトップ選手の洗礼を受けるくらいレベルの差を見せ付けられると、日本のトップ選手は「まだまだ」なのかな~って。
添田も伊藤もダニエルも、そして若手の西岡も、みんな国内大会で見れば強いんですけど・・・。
さぁ、今晩は錦織の二回戦があります。ロジャーとのSFまでの1コマをとくと拝見しましょう・・・、もちろん応援しながら。

表題です。
練習では入るボールが本番の試合、もしくは実践練習でも入らなくなるってよくあることですよね。
レッスンをしていて、レベルにもよりますがほとんどの選手がパーセンテージを下げてしまうことは言うまでもありません。残念ながらこの中に私も含まれています(笑)。
しかし皆さん安心してください!世界のトップ選手でも本番では緊張や焦り、力みなどから普段の練習では考えられないようなミスを犯すのですから仕方のないことでしょう。
問題はその頻度や「確率」と考えましょう。
上手い(強い)選手はどこかに「余裕」がありますね!一見、力んで打っているように見えるショットにも、少しだけリラックスした雰囲気とか、サイドラインいっぱいいっぱいを狙わずともわざとセンターに打ち込むことでプレッシャーがかかることとか。。。
これは相手の「心」を読んでいるから気が付くことなんですね。ただ一生懸命打つだけでは合理的でないことを知っているのです。

一番「楽な」ポイントの取り方ってなんですか?

それは相手がミスをしてくれることです。簡単なミスを繰り返し、確率の低いことが先行すれば相手は「楽に」試合を進めることが出来ますね。相手にとって「いい人」になってはいけません、「嫌な人」になることも一つの課題です。いざとなれば「返しておけば・・・」も一つの考えです。

余裕を持つ・・・これは強いから出来るのではなく、余裕を持つことがすでに「テーマ」であり、選手としての必要要素なのです。
普段から余裕のある動き方スイングを心がけて安定域を確保することでプレーにも余裕が持てるようになります。余裕が持てると視野が広がります。相手のポジションや動き、パートナーの位置にも気が付きカバーに入れたり。


先日のジュニアレッスンで「100本ラリー」を行いました。制限時間内に100本続けられるか!?
結果は生徒全員(4人)が達成でした。ラリー中の彼らの眼差しは鋭く、自信に満ちていました。望遠レンズの付いたカメラで撮ったら、きっと素晴らしい表情が写真に収められたことでしょうね。
今度、大人のレッスンでもやってみよー!

アーティスティック

マスターズ1000イタリア国際男子決勝
好調な勝ち上がりで来たロジャー、ランキング№1のジョコにも土を着けられそうな出来上がりの今大会決勝。しかし、安定のジョコはここでも崩れなかった。。。
ジョコ準々決勝、対錦織戦、私見となりますがお互いのミスでポイントを取り合う(与え合う)二人の対戦では過去もっとも「つまらない」試合。
錦織のストロークがサイドラインに乗り、コーナーを突き、そしてネット際に絶妙なドロップが落ち、ジョコの長く伸びたリーチでやっと届いたボールを次に決められず凡なミスを繰り返す。。。

「あのミスがなければ・・・」「あの時ポイントが取れていたら・・・」

競技の世界に「たら・れば」はご法度。ミスや失点の意味は打った本人が一番分かっているはず、自身を高みに成長させるための切磋琢磨に必要な1シーンであるはず。
ロジャーも錦織も、すでに気持ちはパリに向いていることでしょう。
やはりラファの状態が気になりますが、いよいよローランギャロスまで1週間、レッドクレーはプレーヤーの闘志を物語る情熱の赤。そして「クレーキング」に勝ったときの祝福の赤・・・。

本題です。
5~6月はレギュラーレッスンで「バックハンドスライス強化期間」をテーマにしています。
自身のレッスンでプライベートレッスンのリクエスト№1がこのテーマでもあります。
クラスや生徒によりレベルは違い、カリキュラムのスタートと目標値には大きな差が出ますが、いずれにしてもテニスプレーヤー、いやテニスをする以上は習得の課題とし目標を持ち、練習すべきショットであること。それは守備的な要素から攻撃的な展開まで、あらゆる局面に対応出来る、シンプルであり奥が深い。パワフルではなくてもアーティスティックである。
私のコーチングでは以下の「3つの感覚」を掴むことを軸としています。
①スライス面
②スイングスピード
③打点

この記事をご覧になっている方がテニスプレーヤー(ITIではテニスをする方全てが選手と考えています)であれば、どんなバックハンドスライスを目指しますか?
A.相手コートに落ちてから低く滑るスライス
B.スピードがありネットぎりぎりを低く飛ぶスライス
C.角度がありサイドに逃げていくスライス
D.相手のスピンサーブを下がらずにライジングで足元に沈めるスライス
これら習得にはずいぶん時間やお金、そして労力を費やす方々多いです。それでも身に付けたく頑なな方々多いです。

昨今、プロの試合で女子よりも男子の方がスライス(フォアハンド含む)を使うシーンが多いのをご存知ですか?

なぜ故に・・・?
それは男子の方がショットのスピードやコースのクオリティーが高いことは言うまでもありません。それ故にスライスでなければ対応出来ないシーンが多く、故にそのスライスのクオリティーがラリーアップの是非や切り替えしを決めていく「攻撃的な繋ぎ」となっています。

私、ロジャーの好きなところの一つがバックハンドスライスです。
ジョコやラファ、マレー(両手打ちバックハンド)もここ最近ではスライスをよく打ち、2年前の雰囲気とは大きく違うと思います。
当たり前のことではありますが、世界レベルでは全ての選手が攻撃的であり、自分からポイントを取りに行きます。だからこそオフェンスからの攻撃力が選手のモノサシとなります。

レギュラーレッスンでは2ヶ月毎のテーマを決めていますが、バックハンドスライスを必須科目として今期以降も出来る限り練習カリキュラムに打つタイミングを組み込み、我が生徒たちが少しでも早く「3つの感覚」を掴み、いつか芸術的なショットで相手を魅了できる日を。


PS.いい季節になりました。
抹茶のお菓子が目白押しです。
なんだかんだ新しいドーナツ店オープンしてますが、老舗ミスドの抹茶テイスト大好きです。
 

「二つ」の緊張                                    2015.5.12

ATP1000マドリード大会、マレーの勝利で幕を閉じました。
マレーは前週でもクレーで自身初のツアータイトルを獲得していますので苦手なサーフェスを克服できたのは「プレーの変化」だと思います。
その変化とは何よりも攻撃的になった。準決勝の錦織戦でも、錦織以上にヒッティングポジションがコート内でした。
これは相手から時間を奪うだけでなく、体力の消耗をも促進させられるプレーです。
ラファの調子も「いま三つ」くらい、らしくないミスショットの連続もきっとマレーのプレーからの重圧だったのでしょうか!?
マレーの変化(進化)は昨年から就任したモーレスモの力が大きいとメディアでは言われています。どんなアドバイスや練習方法を行っているのか、もの凄く興味関心ありですね。
既に始まったイタリア大会、そしてクレーの集大成ローランギャロスでも注目です。

そしてもう一つ。
クレーでは絶対的な強さを保持していたラファの現状を考えると、ひょっとするとジョコが年間グランドスラム獲得のチャンスでしょう!


表題です。
試合では誰もが緊張するものです。とても相手との差が大きいとそうでもないのかもしれませんが、私は相手のレベルに関わらず、あえて自身に「緊張」させることを心がけています。
緊張には「二つの緊張」があります。以下ご参照ください。

①自身に対する緊張・・・ショットの成否、プレーの失敗や負けることの怖さ
②相手に対する緊張・・・攻撃(打ち込まれる、振り回される、リターン)される恐怖

結果、必要以上の力み、タイミングのずれ、相手を視野に入れられないプレーで実力ほどの確立が得られないのが現状と考えられます。
ここで参考にしていただきたいことは、①についてはレベルやキャリアに関わらず誰もが感じる緊張ですが、前述したように打つボールの結果ばかりに意識が奪われてしまい相手のことを「見られなく」なってしまうこと。
自分が打つボールを打ち返すのは紛れもなくネットの向こう側に立つ「相手」なのです。
その相手がどんなタイプでどんなテニスをするのかを考えることはとても重要なことです。
そして、違う観点で考えると、テニスは如何に相手にプレッシャーを与えられるか!?
自分のことばかりに緊張を覚えるということは、相手からのプレッシャーはあまり感じていない、プレッシャーを与えられていないのかもしれませんね。

相手にプレッシャーを与え、メンタルに重圧を感じさせることで実力を何割も下げることだって可能・・・、いや本来「勝負」事はこうでなければなりません。
そこに立っているだけで、相手が思うようにラケットが振れなくなるような存在を作りましょう。


この春、新しい選手(生徒)との出会いでとても心ワクワクしています。
レッスンを積み重ねていく中で、お互いを知り、出来なかったことが少し出来るようになり、少し出来ていたことに自信が持てるようになり、自信のあることがさらにハイクオリティーに!
ボールを出しながら、ラリーをしながら、そしてゲームの中で皆さんが「あっ!」って気付きがあった瞬間の一番素敵な顔を見られることが、私にとって一番幸せな瞬間です。
 

消去法

先日ラスベガスで行われた世界マッチ「世紀の対決」とまで言われたパッキャオVSメイウェザー戦、ご覧になった方も多いと思われます。驚くのはパッキャオの攻撃力とその持続力。同じアスリートでもとんでもないスタミナでした。
個人的には守備側に周り、逃げていたメイウェザーよりも繰り出したパンチの数と積極的なファイティングスピリッツでパッキャオがポイントを稼いだと思いましたが結果は判定3-0で軍配はメイウェザーに。手数は少なかったもののヒット数や与えたダメージはメイウェザーだったようです。この結果には通の間でも賛否両論ですが、素人の私も・・・ん~。
しかしこの試合、何が凄いってファイティングマネーが300億円とか・・・。
一つの大会、しかもたったの一戦でこんな巨額な賞金が入る競技って聞いたことありません。
負けることなど考えてる訳ないと思いますが、勝つことさえ「怖さ」を感じる戦いのような。。。
リングサイドにはアガシとグラフの顔も見られました。スポーツ界、映画界、アーティストのそうそうたるメンバーが観戦に来ていたそうで、一つの場所にこれだけの人数の「大物」が一同に集まることは極々稀なのでしょうね。

表題(ここからはテニスの話)です。
相手がどっちに打ってくるか?どんなボールを打ってくるのか?
これは常に考えていること。

そこには「根拠のある予測」と、ひらめきや直感のような「感」の両方が必要とされます。
●根拠のある予測・・・相手のタイプや癖、得意・不得意、セオリーなどから算出。
●感      ・・・ポイントの優劣、過去ポイントからの発想、冒険など。
これらはあくまでも「予測」に過ぎず確実な回答ではありません。よって逆を突かれる場合も多くあります。

どう読むか?
ストレート?クロス?それともロブ?スピードは?トップスピン?スライス?etc...
悩んでいるうちにボールは飛んできます。

有効な予測は「減らす」のです。

相手と自分のポジション、打ったボールのスピードや深さ、球種、そして相手の技術レベルやタイプから「打たない(打てない)」コースやショットを消していきましょう。考えられることを増やしてしまえば予測も立てにくく決定に時間がかかります。4つも5つもある中から「1つ」を決めるのではなく、「2つ以下」に絞ることが大切です。
とは言っても予想以上のボールが返ってくる場合もあり、前述しましたが可能性の高いところに絞った回答を出すための「消去法」であることが重要です。

相手のレベルやタイプ、ポイント、経緯、現況、空気感、ときには一瞬見せる相手の顔色や態度なども参考データーにして予測を立てます。しかもほんの20~30秒の間に。
次回の試合で、練習のつもりで試してみてください。
ゲームとはただ単に自分が打つショットのことばかりを考えていてはクオリティーは上がりません。

しかしこの発想、レベル(クラス)が上がれば上がるほど当てはまらなくなってくるんですね。なぜ故、それぞれの持つ技術やパフォーマンスの質が向上することでセオリー以上のショット(スーパーショット)の可能性が高くなるため。それ故、プロの試合は魅力的で観ていて感心するわけなのです。


ATP1000マドリード
フェデラー惜しくも新鋭キリオスにフルセットの末敗退。。。
7-6 6-7 6-7
全てのセットがタイブレークと一進一退の攻防。特筆すべきは第三セットタイブレーク。
4度のコートチェンジと両者数度のマッチポイントを繰り返し、1ポイントの重みは見ているほうにもずっしりと。結果は別にしてナイスマッチでした。
No.1、前週はクアラルンプールで優勝しましたが、ここは25日からの全仏に向け整えることにしましょう。

追記
クレーキングは調子上げてきてますね!




 

前衛の役割


最近、時間に追われ観たいテニスの試合も撮り溜めてまとめて観ていますが・・・
錦織選手
バルセロナ優勝しましたね!決勝まで圧巻の試合内容でした。
各ラウンドの対戦相手、トップ10内の選手とは当たらなかったこともありますがスコアーの数字ほど簡単な試合ではなかったと思います。
いよいよローランギャロス。不調のラファ復調なるか!?安定のジョコに、まさに「土着ける」のは誰か!?王者ロジャーNo.1に返り咲く足がかりとなるか!?

表題です。
久しぶりのダブルス関連です。
タイプや技術レベル、運動神経にもよりますが前衛の役割はダブルス勝利の中枢と言えるでしょう。

「いかにリターナーにプレッシャーをかけられるか!」

当然のことですが前衛は相手に近い場所に居ます。相手からのボールを最初に取る(奪う)のは前衛です。以下ご参照。
①センターから前衛よりに甘くなったボールを決定打および攻撃的に打つ。
②ポーチ
③フェイントやカモフラージュでストレート(ロブ含む)に打たせる。
強いペアーは前衛の稼動頻度や範囲が広いことが必須です。結果はどうあれよく動きよく打つ。とても存在感があります。自分のほうに飛んで来たボールを打つのは当然ですが、自分以外の場所に来たボールも打ちに行きましょう。「借りてきた猫」状態のそこのア・ナ・タ、ただ立ってるだけならカーネル○ンダースの人形置いておいても同じですよ!
ただし、積極的なことはとてもいいことですがパートナーと話し合って「ご利用は計画的に!」


強くなってきた選手(生徒)と試合をするのが好きです。勝つことが目的ではなく、むしろ自身が本気で打ったボールをそれ以上のボール(コース)に打ち返されることが至福の喜びです。この春、昨年より確実に力を付け結果を出したジュニアが二人います。今後彼らとの試合回数が増えることは間違いなさそうです。

左手の使い方                              2015.4.25

もともと不器用だった私はよく怒られました。それが大好きなことでも、嫌いで仕方なくやっていることでも。。。
時には「虐められている・・・」と思うほど理不尽なことも多々感じたり。。。
しかし、大人になり「怒る」と「叱る」ことの違いを理解して、あの頃を振り返ると身になったことのほとんどは「叱られた」ことでした。当時、その違いが分からずに「あったまに来たぁぁ」なんて思ったことを今は「ありがたき教え」と受け止められています。

怒る・・・過去を見ている
叱る・・・未来を見据えている

まったく違う意味なのです。怒る人はたくさんいますが、叱る人はそうそういませんね。
ここ気をつけて選手(生徒)とのコミュニケーションを計ります。

表題です。
テニスは左右のバランスがとても大切な競技の一つです。
どうしてもラケットを持つ手の動きには意識を置くのですが、対象の手(左手)に関する意識は心がけないと散漫になってしまいます。
キッズ(小学生低学年)の段階でテニスを始められた生徒は腕力・体力・筋力などから自然に身に付くフォームがあります。これは片手(利き手)だけでは足らない力をその他で補うことを無意識に行っているからなのです。
しかしこれが成長とともに、腕力や上半身に頼れることで上下左右バランスのよいフォームが身に付きにくくなるようです。

フォアハンド(サーブ含む)を打つときに左手がどこに伸びていますか?このとき、その左手でパワーの蓄積を感じていますか?
バックハンド(片手)を打つときに左手で体の回転を抑えられていますか?このとき、左右のバランスが取れていますか?

ボールを打つことに一生懸命になってしまうと体の右側(右利きの場合)ばかり動き、結果パワーロスやアンバランスな体勢になり、ショットの安定性も損なわれます。
打つ前(練習前)に数回素振りをしながら、少しフォーム確認するだけでも大きな違いが出てきますので是非。

最近、コストコでホットドック、チュロス、ソフトクリーム、この組み合わせにハマってます。(安上がりですね!)バゲットも少し塩が効いてて美味しいです。

いよいよ「いい季節」になってきました。フットワーク軽やかに行きましょう!

人生を変えた一言                    2015.4.22

PCの不具合でブログはじめHP更新が少々滞ってしまい、ご来訪いただいた方にはさぞ寂しい思いをさせてしまったことをお詫び申し上げます。あいむ そぅりぃ。
錦織選手善戦惜しくも敗退が続きますが、試合を観戦していてトップレベルのプレーであることに間違いないと歓心するなか、いよいよクレーシーズンに入り、「クレーキング」の座を揺ぎ無く我が物にしてきたラファが如何せん今一つの調子ではないでしょうか?
無二のロジャーファンとは言え、ラファのストイックなスポーツマンシップには心から感心するばかり。
今月下旬からのローランギャロスでは勇姿を期待している。

表題です。
「絶対出来るぞ!」「強くなれる!」「負けてもともと!気楽に!」「お前らしくない!」
叱咤激励の言葉には指導者、親、先輩、友人など、それぞれの思いが込められた魔法の言葉が存在します。
自身、成長の過程で師からいただいた言葉の中に、たった一言で大きく変化(進化)した言葉がいくつか。
その中の一つが・・・

「強くなったな!まったくボールの質が違ってる!」

師が仕事の都合で一年ほどホームを離れ、久しぶりに再開しラリーをした時にいただいた言葉。私が19歳を少し過ぎたころのことです。
たった一年程度でそんなに驚かれるほどボールが変わったのかどうか疑問すら感じましたが、実際に師は私のボールに押されるような状況も多いラリーでした。
確かにこの頃は無我夢中でテニスをして、コートにいることが幸せなときで、大会で優勝する!プロテニスプレーヤーになる!など夢は大きく、そして何よりテニスが好きでした。

この言葉をいただいてからは自分のショットに自信がつき、目上(年齢のみならず実力的にも)との対峙に臆することが少なくなった。
師は「褒めて伸ばす」タイプの指導者ではなかったのですが、結果以外でもしっかり筋の通った練習やプレーには褒めてくれる人


「出来る(出来た)こと」が○ではなく「やったかどうか」
練習でやっていないことは絶対試合でもやらない(やれない)

この言葉は今、私が指導者として引継ぎ、選手たちに伝えています。

「褒める」ことは大切な指導方法です。そして「叱る」ことも選手を思えばこその表現の一つと考えます。

「中途半端な気持ちなら止めちまえ」

この言葉も私の心にグサッと刺さりました。
あんなにテニスが好きで強くなりたくて頑張ってたのに・・・。
それでも雨の日はコートに出てボールが打てず、自主トレーニング。。。嫌いでした。
今思えばまだまだきっと甘かったのでしょう。師はとても自分に厳しい人でしたから。

言葉で伝えることが8割・・・いや9割の仕事と考えています。
自身まだまだ修行が足らぬことと肝に命じ日々精進です。


前回書いた体重調整は予定通りに2日間で元の体重に(現在65.2kg)。

ここ最近、寝る時間が少なくなってて思うこと・・・。

「一週間が」8日間あったらいいのになぁ。。。

「進化」への「変化」

食べることが好きである。
食欲がないことが珍しく、ここ最近では10~20代の頃と同じ量を食べている気がする。
それでも体重や体脂肪は健康管理のために毎日チェック。ここ数日では日々1~2kgの増減を繰り返し、今日現在標準体重から1.5kgほど肥満気味。。。「標準」であることは気に入らないが、「肥満」とはさらに嫌気がさす。
食べる、そして動く。週末に先ず「標準」に戻す。マックのフライドポテトはSサイズで我慢しよう。

表題です。
彼のフォアハンドはパワフルでありグループ(部活)内でも郡を抜き太刀打ち出来ぬほど。
私が相手でもパワーでは捻じ伏せることは賢明でない・・・のだが、問題は「確率」である。
私との出会いはテニスを始めて3年弱のタイミング。世界レベルの選手に憧れ(とても良い!)、先輩やコーチに勝ちたくて(素晴らしい!)、そして指導者から「繋ぐ」ことを否定され(ん!?)、エース級のボールを常に打ち続けて来たとのこと。。。
彼が求めたことはとてもシンプルで・・・

「試合に勝ちたい!」

選手であれば誰もが求める目標であり、この思いが強くなければ上達もままならないであろう。勝つためには強くならなければならないのである。
彼にとって以前の指導者が施した課題・手段・方法は決して間違っていた訳ではないと思う。
勝つためには「攻撃力」が必要であり、それはレベル(クラス)が上がれば上がるほど高いクオリティーが必要となる。彼が求めた目標に合わせた(?)指導法と判断したのでしょう。

私が彼の指導にあたり「試合に勝つ」ために優先されることは「目標設定と確率」と判断しました。

どこを目指すのか!?

地域や県大会レベル?関東や全国レベル?それとも世界や将来プロテニスプレーヤーをビジョンに映しているのか!?
目指す目標と、選手の身体能力や潜在能力でショットの質やプレースタイルがおおよそ決まってくるのは必然である。ただボールを返しておけば勝てる試合もあれば、いかに自分から攻撃し、そのクオリティーや確率が高くなければ勝てない試合まで。。。
彼のレッスンでは当初30分くらいが「会話」を要しました。もっと打ちたいと思っている気持ちは手に取れるくらい顔や態度に表れていた。しかし私は彼自身が目標に合った「気持ち」にならないと強さも安定も身に付かないと考え、じっくり時間をかけてる心を合わせることに努めました。考え方を変えただけで結果も変わってくることよくあります。

今、勝つために必要なことは何か!?

これを選手自身、気が付かないことには勝つどころか上達もなかなか難しいでしょう。
勝ちたい!と言う気持ちだけでは・・・勝てません。

彼の中で変化は起きています。表情が違います。持て余したパワーはスピンをかけてもスピード以外に新しい威力を生み、徐々に確率も上がって来ました。

まだ中学生? もう中学生? 
彼との出会いが高校生になってからと考えれば・・・。

それにしても寒いな~!もう4月入ってるのに雪とか、最高気温一桁とか。。。
半袖短パンの季節早く来い!
 

テイクバック

いよいよ桜も満開が広がり、関東圏では散り行く花びらで道が白くなる今日この頃。
なぜこの時期、桜が美しく花開かせた途端に強風が吹き荒れるのでしょう?あたかも咲き誇ることを許さぬがごとく。それでも散らぬよう耐える姿が愛おしい。
はかなくも、何も言わなくとも一瞬を輝き、人の心に温かさと、様々な「始まり」のタイミングを知らせる日本の心「SAKURA」
散ってしまう前に出来るだけたくさんの桜を見ないと可哀想にも思います。
PS.・・・とは言っても「花見酒」は私苦手な趣向でございます。。。

少々季節感に浸りましたが表題です。
ラケットワークのスタートは「テイクバック」ですが、これは選手それぞれのタイミング、ポジション、大きさなど差がありますね。
準備段階の操作ですから、早いに越したことない!と考えるのはいかがなものでしょうか!?
ボールを打つためにはラケットを「引く」必要があります。引いたラケットをボールのタイミングや強さ、目指す打点などに合わせて振り出します。この一連の動作には個人差が生じて当然と考えています。
必ずしも「引いておく」ことが優先とは限りません。大切なのは「リズムとタイミング」です。引くタイミングが遅いほど、フォアードスイングはより早く飛び出してくると言う「現象」を上手く利用したり。
飛んでくるボールは一定ではないこと、自身が打とうとするコースやスピードによってスイングパターン(スピード)も一定であるはずがありません。シーンによってはカモフラージュからのヒットもありますから。
どのタイミングで、どのコースに、どんなスピード(スピン)で狙うか!によってラケットの「引き方」も調整が必要と考えます。

ただし、こんな方はテイクバック早く準備しておいたほうがいいかもですぞ!
①速いボールには振り遅れる。
②どうも打つタイミングが掴めず、慌てて振ってしまう。
③余裕がない。
④最近、お酒が弱くなった・・・。


今年は「桜スイーツ」思いの外食べられてないな~。早くしないとなくなっちゃうな~。。。
そうだ、東京駅DAIMARU行こう!

「ハーフボレー?」NO!「ハーフボレー!」

錦織圭選手
マイアミで快勝続き何よりです。ショットの力強さが際立っていますが、特にフォアハンドの破壊力が凄いですね!甘いボールを叩き込むことはもちろん、窮地からの切り替えしも芸術的。
ラファは「らしくない」テニスが心配。いまだ完全復活でないことはすぐ分かりますが、もうすぐ独壇場たるレッドクレーも。。。本当に強い「彼」に戻ってきてほしい。

表題です。
ハーフボレーの良し悪しは、その選手のレベル(センス)がもっとも表現されるショットと思います。様々なショットの中で、頑なに努力の賜物とは違う、むしろ遊び感覚でラケットを使っていた方が覚えやすい感覚であると。コートで球出しの基本練習をすることはショットを覚え感覚を習得することに必要不可欠、そしてそこに技術の長けた指導者がいれば。。。
ただ私自身ハーフボレーを習った記憶がありません。習う前に「盗み、覚えろ」とずいぶん投げやりな指導を受けていたと思い出しました・・・。
確かに「ボールを打つ感覚」はその人自身がボールの質感やスピード、ラケットの力加減、面の操作などを感じ取りながらの動作ですから他人が言葉で全てを伝えることはできません。

上から振れば「厚く」当たる・・・、「後ろから」振ったほうがボールは浮かない・・・、厚く当て、そして「薄く抜く」・・・、小さいスイング~大きいスイングへ。

これらの意味が「!」な方は積極的にハーフボレーのタイミングを作りましょう!
ファーストボレーで「落とすか?落とさないか?」と思ったら迷うことなく「タターン」のリズムです。
もしくはこれらの意味が「?」な方は先ずは暇なときにラケットとボールでリフティングが効果的!ラケットでボールを「扱う」感覚を養うのです。

選手から「ハーフボレーって難しい!」とよく聞きます。その通り簡単ではありません。
ただそう言う方が思うほど遠くにゴールがあるものでもないと思います。
世のコーチ達にハーフボレーについて聞けば「好き」と答える方が多いのではないでしょうか!?(私の個人的見解)
ハーフボレー上手く打てるとテニス全体が「上手く」見えます。そしてカッコいいです。
上級者(中級者?)のステータスシンボルの一つですかね。
ショットの安定性は打った回数に比例します。もちろん個人差はありますが、「打てない(出来ない)」のは「打ってない」からです。少しでもラケットとボールに触れる回数を多くしてださい。

          次回予告
      ハーフボレー徹底練習月間
    「我、サービスラインの覇者となる」


乞うご期待!

せっかく桜咲いてもこの時期吹く「花散らしの嵐」・・・

憎らしい。

そうだ、○○行こう。。。

始め半ば

桜が開花し、スイーツ店やカフェには「桜フレーバー」がズラリと並ぶこの季節大好きです。
昨年はタイミングを逃してしまい訪れることが出来なかった千葉市にある「いずみ霊園」に今年は家族「三人」で出かけようと。おにぎりと桜スイーツ持って・・・、塁くんには薩摩芋と鶏のささみ。
ここ、かなり広くて芝生エリアも充実してますから皆さんも是非!

表題です。
お陰様で新規受講生(プライベートレッスン)が増え、あらたな師弟関係の付き合いが始まり選手(生徒)がとても真面目で、上達に向け情報や練習に貪欲、私のエンジンに油を注ぐ勢いで日々充実したレッスンを行えています。
聞けば各選手によって練習環境は様々。学生諸君(中高生)は全て部活所属ですが、その内容にも大きな差があり、週2~3日から、ほぼ毎日日が暮れるまで、オンコートがメインの選手もいればトレーニング主体で陸上部?と間違えてしまうような環境も・・・。
たとえ十分ボールが打てる環境があっても、コーチングには至らぬ点が多くいたしかたないのが現状です。。。
「団体戦のレギュラーになりたい」「県選手権で優勝したい」「全国大会に行きたい」etc.
とても前向きで、意識や言葉のみならず行動も伴っています。しかし、現在の環境では「情報と環境」が不十分であることを選手自身気が付きます。

まるで乾いたスポンジに水が浸み込むように。

フォアハンドの「左手の使い方」やオーバーヘッドの「プロネーション」、1stサーブと2ndサーブの互換性、ポイントビハインドの攻守・・・。ただただラケットを振り回して一生懸命ボールを打っていた選手からは新しい情報や観点はまるで「目から鱗・・・」だったり。
練習の趣旨は「勝つ方法」を見つけ、そして身に付けることです。

「話す」ことを大切にしています。伝えることを。

情報は知識となり、知識はアイデアとなります。アイデアは自身から考え決定出来る力の礎となります。そして上達に不可欠要素。通り一辺倒のテニスをしていては上達出来ません。

一年、いや半年早くこの環境があれば・・・。
と、振り返るよりも、半年、いや一年先までこの環境がなかったことを思えば!

何事も「始め半ば」といいますが、それは「始めた」ときであり「気付き」のときです。
気付いた選手は始めています。そして半年後、一年後の強くなった自分を創るために。

PS.先日、私がテニスコーチになる時に多大な影響力(魅力)を教示してくれた先輩(恩師)から連絡があって・・・
「お前、相変わらず調子に乗ってるな~、顔が見たいからHP写真載せろ!」
20年以上会っていませんが、気にかけていてくれたようでとても嬉しかったです。

 

ボディーバランス

インディアン・ウエルズATP1000男子決勝
「圧巻」とも言える勝ち上がりで決勝に進んだ「世界№1」と「世界№1」
結果はジョコの勝利となりましたが、内容は一進一退の攻防、お尻のをキュッと引き締めることの多い白熱したナイスゲームでした。
以下2点。。。
速い!ボール、アクションのスピード、展開、そして切り替えが凄まじく速い!!
リスクと隣り合わせである覚悟。「皮を切らせて肉を切れ、肉を切らせて骨を折れ、骨を折らせて命を絶て」
そしてもう一つ。
カメラワークの技術の高さに感動!インプレーを360度パノラマワークって凄い!!

次戦のマイアミでは「元王者」が両手を高々と掲げる姿を思い描き・・・、と思っていたらロジャーはスキップとのこと。(残念)

表題です。
世界レベルともなれば、ラリー一つ取ってもエース級のショットが連続するレベル。
オープンコートに叩いたところで予測からの俊足と人並み以上の脚力や筋力でいとも簡単にパスを放つ。
ゲームを見ながらふと自身のプレーに当てはめ比べてみると、逆を突かれ踏ん張りが効かない体勢のはずが「彼ら」はバランスを整えシャープなラケットワークから鋭いショットを繰り出している。

「何が違うのだろう?」

振られても、逆を突かれても体勢が崩れない・・・、単に筋力の差ではないようだ。
プロのアスリートに共通する身体能力に「ボディーバランス」の質が課題評価とされている。
そもそもテニスはお互いが相手の意にそぐわないことを仕掛ける競技であるがゆえ、不安定な状況が必然と考えなければならない・・・はず。

今打つショットのことだけにバランスを取るのではなく、次のアクションに繋がるバランスを作ることが大切。(ビリヤードのナインボールと同じ考え方かな!)ただ踏ん張るだけでは足らないってこと。
以前、体勢を崩さず力まないために水を注いだワイングラス片手にボレーの練習しましたが・・・、大ウケでした。
バランスを整える練習って「ダンス」とか良さそう。少しアップテンポのやつ。
ダンスって言えば、最近の小学生は授業でダンスがあるって聞いたけど、時代は進んでいることをツクヅクI think so!

あまり関心はないのだが「ラッスンゴレ~」や「あったかいん~」よりも「ダンソン ツーザキー~」は少し気に入っている。

本日東京で桜の開花宣言がありました。
いよいよ素敵な季節の始まりです。今年はイチゴ狩り行くぞ~!

やはり基本!?

インディアン・ウエルズATP1000
錦織圭選手、初戦と2回戦は逆転勝利もありましたがベルダスコにも勝ちなんとか。。。
ただ、マスターズ大会やGS大会の優勝レベルを視野に入れて考えると試合内容に多くの課題があったような・・・。残念ながら3回戦でスペインのイケメン、ロペスにストレート負けでした。確かロペスには昨年の楽天ジャパンでサラッと勝っていたのに・・・。試合は「水もの」分からないものです。

表題です。
よく言う言葉に「基本が大切」と。
自身「基本」はレッスンの基本であり、基本フォームであったり、ゲームの基本パターンであったり、実践の基本はラリーであったり、基本(土台)をしっかり習得することは少なからずともアドバイスや自身のプレーでアピール(表現)しています。
やはりテニスは実践的に考えると、相手から来たボールを打ち返す、相手よりも1本多くボールを返すことが出来ればポイントを取れる競技です。よって目的はシンプルに考えることも必要であること。
ただし、相手からのボールは一定でないことが然り。強弱があり、攻撃的要素も含まれてきます。ラリーが続けば体勢のみならず、精神的にもバランスが崩れ、基本、基本と言ってもままならないのが実態だったり。
そこで私がレッスンで「基本」と合わせて強調すべきポイントが「対応力」
様々な場面が想定される変化にとんだ競技であるが故、基本動作のみでは対応できないことは必至です。レベルにもよりますが、試合の中で十分な体勢で打てるボールは2割程度。だいたいの状況は少なからずとも不十分な状況下でラケットを操作しなければならないのが実践。普段からこの事を念頭に置きましょう。
基本は大切です。そして応用はもっと大切です。打ち方のフォームは出来上がってきても実践になったとたんバラバラになってしまうアナタ、ラリーを多く練習しましょう。


先日、イカを下処理していて、皮の剥き方でいい方法あったら教えてください。剥いても剥いてもツルツルして腹立ってシンクに投げつけてやりました。(泣)
出来上がったイカ飯は美味かったのですが。。。(満)

始め良ければ...

例えば、あなたが何かの事故で無人島に漂着し、救いのあてもなく自力で命を繋ぐことが必要となったとき、飲み水の確保や食料の捕獲、調理、管理、そして救助、脱出の方法を考えなければ生きていけません

携帯電話も無ければ、もちろんキャンプ用品の準備もありません。
そんな状況の中、口の開いた缶を見つけました。明確ですが水を汲む容器になり、蓋は包丁や鋸になり、時には武器にもなります。
火を起こすためにマッチなんて、今の時代家庭でも使うことすらありませんが、ライターのように便利な発火器具もありません。
燃えやすい枯葉と枝があれば火を起こせそう・・・ですが、情報や経験もなく簡単には行かないでしょう。何度も何度も方法を変えながらチャレンジしますが上手くいきません。
山に入り、洞窟を見つけて入ってみるとそこは気温が低く氷を見つけます。
この状況で氷は何の役に立つのでしょう?食料の保存に必需品、溶かせば飲み水になりそう!
実はこの氷で・・・

火が起こせます!

自身がとてもとても生きる(成長する)ことを求めていると、目の前にある何でもないようなものが創意工夫により実用的なものであると気がつきます。

私たちコーチはテニスコートで皆さんに「空き缶」や「木の枝」を与え、「魚の捕り方」や「火の起こし方」などのヒントを撒いています。

「ボールを見て!」「足を動かして!」「ラケットを早く!」

これらはよく聞く、少々飽きてきた言葉ですかね。
聞きなれた言葉ほど流れてしまいますが、レベル(タイプ)によってはこの言葉にもサバイバルを生き抜くための重要なヒントが含まれてます。
なんとなく最近コートで耳に入る言葉や音に刺激を感じない方、本当は上達にとても有意義な
情報がゴロゴロ転がっているかもしれません。
「命を繋ぐ」くらいの気持ちでコートに立てば、ひょっとすると「はっ!」とする発見があるかも・・・!
PS.「氷で火を起こす方法」知りたい人はいつでも聞いてください。


表題です。
テニスは打ち方や質はどうであれサーブから始まります。当たり前の話です。
なのでサーブが思い描くボールで打てるとその後もとてもスムーズな動き方がとれます。
決してサーブのスピードや攻撃力を言っているのではありません。サーブ後のプレーのお話です。
しかし、想像してみてください、サーブの結果を気にしている自分を。。。
レベルにもよりますが、サーブが攻撃的なプレーになるか、入れることが優先され守備的な立場になるか。前者であれば結果も優位となれるでしょうが、威力もなくレシーブから攻撃されるような状況ならなおさらなことサーブ後のアクションを連動させるスムーズなプレーを心がけましょう。打ったボールが入ってから動くのでは遅いのです、何を打たれても即対応できる準備姿勢を。
これまたレベルによりますが・・・

「サーブ良ければ全て良し」

レベルが上がるほどサーブの質やコースがいいのは当たり前、なのでブレークが勝利への課題、レシーブ力が必須となる訳ですね。う~ん一進一退こそ競技の醍醐味。
PS.個人的にはサーブだけで終わるプレーばかりの試合はあまり好みませんが・・・。

【追記】
先日のレッスンで「2時間ラリーのみ」を実施しましたが、各生徒ラリーの後半に足が動くように指導したところ、スタミナ配分を考えたせいかいつも以上に力が抜けてラリーが続く続く!
この感覚を実践でも試すように。

素振り

チームジャパン、デビス杯ワールドグループ初戦突破ならず...
二日目のダブルスは惜戦ではあったが敗戦。過去のワールドグループでダブルスを落として勝ち上がることは極々稀であることを知り、それでも最終日の2試合に期待を持っていましたが...。
負けた伊藤選手や添田選手を責めることはないが、やはり勝った試合は錦織選手のみ。
ダブルスにも錦織選手の起用を植田監督は考えていたに違いない。されどオーダー通りの采配にはきっと他ならぬ理由があったのでしょうね。。。
勝負の世界に「たら、れば」は禁句ですが、「勝っていれば2回戦の相手国にも・・・」と。

表題です。
先日、レッスンで「素振り」について少し時間をかけて(10分程度)インストラクションとパフォーマンスを行ったところ、あらためて素振りの必要性を確認出来たようです。この場で少々お伝えします。
「素振り」と一言で言っても私の中には「3通り」の目的に合わせた素振りがあります。

①よりスイングスピードを上げるために筋肉や神経を鍛えるためのもの。
 回数・時間・インターバルで、より身体的に負荷をかける運動を課す。
②自身のパフォーマンスを見ながら(姿見、窓などに反射させて)「フォーム・軌道」を
 整えたり矯正するためのもの。回数よりも時間をかけてテイクバック・打点・フィニッシュ
 ポジションを調整する。
③インプレーで起こりうる変化の中で、どのようにラケットワークを調整するか「イメージ」
 しながらスイングするもの。前後左右に足を動かしながらの素振りが効果的。


以前のブログにも同じ言葉を使いましたが、練習とは様々な環境下でも、考え方一つで見つけられるものです。決してオンコートが一番の練習とも限りません。
場合によってはオフコートのほうが「身に付き易い」ことも。。。
例えば、今回の「素振り」はボールを打たない分、細部を確認出来たり、実行を戻すことが出来たり、自分の「形」を容易く見ることが出来るのもメリットです。
気になった方は鏡の前に立って今すぐスイング!

「自分を見る」・・・
iphoneの録画機能で「スローモーション」があります。とても鮮明で素晴らしいカメラなのでビックリしました!(ボールのインパクトまでしっかり見られます)

最近気になっている人・・・
元宝塚女優、はいだしょうこさん
彼女がNHKのこども番組で「絵描き歌」を歌いながら絵を書いていますが、その絵がかなり気になります(少し恐怖レベルです)。
気になった方は「はいだしょうこ 絵描き歌」で今すぐ検索。

ご機嫌

選手の上達の「度合い」を大きく4段階(細分化すれば8段階)で判定している。
1.ボールを打つ感覚(アジャスト、力加減、タイミング)が身に付きコントロール出来る。
2.攻撃性のある方法や手段を「1つ以上」持っている。
3.窮地に強くなる。
4.「敗戦」から強くなる。

ショットは思いの外上達。たいして打てもしなかったバックハンドが「安定」どころか「強靭」になっている。ラリーだけでは目を見張ることすら、まぐれ当たりではないことを実感するほどに。。。
「そろそろコーチに勝てる自身が出てきた?」
「・・・、競った内容くらいは・・・。」

「もっと自信を持て!(怒)」

その後試合をしたがポイントがかかれば「メンタルの弱さ」が露呈し、先ほどの迷いの無い振り切ったショットは影を潜め、まるで別人に。。。
しかし、この「自信」や「メンタルタフネス」が大きな壁。
次回までの課題に「一つ一つのポイント毎に声を出すこと」
それがポイントウオンであってもミスであっても!
自らを鼓舞することは選手として大切な要素。励まし、そして認めること。否定より肯定。
想いを「言葉に出す」ことは自分への意識付けとなる。

まだまだ「1.と2.の間
」くらいかな・・・。

表題です。
練習中(レッスン中)、「機嫌」の良し悪しで身になる、好成績な結果に繋がる、度合いに大きな差が出ると臨床データーや科学的根拠から立証されています。
あるアスリートたちにマイナスな情報とプラスな情報をそれぞれに与えた後に競技し結果を比較した場合、あきらかな差が生じたとのこと。
人はイライラしたり、落ち込めば脳内に分泌される活性酸素やノルアドレナリンの量が増産され、パフォーマンスやメンタルに著しく影響を与えるそうです。
不機嫌になると「返事」をしなくなります。言葉が出なくなります。これは脳の判断が外側からの「情報」を取り入れにくく、拒絶することも。。。

もし練習中にこれらのことを感じたら、少し大きく深呼吸をしたり。気持ちを落ち着かせることから始めましょう。

昔、ジュニア時代に上手くテニスが出来ないと大きな声を出したり、ラケット投げたり・・・。随分と時間を無駄にしたのかなと。
今思えば・・・、「若気の至り」ですかね、反省しています。

トレーニング

錦織圭選手
世界ランキング4位!シーズン早々ランクアップは素晴らしい。
3位のラファとのポイントも僅差だから順調に勝ち上がれれば更なる高順位も射程圏内。
それでもここからランキング上げるのも至難の技なのでしょうね。
4,3位が目標ではないのだから、まだまだこれからですね!応援しています。

表題です。
練習ってどのくらいしてますか?どんな練習してますか?
リアルタイムでレッスン受講している選手のことはおおよそ把握していますが週一、週二、人によっては週五、週六コートに立ってる方もいらっしゃいますね。
なかなかコートに出る機会が少ない方も、オンコートでの練習をより効果的にする「トレーニング」を取り入れてみては!?

<トレーニング>と聞くと何かフィジカルに負荷をかけたり、一定時間や距離を動き続けたりすることをイメージされがちですが、室内で座ったまま、ことによっては料理などを作りながら、お風呂に入りながら、お仕事帰りの電車の中行えるトレーニングなど、目的によって様々な仕様や方法があります。
例えば、
①テレビを見ながらテニスボールをニギニギ。
②目を閉じてお手玉。
③上手く打てたとき(ミスしたとき)の記憶を呼び戻す。よりリアルに思い出す。
④レッスンノートの過去の記述を読み返す。当時の状況を出来るだけリアルに思い出す。
⑤車窓から過ぎ去るものを目で追いかけて。

何でもないことのように思えるくだらないことが、意外と自己実現に紐付けられた<トレーニング>になること多いです。ときに「即効性」があったり。。。
たとえコートに出てボールを打つ時間が少なくても、「テニス」について考える時間が増えてくると、次のオンコートがずいぶん違ってきます。

私、寝ても覚めても「テニス」!そんな時期ありました。。。
昔、昔のお話になりますが、山手線原宿駅で電車待ちをしている時、級友とホームでボレー&ボレーして線路にボールを飛ばしてしまって。(良い子は絶対真似をしないように。)

先日のレギュラーレッスンで、欠席者が重なり2人だけの日がありました。普段出来ない個人に優先されるテーマを練習しました。
彼にも彼女にも少し前から気にしていたピンポイントに重点をおく練習が出来て内容濃かったと思います。「2歩」前進の実感あり。
 

命がけ

若い(いくつ?)頃からアウトドア派であり、気が付けば「個人競技」が多かったこと。
テニスはシングルスが中心、ダブルスはネットプレーの練習程度にしか考えていなかった時期もあったり。。。
冬の間は3ヶ月間白馬にこもり、毎日ゲレンデにシュプールを描き、世田谷に住みながら季節問わず週に3~4日湘南に通い、日の出と共にBIG WAVE求めてゲティングアウト。

気に入ってしまうと飽きるまで相当のめり込むパラノイア。

そんな中で「サーフィン」はまるで別次元、浦島太郎が不思議の国のアリスとディズニーシーでデートしてるくらいに魅力満載、興奮と感動のアクティヴィティー。
波に乗り、ボードが滑り始めた瞬間にテイクオフ。不安定な体勢を荷重位地や上半身でバランスを取り、波の大きさやパワーの変化を見極めルートを作る。失速しないようにボードをあおり、振りながら加速させ波のトップからボトムの落差を降りるこの瞬間、下から上に上っていく「水の壁」の中を小魚が幾匹も泳いでいる光景を顔のすぐ横で感じながら、日常生活では例えることの出来ない至福の時を味わう。。。(イメージが伝わっていると嬉しいのですが。)
台風一過には波が大き過ぎて、飲まれ、巻かれ、死にもの狂いで陸に上がると体中なぜか傷だらけで流血。こんなこともあるから自然を相手にする「お楽しみ」は命がけ。

「しばらく海に入ってないな~」

サーフィンもスキーも、足元が不安定な環境下で状況を瞬時に判断し、よりハイクオリティなパフォーマンスが要求されるスポーツ、そしてどちらも自然というとてつもない「大きな相手」と相対する競技。
テニスも同じく相手の動きやボールに対して、「予測・判断・決定・対応」が求められる。
状況が常に変化していることには違いない。

でもテニスって気楽だな・・・。
地面は安定してるし、全然ちっぽけな人間相手にしてるだけだし。
やれ、焦るだ、力むだ、負けたくないだetc.
たとえミスしても、たとえ試合に負けても、命を落とすほどのことは先ずないんだから。

物事は考え方を変えれば良くなる・・・のかも。


スキー場には温泉に入りに行ければいい。
海・・・、再びに乗りに行きたい!

テニスなのに「チームプレー」

「雪が積もる」と言えば積もるどころか降りもせず・・・
「春一番が吹く」と言えば穏やかな一日・・・

ここ最近の天気予報は結構な確率でハズレてますね~。
先日、とある評論家が「2013年の成人式に積雪の可能性は無いと予報して都内でも10cm以上の積雪になり、その後の降雪予報にはずいぶん過敏(トラウマ)に・・・」と。
コートに積もった雪を退ける労力を考えれば降らないに越したことはありませんが、技術の進歩とともに「予報」の精確性も向上することを期待しましょう。

本題です。
今日のレッスンで、今月のテーマにしていた「薄いグリップからの厚い当たり」でメンバーの4週間の成果がここまで著しく上達したことに、自身も目を大きくするくらいにほぼ感動レベルでした。
もともと、ほとんどのメンバーが「厚め」の握りで打っていたサーブとスマッシュ。
「薄い握り(コンチネンタル辺り)」からのショットに幅が出せること、スピードとスピン量、結果的に技術レベルの向上へ。
私が伝えたことは身体の使い方とその現象。メリットのみならずデメリットと練習量の必要性、そして習得は決して簡単なことではなく「地道に継続」が必要だと。
以下、ざっくり。
①手首の使い方
②腕のローリング
③肩の回旋
この3点を意識して毎日5分素振り(ラケットの有無や回数は関係無し)
※細かいポイントは個々にインストラクション済み。
これだけ?と思われた方、これだけなんです・・・が、一番肝心なところは「毎日の復習」です。
聞けば、メンバー全員が「一ヶ月間続けてみよう!」と決意表明したとのこと。
LINEで連絡を取りながら、お互いで「今日も素振りした!」と確認していたようです。
いいライバルであり刺激し合っていたのでしょうね。
当初は薄く握ったグリップからは薄い当たりでシュッシュッ、シュッシュッ・・・。
体の内側を向いた掌が、最終的に外側を向くのは「操作」ではなく「必然」であることを理解し上半身との連動をスムーズに行うまでのトレーニング(イメージ作りとパフォーマンス)。
まだ60%くらいの出来ではありますが、4週間の成果としては自身のコーチングでも過去最高値かと。
私が「感動レベル」と書いたのは、結果的に成果が得られたことはもちろん、「個人競技」であるテニスが「チームプレー」でメンバーが一致団結し協力的に努力(結構楽しみながらと言っていました)したところ。過去にここまで「手に手をとりながら」チームは見たことない。

仲良しでありライバルであり。
時には励ましあい、時には叱咤しあい。
「二人で一つ」の責任感はベストなパートナーシップ。

こんな仲間がいるってとても幸せですね!
「持つべきものは友」・・・他力本願?
いやいや、メンバー一人一人の意識やアクションが高いことは間違いないです。
このクラス、来月のテーマは「ブロック」です。きっとまた「行くぞー!」「おー!」


PS.美貴さんが焼いてくれた「リコッタチーズのパンケーキ」スッゴく美味しかった!
また焼いてもらいましょう!!
 

口笛

以前にこんなコメントを生徒から聞きました・・・
「前に通っていたテニススクールは1クラスあたりの人数が多いので練習した気がしませんでした・・・」
(定員は10~12人だそうです。)
「実際、レッスンの時間内にどのくらいボールを打っているのか数えてみたんです。
(えっ、数える暇なんてあるの?)
「開始から終了までで37球。」
(1レッスン\2250、1打あたり約\61、高っ!)
「その月でスクール辞めました。笑
(心中お察し申し上げます。笑

レッスン(練習)は、ただ打てばいいってものではありませんが「少ない」よりは「たくさん」打つ練習メニューのほうが上達に向かいます。
もちろん指導者のインストラクションやアドバイスのクオリティーは必須ですが・・・
テニススクールと一言でいっても「フィットネスクラブ」よりも多いですね、最近は。。。
 

本題です。
試合中や練習でも「緊張」して思うようにパフォーマンスが上がらない時ってよくありますよね。
緊張すると息(呼吸)が浅くなり血中や脳内に酸素が行き届かなくなり、判断も鈍りさらに焦りが増し、場合によってはほとんど「パニック状態」に。

普段から「深呼吸」を心がけましょう。

鼻から6秒かけて吸い、口から6秒かけて吐く。これを3回繰り返します。感情を落ち着かせ「平常心」を保ちます。

私は試合中、ポイント間やコートチェンジに「口笛」を吹きます。
口笛って、吹くと気持ちに余裕が出来る、と言うか余裕がないと吹けないんです。だからミスをしたりポイントがビハインドの時にはお気に入りの曲を口笛で奏でてます。
これ副産物もあって、相手から見れば「んっ!?」でしょうね。
私にとってテニスコートはとっても居心地のよい慣れた場所ですから、緊張するほど落ち着く方法を探せるようです。
皆さんも試してみてください。ポイントは「普段から・・・」です。

今日は朝から雨、午後には雪に変わって積雪の可能性もあるとの予報。
本日の全日程が中止になったので久しぶりに時間を「無駄に贅沢に」使いたいと思います。
ヴィレバン行って本の立ち読み時間気にしないでい~やっほ~!
帰りにはコストコまで足延ばしてホットドッグにソフトクリーム食べてこよう。

「憧れ」

バレンタインデー♪♪
チョコレートを贈り愛の告白をする習慣は日本だけのものなのですね。そもそもこれは日本の某お菓子メーカーが販促戦略の手法としたことが「きっかけ」だったと・・・。
昔(何年前?)はチョコレートに格差はあまりなかったように思いますが、挨拶や義理だったり、女子から女子への「友チョコ」やここ昨年あたりからは「ご褒美チョコ」と自分向けに、普段食べない高級なチョコを買う傾向が多いと聞きました。
想いを寄せる男性への純粋な気持ちをチョコレートに込めて2月14日を期待と不安に胸を膨らませていた時代から、今ではいつも頑張っている自分への努力や成果を称えるものと変化してしまったのでしょうか~?

私?
もちろん今年も美味しいチョコレートいただけました。

本題です。
皆さんはテニスのショットの「何に?」魅力を感じてテニスをしていますか?
相手が一歩も動くことが出来ないサービスエース?
回り込んだフォアで逆クロスにエース?
スピードを殺し角度をつけたボレー?
私は学生時代にはパワーショットこそ「真の強さ」と自負していましたが、P.サンプラス、R.クライチェク(もちろん現在はRF)などシングルバックハンドの「スライス」の芸術的なショットを見て虜になってしまいました。
それはまるで糸に吊られているように、絵に描いたような軌道を描き、深さや角度をスピードに変化を与えながら、時間軸の主導権を得るがごとく相手を操ることの出来るショット。
決してパワーではありません。しかし「パワー以上」のエネルギーを蓄えたボール。

「いいフォームとは?」

そのボールを打つスイングに適したタイミングと大きさを力量を微調整しながら無理なくボールにパワーを伝えることが出来る形。そしてそれはとても・・・「美しい」こと。


目から入る情報は重要です。好きな選手のゲームを見ましょう。そして好きな、憧れるショットを具体的に頭の中に持ち、練習の時にイメージが鮮明に思い描けるようにしましょう。

 

TVを見ていてCMのキャッチフレーズにドキッ!

「好きになるのに1秒もかからない」

素敵です。